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2022-09

オリンピック休みに少しの鉄分補給に出掛けてきました・その5--播州赤穂から横浜への鈍行紀行

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その4から

 2021年のオリンピック休みに出掛けた青春18きっぷ旅行,最後は播州赤穂から横浜への青春18きっぷの旅です。その4で詳述したとおりこの日は早起きして日本最長鈍行の新快速に乗り,播州赤穂に行きました。その後は基本的には横浜・磯子の自宅へ帰る旅で,真昼間の東海道線を東上する旅は大学時代から数知れずです。時刻表を紐解くと,少々着くのが遅いですが,中央線塩尻経由でも磯子まで帰れることが分かりました。消化試合の帰途の旅に少しでも彩を加えるべく,迷わず塩尻経由を採用です。それでは712.9kmの鈍行の旅をお楽しみください。

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今日の行程

 (2021年)7月25日午前10時の赤穂から旅行はスタートです。赤穂は忠臣蔵と赤穂浪士,製塩産業,温泉が名物の城下町です。観光産業が盛んなようで,正倉院の高床式倉庫を思い起こさせる白い大きな駅舎内には観光案内所も入っています。ここを覗くといろいろな塩を置いているので,家への土産に赤穂の天塩となぜかアンデスの岩塩を買います。かなり変わった土産物ではありますが,わが家は甘いお菓子の類は余っているのです。

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発車を待つ948M @播州赤穂 2021.7.25(以下全て同じ)

 本来なら駅を出て城下町のタウンウォーキングをするところですが,既に気温は30度位ありそうで屋外を歩く気になりません。土産物のほかは駅前のコンビニで遅い朝ごパンを買って,そそくさと列車に落ち着きます。電車は先ほど敦賀から乗ってきた最長新快速の折返しですが,昨晩が敦賀滞泊だったので,網干入庫の運用です。10:12,時間になれば列車は発車し,21分で網干に着きます。網干では12分待って始発の長浜ゆき3452Mに乗換えます。本来なら駅舎に上がってスタンプを押したりするところですが,朝から最長新快速で緊張していたので,少々お疲れモードです。

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網干~米原は新快速3452M @網干

 網干からの新快速も223系12両編成で,朝乗った最長新快速とほとんど変わりありません。朝の旅行はまさにマニアのこだわりです。同じ線路を延々3時間戻る訳で,ご苦労なことです。

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瀬戸内海に海王丸がたたずむ。手前のヨットがちょっと邪魔ですが @須磨あたり

 もちろん車窓も同じなので,基本的には省略です。その4に一部使いましたが,往きの列車で思うような写真が撮れなかった箇所の写真を撮りながら,ほとんどの時間は車内でゆっくりします。明石海峡大橋の近くの海沿いでは,帆船・海王丸が見えます。

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JR総研の実験センターが見えれば米原だ

 13:20過ぎ,JR総研の実験センターが見えれば,播州赤穂まで往復460kmの旅も終わり米原です。米原からはJR東海のエリアになり,先ずは13:30の3218Fで大垣を目指します。階段が列車の前寄りにあるので後ろの方が空いているようです。何気なく周囲を見回すと,先ほどまで乗っていたJR西日本の223系とJR東海の313系はどちらも3扉転換クロスシートを備えますが,車内のテイストは随分違います。一方,下り方先頭車の偶数形式のクハにトイレがついているあたりは共通の設計で,妙なところに感心します。従来と同じ国鉄伝来(?)の設計で変える必要もないからなのでしょう。

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米原~大垣の関ケ原越えは3218Fで @米原

 毎度書きますが,この米原~大垣の関ケ原越えの区間は好きな区間で,左側の座席でゆっくり伊吹山を楽しみます。手前には新幹線の線路があり,ここから伊吹山と新幹線の写真が撮れたらとカメラを構えますが,一度としてそんな光景に出会ったことはありません。

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近江長岡~柏原あたりから見る伊吹山

 伊吹山ばかり注視していましたが,大垣に着く前には左側に金生山も見えます。この山は石灰山でその積出しのために美濃赤坂支線も敷かれていますが,元の山容が分からないほど削り取られてしまって痛々しい姿です。まさに身を削りながら地域に貢献する姿になぜか惹かれます。

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荒尾あたりから見る金生山

 35分の乗車で14:05大垣着。接続はよく,14:11に新快速・豊橋ゆきがあります。この列車に乗れば33分で名古屋です。

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大垣〜名古屋は新快速5336Fで @大垣

 このまま東海道線を上れば20:30には横浜に着きますが,時刻表を繰れば中央線回りでも今日中に帰れるので,今日は塩尻回りで帰宅です。中津川~塩尻間の列車が少ない--日中は2,3時間に1本--ので慌てて行っても仕方なく,名古屋できしめんを食べたり,夕食の買い出しをします。

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名古屋の定番,住よしのきしめん

 名古屋駅のきしめんはホームで食べるグルメの定番ですが,場所によってお店が異なり,「住よし」と「かきつばた」があります。今日はホーム東京寄りの住よしにします。ここは注文してから天ぷらを揚げるそうですが,忙しい僕にはそれを待つ時間はなく,ふつうのきしめんです。ところで,本稿を書くためにググったら,名古屋駅には11か所もきしめんスタンドがある(ブランドも他にもある)そうで,店舗間の競争も激しいのでしょう。どちらかというとエキナカのグルメは充実の傾向ですが,ホームの立食いスタンドは減少傾向の印象なので,どのお店にも頑張ってほしいものです。

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中津川ゆきの快速5733M。赤灯は前側4両のみ点灯 @名古屋

 名古屋では40分あるので,改札の外の高島屋に夕食の買い出しにでかけます。既にきしめんを食べるので10分弱を使っているので,結構慌ただしく,あれこれ迷っている時間はありません。適当に気に入ったかに寿司と焼き鯖寿司を買ったら1,700円にもなってしまいました。尤も,さすが高島屋,隣では1本4,000の鯖寿司を売っており,ちょっと驚いて帰ってきました。

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瑞浪から見た行く手の線路

 ホームに戻れば中津川ゆきの快速5733Mは入線しています。一番前の車両に乗れば,奇数向きのクモハ,日曜日の昼下がりの時間帯で車内はガラガラです。この編成ですが名古屋で僕が乗車ったときは4両編成に見えましたが,中津川に着いてみれば8両編成で,あとから後ろに4両増結したようで,トリッキーな運用です。名古屋を出てしばらくは鶴舞,千種,大曾根と地下鉄のターミナルが続きお客さんを拾いながら進みますが,多治見に着けば車内は元通りのガラガラです。


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中津川の駅前風景。幟が裏向きですみません

 瑞浪を過ぎると列車は30分に1本になり,景色も木曽谷の入口らしくなってきます。16:39,列車は時刻表どおり中津川に着きます。中津川からの塩尻ゆきは21分の接続で,少し時間があるので駅前に出てみます。中津川ではアメリカのレスリングの選手が合宿をしているようで,歓迎の幟がオリンピック休みの週末であることを思い出させます。

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2両編成の身軽な1837M @中津川

 塩尻ゆきの1837Mは霜取りパンタ付きのクモハ313を先頭にした身軽な2両編成で,17:00ちょうどに中津川を発車します。Covid-19禍の日曜日でも夕方の人の動く時間帯なので,2両編成の列車は6割がたの入りです。南木曽までに幾度か木曽川を渡りますが,それより北は50km位にわたり川を渡ることはなく,木曽川の南岸を遡ってゆきます。

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木曽川の谷を川と国道19号線と中央本線が並んで走る @南木曽~十二兼

 緑の山谷のなかを走り,少し人家が見えると駅になります。中山道の宿場のあった須原では4分止まって,上りの「しなの」と交換です。「しなの」は2分ほど遅れてやってきましたが,余裕時分が多いのか,程なく遅れは回復します。

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中山道・旧・須原宿のあたり @須原

 木曽川には水力発電所が多く,読書,大桑,須原,桃山,寝覚...とたくさんの発電所が立地します。下の写真の桃山発電所もそうですが,この辺は中部電力のエリアだと思いますが,関西電力の発電所も多いです。倉本と上松の間には「しなの」では車窓案内も入る寝覚ノ床があります。確か小さな赤いほこらがあったと記憶しますが,夏の緑の濃い時期で見逃してしまいました。寝覚ノ床を過ぎると上松で,次の木曽福島は木曽谷のなかでは最も大きな特急の止まる駅です。

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関西電力桃山発電所 @須原~倉本

 漆器工場の多い木曽福島から更に3駅,藪原までが木曽川沿いで,藪原~奈良井間で分水を越え,信濃川水系の奈良井川沿いになります。トンネルもあり,川の流れを見ていれば分水であることは確かですが,どちらも長野県だし深い谷のなかなので,あまり分水らしい感じはしません。奈良井は中山道の宿場の風情が残る町として人気になり,観光客も少し乗ってきます。川は変わっても地域の名前は木曽で木曽平沢は相変わらず木曽を冠した駅です。

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寝覚ノ床 @倉本~上松

 18:30を過ぎ,少々お腹も空いてきます。塩尻からの中央東線はロングシートの可能性もあり,結構混んでいそうなので,車内が空いている今のうちに高島屋で買ったカニ寿司をいただきます。昔,関所のあった贄川を過ぎると信州,洗馬あたりで松本平の端っこに出ます。18:50,時刻表どおり塩尻に着けば中央西線の旅は終了です。何度も通ったことのある路線ですが,今日はゆっくりすべてが山の中の木曽路を楽しむことができました。

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塩尻からは200km超の長距離鈍行446Mで大月へ @下諏訪

 塩尻では9分の接続で大月ゆきの446Mに乗換えです。この446Mはいろいろな変遷を経て,2014年に今の区間に設定された長距離鈍行で,初めて見たときは新鮮な驚きでした。今は逆方向に高尾~長野間の列車が設定されているので,少々,残念な形になっています。高尾に入らないので編成は短い3両,いつ乗ってもほどほどに混んでいます。少々帰りが遅いですが,青春18きっぷでの旅行にも使いでのある列車なので,今日も18きっぱーと思しき大きな荷物のお客さんがたくさん乗っています。美ヶ原・蓼科方面の山々が夕日に染まり,諏訪盆地のあたりで陽は暮れてしまいます。今までにも何度かこの列車は乗ったことがあり,基本的には夜の移動なので詳細は省略です。

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夕暮れの美ヶ原・蓼科方面 @岡谷~下諏訪

 446Mはとくに理由もなく3分くらい遅れて大月着,所定では5分の接続で東京直通の快速列車に乗換えです。乗換え時間は少ないですが,このような接続で無情に行ってしまうわけもなく,全員の乗換えが終わってから少し遅れての発車です。大月~東京間の快速列車ですが,せっかくの中央本線の旅行にオレンジ帯のE233系はぞっとしませんが,最近少し見直しています。10両もつながっているのでいつでも空いているし,使い古した211系に比べればきれいで明るいです。今夜も前のほうの1号車に乗れば,大月発車時点でお客さんは他に1人です。

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大月~八王子間の2280M~2280T @八王子

 周囲に誰もいないので,家で食べようと思っていたもう1つの焼き鯖寿司をいただくことにします。ロングシートのE233系ではちょっとですが,中央線の通勤電車にも2024年頃にはグリーン車が連結されるので,その時にはよくなるでしょう。以前はこの列車は四方津退避でしたが,今日のダイヤでは相模湖退避に変わっています。面倒な高尾乗換えもなく,八王子には時刻表どおり22:20の到着です。

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高尾の天狗を見れば東京に戻ってきた気になる。赤いライティングが少々不気味

 横浜線の列車は22:18に行ったばかりで,22:32の2248Kまで時間があります。冷房の効いた電車で小1時間ゆっくりすれば東神奈川着です。この時間になると列車も少なく,東神奈川でも9分待ちです。23:36の大船ゆきに乗れば,18分で自宅最寄りの磯子駅に帰着です。

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帰りの列車2本まとめて。横浜線2248K @東神奈川(エンドチェンジ中),根岸線2263C @磯子

 〆てみれば今日は青春18きっぷ1日分で18時間19分988.4kmを旅行しました。午前中に乗った新快速が速いので距離を稼げたようです。自分が知る限りでは,大垣夜行,寝台付鈍行「ながさき」が健在の頃に両者を繋いで約1,100km,「ムーンライトながら」が走る晩にジュニアが敢行した姫路往復1,200kmが青春18きっぷ1枚で乗れる限界で,自分の経験としては多分史上2位になると思います。

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今日の行程。その4で書いた3207M~3407Mの分も含む

 3日の旅行では元々の用事のあった益田の用事をこなし,念願だった,日本最長鈍行を含む長距離鈍行2本半に乗れました。ちなみにかかった費用は5万円でお釣りがくる程度で,意外と安かったです。通常の旅行では夕食はホテルの近くの居酒屋でお酒付きでたっぷり食べるのですが,今回はそれを控えたのが費用節約に貢献したようです。Covid-19禍のなか,こんな出歩いていてよいの...と人目をはばかりながらの旅行でしたが,なんとか鉄分の補給になりました。こんな心配をせずに旅行ができるよう,早くの疫魔の終息を祈るばかりです。(2022.1.9記)
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オリンピック休みに少しの鉄分補給に出掛けてきました・その4--敦賀~播州赤穂の最長鈍行(新快速)の旅

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(イメージ)京阪神の新快速電車 @草津 2021.10.23

その3から

 新年明けましておめでとうございます。このところ航空機や船の話題が多くなっていますが,2022年の1本目は初心にかえり,鉄道,それも鈍行列車の話題でお送りします。2021年の夏休みはオリンピックの開会式の休みと絡めて山陰地方に出かけ,帰りには念願叶って,敦賀から播州赤穂への新快速電車に乗ることができました。今日はその新快速の旅のご報告をします。

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北陸新幹線の延伸開業をひかえ工事たけなわの敦賀駅 2021.7.25(以下,同じ)

 毎年のダイヤ改正の度に長距離鈍行/長時間鈍行のランキング(2021年版はこちら)を作るのをライフワークにしていますが,2019年以来,敦賀~播州赤穂間の新快速3327M~3527Mが3連覇を果たしています。この列車は敦賀発17:49,播州赤穂着21:55で,夏場なら初めの3分の1位は陽のある時間帯ですが,基本的には夜の列車で景色は楽しめません。休日ダイヤではもう1本,同じ区間を走る3207M~3407Mがあり,この列車なら朝が早いのが玉にキズですが景色はたっぷり楽しめそうです。そんなわけでこの旅行の帰りには最長鈍行--新快速を鈍行というのは異論もありましょうが--の乗車を組込んだのでした。

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交通の要衝らしくSL 29600の動輪が鎮座する敦賀駅前

 (2021年)7月25日,5時前に目覚ましで起き,敦賀駅へ向かいます。お天気は曇りですが雨の気配はなく,今日も暑くなりそうです。交通の要衝の駅らしく,駅母屋横にはSL 29600の動輪のモニュメントがあります。敦賀駅は新幹線を迎え入れる工事の真っ最中で,既に新しい駅舎を使い始めています。現在は新しい設備と古い設備が混在しており,改札口周辺は仮設のようで曲がり角が多い複雑な動線です。

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敦賀駅の改札口

 5:20過ぎにホームに上れば既に3207M播州赤穂ゆきはホームに据え付けられています。いろいろな記事で紹介されていますが,この敦賀発の編成は姫路どまりで,播州赤穂まで行く編成は米原で連結しますが,行き先表示はしっかり「播州赤穂」ゆきです。米原での連結シーンの写真を期待してきましたが,前面展望かぶりつきの場所は既に占拠されています。同好の士とみて挨拶をして,ガラガラの車内の好きな席に落ち着きます。

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敦賀で発車を待つ3207M

 5:34,時刻表どおり敦賀を発車,4時間8分275.5kmの新快速の旅スタートです。車窓左手は新幹線の高架がしばらく続き,終点では車両基地の工事が行われています。

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工事中の敦賀の新幹線車両基地

 それが途切れると線路は上り勾配になり最初の見どころ(?)の鳩原のループ線になります。列車は夏草の中を快調に走り,眼下には小浜線の線路も見えます。先ほど通ってきた線路の直上を過ぎて,景色は日本のありふれた里山風景になり新疋田に着きます。

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鳩原のループ線からの車窓。下に見えるのは小浜線の線路

 新疋田~近江塩津間で深坂峠を越え滋賀県に入り,5:51に湖西線を分ける近江塩津に着きます。左手には僕の好きな伊吹山が笠雲を載せています。東海道線の関ケ原側から見る伊吹山は存在感があってとてもきれいだと思いますが,背中側は石灰石の切り出し場になっていて,山肌はむき出し,ギザギザに走る道路が見えます。このあたりからは人家も増え,朝の用務客も少しずつ増えてきます。6:13,浅井氏の小谷城,琵琶湖の水運で栄えた長浜に着きます。ここはホームの真ん中に勾配標が建って運転上も要注意駅のようです。先般,信号の記事を載せましたが,いつか標識の記事を書く時のために,念入りに写真に撮っておきます。

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伊吹山を背中側から見る/長浜駅構内の勾配標

 長浜からは日中30分に1本新快速が走る近郊区間になり,13分走って6:26米原に着きます。米原では誘導運転でしずしずと走って,先にホームで待つ8両編成と連結します。列車としてはこちらが主だと思いますが,先方はこちらの倍の8両編成,増結といったものか微妙です。米原では6:29の発車まで3分停車の間に先頭の1号車に移動します。

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米原では前側に8両の基本編成を増結

 米原からは女性の運転士さんに交代で,時刻表を覗きこめば大阪まで約1時間半の行路です。子供の頃からかぶりつきは大好きですが,複線の本線系統の高速列車で見応えがあります。この223系は一番前の扉横にも補助いすがあり,関東地方のJRでは見られない前面展望です。

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223系はかぶりつきには絶好の車内見付け

 米原から暫くは琵琶湖の東岸,肥沃な田園風景が続き,列車は複線電化の東海道線を快調に飛ばしてゆきます。彦根,能登川,近江八幡,野洲,守山と,久しぶりに乗ったら,随分停車駅が増えたような気がします。

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湖東地方の田んぼの向こうに琵琶湖が見える @米原~彦根

 いろいろな種類の列車と行き交うのも幹線の車窓の楽しみで,近江八幡の近くでは青いEF510牽引の貨物列車とすれ違います。この機関車はもともと北斗星牽引用で田端にいましたが,北海道新幹線開業で仕事がなくなり,JR貨物に転じました。貨物列車用ということもあり車体の汚れは否めませんが,関西~青森間のロングラン仕業で活躍しているのはご同慶です。

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EF510牽引の貨物列車とすれ違い @近江八幡付近?

