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2021-05

夏の終わりに青春18きっぷでちょっと山梨へ

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 自称「取材」と言っていますが,ブログの話題を集めるためには旅行が欠かせませんが,コロナ禍でそれが著しく制限されています。今日は少々古新聞ですが,去年の夏の終わりに行った山梨への旅行をお伝えします。このブログでもわが家の墓所は甲府であると何度か書きましたが,墓参りの帰りにちょっと足を延ばして小淵沢で鉄ちゃん(鉄道写真を撮ること)をしてきました。行ったのは(2020年)9月6日(土),青春18きっぷ夏シーズンの最後の週末です。墓参りは例年,夏の旧盆と秋の彼岸に行っていますが,コロナ禍もあり,ご先祖様には申し訳ないですが,手を抜いてちょうど真ん中あたりに1回で済ませます。実はこのタイミングは暑さも和らぎ,学校も始まり人出も減って,旅行をするにはよい時期です。

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往路の列車2本。根岸線~京浜東北線600B,横浜線711K 2020.9.6(以下全て同じ)

 出発は自宅最寄りの磯子駅6:50の根岸線です。列車は600B,ぴったりの番号でちょっと幸先のよいスタートです。東神奈川で横浜線に乗換え,8:06に八王子に着きます。中央線ホームに行って発車案内を見ると今度の発車は6:35の松本ゆき!です。前夜,九州の西を台風が北上した影響で上り列車が止まっていたようで,折返しの下りも2時間弱の遅れ,ちょうど今,列車が来るようです。発車案内の表示は松本ゆきですが,案内放送は「大月まで参ります」で,どこまで走るかは運転調整次第のようです。

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八王子からは遅れていた429Mで中央線を下る

 面倒な高尾乗換えもなく,列車は小仏峠に向かって登ってゆきます。先夜の雨はひどかったようで,高尾の先のマス釣り場が泥水たまりのようです。今日の墓参りは家族は留守番,一人旅なので,少々恥ずかしながら車内をウロチョロあちこちで写真を撮ります。

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浅川の谷筋のマス釣り場。泥水たまりのようだ

 その先,鳥沢では列車を捨て小1時間の間,鉄ちゃんする行程でしたが,ダイヤがメタメタなのでそのまま甲府へ向かうことにします。鳥沢の鉄橋から見た桂川は見たことがないような水量で,濁流になっています。

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鳥沢の鉄橋から見た桂川

 大月では少し止まっただけで,列車は運転打切りになることもなく中央線を下ります。表示は429Mですが,ダイヤ上は529Mのスジに乗っている感じです。その先は,開通した1903(明治36)年当時,日本最長だった笹子トンネルを通過します。調べるとこのトンネルの扁額は伊藤博文の揮毫の「因地利(地の利によって)」(笹子側)と山縣有朋の「代天工(天に代わって工事す)」(甲斐大和側)だそうで,今度行ったら写真でも撮ろうと思います。また,笹子の駅前には大きな記念碑が建っていますが,こちらは桂太郎(陸軍大将)の揮毫で,甲府城にあったものを1993年に移したものだそうです(いずれもWikipediaによる)。

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笹子駅前の笹子隧道記念碑(帰りの列車から)

 甲斐大和からは日川沿いの断崖を走りますが,今は新大日影第二トンネルもできて外の見える区間は少ないです。トンネルを出て窓の下に保存機のEF64を見れば,勝沼ぶどう郷です。

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勝沼ぶどう郷駅前のEF64。上から見ると随分傷んできたようです

 勝沼ぶどう郷から塩山にかけて甲府盆地に下ってゆくルートは実は大好きな景色で,何度もこのブログに写真を載せています。今日は台風が近くにいることもあり,上空は青空ですが山の向こうは曇りがち,山ひだにも水蒸気がたなびく景色です。ここでは甲府盆地側に目がゆきがちですが,右側の車窓も大菩薩嶺に繋がる山々がきれいです。