 7:04,列車は複雑なポイントを渡って草津に着きます。ここからは京阪神アーバンネットワークでも最重要区間で,線路は複々線になります。駅の先には天井川の草津川のトンネルがありますが,今は川は暗渠化され公園になっています。

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複々線になって草津を発車。先に見えるのは天井川の草津川のトンネル

 草津に続き1994年新設の南草津にも止まり,石山,大津と止まります。最近は列車の便がよくなったこともあり,ベッドタウンが広がっており,これらの駅前には大きな高層マンションが建っています。一方,12両対応の長いホームは昔の汽車の風情が残っています。

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高層マンションが建ち並ぶ大津駅の周辺

 新逢坂山トンネル,東山トンネルを抜けて7:30京都に着きます。4時間8分のうちの1時間55分走ったので,行程でいうと半分弱です。京都では2分止まって,息を整えてから愛称・JR京都線に足を踏み入れます。

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京都では2分の小休止

 京都を出ると広い線路敷きの一番左の外側線を快調に飛ばしてゆきます。この区間の最高速度は130km/hだと思いますが,ラッシュ時間帯で余裕があるのか,130km/hの最高速度を出すことはほとんどなくてもダイヤを維持できるようです。東京人の僕は一度も来たことがありませんが,鉄道写真の好撮影地の山崎の大カーブで先行の快速列車を捉えます。右手にはサントリーの工場が見えています。

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山崎の大カーブで先行の快速を捉える

 高槻にに停車,吹田の貨物駅や機関区を見て,新幹線の高架と交わる新大阪に着きます。大阪の都心を見て,淀川にかかる長い鉄橋を渡り,右に大きくカーブすれば大阪です。

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淀川の長い鉄橋を渡れば大阪だ

 関西人好みの巨大な屋根のかかる大阪駅には7:57の到着,ここでも約2分半止まります。大阪駅は最近,再整備され,高い屋根の下にガラスを多用した明るい跨線橋があり,とてもきれいになりました。なお,大阪駅の写真は失敗してしまい,下の写真は帰りに撮ったものです。大阪では運転士さんが交代,この列車3人目の運転士さんは姫路まで1時間ちょっとの行路です。

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大きな片側屋根が見えれば大阪駅

 大阪から先も広い複々線の線路敷を東京近郊にはない最高速度130km/hで快調に飛ばします。8:00を過ぎ陽も徐々に高くなってきて,青空も見え始めます。

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複々線の線路を130km/hでとばす

 右手に六甲山がせり出してくれば神戸は近く,阪急電車が隣に見えれば神戸の中心,三宮です。途中,尼崎と芦屋の2駅に止まりながら阪神間を24分で走り切ります。

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阪急電車が見えれば神戸,三宮だ

 8:27発の神戸を過ぎると線路名称では山陽本線になります。和田岬への支線を分ける兵庫を過ぎると線路は緩行線を乗越して山側に移り,路線別の複々線になります。また,左手には穏やかな瀬戸内海が見えてきます。

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兵庫の先からは路線別の複々線。左手には瀬戸内海も見える @塩屋あたり?

 舞子で明石海峡大橋の下をくぐるとその先は朝霧,大蔵海岸の海水浴場,子午線の上の天文科学館が見えれば明石です。海が見えるのはこの辺までで,以降は少し内陸寄りを走るようになります。

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明石海峡大橋は舞子駅のすぐ近く

 明石の次は昔は通過だった西明石にも止まります。西明石を過ぎると複々線区間は終わり,建物の高さが低くなり郊外らしい景色になります。

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明石市立天文科学館は東経135度の子午線上。写真は帰りに撮ったもの

 魚住あたりからは家々の間のところどころに緑の畑が見えるようになります。加古川を過ぎ,9:03,時刻表どおり姫路に着きます。姫路では敦賀始発の付属編成4両を切り離す作業などがあり,少々長めの8分の停車です。また,運転士さんも交代し,終点,播州赤穂までのハンドルを引継ぎます。

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姫路では敦賀始発の付属編成を解放

 9:11発の姫路から先は休日のみ延長運転の区間になりますが,列車はよく整備された線路を快調に走ります。9:21発の網干の先では網干総合車両所が広がり,施設の端の方には今では少なくなった103系が休んでいるのが見えます。播但線用の電車ですが,もう暫くすると103系も絶滅危惧種になって,たくさんの葬式鉄が押し寄せるのでしょう。

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網干総合車両所では残り少なくなった103系を見る

 陽も高くなり,緑の眩しい中を走って,中国地域色の黄色い115系が見えれば相生です。相生は赤穂線を分け,新幹線駅も止まる駅ですが,在来線ホームは2面3線のこぢんまりした駅です。

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敦賀から約4時間,ようやく相生に着いた

 相生からは単線の赤穂線に入り,最長鈍行の旅も最終区間です。山陽本線から左に分かれた線路は小高い山の中へ分け入って行きます。穏やかな入江の奥の西相生から小さな峠をトンネルで越えると坂越です。

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最長鈍行最終行程の赤穂線は単線で田んぼの中を行く

 ラッシュも終わり穏やかな空気が流れるなか列車は9:42,時刻表どおり終点播州赤穂に着きます。赤穂は忠臣蔵の赤穂藩の城下町ですが,製塩産業や温泉など見どころも多いです。会社の上司が赤穂温泉のあるホテルに惚れ込み,何度か泊まったこともありますが,海を望む大浴場は旅の疲れをいやすには最高です。

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9:42,3407Mは終点,播州赤穂に着く

 到着後1分で9:43に上り列車がありますが,最長鈍行の余韻に浸りたいのでこの列車は見捨て,次の10:12の上りで帰ることにします。ちょうど30分あるので駅前をブラブラしたり,観光案内所に寄ったりで過ごします。赤穂からは旅行も終盤,自宅への帰途の旅になりますが,以降はその5でご報告します。

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播州赤穂駅の表側。高床式の正倉院を思い起こさせる意匠だ

 最長鈍行の3207M~3407Mですが,関西圏の大動脈を高速でとばすので,車窓や鈍行の旅を楽しめるだろうかと思っていました。実際に乗ってみると,何度も通ったことがある東海道本線~山陽本線でも意外と新しい発見も多かったです。また途中にも書いたようにこの列車では,かぶりつきの前面展望もたっぷり楽しめ,飽きることがありませんでした。(2021.12.11記)

その5につづく

オリンピック休みに少しの鉄分補給に出掛けてきました・その3--山陰~北近畿鈍行紀行

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その2から

 今日はオリンピックの連休に出掛けた旅行の2日目の午後から夜の米子から敦賀までの鈍行紀行をお届けします。鈍行紀行とは言っても,その2で詳述した午前中の山陰本線の長時間鈍行から明日の敦賀~播州赤穂間の最長鈍行をつなぐ移動です。東京人の僕にとってこの辺りはあまり縁がなく,久しぶりに訪れたので,ゆっくり車窓を楽しむことにします。

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今日の行程

 前回書いたように米子駅は建替え工事中で,Covid-19禍で駅前は人影もまばらです。昼食を済ませた後は,米子駅の構内でゆっくりします。かつては賑わっていたであろう玄関ホームを東側に進むと境線の乗り場があります。境線は地元出身の漫画家水木しげるにちなんで鬼太郎列車が走り,米子駅のホームもそれを盛り上げるような飾り付けがされています。

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米子駅の境線ホーム入口風景 2021.7.24(以下全て同じ)

 鬼太郎列車は1993年から走っているそうなので,かれこれ28年,単なるブームに終わらせずに根付かせ育てる姿勢に好感します。車両のほうは一貫してキハ40ですが,ラッピングは適時に貼り替えられて,多いものは5代目だそうです。写真では分かりませんが,内装の壁やシート地などにも手が入れられているそうで,相当な凝りようです。

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米子駅で休む「目玉おやじ列車」

 これから僕が乗るのは鳥取ゆき「とっとりライナー」で12:56の出発です。この列車もキハ126ですが,こちらは名探偵コナンのピンクのラッピングのCONAN TRAINです。

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米子~鳥取間の3424DはCONAN TRAIN @米子

 米子を出ると伯備線を分ける伯耆大山で電化区間は終わりです。右手には大山(だいせん)が見えるはずですが,今日はその殆どが雲の中です。左側の車窓は相変わらず日本海の車窓が続きますが,大山を見ようと山側に座ったので,こちら側はふつうの里山風景が続きます。

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大山はあいにく雲の中 @伯耆大山~淀江

 快速「とっとりライナー」は小さな駅は通過し,米子~鳥取間92.7kmを1時間38分で走り切り(表定速度56.7km/h),昔のディーゼル急行よりは幾分速いようです。途中の青谷では5分止まり,「スーパーはくと5号」と交換です。

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青谷では「スーパーはくと5号」と交換

 14時半前,末恒を過ぎ,車窓に湖山池が見えると,1995年開業の鳥取大学前,湖山と続いて止まり,次は終点,鳥取です。出雲市,松江に続き,ここも駅周辺は高架で,高い位置から市内を眺め,14:34,時刻表どおりの到着です。

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湖山池,海の見えない右側の車窓では少しの楽しみ

 ところでこの区間の気動車ですが,午前中と同じキハ126ですが,2003年製の増備車です。前回の記事でキハ126の車内はチープな印象と書きましたが,この増備車では少し改善されているようです。木製らしい風合いの肘掛がつき,荷棚の見付けが変わり,通路側の握り手も大型のものなりました。並べて見ないと分かりづらい改善ですが,JR西日本,新潟トランシスの努力の痕を感じます。

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キハ126(2次車,車号で11番以降)の車内

 鳥取での乗継ぎは38分あるので,外に出て少し散歩します。昨日,美都の道の駅に扇子を置き忘れてしまったので,百均を探して再調達です。到着前に見ていると,駅の手前5,6分位のところにセリアがありました。真夏の午後3時は暑く,百均を往復しただけでも汗だくで,扇子はさっそくの活躍です。

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鳥取駅も高架化されて久しい
 
 鳥取からの列車は536K,浜坂ゆきで,たった32.4km,43分のチョイ乗りの気動車はキハ121の単行です。キハ121は今日ここまで乗ってきたキハ126と同じ設計の両運転台車で,キハ126の2次車と同時期に投入線区の輸送量から単行でも使える車両として製作されました。山陰の地方事情は疎いですが,山陰のなかでは比較的東京寄りの鳥取県東部の流動が少ないのは少々意外です。新幹線の発達で陽陰連絡の交通が整備され,鳥取県と兵庫県の地方の境を跨ぐ横の繋がりは少ないということでしょうか。

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鳥取~浜坂の536Kはキハ121の単行 @鳥取(エンド交換前に撮影)

 鳥取砂丘は線路が敷きづらかったのか,列車は鳥取を出てしばらくの間は里山風景のなかを走ります。久しぶりに海を見ると東浜,また一旦山の中に入り,その次の居組からは兵庫県です。列車は単行ディーゼル,もちろんワンマン運転ですが,今日は車掌も乗っていて,全員のきっぷを改める特別改札があります。また,居組と諸寄の間の山あいでは鹿を見かけました。

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浜坂~豊岡間で今日,初めてキハ47に乗る。随分若番号の車両だ。キハ47-10 @浜坂

 浜坂に着けば12分の接続で180D豊岡ゆきに乗換えます。180Dは今日初めてのキハ47で,編成は前がトイレなしの1106番,後ろがトイレ付ですがとびきりの若番号で1977年製の10番の2両編成です。浜坂を出ると暫くは山の中を走り,餘部でトンネルを抜けて海を見ます。餘部は鉄橋で有名な駅ですが,小さな川の河口に開けた集落への利便を図って今はエレベータも設置されています。また,旧餘部鉄橋の橋脚のモニュメントも残っていて,一連の施設は「空の駅」,クリスタルタワーと名付けられています。

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餘部鉄橋からの景色。緑の山と青い海は昔と変わらない(1985年の写真はこちら

 この辺は山陰海岸国立公園に指定されていて,午前中に見てきた西のほうよりも海岸線が切り立っているようです。リアス式海岸の入江の奥には小さな集落があって,山がせり出したところはトンネルで抜けるような,険しい隘路を列車はたどります。カニで有名な香住の先はいよいよ山が険しくなり,朝から見続けてきた山陰海岸ともお別れです。

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鎧~香住で

 17:01,城崎温泉着。JR西日本ご自慢のリゾート列車「瑞風」を見かけますが,写真は撮れません。ここからは円山川に沿う車窓になると共に,架線柱の建つ電化区間になります。滔々とした円山川を眺めること12分で列車は豊岡に着きます。17:15着の豊岡では,18分の接続で442M福知山ゆきに乗換えです。442Mは京都地域の緑の1色塗装の113系2両編成,この列車もまたワンマン運転です。

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豊岡~福知山の442Mは113系2両のワンマン運転 @豊岡

 車窓は相変わらず円山川に沿う車窓が続き,城崎までの海の景色とはうって変わって山の景色が続きます。播但線を分ける和田山はかつての鉄道の要衝で,広い構内に煉瓦積みの大きな機関庫跡が残ります。鉄道模型のストラクチャーにしたいような立派な機関庫ですが,火事があったのか,朽ちてしまったのか,屋根が骨組みだけの無残な状態で,夕暮れに寂しさを誘います。

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和田山駅機関庫跡

 円山川に沿うルートは播但線がたどることになり,山陰本線は由良川の街の福知山に向けて峠越えになります。簗瀬~上夜久野の夜久野高原のサミットを越えれば京都府です。18:46,時刻表どおり福知山着ですが,接続が悪く,引続きの山陰本線上り列車は29分の接続です。今夜はそれ以降の接続がよいので,夕食の買い物なども福知山で済ませることにします。

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福知山駅前にはターンテーブルの線路と共にSL,C11 40が

 時刻は夜7時前ですが,真夏なので明るいです。大きく新しい高架の駅を出れば,駅前広場にはターンテーブルの台に載ったC11が鎮座します。支社もある鉄道の街の駅前だけに手入れも行き届いて,動態保存機のようです。駅構外のセブンイレブンに足を延ばしますが,JR西日本エリアでは構内売店もセブンイレブンなので品揃えは大差なかったかもしれません。

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山陰本線1146Mは福知山~綾部のチョイ乗り @福知山

 舞鶴線の列車は日中は福知山からの直通列車が主体ですが,この時間帯は綾部始発で,福知山~綾部間の3駅13分は山陰本線の列車で繋ぎます。園部ゆきの1146Mは2両編成のワンマン運転で,電車は新しそうな223系5500番台です。関東人の僕にとっては221系以降のJR西日本のアーバンライナー電車はみな同じように見えますが,5500番台は福知山地区用に2008年に製作されたグループだそうです。

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こちらは舞鶴線351M @綾部

 19:28,綾部着,ここからの舞鶴線351Mも223系5500番台2両編成のワンマン列車です。綾部から東舞鶴までは5駅29.0km,ちょうど30分の乗車です。舞鶴線は多分,生まれて2度目の乗車ではないかと思いますが,影の薄い線区です。東舞鶴での接続はよく,2分の接続で小浜線の949Mに乗換えです。この列車は単行でも運用できる125系の2両編成のワンマン列車です。今日は朝の424Dに始まり,乗った列車8本すべてワンマン列車です。JR西日本も地方線区の経営は楽ではないようで,合理化も相当進んでいます。

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小浜線949Mは125系2両編成 @小浜

 今日の最終行程,東舞鶴から敦賀までの小浜線は84.3kmあり,949Mは1時間52分で走り切ります。福井県西部の嶺南地方は,またの名を原発銀座といい,関西電力の高浜,大飯,美浜に加え敦賀には日本原子力発電の敦賀発電所が立地します。1か月前の6月23日に美浜原発3号機が10年ぶりに再稼働したそうで,稼働開始後40年超の原子炉としては初めてだそうです。早くに日本の各原発の運用が正常化してほしいものです。

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夜10時敦賀着。北陸新幹線延伸を控え新しい駅舎ができている

 昼間なら原発の重厚な建築物や青い海が楽しめるのでしょうが,今日は夜8時過ぎで,満月がきれいなほかは車窓の楽しみはありません。車内に眼を転じればお客さんは1両目は見事に空気輸送,2両目は僕のほかに2人だけです。この列車は高浜,上中,美浜の3駅とも相手側列車を待たせる殿様ダイヤで,交換待合わせの際のスタンプの楽しみもなく,車内で大人しくしているしかありません。

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今日の行程。日本海沿いに青春18きっぷ1日分で549km乗った

 21:59,時刻表どおり敦賀着。敦賀の駅舎は北陸新幹線の延伸開業を控え新しい駅舎を使い始めているようです。古い構内の設備と混在して多少ゴチャゴチャした感はありますが,2024年春の開業時にはきれになっているのを見に来るのが楽しみです。明日も朝が早いのでコンビニにも寄らずに駅近くのホテルにチェックインします。早いもので明日の晩は自宅の予定ですが,帰途の旅行を楽しみに今夜も早寝です。(2021.11.13記)

その4につづく

オリンピック休みに少しの鉄分補給に出掛けてきました・その2--山陰本線の益田~米子間鈍行

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その1から

 今日はオリンピックの連休に出掛けた旅行の2日目の午前,山陰本線益田から米子への鈍行,424D~324D~134Kの旅をお届けします。僕は鉄道趣味のなかでもとくに長距離鈍行列車,長時間鈍行列車は好きな分野で,毎年ダイヤ改正の度にランキングを作っています。このランキングは距離で200km以上,時間で4時間半以上を掲載基準としています。この列車は2020年3月ダイヤでは距離で191.5km,時間で4時間28分の運転でギリギリで条件を満たせないでいました。毎年とても残念に思っていたのですが,なぜか今年2021年ダイヤでは所要時間が6分延びて,4:34の運転になり,晴れて条件クリアとなりました。また,2017年にはこの列車の前身の列車に乗っていて,その時はキハ40での運転だったので,キハ40使用の長時間鈍行にぜひ乗ろうと,この列車の乗車が今回の旅行の大きな目的です。

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2017年に134Kの前身の132Kに乗ったときはキハ47だった @宍道 2017.9.3

 (2021年)7月24日(土)6:30過ぎ,益田駅前のホテルで目覚めます。新しそうな駅前の都市ホテルですが,大風呂の設備が嬉しく,朝からひと風呂浴びます。天気は晴れ,今日も楽しい列車の旅を期待しますと言いたいところですが,世の中はCovid-19禍,検温チェックにマスク装着で,長距離の移動に人目をはばかりながらの出発です。

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朝の益田駅。12分の間に各方面の列車が出発 2021.7.24(以下全て同じ)

 7:00過ぎに駅に着けば,改札口周辺はガラガラで,本当に人出が制限されているようです。発車案内を見れば,12分の間に益田からの3方面へ列車が発車し,学期中であれば通学の高校生でごった返す時間のはずです。

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駅構内には柿本人麻呂公像が

 改札を入ると万葉歌人の柿本人麻呂公が旅する旅客を見守るごとく,ホームに佇んでいます。人麻呂公は政府の役人で石見の国に赴任し,益田の近くで没したこの地にゆかりの人です。

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駐泊の気動車は仕業点検のさなか

 期待の長時間鈍行乗車なので早めに駅に来ましたが,列車未だ入っていません。ホームの先の留置線ではキハ120が1両,朝の仕業点検をしています。エンジン始動から運転状態の確認,ブレーキの動作,ライト点灯,ドア開閉...床下機器類を中心に一回り目視と運転士さん1人でこなしてゆきます。気動車は電車と違い機械系の装備も多く,点検も大変そうです。

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益田は山陰本線の結節点。松江・米子方面と下関方面の列車が離合

 7:30前,駅舎前の1番線に424Dになる列車が浜田方面から入ってきます。あれれ。列車は新しいステンレスのキハ126です。そんなはずではなかった...キハ40を期待してきたのに,キハ126はかなりガッカリです。考えてみると三江線が廃止になり,キハ120の運用に余裕ができるので,古いキハ40を運用から外し,燃費もアコモデーションもよい新型車両を使うということでしょうか。

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益田~石見津田ではさっそく海沿いを走る

 隣の2番線は山陰本線長門市方面の列車で,こちらはキハ47です。こっちのほうがいいなと思いつつ,ま,新しいほうが乗る分には気持ちいいと気を取り直して,新しい気動車に乗ります。7:39,時刻になれば,ローカルのワンマン気動車はとくに儀式もなく発車です。益田を出ると列車は石見津田まで7分止まりません。益田の市街地をぐるりと巻いた後,日本海の車窓が開け,ほどなく,昨日,写真を撮った鉄橋を渡ります。

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鎌手~岡見で。山陰海岸は入り組んでいる

 山陰本線は海の車窓がきれいで,今日はたっぷりそれを楽しむつもりですが,一番きれいなのはどこかなどの事前勉強はしていません。適当にきれいな車窓があれば,写真を撮るだけです。全般に山陰海岸は入り組んでいて,上のような景色が多い印象です。

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特急退避の折居で。すぐ裏には日本海

 かつては貨物も扱っていた岡見を出ると列車は山側に向きを変え,発電所を迂回するように長いトンネルに入ります。乗車時は原子力発電所を迂回するものと思っていましたが,調べると三隅発電所は火力でした。岡見へは美祢線の美祢から山口線経由で,往路(美祢~岡見)は炭酸カルシウムを,復路はフライアッシュ(石炭灰)を運ぶ貨物列車が走っていましたが,2013年の豪雨災害で運休になった後,2014年に正式に廃止になったそうです。JR貨物は老朽化したDD51の代替機を投入しても採算が取れないと消極的だったそうで,モーダルシフトが叫ばれる今から考えると残念な話です。

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折居では特急退避。3001D「おき1号」

 折居では約3分止まって,下りの特急と交換です。益田では逆光でまともな写真が撮れませんでしたが,ここでようやくチラ見せの海をバックに列車のスナップが撮れます。

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浜田マリン大橋

 海側の車窓に名前だけは壮大な浜田マリン大橋を見て,8:30,浜田に着きます。浜田はこの周辺のJR線を管轄する浜田鉄道部もある要衝で,列車は17分止まります。

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こじんまりとまとまった浜田の駅舎と駅前広場

 昨日は広島から新広益線のバスに乗りましたが,陽陰連絡のバスとしては広浜線のほうが由緒正しく,明治時代の鉄道敷設法別表にも掲げられています。昭和の戦前期に途中の今福までは工事も進み,ほぼ完成していたにもかかわらず,戦争により中断。その後に鉄道建設公団により工事が再開されるも,今度は国鉄赤字ローカル線問題で工事は凍結となりました。幻の広浜鉄道というそうですが,変転の歴史,未成線マニアには聖地のような趣です。未成線といえば未成線サミットというイベントがあり,第3回の今年は浜田で開催だそうです。

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浜田駅に掲げられた今福線の遺構マップ

 列車に戻ると浜田でお客さんの多くは入れ替わり,前側の車両はガラガラです。ここで今日の気動車キハ126のおさらいをしておきます。キハ126は2000年代初めに山陰方面の高速道路整備に対抗するための山陰本線高速化事業の一環で設計,製作された気動車です。主機は特急187系と同じコマツSA6D140H・450PS,車体は裾絞りのないストレート断面の軽量ステンレス製です。車内はボックスシート主体で構成され,乗り鉄派には嬉しい設計ですが,1次車のシートは金属パイプ製の肘掛けと座席フトンの間に得体の知れないスペースがあってチープな印象です。製作費用は島根県,鳥取県から無利子貸与の援助を受け,全車とも新潟鉄工所,新潟トランシス製です。

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キハ126(1次車)の車内。製作は全車新潟鉄工所・新潟トランシス

 浜田からは列車番号は324Dになり,運転士さんも交代します。車窓は相変わらずの山陰海岸ですが,波子(はし)のあたりでは,僅かばかりの砂浜,海水浴場が開けます。

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波子海水浴場。真ん中左の白い塔は県立石見海浜公園の歩道橋。凝った意匠ではあります @波子付近

 9:13,江津着,7分止まって下りの快速と交換です。この時間を利用して列車の写真を撮ったり,駅構内を眺めたりします。三江線がなくなってしまったので江津はただの中間駅ですが,2両編成の気動車に似つかわしくない長いホームは大駅の風情です。この周辺には風力発電所が多く,石州瓦のきれいな日本家屋の向こうたくさんの風車が見えます。

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石州瓦の日本家屋の向こうに風車の車窓 @黒松~石見福光

 9:51,馬路着。ここは石見銀山が近いようですが,今日は観光客もなく,静かな無人駅です。「マジ」と大書きされた案内板が眼を惹きます。続いて10:09,大田市着。何気なくホームを見ると,跨線橋の登り口になにやら案内板があります。1890(明治23)年鉄道庁神戸工場製の鋳鉄製の跨線橋の柱は現存する中で最古だそうです。

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現存最古の鋳鉄製門柱 @大田市駅

 大田市を出ても山陰海岸の車窓は続きます。下の写真は波根(はね)~田儀(たぎ)あたりで撮ったものですが,とても澄んだきれいな海であることが分かります。

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波根~田儀で。山陰海岸の海は澄んでいる

 この辺りからは車窓は広い日本海ではなく,日御碕半島の島影が見えるようになります。

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海の向こうに日御碕半島 @田儀~小田

 陸地のなかを走るようになり,右手に出雲車両支部が見えると西出雲です。ここから暫くは電化区間となります。都会らしい景色になり,高架に登ると10:49,時刻表どおり出雲市着です。

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倉敷から来た長距離鈍行の283Mは食パン顔の改造先頭車編成 @出雲市

 この列車としては行程のほぼ7割消化で,運転士さんも交代,列車番号も134Kに変わります。2分止まって,倉敷から来た283Mを受けると直ぐ発車です。山陰本線も電化区間では列車の頻度も高まり,次の直江ではさっそく4分止まって「やくも3号」と交換です。1駅おいて,宍道でも4分止まって「スーパーおき3号」と交換です。

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宍道駅木次線ホームの賑わい

 宍道は木次線を分けるジャンクションですが,18分後に木次線の列車があるので,ホームは大賑わいです。JR西日本は三江線に続き,木次線も廃止したい考えのようで,今のうちに乗っておこうという乗り鉄が押し寄せているようです。帰浜後にジュニアから聞いた情報ではこの日,備後落合で積み残しが出るほどの混雑だったそうです。

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宍道を出ると車窓は宍道湖になる

 宍道を出ると線路は宍道湖に沿うようになり,穏やかな汽水湖(淡水に海の海水が混じった湖)の景色がしばらく続きます。宍道の次の来待は来待石の産地で,ホームの上にはモニュメントがあります。来待~玉造温泉は山陰本線では数少ない複線区間です。

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来待石のモニュメントのある来待駅のホーム

 複線区間はたった1駅間で単線に戻り,県庁所在地らしいビルの並ぶ景色になると,再び高架を登って11:33,松江着です。

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宍道湖の向こうにビル群が見えれば松江は近い @玉造温泉あたり

 松江では7分止まって,この列車最後の大休止です。ふと下りのホームを見ると見慣れないブルーの気動車がいます。「あめつち」は2018年運転開始なので既に3年経っていますが,僕にとっては新しい観光列車のイメージです。それにしてもJR西日本はこの手のキハ47改造のリゾート列車が好きです。

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松江では「あめつち」と交換

 11:40,松江を出ると列車は最終区間に入り,景色は中海沿いの山陰地方のなかでは割と人家や工場の多い地域です。いささか疲れてもきたので,ボーッとして過ごします。山陰本線は昔,昭和50年代ごろまでは長距離鈍行の宝庫で,とくに824レは門司を朝5:00台の始発で出て,延々山陰本線を東進し,夜中の23:00過ぎに福知山に着く有名な列車でした。824レには残念ながら乗ったことはありませんが,1979(昭和54)年の夏休みに高校の鉄道研究会の合宿の散会後,出雲市の先の江南(8:47)から豊岡(17:31)まで544レという客車鈍行に乗りました。当時の客車鈍行は荷物車も連結していて,駅ごとに荷扱いの長時間停車があり,スタンプ蒐集には都合がよかったです。

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山陰本線の古い駅スタンプ。乃木,宍道,荒島

 さて,この列車はワンマン運転ですが,行き違いなどがなければ大抵の駅は45秒の停車(一部30秒停車もあり)です。以前は,ワンマン運転の停車時間は30秒が一般的だったと思うので,この15秒の差が全体で6分の差になり,長時間鈍行誕生のきっかけになっているのかもしれません。なお,これはこの地区の2020年ダイヤを知らないので,全くのあて推量です。

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終点米子を前に。運賃表示器にはびっしり45の駅が並ぶ

 12:03,安来着。朝の益田からここまでが島根県で,最後の1駅,米子は鳥取県です。横に長い島根県を端から端まで鈍行で走ってきた感じです。12:13,列車は時刻表どおり米子に着きます。運転台後ろの運賃表示器は,50この表示枠にほぼ一杯,45の駅が並びます。米子駅はたった2両の気動車がさびしく見える大駅で,ホームは長く,跨線橋がなんと3本も架かります。4時間34分の鈍行列車のゴールに相応しい佇まいです。

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米子駅の佇まい。跨線橋が3本も架かる長いホームは地域隋一の大駅

 お目当ての長時間鈍行の旅は無事終了ですが,今日の旅程はまだまだ敦賀まで続きます。ちょうどお昼でもあるので,駅の内外を眺めたり,食事をしたりで過ごします。

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米子駅は建替え工事中。駅ビル近くに掲げられた感謝状

 米子は鉄道管理局併設の大きなビル型駅舎ですが,現在,駅舎の改築工事中です。新潟や旭川などもこのようなタイプの駅ビルでしたが近年は建て替えが進み,残るのは釧路ぐらいかと思います。玄関ホームの1番線にはJR西日本スタッフから駅舎建物への「感謝状」なる掲示があり,Covid-19禍の移動のなか心が和みます。

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整備の進む駅前広場,新旧の支社建物が並ぶ

 駅前に出ると再開発の工事中で,改札口は至って小さい臨時の出口です。その前にはセブンイレブンブランドの駅売店兼土産物屋が陣取ります。気分は駅そばのような軽いもので食事をしたいのですが,そんなお店は見当たらないので,セブンイレブンでお握りとパンにします。外は32度の暑さですが,今のご時勢,列車内での喫食ははばかられるので,建物の蔭で立ったまま胃袋に押込みます。

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米子駅建替えと南北自由通路整備のPRポスター

 米子では43分の乗継ぎでしたが,時間も余っているので,駅内外や南北自由通路整備のポスターを見たりで時間を過ごします。今日はこれから山陰本線を東進,綾部からは舞鶴線,小浜線で敦賀まで行きます。続きはちょっと先にアップ予定の「その3」をお楽しみに。(2021.10.9記)

その3につづく) 

夏の終わりに青春18きっぷでちょっと山梨へ

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 自称「取材」と言っていますが,ブログの話題を集めるためには旅行が欠かせませんが,コロナ禍でそれが著しく制限されています。今日は少々古新聞ですが,去年の夏の終わりに行った山梨への旅行をお伝えします。このブログでもわが家の墓所は甲府であると何度か書きましたが,墓参りの帰りにちょっと足を延ばして小淵沢で鉄ちゃん(鉄道写真を撮ること)をしてきました。行ったのは(2020年)9月6日(土),青春18きっぷ夏シーズンの最後の週末です。墓参りは例年,夏の旧盆と秋の彼岸に行っていますが,コロナ禍もあり,ご先祖様には申し訳ないですが,手を抜いてちょうど真ん中あたりに1回で済ませます。実はこのタイミングは暑さも和らぎ,学校も始まり人出も減って,旅行をするにはよい時期です。

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往路の列車2本。根岸線~京浜東北線600B,横浜線711K 2020.9.6(以下全て同じ)

 出発は自宅最寄りの磯子駅6:50の根岸線です。列車は600B,ぴったりの番号でちょっと幸先のよいスタートです。東神奈川で横浜線に乗換え,8:06に八王子に着きます。中央線ホームに行って発車案内を見ると今度の発車は6:35の松本ゆき!です。前夜,九州の西を台風が北上した影響で上り列車が止まっていたようで,折返しの下りも2時間弱の遅れ,ちょうど今,列車が来るようです。発車案内の表示は松本ゆきですが,案内放送は「大月まで参ります」で,どこまで走るかは運転調整次第のようです。

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八王子からは遅れていた429Mで中央線を下る

 面倒な高尾乗換えもなく,列車は小仏峠に向かって登ってゆきます。先夜の雨はひどかったようで,高尾の先のマス釣り場が泥水たまりのようです。今日の墓参りは家族は留守番,一人旅なので,少々恥ずかしながら車内をウロチョロあちこちで写真を撮ります。