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甲府盆地を見下ろす勝沼ぶどう郷~塩山の車窓

 10:00前に塩山着,ここで今日初めての特急退避です。今日は1本も抜かれずに甲府まで逃げ切れるかと思いましたが,そうはゆきませんでした。

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塩山で今日初めての特急退避

 10:20過ぎ,甲府着。今日の昼前は,甲府~韮崎間の景色のよさそうなところで,退役が見えてきた215系の「ホリデー快速ビューやまなし」を撮る予定です。ダイヤがメタメタなので,ホリデーやまなしは時間どおり走っているか甲府駅の改札口で確認します。ところがなんと,今日はこの列車の運転はありませんと。ホリデーやまなしは冬の期間を除く毎週末運転の定期列車みたいなものと思っていましたが,コロナ禍もありこの夏は設定がなかったようです。そのことに甲府に着くまで気づかなかったのは,全くもって迂闊でした。

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甲府駅前の丸政の店先(北口店)と山菜そば・山賊あげ

 やることがなくなってしまったので,甲府での墓参りを繰上げ,昼前には駅に戻ります。ついでに駅前のそば屋で軽く昼ご飯も済ませます。丸政は「高原野菜とカツの弁当」で名を売った小淵沢の老舗駅弁屋ですが,最近は甲府に進出してきて,駅の南口と北口に立ち食いそば店(着席スペースもある)を構えています。この店のそばは漂白してない田舎風でおいしく,山賊あげも食べ応え十分で,隠れた甲府の名店(?)です。

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甲府からは437Mで小淵沢へ下る

 駅に戻れば,ダイヤも概ね時間どおりに戻ったようで,次の下り列車は11:57の437M松本ゆきです。この列車で小淵沢を目指しますが,今度は後ろ側カブリツキで下り列車が富士山バックで撮れるところはないかロケハンします。残念ながら,今日は富士山自体もよく見えず成果はありませんでした。

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後ろ側カブリツキでロケハン。駅は塩崎(左下)と韮崎(右上)。どちらもやや右手に富士山が見えるはず

 12:35頃,小海線を分ける小淵沢着。小淵沢駅を出た小海線の列車は南アルプスと八ヶ岳を望む築堤を半円を描いて登るルートで,小淵沢の大築堤といって有名な撮影ポイントです。今日の午後はここに行ってみることにします。12:49に小淵沢に着く上り列車があるので,モタモタしている暇はありません。列車を降りたら真っすぐタクシー乗り場に行くと,幸い何台かのタクシーが止まっています。一番前の車を覗くと,ポカポカの日差しを受けて運転手さんが居眠りをしています。窓をコツコツ叩いて,ようやく乗車です。あらかじめ用意の地図を示し,大築堤の真ん中あたりまで送ってもらいます。

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タクシーで撮影地まで乗りつける。レンタカーより安くて楽ちんです

 幸い今日は野辺山回転の臨時列車「八ヶ岳高原列車」が走るので,1時間半ちょっとの間にハイブリッドDCを含む4本を撮ることができます。線路の向こうの山は南アルプスで天気がよければ絶景なのですが,今日はあいにくの曇り空です。また,後ろにはちょうどパラグライダーが舞っています。

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8255D「八ヶ岳高原列車5号」
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8255D「八ヶ岳高原列車5号」。同じ列車ですが別の位置で

 列車が少ないので,間の時間は少し色づいてきた田んぼの中でのんびりしたひとときです。定期の1本はお試しに動画を撮ったりして楽しみます(Youtubeにあげてあります。こちらからご覧になれます)。そして今日の最後はハイブリッドDCです。

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定期の230DはハイブリッドDCのキハE200

 大自然の中でたっぷり鉄ちゃんを楽しんだ後は,鈍行列車で横浜への帰宅の旅です。ところが14:30頃に迎えを頼んだのですが,タクシーが来ません。またも居眠りをしているのでしょうか。仕方なく往路のレシートを見てタクシー会社に電話をし,迎えに来てもらいます。それで迎車料金をふつうにとるのか!と言いたいところですが,今日は気分もよいので不問とします。

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キハE200。登場から13年経ちすっかり定着 @小淵沢

 小淵沢駅に戻れば,帰りの列車は14:50の544M高尾ゆきです。少し時間があるので,小海線ホームに行ってキハE200の写真を撮ったり,544Mの入線風景を撮ったりします。