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浅川の谷筋のマス釣り場。泥水たまりのようだ

 その先,鳥沢では列車を捨て小1時間の間,鉄ちゃんする行程でしたが,ダイヤがメタメタなのでそのまま甲府へ向かうことにします。鳥沢の鉄橋から見た桂川は見たことがないような水量で,濁流になっています。

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鳥沢の鉄橋から見た桂川

 大月では少し止まっただけで,列車は運転打切りになることもなく中央線を下ります。表示は429Mですが,ダイヤ上は529Mのスジに乗っている感じです。その先は,開通した1903(明治36)年当時,日本最長だった笹子トンネルを通過します。調べるとこのトンネルの扁額は伊藤博文の揮毫の「因地利(地の利によって)」(笹子側)と山縣有朋の「代天工(天に代わって工事す)」(甲斐大和側)だそうで,今度行ったら写真でも撮ろうと思います。また,笹子の駅前には大きな記念碑が建っていますが,こちらは桂太郎(陸軍大将)の揮毫で,甲府城にあったものを1993年に移したものだそうです(いずれもWikipediaによる)。

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笹子駅前の笹子隧道記念碑(帰りの列車から)

 甲斐大和からは日川沿いの断崖を走りますが,今は新大日影第二トンネルもできて外の見える区間は少ないです。トンネルを出て窓の下に保存機のEF64を見れば,勝沼ぶどう郷です。

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勝沼ぶどう郷駅前のEF64。上から見ると随分傷んできたようです

 勝沼ぶどう郷から塩山にかけて甲府盆地に下ってゆくルートは実は大好きな景色で,何度もこのブログに写真を載せています。今日は台風が近くにいることもあり,上空は青空ですが山の向こうは曇りがち,山ひだにも水蒸気がたなびく景色です。ここでは甲府盆地側に目がゆきがちですが,右側の車窓も大菩薩嶺に繋がる山々がきれいです。

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甲府盆地を見下ろす勝沼ぶどう郷~塩山の車窓

 10:00前に塩山着,ここで今日初めての特急退避です。今日は1本も抜かれずに甲府まで逃げ切れるかと思いましたが,そうはゆきませんでした。

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塩山で今日初めての特急退避

 10:20過ぎ,甲府着。今日の昼前は,甲府~韮崎間の景色のよさそうなところで,退役が見えてきた215系の「ホリデー快速ビューやまなし」を撮る予定です。ダイヤがメタメタなので,ホリデーやまなしは時間どおり走っているか甲府駅の改札口で確認します。ところがなんと,今日はこの列車の運転はありませんと。ホリデーやまなしは冬の期間を除く毎週末運転の定期列車みたいなものと思っていましたが,コロナ禍もありこの夏は設定がなかったようです。そのことに甲府に着くまで気づかなかったのは,全くもって迂闊でした。

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甲府駅前の丸政の店先(北口店)と山菜そば・山賊あげ

 やることがなくなってしまったので,甲府での墓参りを繰上げ,昼前には駅に戻ります。ついでに駅前のそば屋で軽く昼ご飯も済ませます。丸政は「高原野菜とカツの弁当」で名を売った小淵沢の老舗駅弁屋ですが,最近は甲府に進出してきて,駅の南口と北口に立ち食いそば店(着席スペースもある)を構えています。この店のそばは漂白してない田舎風でおいしく,山賊あげも食べ応え十分で,隠れた甲府の名店(?)です。

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甲府からは437Mで小淵沢へ下る

 駅に戻れば,ダイヤも概ね時間どおりに戻ったようで,次の下り列車は11:57の437M松本ゆきです。この列車で小淵沢を目指しますが,今度は後ろ側カブリツキで下り列車が富士山バックで撮れるところはないかロケハンします。残念ながら,今日は富士山自体もよく見えず成果はありませんでした。

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後ろ側カブリツキでロケハン。駅は塩崎(左下)と韮崎(右上)。どちらもやや右手に富士山が見えるはず

 12:35頃,小海線を分ける小淵沢着。小淵沢駅を出た小海線の列車は南アルプスと八ヶ岳を望む築堤を半円を描いて登るルートで,小淵沢の大築堤といって有名な撮影ポイントです。今日の午後はここに行ってみることにします。12:49に小淵沢に着く上り列車があるので,モタモタしている暇はありません。列車を降りたら真っすぐタクシー乗り場に行くと,幸い何台かのタクシーが止まっています。一番前の車を覗くと,ポカポカの日差しを受けて運転手さんが居眠りをしています。窓をコツコツ叩いて,ようやく乗車です。あらかじめ用意の地図を示し,大築堤の真ん中あたりまで送ってもらいます。

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タクシーで撮影地まで乗りつける。レンタカーより安くて楽ちんです

 幸い今日は野辺山回転の臨時列車「八ヶ岳高原列車」が走るので,1時間半ちょっとの間にハイブリッドDCを含む4本を撮ることができます。線路の向こうの山は南アルプスで天気がよければ絶景なのですが,今日はあいにくの曇り空です。また,後ろにはちょうどパラグライダーが舞っています。

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8255D「八ヶ岳高原列車5号」
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8255D「八ヶ岳高原列車5号」。同じ列車ですが別の位置で

 列車が少ないので,間の時間は少し色づいてきた田んぼの中でのんびりしたひとときです。定期の1本はお試しに動画を撮ったりして楽しみます(Youtubeにあげてあります。こちらからご覧になれます)。そして今日の最後はハイブリッドDCです。

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定期の230DはハイブリッドDCのキハE200

 大自然の中でたっぷり鉄ちゃんを楽しんだ後は,鈍行列車で横浜への帰宅の旅です。ところが14:30頃に迎えを頼んだのですが,タクシーが来ません。またも居眠りをしているのでしょうか。仕方なく往路のレシートを見てタクシー会社に電話をし,迎えに来てもらいます。それで迎車料金をふつうにとるのか!と言いたいところですが,今日は気分もよいので不問とします。

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キハE200。登場から13年経ちすっかり定着 @小淵沢

 小淵沢駅に戻れば,帰りの列車は14:50の544M高尾ゆきです。少し時間があるので,小海線ホームに行ってキハE200の写真を撮ったり,544Mの入線風景を撮ったりします。

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中央本線544M @小淵沢

 小淵沢からは元々はホリデーやまなしの予定でしたが,今日は走らないので,少し早めの鈍行で引上げです。幸い今日の544Mはクロスシートの編成です。長野の211系6両編成はクロスシート(6本)とロングシート(8本)がありますが,甲府~高尾・立川ではどうも4/7以上の確率でロングシートに当たるような気がします。小淵沢でビールを買いそびれたので,今日の反省会+陽のあるうちからの晩酌はお預けです。大月で特急退避の間にビール,肴,土産を仕入れます。高尾~八王子を快速電車で繋げば,八王子からは今日最後の快速列車,それも磯子まで直通で世話がありません。

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帰りの列車2本まとめて。中央線1742T,横浜線~根岸線4740K

 墓参りのお勤めもしましたが,基本は気楽な一人旅,旅行の成果と無事に感謝です。韮崎~小淵沢間の中央本線は南アルプスを望む景勝区間であちこちに写真を撮りたいポイントがあります。今日は横着をしてタクシーを使いましたが,レンタカーを借りるよりお財布にやさしく,癖になりそうです。さて,次の春の彼岸はどこに行こうか考えてしまいます。

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今日の行程表。今回は随分予定と違う実績になりました

 2020年夏シーズンの青春18きっぷですが,これでなんとか5枚を消化しました。コロナ禍で遠出が制約されるなか,密を避けながらの旅行です。こんな気遣いなく複数人で旅行ができるようになる日が待ち遠しいです。(2021.2.7記)

2020年夏のアクティビティ1--横浜から青春18きっぷで名松線を訪ねる

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 今年の夏はコロナ禍で外出もままならぬ毎日ですが,先日買った青春18きっぷを活用するために少しの遠出を計画します。新型コロナに感染しない,また万一気づかぬうちに感染していても他人にうつさないの万全を期してのお出かけです。行く先は三重の名松線,ちょっとワケあってタブレットの交換風景の写真が必要になったのです。

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今朝も出発は早朝の根岸線。463A @磯子 2020.8.1(以下,全て同じ)

 (2020年)8月1日(土),今朝も出発は早く,5:37磯子駅発の大船ゆきです。大船では12分の接続で321M沼津ゆきに,三島では8分の接続で静岡ゆきに乗換えです。その先は静岡で2分,浜松でも2分と接続はよく,東海道線を西下します。あまりに接続がよいので,道々の車中で時刻表を繰ります。東海道線で大船から名古屋までを下る乗継ぎパターンは34とおり(平日)あり,この321Mでスタートする所要時間5:08のパターンは鈍行利用の最速でした。ちなみに,夕方運転のホームライナー浜松3号を使う乗継ぎは4:43で段トツに速かったです。

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東海道線の列車たち1。大船~三島の321M @小田原,三島~静岡の741M @三島

 何度も通う東海道線を下る単調な旅,こんなことでもして気を紛らわせます。この34のパターンの検証で浜松から岡崎までの時間つぶしができました。車窓ではところどころに新幹線の線路が望めますが,7月から走り出したN700Sを2度ばかり見ることができました。

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東海道線の列車たち2。静岡~浜松の5739M @静岡,浜松~名古屋の5117F @浜松

 11:12,名古屋着。ここでは11:37の快速「みえ」まで25分の時間があります。少し早いですが,名古屋名物きしめんスタンドで昼食にします。名古屋駅は各ホームにきしめんスタンドがあり,この東海道線下りホームは東京寄りの階段の裏側です。きしめん大盛りを頼めば,てんこ盛りの鰹節の香りが嬉しいです。

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住吉のきしめんスタンドときしめん

 名古屋から松阪までは,快速「みえ」で下ります。この列車はJR転換早々に近鉄との競争に打って出たJR東海の看板商品ですが,早いもので登場から30年です。青春18きっぷ族やJRで通しのきっぷを持つ長距離の旅客を除けばやはりこの区間は近鉄の方が有利のようです。11:37発と中途半端な時間ということもあり,今日の「みえ7号」はたった2両編成でも空席が目立ちます。

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2907D快速「みえ7号」はキハ75の2両編成 @名古屋

 ところで,快速「みえ」は四日市-正しくは河原田-津間を伊勢鉄道でショートカットします。この区間のきっぷを買おうと名古屋駅の長距離きっぷ売り場に行きますが,ここのマルス端末では発券できないそうです。しかたなく隣りのJR東海ツアーズの店舗に行くと,発券できないことはないが手で発券しなければならず,11:37の列車には間に合わないようです。しかたなく,この区間のきっぷは車内発券のペラ券になりました。伊勢鉄道はJR東海とは通過連絡運輸をしていますが,きっぷの発売箇所がこんなに限定されるのは???です。JR東海が横着なのか,伊勢鉄道がJRに払う手数料を惜しんでいるのか,理由は部外の者には分かりません。

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桑名で見かけた養老鉄道の電車。京急カラーにびっくり

 さらに言えば,車内の盛んに「この列車は伊勢鉄道線経由です。青春18きっぷなどでは乗れません。別に運賃が必要です」と案内しています。また,列車が伊勢鉄道の区間に入ると車内改札が始まり,取はぐれはないように対策もしています。また,帰りには松阪駅でも伊勢鉄道区間分のきっぷを買おうとしますが,ここでも売れないと断られました。伊勢鉄道,JRとも一体どういう料簡なのでしょうか。

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津で。私見ですが日本で一番何もない県庁所在地駅??

 カミンズの350馬力エンジンのキハ75は力強く,電車のような加速で走ります。登場後27年の気動車はその騒音もすさまじく,かっ飛ばす気動車に乗るのが好きな向きには是非ともお薦めの列車だなどと思います。空いた列車で乗り鉄の醍醐味を楽しめば1:09はあっという間で,12:46,時刻表どおり松阪に着きます。

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名松線は存続運動が盛んな様子 @松阪駅

 松阪では23分の程よい接続で今日の目的の名松線に乗継ぎます。名松線は近鉄の路線網が発達するなか,名張を目指して工事はしたものの伊勢奥津まで開業したところで工事は中止,JR東海のなかでは屈指の赤字盲腸線です。数年前の台風被害で運休が続き,JR東海は廃止を提案したもの,沿線の熱意で存続が決まった由です。

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名松線415C @家城

 時間になれば運転助役がタブレットを運転士に届け,発車合図をして定刻発車です。土曜日の昼下がりの列車はガラガラで,お客さんは9人しかいません。途中,伊勢大井と家城で1人ずつが降りましたが,乗りはなしで,7人が終点伊勢奥津まででした。うち,自分も含め何人かは18きっぱーのようです。名松線の車窓はどうと言うことのない里山風景,右側には雲出川が沿います。13:46,家城着,ここで交換のため13分止まります。交換相手の上り列車は既に到着していて,穏やかな時間が流れています。こちらはタブレット閉塞器の写真を撮るのが目的なので,一生懸命駅の運転事務室の中を覗き込みます。覗き込み防止のためか,事務室は中が見えないように目隠しがされていて,写真どころではありません。仕方なく,駅舎やら交換風景の写真を撮って,時間を過ごします。

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通票の交換風景 @家城

 ところで,今回の名松線訪問はタブレット閉塞器の写真を撮ることが目的でした。しかし,これは事前勉強が不足で,名松線で使われている閉塞システムは松阪~家城が票券閉塞,家城~伊勢奥津がスタフ閉塞で,タブレット閉塞は使っていないのでした。何のことやら難しい話ですが,簡単に解説します。スタフ閉塞とは,ちょうど家城から伊勢奥津のような行き止まりの区間で,対向列車の心配がないときに用いられる閉塞方式で,その閉塞区間の通行証にスタフ(英語の杖)を使う方式です。タブレット閉塞は,20年くらい前までは単線のローカル線でよく見られた,閉塞区間の両端の駅の駅長がお互いに連絡しながら赤いタブレット閉塞器の箱--タブレットのタマが一どきには1こしか取り出せない仕組みになっている--を操作して閉塞を確保する閉塞方式です。票券閉塞は,スタフとタブレットの間に位置づけられる閉塞方式で,タブレット閉塞器のような複雑?な仕組み(装置)は使いませんが,両端の駅長の確認により票券という通行証を発行し,続行列車の運転を可能にしたものです。

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票券とスタフでもキャリア(携行用の革袋)とタマの見た目はタブレット閉塞と変わらない。票券を入れる小袋がついている?

 JR東海もよく考えたもので,名松線の輸送量ではタブレット閉塞を使わなくても,所定の列車は捌けます。タブレット閉塞自体が古い機械なので万一壊れてしまったら一大事,線路にも車両にも異常がないのに列車の運転ができなくなってします。そのリスク回避から,敢えてタブレット閉塞を使っていないと考えたら納得がゆきました。なお,スタフ閉塞でもタブレット閉塞でも国鉄~JRは砲金製の丸いタマ(タブレット)を通行証に用いていたので,これらを十把一からげにタブレットと言っても,間違いとまでは言えません。そんな訳で,タブレット閉塞器の写真を撮るという目的は空振りでしたが,古い閉塞システムの勉強にはなりました。

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途中からは三重交通のバスと並走 @伊勢八知~比津?

 家城を出ると,沿う川は一貫して雲出川ですが,谷幅が狭まり渓谷の趣です。ふと見ると三重交通のポンチョが対岸を走っています。慌てて携帯で調べると,津市コミュニティバス美杉地域の川上ルートという路線が名松線と並走していることが分かります。列車もコミュニティバスも本数は限られているのに,なにも同じ時間に並行して走ることはないではないかと思います。線路も道路も線形が悪くスピードは出ず,終点までほぼ並走していた感じでした。

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伊勢奥津駅。観光や行楽の拠点として整備され棒駅らしからぬ規模

 狭い谷筋を登り,いささかこれ以上は気動車では無理でしょうというくらいの山になり,列車は14:33,時刻表どおり終点伊勢奥津に着きます。名松線の「名」は名張の名ですが,この先どうやって名張に抜けるつもりだったのでしょうか。一志から名張は近鉄大阪線の走る青山峠経由なら37.2kmですが,伊勢奥津はこれよりかなり南で一志から名張まで60㎞位ありそうです。美杉地域はその何もない静かな山里を売りにしているようで,伊勢奥津駅は無人の棒駅ですが,観光の拠点として整備されているようです。

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伊勢本街道に沿って近畿自然歩道も整備されている @伊勢奥津駅前

 名松線の列車はガラガラでしたが,伊勢奥津の駅は美杉への行楽帰りのお客さんでごった返しています。人をかき分けスタンプを押し,今日の目的地なので,周辺の地図などの記念品を収集します。駅舎から出ると,目の前にはのどかな山里が広がっています。駅の左手には「かき氷」の幟のたつかき氷屋とうどん屋があって,その前にはバス停があります。かき氷屋は昔は地方の駅前にはよくありましたが,最近ではめったに見かけず,昭和の昔を思い出すシーンです。

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伊勢奥津駅前風景。バス停前には専業?のかき氷屋さん

 バス停の時刻表を見ると,上りも列車と似たような時刻に家城方面に行くバスがあり,見れば見るほどこのバスに乗りたくなります。いろいろサーベイすると,14:55の川上ルートの一志病院ゆきに乗れば,15:17に伊勢鎌倉駅前に着くようです。列車は15:08にここを出ますが,伊勢鎌倉は15:27発で10分先行できます。勝手が分からないので若干リスキーですが,乗り遅れても名松線の列車はまだあるので新幹線を使えば家まで帰れるでしょう。

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僅かな区間だが美杉地域コミュニティバスにも乗車 @伊勢奥津

 突然,伊勢奥津の出発が13分繰上がったので大忙しで,上に載せたような駅前の風景の写真を撮ります。14:55のバスは遅れていて気を揉みますが,このバスに乗る気になってしまったので15:00まではと待ちます。時刻表ではこのバスは終点の川上の到着も折返しの出発も14:44で,折返しの余裕0のダイヤです。15:00になりかけた頃,先ほど列車の中から見たのと同じ日野ポンチョがやってきました。地方のコミュニティバスのご多聞にもれず,お客さんはゼロです。伊勢鎌倉のバス停の場所などを確認し,このバスに乗ることにします。

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津市美杉地域コミュニティバスの三重交通の日野ポンチョ @伊勢鎌倉

 雲出川に沿う車窓は列車から見るのと変わらず,緑深い谷間です。川と道路と線路が絡み合う道を15分も走ると,旧美杉村の中心部に入ります。Aコープがあればわざわざ踏切を渡って店先につけますが,伊勢八知の駅前に停留所はなく,美杉総合支所前が最寄りのようです。列車から見えた火の谷温泉美杉リゾートが川の対岸に見え,ひと風呂浴びれたらと思います。その先でバスは県道から左にそれ人家の多い旧道を走り,県道に戻ると今度は右にそれた旧道を進みます。テープの案内放送はなく,運転士さんがここですといってバスを止めるので,伊勢鎌倉に着いたと分かります。

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津市美杉地域コミュニティバスの運賃表

 いつの間にかバスは遅れを挽回し,列車まで7,8分ありますが,運賃の計算に一苦労です。コミュニティバスなので運賃は行政が設定した金額ですが,これが三角表に掲げてあるだけです。停留所が運賃の切れ目になる所しか出ておらず,出張所,小学校,交差点...と余所者にはさっぱり分かりません。運転士さんも伊勢奥津から伊勢鎌倉でいくらか即答できず,三角表を眺めながらここからここまでだからと確認して,300円との仰せです。言われるままに300円を払い,楽しいバス旅のお礼をして駅に向かいます。

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伊勢鎌倉駅

 コミュニティバス乗車のもう一つのメリットは,駅撮りではありますが,列車の走りの写真が撮れることです。ホームに着くまではどんな写真が撮れるか期待に心がはずみます。伊勢鎌倉は目の前には田んぼの広がる棒駅ですが,典型的な名松線の車窓とも言えそうです。光線の具合は逆光で条件は良くないですが,とりあえず今日のとびらの写真はここで撮ったものです。

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名松線風景 @伊勢竹沢あたり?

 列車に乗れば,往きの列車で一緒だった乗り鉄,伊勢奥津で目にした行楽帰りの人々で,4分の3位の座席が埋まっています。今日は朝から夜まで座ることが多いので,ここではワンマン列車の後部の車掌台で去り行く線路を眺めて過ごします。15:42,家城着,ここでは13分止まって下り列車と交換です。タブレットの交換風景や閉塞器の撮影が今日の旅行の目的ですが,ここのは厳密にはタブレットでないのと往路にもたっぷり見たので食傷気味です。帰りは軽く流して,下り列車の写真を撮ったりで過ごします。伊勢鎌倉は逆光でしたが,こちらは理想的な陽射しです。

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名松線417C @家城 

 家城からは部活帰りの高校生がどっと乗ってきて,車内のあちこちに立っている人がいます。後ろのデッキでも野球部の高校生がたむろし,練習後のアイスを食べながら談笑しています。ローカル線の日常風景ですが,コロナ禍の今どきマスクもせずに大声での会話は困ったものだと思ってしまいます。そう思う自分も大した用事でもないのに遠地からの移動で,全くこのコロナ禍,早く収まってほしいものです。

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前日の名松線情報

 そういえば今日は名松線はふつうに走っていますが,昨日の夕方は線路の陥没があったとかで,松阪~家城間が夜まで不通になっていました。寝る前に確認したら復旧したとの報なので,それを信じての旅行です。伊勢大井~伊勢川口との情報だったので目を凝らしていましたが,現場を見ることはできませんでした。そうこうするうち列車は16:34,時刻表どおり松阪に着きます。今日の旅行は名松線が目的だったので,ここからはひたすら家への帰宅の旅です。

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2920D快速「みえ20号」 @松阪

 松阪での接続はよく,7分で快速「みえ20号」に乗換えです。この列車はキハ75形の4両編成です。16:58の津を出れば,線路は伊勢鉄道伊勢線となり,夏の田んぼの中を快調に走ります。伊勢鉄道,旧国鉄伊勢線は,亀山まわりで遠回りかつスイッチバックしていた四日市~津を短絡し,名古屋から伊勢や南紀方面への速達を目的に建設された路線で,開業は1973年と比較的新しいです。長距離利用のための新幹線みたいな路線だから途中の町には興味ないよと言わんばかりに,立派な高架がまっすぐに続いています。

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田んぼの中を一直線に進む伊勢鉄道の線路

 伊勢線の僕の初乗りは国鉄時代でしたが,キハ35の2両編成の車内は僕のほかにお客さんはいませんでした。北海道のローカル線などで他にお客さんがいないことはときどきありますが,多少なりとも車窓に家がある伊勢線でのそれは意外な体験でした。今日は都市間を結ぶ快速「みえ」ですが,それでも車内はガラガラ,この1号車には2人しか乗っていません。

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遠くの海沿いの近鉄線沿線は人家や工場が立ち並ぶようだ

 河原田で左から来る関西本線と合流し,暫く走ると四日市です。四日市ではJR貨物のDD51が休んでいます。DD51は宗谷本線から肥薩線まで本当に全国どこでも見られた機関車ですが,今残っているのはJR東日本と西日本に工臨などのための数両とJR貨物愛知運輸区の6両だけです。見れてよかったと思いつつ,慌てて写真を撮ります。

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四日市で休む愛知のDD51

 四日市を出れば名古屋まであと37.2km,快速「みえ」とすれば終盤戦,最速列車は34分で走るこの区間をこの列車は43分もかかります。時刻表上の停車駅は桑名だけですが,その他に富田浜,白鳥,永和,蟹江,八田と5駅も運転停車があります。

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富田浜ではDF200牽引のタンカー列車と交換

 桑名を出て木曽川の河口では急行と並走,長島あたりでは「ひのとり」を見るなど,近鉄電車を見る機会が増えます。キハ85が憩う名古屋車両区を左に,名古屋都心部の高層ビル群をその向こうに見れば終点名古屋です。

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名古屋車両区の向こうに高層ビル群が見えれば終点名古屋

 名古屋では9分の接続で18:15の東海道線の新快速に接続です。あわよくば帰りもきしめんをすすってと考えていましたが,東海道線のホームに行くと1本前の18:00の特別快速が遅れていて,今から来るところです。豊橋での乗継ぎが3分なので,ここで予定どおりの18:15の列車を待つ度胸はありません。取り急ぎ,来た特別快速の5122Fに乗りますが,名古屋発の時点でちょうど列車1本分15分の遅れです。僅かに遅れ挽回し,19:09頃豊橋着。普段なら晩酌のビールとちくわをここで買うのですが,コンビニ横の弁当の売店でいなり寿司のセットがあるのでこれを買います。

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帰りの東海道線の列車たち1。名古屋~豊橋の5122F @名古屋,豊橋~浜松の5984M @豊橋

 往きの乗継ぎの大船~名古屋間5:08が速かったことは最初の方で書きましたが,帰りも豊橋3分,浜松,静岡,熱海もそれぞれ8,8,6分と接続はよく,5:19で走り切ります。帰りはパターン数が若干少なく31パターンありましたが,ホームライナーを使い平日しか成立しない5:14が最速,5:19は3番目に速い乗継ぎパターンでした。

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帰りの東海道線の列車たち2。浜松~静岡の858M @浜松,静岡~熱海の1464M @静岡

 こんなことで時間をつぶして,21:06,静岡着。駅そばのスタンドはとうに閉店の様子です。静岡からの1464Mは今夜最後の丹那トンネルを抜ける上り列車ですが,JR東海名物,恐怖の便所なし211系2+3の5両編成です。静岡~熱海は所要1:15ですが,トイレに行きたくなることもなく,22:29,熱海に着きます。

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帰りのJR東日本の列車たち。熱海~大船の730M @熱海,大船~磯子の2322A @磯子

 熱海ではサラダでも買ってこようと駅前のコンビニを覗きますが,土曜の晩でレジが大行列,6分での買い物は難しそうなので諦めです。ホームに戻れば,電車はJR東日本のE233系,ボックスシート,トイレ付,ガラガラの車内は天国です。豊橋で買ったいなり寿司で遅い夕食です。大船からは根岸線の上野ゆきに乗れば,24:03,無事,自宅最寄りの磯子駅に帰り着きます。24:00を越えてしまいましたが,東京近郊の電車区間の特例により昨日の青春18きっぷでもセーフです。

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今日の行程表

 今日の行程はコミュニティバスに乗りたくて少し予定と変わりましたが,基本的には磯子~伊勢奥津往復の旅です。往きが8:56,帰りが8:55と1分しか違いません。乗り鉄の旅行は何度もしていますが,こんなにぴったりバランスする行程は珍しいです。また,磯子~伊勢奥津は片道438.8km(この他,伊勢鉄道22.3㎞),往復で877.6kmですが,このくらいが青春18きっぷ1回分で旅行できる限界です。

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お約束?のGPSログ。今日は単純往復なので簡単です

 コロナ禍の外出自粛に限りなく近い土曜日でしたが,タブレット閉塞の取材のためと理由をつけて,日帰り旅行に行ってきました。タブレット閉塞器自体は空振りでしたが,JR東海きってのローカル線・名松線に乗ることができました。名松線は古い閉塞システムをはじめとして,昭和の時代の日本の山里を感じるのどかなローカル線です。青春18きっぷの限界に挑戦で,また行ってみたいと思わせる楽しい日帰り旅行でした。早くにこんな旅行が誰にも遠慮せず行ける日が来るのを期して,今日の記事の終わりとします。(2020.9.19記)

2020年春のアクティビティ1--青春18きっぷでダイヤ改正のおさらいに福島へ・後編

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前編から
 (2020年)3月14日はJRグループの全国ダイヤ改正でしたが,1週間後の土曜日に今年のダイヤ改正で動きのあった福島県に青春18きっぷで行ってきました。前回に続き,全線復旧開業なった常磐線に乗った後,今日はいわきからの帰りの様子をご報告します。
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当日の行程表

 話は旅行前に戻りますが,復旧開業した富岡~浪江間に乗った後の行程について,常磐線を突き抜けて,岩沼から東北本線で帰るルートを当初は考えていました。多少時間があるので,蔵王のきれいなあたりで写真を撮ることもできそうです。同じく富岡~浪江訪問を検討していたジュニアいわく,いわきに戻るとぴったりの接続で磐越東線の列車があり,以降の接続はよくないですが,バス代行中の水郡線経由で帰る行程が成立するそうです。郡山と常陸大子でそれぞれ67分の待ち時間は潰しかたに困りますが,磐越東線は多分20年以上行っていません。また,郡山の67分はその間に磐越西線の喜久田まで往復できる--しかも帰りは今改正で指定席車連結になった快速「あいづ」で--ことが分かりました。これが決め手となって,ジュニアの磐越東線,水郡線案採用となりました。

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磐越東線737D @いわき 2020.3.21(以下同じ)

 話を旅行当日の(2020年)3月21日(土)に戻します。いわきからは13:09の磐越東線737Dで郡山を目指します。僕が初めて磐越東線を訪れたのは1978年(昭和53年)で,DD51が雑型客車や大越のセメント工場へのホッパー車を牽いていました。夏休みに夜行明けで郡山から乗った列車は暑かったのと,キハ58の修学旅行用バージョンの800番台が残っていたのが印象です。その後,1回くらい乗り直しをしていますが,かれこれ20年ぶりの訪問です。

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石積みのポータルが歴史を感じる江田トンネル @江田~川前

 列車はいわき駅を出ると僅かの間,常磐線と並走しますが,90度以上右に曲がって北,阿武隈山地を目指します。気動車はキハ110系の2両編成,420PS機関は力強く,電車のような加速で登り勾配を駆け上がります。小川郷あたりまではいわきの郊外の景色ですが,その先は山が深まりトンネルも増えます。磐越東線はいわき,郡山の両側から工事が進み,小川郷~小野新町がつながって全線開業したのが1917年(大正6年)です。通過するトンネルのポータルがどれも昔風の石積みで,100年の風格を感じます。

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磐越東線は夏井川に沿って上る @江田~川前

 小川郷を出ると列車は夏井川の谷を上るようになり,人家も少なくなります。この夏井川沿いの谷筋は国道も並行していませんが,急なカーブは少なく列車は結構なスピードで走ります。この737Dはいわき~郡山間85.6kmを1時間35分で走り切り,表定速度54km/hは単線の地方交通線の普通列車としては上出来です。

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夏井千本桜はまだかなり早そう @夏井

 夏井は夏井川に沿ってちょっと開けたところですが,左の車窓に川に沿った桜並木が眼に入ります。夏井千本桜というそうで,3週間後くらいの開花シーズンはきれいだろうと思います。夏井の次の小野新町は,川は未だ太平洋にそそぐ夏井川ですが,文化圏としては郡山で,小野新町~郡山間の区間列車も増えます。

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神俣の近くで。あぶくま洞の入口,奥の稜線には風車が並ぶ

 このあたりの右手は石灰山のカルストで採石場の跡や鍾乳洞の看板が目につきます。神俣の近くのあぶくま洞は釜山採石場の跡地で1969年に発見されたそうです。また,奥の山の稜線には風力発電の風車が並び,現代的な車窓でもあります。神俣の次の菅谷あたりからは釜山採石場の跡が見えます。駅前には入水鍾乳洞の案内板がありますが,これはあぶくま洞とは別の鍾乳洞です。

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菅谷あたりからは釜山採石場跡の露頭が見える

 郡山が近づくにつれ,お客さんも徐々に増えてきます。三春からは僕のボックスも4人掛けになり,立っている人もいます。

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三春では734Dと交換
 
 郡山の盆地に入り阿武隈川の本流を渡って,郡山総合車両センター(元の郡山機関区)をかすめれば,郡山に到着です。陽射しもよく僕の周囲では居眠りしている人も多かったですが,キハ110系のパワフルな走りに夏井川の渓谷と阿武隈山地の山の景色で飽きることのない磐越東線の旅でした。最後につけた地図でも分かりますが磐越東線は意外と南北に走っていて,東西に走るイメージとは随分違うというのも感想です。

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磐越西線1229M @郡山

 郡山での接続はよく,5分の接続で1229M会津若松ゆきに乗換えます。線路戸籍上は一体をなす磐越線グループですが,東線,西線を直通する列車はなく,お客さんも少なそうです。乗継ぎを早々に済ませ,郡山駅の見分は喜久田から帰ってからにします。

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快速「あいづ」用に指定席車を連結するE721系4両編成と指定席エリアの外観 @郡山

 1229Mは郡山富田か喜久田のいずれかまで乗車の予定で,折返しの「あいづ」の写真の撮り易そうな駅をその場で決める計画です。1つ目の郡山富田は3年前にできた新設駅で棒駅,写真は撮りづらそうです。2つ目の喜久田に向かうと郡山の市街地も途切れがちになり,進行方向に磐梯山の雄姿が見えてきます。これは喜久田選択が大正解だったようで,それで撮ったのが今日の扉の1枚です。喜久田では滞在8分で慌ただしく,今,写真を撮った快速「あいづ」で郡山へ戻ります。磐梯山の麓を行く磐越西線は以前からのお気に入りで,いつかゆっくり撮影行に来たいと思います。

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郡山には只見線での運用を終了したキハ40が集う

 郡山に戻ると,東側に見える郡山総合車両センターの写真を撮りに磐越東線の6番線ホームに行きます。ここからは只見線用のキハ40を多数見ることができます。実はこのときはキハ40の活躍が見られるのもあと僅かと思って写真を撮ったのですが,新津へのGV-E400の投入でキハE120が郡山へ移動し,玉突きで只見線のキハ40は運用終了だったそうです。このキハ40は会津若松派出から撤収してきた後,疎開のような形で留置されていたのでした。そうと知っていれば,別の感慨を持って写真を撮ったのですが。

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キハ40-2026。2000番台は本来暖地向け形式なのによくがんばった

 手近にいた1両を形式写真風に撮ってみます。押しボタン式の扉に乗降口案内の小窓,バス用のクーラー,GPSアンテナに保護柵とよくもまあいろいろ改造されたものです。調べると1987年の水戸を振出しに,新庄,小牛田,郡山と南東北を渡り歩いた車歴の賜物です。1987年製とキハ40のなかでは新しいので,どこかへ転配されるのか,そのまま廃車か気になるところです。