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中央本線544M @小淵沢

 小淵沢からは元々はホリデーやまなしの予定でしたが,今日は走らないので,少し早めの鈍行で引上げです。幸い今日の544Mはクロスシートの編成です。長野の211系6両編成はクロスシート(6本)とロングシート(8本)がありますが,甲府~高尾・立川ではどうも4/7以上の確率でロングシートに当たるような気がします。小淵沢でビールを買いそびれたので,今日の反省会+陽のあるうちからの晩酌はお預けです。大月で特急退避の間にビール,肴,土産を仕入れます。高尾~八王子を快速電車で繋げば,八王子からは今日最後の快速列車,それも磯子まで直通で世話がありません。

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帰りの列車2本まとめて。中央線1742T,横浜線~根岸線4740K

 墓参りのお勤めもしましたが,基本は気楽な一人旅,旅行の成果と無事に感謝です。韮崎~小淵沢間の中央本線は南アルプスを望む景勝区間であちこちに写真を撮りたいポイントがあります。今日は横着をしてタクシーを使いましたが,レンタカーを借りるよりお財布にやさしく,癖になりそうです。さて,次の春の彼岸はどこに行こうか考えてしまいます。

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今日の行程表。今回は随分予定と違う実績になりました

 2020年夏シーズンの青春18きっぷですが,これでなんとか5枚を消化しました。コロナ禍で遠出が制約されるなか,密を避けながらの旅行です。こんな気遣いなく複数人で旅行ができるようになる日が待ち遠しいです。(2021.2.7記)
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2020年夏のアクティビティ1--横浜から青春18きっぷで名松線を訪ねる

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 今年の夏はコロナ禍で外出もままならぬ毎日ですが,先日買った青春18きっぷを活用するために少しの遠出を計画します。新型コロナに感染しない,また万一気づかぬうちに感染していても他人にうつさないの万全を期してのお出かけです。行く先は三重の名松線,ちょっとワケあってタブレットの交換風景の写真が必要になったのです。

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今朝も出発は早朝の根岸線。463A @磯子 2020.8.1(以下,全て同じ)

 (2020年)8月1日(土),今朝も出発は早く,5:37磯子駅発の大船ゆきです。大船では12分の接続で321M沼津ゆきに,三島では8分の接続で静岡ゆきに乗換えです。その先は静岡で2分,浜松でも2分と接続はよく,東海道線を西下します。あまりに接続がよいので,道々の車中で時刻表を繰ります。東海道線で大船から名古屋までを下る乗継ぎパターンは34とおり(平日)あり,この321Mでスタートする所要時間5:08のパターンは鈍行利用の最速でした。ちなみに,夕方運転のホームライナー浜松3号を使う乗継ぎは4:43で段トツに速かったです。

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東海道線の列車たち1。大船~三島の321M @小田原,三島~静岡の741M @三島

 何度も通う東海道線を下る単調な旅,こんなことでもして気を紛らわせます。この34のパターンの検証で浜松から岡崎までの時間つぶしができました。車窓ではところどころに新幹線の線路が望めますが,7月から走り出したN700Sを2度ばかり見ることができました。

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東海道線の列車たち2。静岡~浜松の5739M @静岡,浜松~名古屋の5117F @浜松

 11:12,名古屋着。ここでは11:37の快速「みえ」まで25分の時間があります。少し早いですが,名古屋名物きしめんスタンドで昼食にします。名古屋駅は各ホームにきしめんスタンドがあり,この東海道線下りホームは東京寄りの階段の裏側です。きしめん大盛りを頼めば,てんこ盛りの鰹節の香りが嬉しいです。

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住吉のきしめんスタンドときしめん

 名古屋から松阪までは,快速「みえ」で下ります。この列車はJR転換早々に近鉄との競争に打って出たJR東海の看板商品ですが,早いもので登場から30年です。青春18きっぷ族やJRで通しのきっぷを持つ長距離の旅客を除けばやはりこの区間は近鉄の方が有利のようです。11:37発と中途半端な時間ということもあり,今日の「みえ7号」はたった2両編成でも空席が目立ちます。

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2907D快速「みえ7号」はキハ75の2両編成 @名古屋