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郡山総合車両センターに残る転車台

 郡山総合車両センターは元の郡山工場の機能も引継ぐ大きな現業機関です。車両の向きを変えることもあるのでしょうか,転車台がきれいな形で残っているのも眼を惹きます。鉄道の要衝,郡山を十分楽しんだ後は水郡線の旅に備え駅そばで腹ごしらえです。郡山は2階の新幹線改札の中と1階の改札口の外に駅そば屋さんがあり,後者の「そば処あさか」でかけそばを食べます。東北の割に出汁は薄いですが,そばは黒めの平らな麺でまずまずです。

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郡山駅1階の「そば処あさか」とそば

 郡山駅での水郡線ホームは東北本線の下りホームの切欠きの3番線で,2番線の南側80mにあります。時間がないときは注意が必要などと写真を撮っているうち,自分も発車の30秒前に駆込むドタバタです。

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郡山駅の昭和の時代と変わらない地下の連絡通路と水郡線の乗り場案内

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水郡線330D @郡山(エンドチェンジ前に撮影)

 水郡線の330Dは時刻表どおり発車,最初の1駅,安積永盛までは東北本線を上ります。ここから左にそれて,福島・茨城の県境の高原地帯を水戸に向けて進みます。安積永盛を出ると間もなく阿武隈川の本流を渡り,暫くは川から離れますが,川東あたりから再度,阿武隈川に沿うようになります。このあたりは盆地でもなければ山地でもなく意外と平らで,里山の向こうには福島空港があります。

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泉郷~川部沖で。梅の木のきれいな向こう2,3㎞のところに福島空港がある

 磐城棚倉まで来ると,峠を越えた印象はなく,福島県のままですが川の向きが変わます。水郡線は奥久慈清流ラインの愛称がついているとおり,ここからは久慈川とともに走ります。

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磐城棚倉はJRバス白棚線が白河とを結ぶ

 17:08発の磐城塙で下りの337Dと交換,次の磐城石井あたりで西の山ひだ八溝山のほうに陽が沈みます。今日の磯子着予定は24:00前後,まだ7時間の行程が残っています。

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ダイヤモンド八溝という訳にはゆきませんが,きれいな日没

 列車は矢祭町に入り,矢祭山に止まります。駅の両側が公園になっているようで,駅前には渓流に赤い吊り橋が架かります。

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矢祭山駅前のあゆのつり橋

 矢祭山と下野宮間に福島・茨城の県境がありますが,列車は峠を越えるわけでもありません。上に書いたように分水嶺はもっと郡山寄りで,東北・関東の境の割には穏やかな地方界です。

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水郡線の駅・沿線案内。私鉄のようなカラフルなもの

 列車は17:38,常陸大子に着きます。この先は去年の台風19号で橋梁が流出し,バス代行になっています。代行バスのダイヤは茨城県内の流動を主体に作られているため,ここで67分のバス待ちです。

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常陸大子駅前に保存されるSL,C12-187。32年の車歴のうち30年は九州で活躍した由

 常陸大子は駅近くに水郡線営業所があり,水郡線の営業,運転の拠点です。駅前には静態保存のC12が展示され,鉄道の町らしい佇まいです。日は暮れてしまいましたが,残照を頼りに,水郡線営業所のほうなどをぶらぶら歩きます。

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水郡線営業所。JRの車両基地といっても土曜の晩は静まり返っている

 また,ここには転車台が残っており,先ほどの郡山と共に,この2駅間であれば新たな転向設備なしにSL列車の運転も可能で,期待が膨らみます。

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常陸大子に残る転車台 

 17:56に下りの代行バスが着き,18:05にそれを受ける339Dが行ってしまうと,いよいよもって周囲は誰もいなくなり,寂しい山の宵になります。商店街のスーパーを覗いたり,駅隣接のコンビニでみやげのこんにゃくを買ったりしましたが,ビールが見つからず寂しい車中になりそうです。

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宵闇の常陸大子駅前と代行バス

 18:45,時間になれば代行バスは出発です。僕の他は18きっぱー風の旅行者2名,フルサイズのバスにお客さんは3名です。バスは久慈川に沿い,昼間だったら渓谷がきれいそうな国道118号線を快適に走ります。29分で定刻19:14に西金(さいがね)駅に到着です。

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代行バス西金着。バスは茨城交通大子営業所が担当

 西金は突然の災害で列車・バスの結節点を担うことになりましたが,元々は棒駅で駅舎も細長い小さなものです。駅の玄関前に着いたバスを降りると,駅舎をスルーしてその先の気動車の入口までが見え,教科書どおりの代行バスの到着位置です。

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西金の駅舎内。細い駅舎の先には気動車の入口が見える

 5分でも乗継ぎ時間は余るくらいで,19:19,定刻発車です。水郡線後半戦はキハE130系の2+1+1の4両編成です。西金からのお客さんも加わりますが相変わらず空気輸送で,前の2両にポツポツ,3両目は僕1人,4両目は誰も乗っていなくて,お客さんは計7名です。ところでこの区間の気動車も常陸大子の車両のようですが,車両運用はどうなっているのでしょうか。日々の給油や仕業点検は水戸でもできそうですが,何日かに一度,常陸大子に戻して入替えをしているようです。というのも昼過ぎの磐越東線でキハE130の回送を見ていて,なんでこんな所で?と思った謎が解けました。

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水郡線856D。こちらは通学輸送の戻りで堂々の4両編成 @上菅谷

 856Dは水戸から帰宅の足を優先しているのか,玉川村,常陸大宮で交換待ち,上菅谷でも常陸太田からの列車の待合わせと,やたらと止まります。長時間停車は僕にはありがたく,上菅谷では駅前のコンビニに走り,アツアツのお弁当とビールを仕入れることができました。ここもブランドはセブンイレブンで,今日はセブンにお世話になる日です。

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常磐線468M @水戸

 水戸からの上りは21:00ちょうどの468Mです。週末きっぷだったら柏まで特急利用の計画でしたが,青春18きっぷでは運賃分が勿体ないので30分遅くなりますが我慢です。水戸を出ればガラガラの車内で1ボックスを占拠,用意の食材で晩酌と遅い夕ご飯です。22:49に時刻表どおり日暮里着,22:55の京浜東北線磯子ゆきに乗換えれば,0:03にはスタートの磯子に帰着です。途中,東京駅から東海道線に乗れば1本早く,0時前に帰り着くことができそうですが,横浜での接続が2分なので,ゆっくり鈍行で帰ることにします。

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スタートの磯子駅には2269Aで0:03の帰着

 さて今日も青春18きっぷ1枚で随分たっぷり旅行しました。復旧開業の常磐線に乗ったほか,久々の乗車の磐越東線は天気もよく満足でした。指定席車連結の「あいづ」はこれまたちょっと事情があり大収穫,水郡線は夜になってしまいましたが,代行バスも含め楽しめました。距離にすれば627.6kmで,青春18きっぷ1日分の距離としてはまずまずです。乗った距離全体でいえば,ひたちに乗った147.5kmを足して775.1kmでした。

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この日のGPSログ。青春18きっぷで627.6km,その他に特急利用区間147.5㎞でした

 この稿を書いている3月29日時点で今シーズンの青春18きっぷは2人日分の余りがあり,はてさてどこに行こうか悩ましいです。(2020.3.29記)

2020年春のアクティビティ1--青春18きっぷでダイヤ改正のおさらいに福島へ・前編

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 (2020年)3月14日はJRグループの全国ダイヤ改正でしたが,1週間後の土曜日に今年のダイヤ改正で動きのあった福島県に青春18きっぷで行ってきました。今日と次回はそのときの旅行の様子をご報告します。
 今年のダイヤ改正では新線の開業はなく,比較的地味なダイヤ改正でした。そのなかで,東日本大震災の津波と原子力発電所事故の影響で運休・バス代行が続いていた常磐線が復旧し,日暮里~岩沼の全線で運転を再開したのがトピック,かつ明るい話題でした。JRの新線の開業であれば初日に行きたいですが,復旧開業,また今回の開業区間は線路の付替えはないようです。それであれば,天気もよくなさそうだし,混雑する初日にこだわることもないと,1週間遅れでの訪問にしました。きっぷは,特急も使いたいので週末パスか,青春18きっぷか迷いましたが,甲府への墓参りの都合もあり青春18きっぷ利用です。

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朝は根岸線526Bでスタート。毎々似た写真ですみません @磯子 2020.3.21(以下,同じ)

 3月21日(土),出発は自宅最寄りの磯子駅を5:57の根岸線上り列車です。横浜からの上野東京ラインは宇都宮線内快速ラビットの1番列車の3620Eで,上野駅で降りてしまうのがもったいないような列車です。

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東海道線~東北本線3620E @横浜

 上野に着けばすぐの接続で常磐線勝田ゆきがありますが,先の接続が悪いので朝ごはんの仕入れなどに時間を使います。土曜日の朝7:00前,COVID-19騒ぎで外出自粛令も出ているので,上野駅前も人影まばらです。

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人影まばらの上野駅正面口前

 朝ごはんと飲み物を買って水戸ゆき331Mの出る10番線に向かいます。10番線は上野東京ラインのホームと並ぶ行き止まり式のホームで,旧型電機のスノープラウのような車止めが眼を惹きます。電車はガラガラで日暮里,北千住,松戸と駅を経るごとに少しずつのお客さんを拾います。

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常磐線331M @土浦

 今日はダイヤ改正のおさらいというタイトルなので,先ずは龍ケ崎市駅で駅名標の写真を撮ります。ここは佐貫と称していましたが,3月14日から市の名前の龍ケ崎市駅になりました。この駅は市の西のはずれで,市の中心は関東鉄道で2駅行った竜ケ崎駅の近くです。関東鉄道はややこしくなるのを避けるためか駅名は変えずに佐貫のままで,また竜の字は簡単な方を使います。なお,正式な市の名前はJRのほうの難しい字を使うようです。

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龍ケ崎市駅で。真新しい駅名標。右下は高浜駅のスタンプ

 8:05,土浦着。ここでは5分止まって,前寄り5両の付属編成を開放します。土浦を出ると家並みも途絶え,関東平野の田んぼの景色が多くなります。1週間待った甲斐あり今日は快晴で,左の車窓には筑波山が大きな山容を見せています。

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快晴の関東平野に筑波山がきれい @神立~高浜

 高浜では副本線に入り「ときわ51号」を退避します。駅本屋まで行きスタンプはないか尋ねると,古いけどね...と言いながら「わたしの旅」シリーズのJR更新版のスタンプを出してくれました。僕にとっては古いのは構わないのですが,経年以上に印面が傷んでいます。この日は常陸大子でもこの手のスタンプを見ましたが,水戸支社のものはどうもゴムの材質がいまいちだったようです。

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541Mは水戸~勝田の1駅だけ乗車 @水戸

 列車は9:30からの営業の準備中の偕楽園駅をかすめ,9:00ちょうどに水戸に着きます。水戸からはいわきゆきの541Mで勝田まで進みます。勝田は水戸のお隣ですが,列車で6分もかかり,住所はひたちなか市です。ガラスを多用した駅舎は最近改築されたようで明るいです。

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勝田駅のコンコース(改札内)

 勝田の先,浪江までは今改正で運転再開した仙台直通のひたち(3号)に乗ります。水戸から乗れば楽なのですが,勝田からだと147.5kmと特急料金の切れ目なので譲れません。列車を待つ間にホームから周囲を見れば,任を解かれた651系の4両編成が留置されています。タキシードボディのすごいヤツで一世を風靡しましたが,常磐線のローカル輸送で余生を送り,最後まで勝田で活躍した1本なのでしょう。

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勝田に留置される651系

 「ひたち3号」は先頭の10号車が指定ですが,90%以上の乗車,いわきでも降り乗りも少ないです。常磐線特急もいわきを過ぎれば消化試合モードで4両の付属編成で十分,E657系の10両編成では輸送力過剰と思っていたのでびっくりです。もちろん全線開通から1週間なので体験乗車組も多いのでしょうが,この盛況が続くとよいと思います。

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双葉~浪江の車窓

 いわきを過ぎ,久ノ浜の手前あたりから右側の車窓に太平洋が見え始めます。今日は快晴,波も穏やかで,大災害をもたらす海とは別物のようです。遠くには赤い煙突のカーフェリーが南を目指しているのも見えます。

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浪江の駅前風景

 10:57富岡発,ここからが今回の改正での運転再開区間です。富岡駅を出ると列車は大きく左にカーブし内陸に入り込み,その後は右に曲がり,約4km内陸を海岸線に沿って北上するようになります。元々そのような線形だったと記憶しますが,海沿いに立地する原子力発電所を迂回するような形で線路は敷かれています。

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当地の放射線量。Nexco東日本のホームページから 2020.3.28

 今回の復旧区間は津波被害は少ないものの原発事故の影響が大きく,区間内の夜ノ森,大野,双葉の3駅は帰還困難地域の中です。駅の周辺は特定復興再生拠点の指定を受けて立入りができ,この列車も特急ですが,復興支援の願いを込めてか富岡,大野,双葉,浪江と多くの駅に止まります。車窓は9年前の地震発生時のままで,地震後の片付けもままならず,人や車の通りも殆どない不思議な景色です。この稿を書くにあたり調べましたが,現在でも当地の放射線量は少なくなく,Nexco東日本はホームページで高速道路沿線の線量を開示しています。大野や双葉あたりでは広野や南相馬の20倍くらいの線量が今でもあることは分かりますが,それがどういうものなのか僕は分からないのでコメントできません。いずれにせよ,この地域で人々が安心して暮らせる日の再来を祈るばかりです。

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浪江駅で。下は各駅に掲出されている運転再開を祝う幕

 11:14,時刻表どおり浪江着。浪江には2年前(そのときの記事はこちら)にも来ています。今改正で代行バス乗継ぎの結節点としての役割がなくなったので,無人駅になったようです。駅の待合室には「浪江駅のみなさんへ」という中学校の壁新聞やメッセージボードもあります。この先は接続がよく食事ができないので駅近くで食事の予定でしたが,駅の周囲には食事のできるところが見当たりません。

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頼りになるのはコンビニエンスストア。セブンイレブン浪江権堂店

 時間は小1時間あるのでこっちの方だろうと当たりをつけて駅前の通りを歩いて行きます。以前はJRバス福浪線の走っていた国道114号まで出ると,セブンイレブンがあります。中に入れば,周囲にお店もなく,お昼どきなので大繁盛です。お弁当や飲み物を買って,近所の空き地でいただきます。道路を歩いていると東北アクセスなるあまり知らない会社のバスがよく通ります。原発の廃炉や廃棄物処理などの送迎でしょうか。調べれば宮城,福島にまたがって事業を行うバス事業者だそうで,業界の景色も変わったようです。

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東北アクセスのバス

 浪江は原発も近いですが,津波の被害もあったようで,周辺は新築の家が多いです。駅の標高は10mそこそこですが,駅近くには蔵も備えた木造の家も残っていたりで不思議なところです。12:00前後に駅に戻れば,いわきゆきの普通列車まであと少しです。

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駅近くに残る不思議な店

 やってきた674MはE531系の5両編成ですが,2020年製で,今改正に合わせて増備された車両です。浪江からの乗りも多かったですが,元々のお客さんも多く,往きの特急同様に復旧開業お試し乗車のお客さんが多いようです。とくに先頭部は混んでいて,カブリツキエリアはビデオを回すひと3人で埋まっています。

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常磐線674M。2020年製,ピカピカの新車だ @浪江

 線路を見ると除染のためバラストを入替えたのか路盤は新しく,架線柱や法面のコンクリートなども新しくなっています。双葉~大野間は元々複線でしたが,列車の本数も限られているので単線での復旧です。ルートが変わっていないので1週間遅くなりましたが,やはり新しい線路に乗るのは気持ちよいです。

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新しい路盤の線路を行く @双葉~大野

 富岡までは人垣の隙間から前面展望を楽しみましたが,それより南は後ろの車両に移りゆっくり景色を眺めます。この辺の線路は比較的内陸の高い場所なので津波被害はなかったようです。ときどき視界が開けると海が見え,海岸から近いところでは津波被害の復旧作業が進んでいます。

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夜ノ森駅。駅の出入り口は75km/h制限のつくYポイント

 また,この辺りの駅舎はどこも幹線然としたしっかりとした駅舎で,震災にも耐えて残っています。以下少し写真が増えますが,海岸の景色と駅舎を互い違いに見ながらの旅行です。

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竜田駅。隣では6月の供用に向け新駅舎を建設中

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木戸駅。ホーム後ろ側の保護柵がいかめしい

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がれき除去,堤防整備が済んで耕作待ちの耕作地 @木戸~Jビレッジ

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Jビレッジ駅。今改正を機に臨時乗降場から常設の駅に格上げになった

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末続駅。駅舎前にはよく手入れされたプランターが並ぶ

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何事もなければ穏やかな大海原 @末続~久ノ浜

 674Mは運転再開なった常磐線と海の景色を満喫して13:09,いわきに着きます。今回の旅行の第1の目的は達したので,後は久々に乗る磐越東線やバス代行中の水郡線などを楽しみながら半日かけて横浜に帰ります。(2020.3.28記)
後編に続く

お正月に青春18きっぷで信州一周の日帰り旅行

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 今年(2020年)の年末年始の連休は,年末に北海道へ旅行に行ったので正月は大人しくしている予定でした。一方,その旅行のために買った青春18きっぷは2日分残っていますが,今年はカレンダーの並びが悪く1月第2の週末には使えません。家族は3賀日中から仕事なので,1月3日(金)は青春18きっぷの消化に,軽く信州へ鈍行乗継ぎの日帰り旅行に行ってきました。中央本線から小海線に入って,長野に出てから篠ノ井線,松本経由で1回りするコースはアルプスの山並みも美しく,首都圏発青春18きっぷで1日乗りたおすモデルコースにもなりそうです。

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根岸線522Bと車内 @磯子 2020.1.3(以下,同じ)

 出発はわが家最寄りの磯子駅を5:16に出る522B大宮ゆきです。もう少し家でゆっくりしたいところですが,日帰り旅行を計画するとどうしても欲張りになり,早朝発になります。1月の5時は真っ暗,3賀日中とあって電車に乗れば誰もいないガラガラです。

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横浜線515K(手前) @東神奈川

 東神奈川からの横浜線は余裕をとって5:48の551Kで予定を組みましたが,1本早い5:35の515Kに乗れるので,1本先行します。この1本は実は価値があり,この後の中央本線も1本先行できます。八王子には6:30着,中央線ホームに行けば6:35の429M八王子始発の松本ゆきがちょうど入ってきます。ここからの区間はボックスシートの座席でゆっくりしたいところですが,あいにく今日はロングシートの車両です。

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鳥沢の鉄橋から。ようやく山裾の集落にも陽がさす @鳥沢~猿橋

 高尾を出るとE電区間(今では死語?)も終わり,列車は上り坂をぐいぐい登ります。この辺りで浅川の谷間に朝焼けが広がります。今朝も関東地方の天気は良く,朝の山々がすがすがしい景色です。鳥沢の鉄橋ではいつもと反対側の景色を見て,やっと朝の山のきれいな写真が撮れます。大月を過ぎ,笹子峠を越えると列車は甲府盆地に出ますが,しばらくは日川の深い谷を進みます。長い新大日影第2トンネルを抜けると,左下に保存機のEF64を見て勝沼ぶどう郷駅に着きます。

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甲府盆地と南アルプスの車窓 @勝沼ぶどう郷~塩山

 ここから次の塩山駅まで,眼前に甲府盆地が広がり,その向こうには雪を頂いた南アルプスの山々がそびえる車窓は絶景です。根室本線狩勝峠,肥薩線矢岳と後ほど行く姨捨が日本3大車窓と言われますが,ここはNo4と思っています。またこの辺りでは反対側も大菩薩嶺などの関東山地の山々が見えて,こちらもきれいな山の景色です。

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こちらは右手,果物畑の向こうに関東山地の山々が広がる @山梨市

 8:09,甲府着。7分止まって,多くのお客さんが入替り,乗務員も交代します。甲府を出ると右に甲府運輸区を見て竜王,塩崎と盆地の中を快走します。塩崎あたりから上り坂がきつくなり,信濃境に向けて南アルプスの北辺を登って行きます。また,右手には八ヶ岳の大きな山容が広がります。

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甲府の街中を抜けると八ヶ岳が見える @塩崎~韮崎

 この先,小淵沢からの小海線は10:06までなく,元々は1本後の431Mの予定だったので途中どこかで列車1本分降りることができます。どこで降りようか悩ましいですが,今日は日野春と決めます。

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新府駅はさながら富士山展望台のよう

 甲府~小淵沢間には塩崎の後も韮崎,新府,穴山,日野春,長坂と新とか東西南北や旧国名の付かない端正な名前の駅が続きます。また,このうちの韮崎,新府,穴山,長坂はかつてはスイッチバックの駅でした。左手の車窓には鳳凰3山をはじめとする南アルプスの山々が広がります。列車は8:41に日野春に着き,ここで「あずさ1号」を退避します。

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「あずさ1号」。見づらいですが後ろには富士山 @日野春

 429Mは8:49に日野春を出ますが,僕はこの列車を捨て次の9:30の431Mまでゆっくりします。両隣は元スイッチバック駅ですが,日野春は駅の周囲が多少平らのようで,蒸気機関車時代に機関車が一息つくための給水塔の遺構が残ります。

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日野春駅の給水塔。列車がいればよい写真なのですが...

 駅を出れば天然記念物で国蝶のオオムラサキの記念碑の建つ展望台があり,南アルプスが一望できるようになっています。また,今日のとびらの写真も日野春駅で撮ったもので,写っている列車は八王子から日野春まで乗ってきた429Mです。

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日野春駅前の南アルプス展望台で

 日野春からは2駅13分のチョイ乗りで,9:43に小淵沢に着きます。ここでは10:06の小諸ゆきまで,約20分の接続です。

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日野春~小淵沢のチョイ乗りの431M @日野春

 小淵沢駅は最近改築されたきれいな駅舎で,3階には展望台もあります。南は南アルプス,北は八ヶ岳と山の景色がきれいです。上下の写真とそんなに変わらないので写真は省略します。

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小海線はキハ110系の2両編成 @小淵沢

 小淵沢からは「八ヶ岳高原線」の愛称を持つ小海線で小諸を目指します。小海線は日本の鉄道の最高地点を通るほか,高地駅ベスト10中9駅を擁する高原列車です。SL時代は高原のポニーC56が人気,無煙化後は空気ばねのキハ57がいたりしましたが,今はJR世代のキハ110系とハイブリッドのキハE200系で運用されます。

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小淵沢駅ホームに建つ小海線の案内板

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下のほうには駅の標高案内(拡大はこちら

 10:06,小海線のディーゼルカーは小淵沢を出ると大きな築堤を半円を描いて進み進路を東にとります。この築堤は列車の撮影ポイントとしても有名で,列車からは南に南アルプス,北東に八ヶ岳が見えます。

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小海線車内から八ヶ岳を望む @小淵沢~甲斐小泉

 清里は夏場は高原のリゾート地として若者が集いますが,正月は主に帰省のお客さんです。また清里駅にはSL C56が静態保存されています。

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清里駅のC56。ホームとつながっており屋根付きで保存状態もよさそう

 この辺りからは線路脇の日陰には雪が残っています。清里の先も上り勾配は続き,踏切がある所がサミットでJR最高地点です。またこの辺りは空気が澄んで天体観測にはよい環境で,国立天文台の電波望遠鏡の大きなアンテナが並んでいます。

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JR最高地点の標柱 @清里~野辺山

 県境を越え,駅としては最高地の野辺山からは長野県になります。次の信濃川上からは千曲川に沿うようになり,終点の小諸まで約50kmを流れと一緒に下ります。車窓は谷が狭まったり,開けて畑になったりしますが,日本の里山風景の中を進みます。羽黒下あたりからは佐久平になり景色も開け,遠くには浅間山も見えます。

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小海線の後半は佐久平を進む @太田部

 元・中込機関区の小海線営業所のある中込は佐久市の中心で乗り降りも多いです。佐久平で北陸新幹線と交差,三岡ではハイブリッドディーゼルカーと交換しますが,このあたりは地方都市の趣です。乙女では早ばやしなの鉄道線と合流し,12:20,時刻表どおり小諸に着きます。小諸駅ではしなの鉄道の湘南色の115系が迎えてくれます。

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湘南色の115系と乗って来た225Dのキハ110 @小諸

 小諸では35分あるので,お昼に駅そばでも食べようと計画してきましたが,小ぢんまりとした小諸駅にはそんなお店はなさそうです。小諸は新幹線に見放されてしまったため,駅前は静かな城下町の佇まいです。お正月で人影も少ない商店街を暫く行くとふつうのそば屋が開いていたので,なんとか信州のそばにありつきます。

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小諸は新幹線がない代わりに高速バスで東京と繋がる @小諸

 駅に戻り,しなの鉄道線980円のきっぷを買ってホームに入ると,645M長野ゆきは涼やかな水色の帯が懐かしい新長野色の115系です。

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しなの鉄道線645M @小諸

 元・信越本線のしなの鉄道線は滋野,田中,大屋と人の名前のような駅名が続きます。名前だけでなく駅舎も国鉄時代からの重厚な本線の駅舎を引継いで魅力的です。

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重厚な本線の駅らしい田中の駅舎と信濃国分寺の駅前

 反対に3セク化後に新設の信濃国分寺は焼肉の牛角と回転ずしのかっぱ寿司が駅前に並び,新旧の対比が面白いです。左の車窓は滔々とした千曲川の流れ,蓼科方面の山々を望みます。

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スカ色の115系(@上田)と保存車の169系(@坂城)

 しなの鉄道線では小諸で湘南色,白と緑の旧長野色を見,今乗っている電車は新長野色といろいろな塗色の電車が走っています。他にも上田ではスカ色の115系を見,他にももう1本スカ色の電車があるようです。眼を楽しませてくれるのはありがたいですが,それらの塗料の確保と維持の費用はバカにならないのではと心配します。なお,しなの鉄道でも115系の更新計画が発表されていて,2019年度から8年がかりで新車52両に置換えるそうです。

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折返しの安茂里駅

 13:48,篠ノ井着,ここからはJR東日本籍の信越本線です。昔はたくさんのEF64がたむろしていた篠ノ井機関区の跡には,オリジナル塗装のEF64が4両整然と止まっています。この先の行程は篠ノ井線を松本まで上りますが,ここで待っていても仕方ないのでもう少し長野方面に下ります。今日は寒く電池の消耗が激しいようなので予備の電池を買いたく,折返しは駅前にコンビニのある駅にしようと思います。迷っているうちに1985年開業と比較的新しい安茂里に着いたので,ここで降りることにします。

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篠ノ井線2240M @安茂里

 安茂里は隣りの長野に比べると圧倒的に小さな駅ですが,今日の青春18きっぷ旅行という意味では最も遠くの駅です。駅を降りるとちょっとしたショッピングモールがあり,マツモトキヨシまであって電池は難なく入手できます。14:11,篠ノ井線2240Mは身軽な2両編成でやってきて,帰途に就きます。篠ノ井を出ると線路端にはたくさんの鉄道マニアがいて,何やら珍しい列車が来るのを待っているようです。

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篠ノ井線沿線にマニアが集う @篠ノ井~稲荷山

 稲荷山では対向列車の遅れを待ち,5分くらい遅れての発車です。稲荷山を出ると勾配は急になり,姨捨,冠着に向かってぐんぐん登ってゆきます。左の眼下に善光寺平を眺めながら登って,速度を緩めると引上げ線に止まり,スイッチバックして姨捨に到着です。この列車は行き違い列車退避のためしばらく止まるので,たっぷり日本3大車窓を楽しみます。

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姨捨駅からの眺め。この眺めがホームから見られるのが素晴らしい

 冬なのに雪がないのが少々残念ですが,今日は黒姫山のほうまでよく見えます。下りの「しなの」がやってきたので,追いかけですが列車の写真も撮ります。8分くらい遅れて姨捨を発車,列車はさらに峠を登り,サミットの冠着トンネルに入ります。トンネルを抜けると冠着駅,少し下ると僅かばかりの平地が現れ聖高原です。ここでも鉄道マニアはたくさんいますが,一体どんな列車が走るのでしょう。後で聞いたのですがこの日はJR貨物からのお年玉で,オリジナル塗装のEF64の4重連が走ったそうです。それは篠ノ井駅で見た機関車で,そんなに貴重なものなら安茂里など行かずに篠ノ井で写真を撮っておけばよかったです。

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姨捨の坂を駆け降りる「しなの」

 2両編成の電車は帰省の戻りか定員の7割くらいの入りで,立っている人も多いです。右手の車窓には北アルプスのパノラマが広がるはずですが,今日はあいにくの曇り空です。西条を出ると1988年に線路が付替えられた区間になり,3本で計7kmの長いトンネルが続き,明科に着けばもう松本平です。

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松本から塩尻間乗車の1536M @松本

 松本では乗継ぎ時間は35分あるので信州名物のおやきを買いに駅ビルに走ります。おやきは小麦粉から作った生地に野沢菜などの具を入れた素朴な長野の郷土料理です。以前は駅ビルでそのまま食べられるものを売っていたと記憶しますが,今は冷凍ものが主流です。たった1個をチンしてもらって,持ち帰ります。

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塩尻からはE127系のチョン行列車で善知鳥峠を越える @辰野

 松本からの上り列車は「しなの」の遅れの影響で6分遅れで発車します。3賀日中でも夕方の時間で人の動きはあり,先ほどの篠ノ井線の2両編成に続き,この列車も座れません。少し挽回し,4分遅れの16:15,塩尻に着きます。塩尻では善知鳥(うとう)峠を越える旧線回りの辰野ゆきに乗換えです。昔はクモハ123の単行のミニエコーがまさにチョン行で走っていましたが,今は大糸線や篠ノ井線と同じE127系の2両編成,輸送力過剰なので車内はガラガラです。

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塩尻から善知鳥峠へのアプローチもなかなかの景色 @塩尻~小野

 塩尻を出た列車はまっすぐ塩嶺トンネルへ向かう新線を左に見て,リンゴ畑の中をぐるりと巻いて距離を稼ぎながら高度を上げます。先ほどの姨捨には及びませんが,ここから松本平を見おろし遠くに北アルプスを望む車窓も日本10大車窓に入ると思います。東塩尻信号場の跡を通過するとサミットのトンネルに入ります。峠の東側は比較的なだらかで,新しいステンレスの電車は軽快にレールを刻みます。小野,信濃川島と止まって,20分で辰野に着きます。

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辰野~岡谷間はJR東海の電車で繋ぐ。229M @辰野

 辰野から先も線路名称は中央本線ですが運転系統はJR東海の飯田線と一体化されていて,駒ケ根から来る229Mに乗換えます。この列車も2分ぐらい遅れてきますが,大きな問題ではありません。列車は天竜川に沿って上り,途中,川岸に止まって,約10分で岡谷駅の玄関ホーム脇の0番線に到着です。

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岡谷~上諏訪間の442M @上諏訪

 岡谷では11分の接続で17:10発の442M大月ゆきに乗換えます。442Mは6分くらい遅れてやってきて,下諏訪では下りの「あずさ」を待たせて交換です。この岡谷~茅野(正確には上諏訪~茅野間にある普門寺信号場)間は未だに単線で,中央本線の隘路です。ネットダイヤに近い運転間隔なので,ちょっとした遅れでも影響が上下線に波及します。ここでの遅れを背負ったままの「あずさ」が高尾以東のE電区間に割込んでくることもしばしばあります。諏訪大社もある信仰の山と諏訪湖の間の住宅密集地ではありますが,何とか複線化できないものでしょうか。

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上諏訪温泉片倉館

 このまま帰れば22:00過ぎには磯子まで帰れますが,せっかく諏訪まで来たので温泉に浸かって帰ります。以前,辰野在勤時は下諏訪の町営温泉,湖畔の湯がお気に入りでしたが,今日は上諏訪の片倉館に行くことにします。片倉館は諏訪地方の繊維産業の栄華を今に伝える温泉施設で,国の重要文化財にも指定されています。寒い長野で機織りの女工さんの慰安の施設だけど,長湯できないように湯舟が深いとの説もある千人風呂--実際は50人がよいところ--は一見の価値があります。今日は到着が17:30なので食堂(17:00まで)や休憩室(18:00まで)は見ずに,お風呂だけゆっくり浸かって小1時間を過ごします。

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上諏訪~大月の446M。上と同じような写真ですみません @上諏訪

 この時間の中央本線の鈍行は接続が悪く,妙に時間がかかったり,スジが切れていたりするので,帰りは19:26の大月ゆきにします。それまでの間に駅前の再開発ビルに行って食事を済ませます。以前ここには丸光(更生後はまるみつ)百貨店があって,デパート内温泉がありました。まるみつの閉館後8年を経て,きれいな再開発ビルのアーク諏訪が2019年2月に開館しましたが,残念ながらこのビルには温泉はないようです。1階に食品スーパーツルヤが入っているので,惣菜や弁当,飲み物を買い,イートインエリアでさっそくいただきます。

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大月からの2130M。空が澄んで半月がきれい @四方津

 19:26の時間にあわせてホームに行けば,ダイヤも回復し時間どおりに列車はやってきます。この大月ゆき列車は,長野発,篠ノ井線から中央本線に直通し210.3kmを走る長距離鈍行です。以前から贔屓にしているのですが,乗ってしまえば景色も見えない夜の移動で消化試合です。退避待ちの「あずさ」の遅れで大月には少々遅れて着きますが,接続の2130Mは待っていてくれます。たくさんの乗換え客と一緒に跨線橋を渡り,2130Mに落ち着きます。2130MはE233系10両編成の東京直通列車です。以前は大月~東京間のオレンジ色の列車を嫌っていましたが,新しくてきれい,空いていて大抵座れる,高尾での乗換えが不要なので,最近はこれも意外とよいと思っています。難点はトイレがないことで,大月到着前に済ませる,途中の特急退避のときに駅のトイレを使うことになります。今日のように諏訪で気持ちよく飲んだ晩などは精神的に面倒ですが,近いうちに中央線のE233系にもグリーン車が連結されるので,これも昔話になります。

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横浜線2230K(@橋本)と根岸線2205A(@磯子)

 2130Mも退避待ちの「あずさ」の遅れで少し遅れての到着ですが,八王子でトイレを済ませ,横浜線に乗換えます。暖房のよく効いた車内で小1時間,東神奈川に着けばゴールは間近です。最後は根岸線・磯子ゆきに乗換え,予定どおり23:48,スタートの磯子駅に帰ってきます。