 ところで,快速「みえ」は四日市-正しくは河原田-津間を伊勢鉄道でショートカットします。この区間のきっぷを買おうと名古屋駅の長距離きっぷ売り場に行きますが,ここのマルス端末では発券できないそうです。しかたなく隣りのJR東海ツアーズの店舗に行くと,発券できないことはないが手で発券しなければならず,11:37の列車には間に合わないようです。しかたなく,この区間のきっぷは車内発券のペラ券になりました。伊勢鉄道はJR東海とは通過連絡運輸をしていますが,きっぷの発売箇所がこんなに限定されるのは???です。JR東海が横着なのか,伊勢鉄道がJRに払う手数料を惜しんでいるのか,理由は部外の者には分かりません。

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桑名で見かけた養老鉄道の電車。京急カラーにびっくり

 さらに言えば,車内の盛んに「この列車は伊勢鉄道線経由です。青春18きっぷなどでは乗れません。別に運賃が必要です」と案内しています。また,列車が伊勢鉄道の区間に入ると車内改札が始まり,取はぐれはないように対策もしています。また,帰りには松阪駅でも伊勢鉄道区間分のきっぷを買おうとしますが,ここでも売れないと断られました。伊勢鉄道,JRとも一体どういう料簡なのでしょうか。

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津で。私見ですが日本で一番何もない県庁所在地駅??

 カミンズの350馬力エンジンのキハ75は力強く,電車のような加速で走ります。登場後27年の気動車はその騒音もすさまじく,かっ飛ばす気動車に乗るのが好きな向きには是非ともお薦めの列車だなどと思います。空いた列車で乗り鉄の醍醐味を楽しめば1:09はあっという間で,12:46,時刻表どおり松阪に着きます。

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名松線は存続運動が盛んな様子 @松阪駅

 松阪では23分の程よい接続で今日の目的の名松線に乗継ぎます。名松線は近鉄の路線網が発達するなか,名張を目指して工事はしたものの伊勢奥津まで開業したところで工事は中止,JR東海のなかでは屈指の赤字盲腸線です。数年前の台風被害で運休が続き,JR東海は廃止を提案したもの,沿線の熱意で存続が決まった由です。

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名松線415C @家城

 時間になれば運転助役がタブレットを運転士に届け,発車合図をして定刻発車です。土曜日の昼下がりの列車はガラガラで,お客さんは9人しかいません。途中,伊勢大井と家城で1人ずつが降りましたが,乗りはなしで,7人が終点伊勢奥津まででした。うち,自分も含め何人かは18きっぱーのようです。名松線の車窓はどうと言うことのない里山風景,右側には雲出川が沿います。13:46,家城着,ここで交換のため13分止まります。交換相手の上り列車は既に到着していて,穏やかな時間が流れています。こちらはタブレット閉塞器の写真を撮るのが目的なので,一生懸命駅の運転事務室の中を覗き込みます。覗き込み防止のためか,事務室は中が見えないように目隠しがされていて,写真どころではありません。仕方なく,駅舎やら交換風景の写真を撮って,時間を過ごします。

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通票の交換風景 @家城

 ところで,今回の名松線訪問はタブレット閉塞器の写真を撮ることが目的でした。しかし,これは事前勉強が不足で,名松線で使われている閉塞システムは松阪~家城が票券閉塞,家城~伊勢奥津がスタフ閉塞で,タブレット閉塞は使っていないのでした。何のことやら難しい話ですが,簡単に解説します。スタフ閉塞とは,ちょうど家城から伊勢奥津のような行き止まりの区間で,対向列車の心配がないときに用いられる閉塞方式で,その閉塞区間の通行証にスタフ(英語の杖)を使う方式です。タブレット閉塞は,20年くらい前までは単線のローカル線でよく見られた,閉塞区間の両端の駅の駅長がお互いに連絡しながら赤いタブレット閉塞器の箱--タブレットのタマが一どきには1こしか取り出せない仕組みになっている--を操作して閉塞を確保する閉塞方式です。票券閉塞は,スタフとタブレットの間に位置づけられる閉塞方式で,タブレット閉塞器のような複雑?な仕組み(装置)は使いませんが,両端の駅長の確認により票券という通行証を発行し,続行列車の運転を可能にしたものです。

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票券とスタフでもキャリア(携行用の革袋)とタマの見た目はタブレット閉塞と変わらない。票券を入れる小袋がついている?

 JR東海もよく考えたもので,名松線の輸送量ではタブレット閉塞を使わなくても,所定の列車は捌けます。タブレット閉塞自体が古い機械なので万一壊れてしまったら一大事,線路にも車両にも異常がないのに列車の運転ができなくなってします。そのリスク回避から,敢えてタブレット閉塞を使っていないと考えたら納得がゆきました。なお,スタフ閉塞でもタブレット閉塞でも国鉄~JRは砲金製の丸いタマ(タブレット)を通行証に用いていたので,これらを十把一からげにタブレットと言っても,間違いとまでは言えません。そんな訳で,タブレット閉塞器の写真を撮るという目的は空振りでしたが,古い閉塞システムの勉強にはなりました。

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途中からは三重交通のバスと並走 @伊勢八知~比津?

 家城を出ると,沿う川は一貫して雲出川ですが,谷幅が狭まり渓谷の趣です。ふと見ると三重交通のポンチョが対岸を走っています。慌てて携帯で調べると,津市コミュニティバス美杉地域の川上ルートという路線が名松線と並走していることが分かります。列車もコミュニティバスも本数は限られているのに,なにも同じ時間に並行して走ることはないではないかと思います。線路も道路も線形が悪くスピードは出ず,終点までほぼ並走していた感じでした。

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伊勢奥津駅。観光や行楽の拠点として整備され棒駅らしからぬ規模

 狭い谷筋を登り,いささかこれ以上は気動車では無理でしょうというくらいの山になり,列車は14:33,時刻表どおり終点伊勢奥津に着きます。名松線の「名」は名張の名ですが,この先どうやって名張に抜けるつもりだったのでしょうか。一志から名張は近鉄大阪線の走る青山峠経由なら37.2kmですが,伊勢奥津はこれよりかなり南で一志から名張まで60㎞位ありそうです。美杉地域はその何もない静かな山里を売りにしているようで,伊勢奥津駅は無人の棒駅ですが,観光の拠点として整備されているようです。

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伊勢本街道に沿って近畿自然歩道も整備されている @伊勢奥津駅前

 名松線の列車はガラガラでしたが,伊勢奥津の駅は美杉への行楽帰りのお客さんでごった返しています。人をかき分けスタンプを押し,今日の目的地なので,周辺の地図などの記念品を収集します。駅舎から出ると,目の前にはのどかな山里が広がっています。駅の左手には「かき氷」の幟のたつかき氷屋とうどん屋があって,その前にはバス停があります。かき氷屋は昔は地方の駅前にはよくありましたが,最近ではめったに見かけず,昭和の昔を思い出すシーンです。

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伊勢奥津駅前風景。バス停前には専業?のかき氷屋さん

 バス停の時刻表を見ると,上りも列車と似たような時刻に家城方面に行くバスがあり,見れば見るほどこのバスに乗りたくなります。いろいろサーベイすると,14:55の川上ルートの一志病院ゆきに乗れば,15:17に伊勢鎌倉駅前に着くようです。列車は15:08にここを出ますが,伊勢鎌倉は15:27発で10分先行できます。勝手が分からないので若干リスキーですが,乗り遅れても名松線の列車はまだあるので新幹線を使えば家まで帰れるでしょう。

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僅かな区間だが美杉地域コミュニティバスにも乗車 @伊勢奥津

 突然,伊勢奥津の出発が13分繰上がったので大忙しで,上に載せたような駅前の風景の写真を撮ります。14:55のバスは遅れていて気を揉みますが,このバスに乗る気になってしまったので15:00まではと待ちます。時刻表ではこのバスは終点の川上の到着も折返しの出発も14:44で,折返しの余裕0のダイヤです。15:00になりかけた頃,先ほど列車の中から見たのと同じ日野ポンチョがやってきました。地方のコミュニティバスのご多聞にもれず,お客さんはゼロです。伊勢鎌倉のバス停の場所などを確認し,このバスに乗ることにします。

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津市美杉地域コミュニティバスの三重交通の日野ポンチョ @伊勢鎌倉