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今日の行程表

 締めてみれば,乗車距離513.5km(この他しなの鉄道43.1km),時間で18時間32分の大旅行でした。

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今日のGPS log

 勝沼~小淵沢の中央本線のアルプスの車窓,しなの鉄道の115系,本場の信州そばとおやき,姨捨のパノラマ,上諏訪の温泉と青春18きっぷ1枚でたっぷり楽しむことができました。ふつうの人には少々乗り疲れ感があるかもしれませんが,当初の目論見どおり首都圏発で山の景色を楽しむ日帰り旅行のモデルコースと言えそうな1日でした。(2020.2.9記)

年末に青春18きっぷで札沼線に行ってきました・その3--新十津川と占冠村営バスまわりの帰り道

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(その2から)
 今日は前回に続き年末に行った札沼線への旅行の3日目,(2019年)12月30日(月)の札沼線新十津川への旅とその帰途をお届けします。その1ではどうして札沼線に行きたくなったか,その2では前夜の月形温泉などを書きました。いよいよ今回の旅行のメインイベントの札沼線新十津川を訪れます。

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石狩月形駅 2019.12.30(以下同じ)

 さて新十津川に行く列車ですが,石狩当別を7:45に出る5425Dが1日に1本走るだけです。この列車は札幌を6:58に出れば間に合いますが,早起きと寝坊のリスクを嫌って,8:40に列車に乗ればよい石狩月形に昨晩は泊りました。ホテルから駅は約10分なので,8:17の入線風景の写真を撮るにしても8:00頃に出ればよさそうです。ところが,普段5:45起床のせいか,寝坊ができないので緊張したか,新十津川に行くのが楽しみで興奮したか,6:00過ぎには目が覚めてしまいます。朝から温泉に浸かってゆっくりしても,1本早い7:35の浦臼ゆきに乗れそうです。

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札沼泉湯めぐり温泉MAP

 ホテルの営業案内ではチェックアウトは7:30からとありますが,15分フライングさせてもらいます。そういえば,このホテルは町の資本も入った第3セクターのようですが,従業員のかたは役所っぽくなく,好もしかったです。なお,札沼線沿線の7つの温泉では「乗って!浸かって!札沼泉」なるスタンプラリーのキャンペーンを実施しています。宣伝が少なく,僕は帰りの石狩月形駅で知った次第で,後の祭りでした。

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5423Dを札的で捨てる

 さて,1本早い浦臼ゆきに乗って何をするかです。昨日,浦臼に行った際,浦臼駅のスタンプが駅の近くの町役場にあることを知りました。この5423Dで浦臼まで行って,折返しの5424Dに乗れば,石狩月形~浦臼間を往復することもできます。石狩月形~浦臼の間のどこかで,上りの5424Dの走りの写真を撮るのもよさそうです。いろいろ悩んだ結果,札的で降りて上りの5424Dを撮り,役場でスタンプを押して浦臼駅に行くというルートに決めました。

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浦臼~札的で。5424D

 5423Dに乗ると,1日1本の札沼線列車を撮ろうと写真撮影派の鉄道マニアが15人位乗っています。豊ヶ岡,札比内と撮影地として知られた駅で7~8人ずつが降りてゆきます。札的は既に浦臼の町内で,景色はいまいちのようで,僕の他に列車を降りる人はいません。案の定,背景はいまいちですが,とりあえず写真を撮れそうなところが見つかったので一安心です。

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浦臼町内で見かけた酒屋さん。ワインが特産らしい

 写真を撮れば,凍り付いた国道を浦臼駅まで歩きます。札的~浦臼は営業キロで1.8km,道路はほぼ並行しているので,大した距離ではありません。マイナス8度位で若干寒いですが,気持ちが昂揚しているので,楽しいタウンウォーキングです。途中には浦臼町の郷土資料館があり,国道沿いの商店なども歴史を感じる佇まいです。

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浦臼駅のスタンプ。駅至近の役場1階のロビーにある(開庁中のみ押印可)

 役場は8:30からなので,商店街を見たり,郵便局を覗いたりで時間をつぶし,開庁を待ってスタンプを押します。列車の時間までまだ30分位あるので,昨夜のコンビニに行き,温かいコーヒーで一服です。

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浦臼駅。ふれあいステーションと名付けられている

 浦臼駅に入ると地元の年配の女性1人と乗り鉄風の男性1人の先客がいて,今日の5425Dの浦臼からの乗りは3人です。9:05時刻表どおりやってきた列車は乗り納めのお客さん対応のためか2両に増結されています。気動車は昨日と同じキハ40-402,と820,前の車両に70人,後ろに50人,合わせて120人位のお客さんが乗っています。後ろの車の左側のロングシート部分に席を見つけ,腰をおろします。景色は石狩川の広い河岸段丘と増毛山地の雪景色が淡々と続きます。

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札沼線末端区間の左側車窓。河岸段丘の先には増毛山地の山が見える

 20分ちょっとの乗車,運転士からご乗車ありがとうと,折返し中の列車締切り,荷物置きっ放し不可などの案内が入れば終点新十津川です。新十津川に着けば,2両のディーゼルカーから吐き出されたお客さんが思い思いにあと4か月半で営業を終了する駅,1日1本しか列車が来ない駅を楽しみます。

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新十津川は突然の30分の賑わい。この騒ぎが5月まで続くのでしょうか

 この列車の新十津川での停車時間は32分,切りのよい10:00ちょうどに折返しです。駅舎自体が新十津川町の観光案内所になっているほか,にわか作りの鉄道グッズ屋なども幾軒か建ち,廃線フィーバーです。昨日,石狩月形で買ったのと同種の記念入場券は欲しかったのですが,これは長蛇の列です。その他の記念グッズの類はどうもぞっとしないので,財布の紐を固く縛ります。

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新十津川駅前風景と名物?の時刻表

 新十津川に来てしまえば,あとは帰るだけなのですが,再度,あの列車で札幌に戻るのはぞっとしません。旅行計画時に時刻表を繰ると,特急を2度も使いますが,金山峠を越えるバスに乗って占冠回りで帰れることが分かり,即採用です。後ろ髪をひかれつつ滞在10分ちょっとで駅を後にし,新十津川町役場に向かいます。また,途中で郵便局に寄って,年賀状を投函します。僕の年賀状の送り先は北海道内は2件だけで,あとは皆な内地ですが,例年,旅行先で投函するのが習わしです。そんな訳で,僕の年賀状は例年3日の配達のはずです。

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新十津川町役場

 新十津川町役場は火の見櫓,時計台もある4階建てで,浦臼町よりずっと立派です。新十津川駅に来る列車は1日1本ですが,滝川とも近い新十津川は人口6,500人で,浦臼1,800人の4倍近いです。尤も,面積も新十津川の方が5倍くらい大きいので,人口密度にしたら大差ありません。イメージよりずっと大きな町役場に感心して,滝の川団地ゆきのバスに乗ります。

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新十津川から滝川へ,滝新線の北海道中央バス

 バスは日野レインボーの中型ですが,概ね座席定員程度の乗りです。このバスは札沼線の列車からの接続なので,もっと混むかと思っていましたが,列車から乗継いだのは僕を含めて数人で,殆どは地元のお客さんです。バスは役場を出ると軽く町内を回って,石狩川を渡ります。橋を渡れば滝川市内で,15分程度で滝川駅に着きます。

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滝新線のバスで石狩川を渡る

 滝川からは10:52の特急を予定していましたが,1本早いのに乗れるので,10:22の「カムイ9号」に乗ります。ホームで列車を待っていると,同じ時刻発車の「オホーツク2号」が反対ホームに入ってきます。ハイデッカーグリーン車組込みのキハ183系ですが,どちらかというと,この列車に乗りたかったです。

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カムイ9号(左),オホーツク2号はキハ183系5連(右)

 こちらは789系電車の5両編成ですが,深川,旭川で終点なので,車内は空いています。列車は石狩川に沿う道内最大の幹線を軽快に飛ばして走ります。駅の数は7つしかありませんが50km以上を30分ちょっとで走り切り,10:55,時刻表どおり旭川着です。

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旭川は海鮮ものの駅弁が豊富。その屋号も「旭川駅立売商会」

 多少時間は早いですが,この先食事ができるところが少なそうなので,駅そばで小腹を満たします。また,旭川の駅前には再開発でイオンのショッピングモールができて,とても便利になりました。駅弁は見るだけにしておき,自分の弁当はイオンの食料品売り場で調達です。

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富良野線はキハ150-1

 30分早く着いたので,旭川ではゆっくり食事と買い物をし,次は富良野線で富良野を目指します。富良野線の気動車は軽快なキハ150のトップナンバーですが,インバウンドのお客さんで既に満席です。発車の8分前には札幌からの特急も着き,いよいよ混んできて30人位が立っています。中国人,東南アジア系の人,ヨーロッパ系の白人に地元の人と国際色豊かなお客さんです。

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上富良野あたりからは山の景色もきれい。十勝岳と富良野岳か

 富良野線は上川盆地の南側の丘陵地帯を軽快に走ります。夏場であれば,パッチワークのような畑やラベンダーなどの花畑が続くはずですが,今は雪景色です。美瑛を過ぎると登り勾配になりますが,大きな峠越えという感じでもなく上富良野に至ります。後で調べると,ここは谷中分水との説もあるようで,今一つ峠がはっきりしませんでした。上富良野で3分の1位のお客さんが降りましたが,ほぼ同数の乗りがあって,車内は相変わらず国際色豊かな観光列車です。

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富良野駅前風景。分水を越えたら天気もよくなった

 1時間ちょっとの乗車で12:41,列車は富良野に着きます。富良野駅は久しぶりに来たら駅舎が建て替わり,自由通路もでき,駅裏側には富良野協会病院の大きな建物が建ち,景色が変わりました。札幌直通の高速バスも頻繁に走り,駅前のバスターミナルも賑わっています。僕が乗るのは13:20の上双殊別ゆきですが,JTBの時刻表などでは占冠駅前ゆきと案内されます。このバスは1日に午前,昼下がりと夕方の3便です。基本的には村民が対象の白ナンバーバスなので12月30日に動くのかが気がかりです。富良野駅に着けば先ずはバス停の場所と,年末年始の運転予定の確認です。

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富良野~占冠の占冠村営バス

 13:20,ほぼ時刻表どおり占冠村営バスの日野メルファがやってきます。以前はマイクロバスだったと記憶するので,しばらく見ないうちに格上げになりました。根室本線の東鹿越~上落合信号場が不通,バス代行になっているので,この路線の需要も高まっているのかもしれません。富良野駅での客は僕一人でしたが,町内で買い物のご婦人,通学の高校生など数人のお客さんの乗りがあります。

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村営バスは38号線を下る

 バスは空知川,根室本線の線路に沿った国道38号線を進みます。山部からは線路との距離も近くなり,徐々に峠道らしくなりますが,車の少ない2桁番号国道は快調です。バスは下金山駅の手前で右に曲がり,ここからは国道237号線になります。金山峠を越えると,気候が太平洋側になるのか空が気持ち明るくなります。

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金山峠を越えると空も明るくなる

 占冠は交通の要衝でもあって,村の東西に石勝線,道東自動車道が走るほか,南北には国道237号線が走ります。北側の金山峠,金山経由の富良野線の占冠村営バス1日3往復のほか,南側には日高町まで5往復の日高町営バスの路線もあります。また,占冠から>字型にトマム,落合を通って幾寅への村営バスもあり,昔から北海道旅行ではよく使っていました。また,これらのバスは村や町の予算も使っているので運賃が安いのも魅力で,富良野~占冠間約45km920円はJR北海道の地方交通線とほぼ同じ水準です。

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占冠村営バスの運賃表。50円から始まり45kmでも920円

 14:33,時刻表どおり占冠駅前着。1時間を超える雪道のバスの後の乗継ぎは14分しかなく,今日の行程のクリティカルパスだったのですが,見事な定時運転です。何度か乗換えに降りたことのある懐かしい駅舎は1981年の開業のころと変わっていません。

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開業時から変わらない占冠駅

 占冠駅は村への簡易委託で,窓口のご婦人にお願いして南千歳までの乗車券を買います。手書きの出札補充券自体が今どき珍しいですが,駅名などはゴム印を使いとても手がかかったきっぷです。

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占冠~南千歳の乗車券

 ほどなくして14:47の「スーパーとかち8号」が年末の増結で6両編成でやってきます。この列車の所定は指定席3両,自由席1両の4両編成ですが,増結車は2両とも指定席で,6両のうち車室の短い先頭1両だけが自由席とバランスが悪いです。「スーパーとかち」に乗れば今回の北海道旅行も最終コースです。旭川で買ったかにめし重を食べたり,勇払原野の雪原を眺めたり,1時間もかからず南千歳です。15:44南千歳着,10分の接続で新千歳空港ゆきに乗換えれば,16:00前には新千歳空港に着きます。

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スーパーとかち8号 @占冠

 新千歳からは羽田へひとっ飛びと言いたいところですが,今回は旅行費用を節約し,Jet Starで成田へ飛びます。体験かたがたのLCC選択ですが,到着機材の遅れでいきなり35分の遅発です。仕方がないので,ラーメンを食べたり,土産を買ったりで時間をつぶします。空港に着けば先ずはチェックインをしますが,ビルのはずれにあるチェックインカウンターとこれらのショップが離れているので,往復するのにえらく手間がかかります。出発案内の時刻表示上は35分延ですが,搭乗手続き締切り後もターミナル~飛行機間のバスの手配に時間を要しているとかで,バス待合室で足止めです。なんやかやで新千歳を出たのは概ね1時間遅れの18:10です。

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南千歳~新千歳空港間のチョイ乗りの3942M @新千歳空港

 成田に着くと外は雨,またまたのバス降機,エプロンを走れば他の飛行機がプッシュバックしてくるので,待て!です。結局第3ターミナルの旅客出口から出たのは20:15過ぎで,所定の到着予定からすると1:20遅れでした。ついでに2点,LCCについて書くと以下のとおりです。運賃自体は安く見えますが,手荷物料金(今回は2泊3日の着た切りスズメでデイパック1個なので0。その代わり空港の土産も服のポケットに入るものや「じゃがポックル(10袋入りで180g箱)」など軽いものを選択),決済手数料(クレジットカードを切っただけで600円も取る!)などで,結局は4桁で収まらず,10,040円になりました。また,航空券を買った後でも,席の指定は要りませんかなど,しつこくメールが来たりでウンザリです。こんなことなら早くに予定を決めてFSC(Full Service Carrier:LCCの反対語)の早割りで帰ればよかったというのが,僕の初めてのLCCの感想です。

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成田線の空港快速 @佐倉

 成田線の時刻を調べると20:32に久里浜ゆきの快速があります。これに乗れると乗れないで帰宅の時間は大違いです。LCC専用の第3ターミナルから第2ターミナル駅まで17分,かなりきつかったですが,20:32の列車に滑り込みます。それでも途中でしっかりビールと肴は仕入れます。また,帰りの列車はグリーン車利用と決めてJREポイントの特典グリーン券の手続きをしておいたのですが,こちらの方はオペミスして特典を使えず,800円を差っ引かれてしまいました。自分のオペミスは否定しませんが,このJREポイント特典をSuicaに書込む操作は間違い易いです。

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今日も夜の根岸線で無事到着 @磯子
  
 成田空港から乗った5060Fは佐倉で6分止まって成東からの編成を増結します。初めて見るダイヤパターンですが,夕方ラッシュ時の成東への直通列車の戻りのスジで,合理的な運用ではあります。グリーン車でゆっくり晩酌と反省会,小遣い帳の集計などすれば22:39,横浜着です。根岸線に乗換えれば14分で自宅最寄りの磯子駅に帰り着きます。

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今回の旅行のGPS log(北海道内分)

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今回の旅行の行程表

 ところで,今回の旅行の収集品のなかにJR北海道の「xx線(線区の現状について)」という一連のパンフレットがあります。中面は旅客輸送の現状と沿線を含めた経営改善の取組みが,裏面は沿線の魅力などが記されています。パンフは需要の喚起もありますが,補助金の拡充などの経営支援の懇請や,廃止やバス転換に向けたパブリックアクセプタンスも目的のようです。一方,先年に北海道旅行をした際には全道を網羅したポケット版の時刻表(これがあれば市販の道内時刻表は不要と思った)があったと記憶しますが,今年は線区ごとの1枚ペラの時刻表しかなく,冊子の時刻表は経営的に作れないとの案内でした。JR北海道の経営は相当に厳しいようですが,維持可能な線路は何とか残してもらいたいところです。乗って残そう運動,インバウンドも含めた観光需要の取込み,行政も含めたいろいろな政策などが総動員されることを期します。

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線区の現状について

 札沼線新十津川が廃止になると聞いて慌てて行った北海道旅行ですが,札沼線以外の収穫も多く楽しい2泊3日の北海道旅行でした。結婚して以来,こんな時期に1人で泊りがけの旅行に行ったことはありませんでしたが,癖になりそうです。今年も年末年始の休みは長いので,また少しでもJR北海道の利用に貢献しようかと1月のうちから考えています。(2020.2.1記)

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