 雲出川に沿う車窓は列車から見るのと変わらず,緑深い谷間です。川と道路と線路が絡み合う道を15分も走ると,旧美杉村の中心部に入ります。Aコープがあればわざわざ踏切を渡って店先につけますが,伊勢八知の駅前に停留所はなく,美杉総合支所前が最寄りのようです。列車から見えた火の谷温泉美杉リゾートが川の対岸に見え,ひと風呂浴びれたらと思います。その先でバスは県道から左にそれ人家の多い旧道を走り,県道に戻ると今度は右にそれた旧道を進みます。テープの案内放送はなく,運転士さんがここですといってバスを止めるので,伊勢鎌倉に着いたと分かります。

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津市美杉地域コミュニティバスの運賃表

 いつの間にかバスは遅れを挽回し,列車まで7,8分ありますが,運賃の計算に一苦労です。コミュニティバスなので運賃は行政が設定した金額ですが,これが三角表に掲げてあるだけです。停留所が運賃の切れ目になる所しか出ておらず,出張所,小学校,交差点...と余所者にはさっぱり分かりません。運転士さんも伊勢奥津から伊勢鎌倉でいくらか即答できず,三角表を眺めながらここからここまでだからと確認して,300円との仰せです。言われるままに300円を払い,楽しいバス旅のお礼をして駅に向かいます。

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伊勢鎌倉駅

 コミュニティバス乗車のもう一つのメリットは,駅撮りではありますが,列車の走りの写真が撮れることです。ホームに着くまではどんな写真が撮れるか期待に心がはずみます。伊勢鎌倉は目の前には田んぼの広がる棒駅ですが,典型的な名松線の車窓とも言えそうです。光線の具合は逆光で条件は良くないですが,とりあえず今日のとびらの写真はここで撮ったものです。

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名松線風景 @伊勢竹沢あたり?

 列車に乗れば,往きの列車で一緒だった乗り鉄,伊勢奥津で目にした行楽帰りの人々で,4分の3位の座席が埋まっています。今日は朝から夜まで座ることが多いので,ここではワンマン列車の後部の車掌台で去り行く線路を眺めて過ごします。15:42,家城着,ここでは13分止まって下り列車と交換です。タブレットの交換風景や閉塞器の撮影が今日の旅行の目的ですが,ここのは厳密にはタブレットでないのと往路にもたっぷり見たので食傷気味です。帰りは軽く流して,下り列車の写真を撮ったりで過ごします。伊勢鎌倉は逆光でしたが,こちらは理想的な陽射しです。

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名松線417C @家城 

 家城からは部活帰りの高校生がどっと乗ってきて,車内のあちこちに立っている人がいます。後ろのデッキでも野球部の高校生がたむろし,練習後のアイスを食べながら談笑しています。ローカル線の日常風景ですが,コロナ禍の今どきマスクもせずに大声での会話は困ったものだと思ってしまいます。そう思う自分も大した用事でもないのに遠地からの移動で,全くこのコロナ禍,早く収まってほしいものです。

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前日の名松線情報

 そういえば今日は名松線はふつうに走っていますが,昨日の夕方は線路の陥没があったとかで,松阪~家城間が夜まで不通になっていました。寝る前に確認したら復旧したとの報なので,それを信じての旅行です。伊勢大井~伊勢川口との情報だったので目を凝らしていましたが,現場を見ることはできませんでした。そうこうするうち列車は16:34,時刻表どおり松阪に着きます。今日の旅行は名松線が目的だったので,ここからはひたすら家への帰宅の旅です。

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2920D快速「みえ20号」 @松阪

 松阪での接続はよく,7分で快速「みえ20号」に乗換えです。この列車はキハ75形の4両編成です。16:58の津を出れば,線路は伊勢鉄道伊勢線となり,夏の田んぼの中を快調に走ります。伊勢鉄道,旧国鉄伊勢線は,亀山まわりで遠回りかつスイッチバックしていた四日市~津を短絡し,名古屋から伊勢や南紀方面への速達を目的に建設された路線で,開業は1973年と比較的新しいです。長距離利用のための新幹線みたいな路線だから途中の町には興味ないよと言わんばかりに,立派な高架がまっすぐに続いています。

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田んぼの中を一直線に進む伊勢鉄道の線路

 伊勢線の僕の初乗りは国鉄時代でしたが,キハ35の2両編成の車内は僕のほかにお客さんはいませんでした。北海道のローカル線などで他にお客さんがいないことはときどきありますが,多少なりとも車窓に家がある伊勢線でのそれは意外な体験でした。今日は都市間を結ぶ快速「みえ」ですが,それでも車内はガラガラ,この1号車には2人しか乗っていません。

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遠くの海沿いの近鉄線沿線は人家や工場が立ち並ぶようだ

 河原田で左から来る関西本線と合流し,暫く走ると四日市です。四日市ではJR貨物のDD51が休んでいます。DD51は宗谷本線から肥薩線まで本当に全国どこでも見られた機関車ですが,今残っているのはJR東日本と西日本に工臨などのための数両とJR貨物愛知運輸区の6両だけです。見れてよかったと思いつつ,慌てて写真を撮ります。

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四日市で休む愛知のDD51

 四日市を出れば名古屋まであと37.2km,快速「みえ」とすれば終盤戦,最速列車は34分で走るこの区間をこの列車は43分もかかります。時刻表上の停車駅は桑名だけですが,その他に富田浜,白鳥,永和,蟹江,八田と5駅も運転停車があります。

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富田浜ではDF200牽引のタンカー列車と交換

 桑名を出て木曽川の河口では急行と並走,長島あたりでは「ひのとり」を見るなど,近鉄電車を見る機会が増えます。キハ85が憩う名古屋車両区を左に,名古屋都心部の高層ビル群をその向こうに見れば終点名古屋です。

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名古屋車両区の向こうに高層ビル群が見えれば終点名古屋

 名古屋では9分の接続で18:15の東海道線の新快速に接続です。あわよくば帰りもきしめんをすすってと考えていましたが,東海道線のホームに行くと1本前の18:00の特別快速が遅れていて,今から来るところです。豊橋での乗継ぎが3分なので,ここで予定どおりの18:15の列車を待つ度胸はありません。取り急ぎ,来た特別快速の5122Fに乗りますが,名古屋発の時点でちょうど列車1本分15分の遅れです。僅かに遅れ挽回し,19:09頃豊橋着。普段なら晩酌のビールとちくわをここで買うのですが,コンビニ横の弁当の売店でいなり寿司のセットがあるのでこれを買います。

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帰りの東海道線の列車たち1。名古屋~豊橋の5122F @名古屋,豊橋~浜松の5984M @豊橋

 往きの乗継ぎの大船~名古屋間5:08が速かったことは最初の方で書きましたが,帰りも豊橋3分,浜松,静岡,熱海もそれぞれ8,8,6分と接続はよく,5:19で走り切ります。帰りはパターン数が若干少なく31パターンありましたが,ホームライナーを使い平日しか成立しない5:14が最速,5:19は3番目に速い乗継ぎパターンでした。

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帰りの東海道線の列車たち2。浜松~静岡の858M @浜松,静岡~熱海の1464M @静岡

 こんなことで時間をつぶして,21:06,静岡着。駅そばのスタンドはとうに閉店の様子です。静岡からの1464Mは今夜最後の丹那トンネルを抜ける上り列車ですが,JR東海名物,恐怖の便所なし211系2+3の5両編成です。静岡~熱海は所要1:15ですが,トイレに行きたくなることもなく,22:29,熱海に着きます。

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帰りのJR東日本の列車たち。熱海~大船の730M @熱海,大船~磯子の2322A @磯子

 熱海ではサラダでも買ってこようと駅前のコンビニを覗きますが,土曜の晩でレジが大行列,6分での買い物は難しそうなので諦めです。ホームに戻れば,電車はJR東日本のE233系,ボックスシート,トイレ付,ガラガラの車内は天国です。豊橋で買ったいなり寿司で遅い夕食です。大船からは根岸線の上野ゆきに乗れば,24:03,無事,自宅最寄りの磯子駅に帰り着きます。24:00を越えてしまいましたが,東京近郊の電車区間の特例により昨日の青春18きっぷでもセーフです。

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今日の行程表

 今日の行程はコミュニティバスに乗りたくて少し予定と変わりましたが,基本的には磯子~伊勢奥津往復の旅です。往きが8:56,帰りが8:55と1分しか違いません。乗り鉄の旅行は何度もしていますが,こんなにぴったりバランスする行程は珍しいです。また,磯子~伊勢奥津は片道438.8km(この他,伊勢鉄道22.3㎞),往復で877.6kmですが,このくらいが青春18きっぷ1回分で旅行できる限界です。

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お約束?のGPSログ。今日は単純往復なので簡単です

 コロナ禍の外出自粛に限りなく近い土曜日でしたが,タブレット閉塞の取材のためと理由をつけて,日帰り旅行に行ってきました。タブレット閉塞器自体は空振りでしたが,JR東海きってのローカル線・名松線に乗ることができました。名松線は古い閉塞システムをはじめとして,昭和の時代の日本の山里を感じるのどかなローカル線です。青春18きっぷの限界に挑戦で,また行ってみたいと思わせる楽しい日帰り旅行でした。早くにこんな旅行が誰にも遠慮せず行ける日が来るのを期して,今日の記事の終わりとします。(2020.9.19記)

2020年春のアクティビティ1--青春18きっぷでダイヤ改正のおさらいに福島へ・後編

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前編から
 (2020年)3月14日はJRグループの全国ダイヤ改正でしたが,1週間後の土曜日に今年のダイヤ改正で動きのあった福島県に青春18きっぷで行ってきました。前回に続き,全線復旧開業なった常磐線に乗った後,今日はいわきからの帰りの様子をご報告します。
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当日の行程表

 話は旅行前に戻りますが,復旧開業した富岡~浪江間に乗った後の行程について,常磐線を突き抜けて,岩沼から東北本線で帰るルートを当初は考えていました。多少時間があるので,蔵王のきれいなあたりで写真を撮ることもできそうです。同じく富岡~浪江訪問を検討していたジュニアいわく,いわきに戻るとぴったりの接続で磐越東線の列車があり,以降の接続はよくないですが,バス代行中の水郡線経由で帰る行程が成立するそうです。郡山と常陸大子でそれぞれ67分の待ち時間は潰しかたに困りますが,磐越東線は多分20年以上行っていません。また,郡山の67分はその間に磐越西線の喜久田まで往復できる--しかも帰りは今改正で指定席車連結になった快速「あいづ」で--ことが分かりました。これが決め手となって,ジュニアの磐越東線,水郡線案採用となりました。

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磐越東線737D @いわき 2020.3.21(以下同じ)

 話を旅行当日の(2020年)3月21日(土)に戻します。いわきからは13:09の磐越東線737Dで郡山を目指します。僕が初めて磐越東線を訪れたのは1978年(昭和53年)で,DD51が雑型客車や大越のセメント工場へのホッパー車を牽いていました。夏休みに夜行明けで郡山から乗った列車は暑かったのと,キハ58の修学旅行用バージョンの800番台が残っていたのが印象です。その後,1回くらい乗り直しをしていますが,かれこれ20年ぶりの訪問です。

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石積みのポータルが歴史を感じる江田トンネル @江田~川前

 列車はいわき駅を出ると僅かの間,常磐線と並走しますが,90度以上右に曲がって北,阿武隈山地を目指します。気動車はキハ110系の2両編成,420PS機関は力強く,電車のような加速で登り勾配を駆け上がります。小川郷あたりまではいわきの郊外の景色ですが,その先は山が深まりトンネルも増えます。磐越東線はいわき,郡山の両側から工事が進み,小川郷~小野新町がつながって全線開業したのが1917年(大正6年)です。通過するトンネルのポータルがどれも昔風の石積みで,100年の風格を感じます。

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磐越東線は夏井川に沿って上る @江田~川前

 小川郷を出ると列車は夏井川の谷を上るようになり,人家も少なくなります。この夏井川沿いの谷筋は国道も並行していませんが,急なカーブは少なく列車は結構なスピードで走ります。この737Dはいわき~郡山間85.6kmを1時間35分で走り切り,表定速度54km/hは単線の地方交通線の普通列車としては上出来です。

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夏井千本桜はまだかなり早そう @夏井

 夏井は夏井川に沿ってちょっと開けたところですが,左の車窓に川に沿った桜並木が眼に入ります。夏井千本桜というそうで,3週間後くらいの開花シーズンはきれいだろうと思います。夏井の次の小野新町は,川は未だ太平洋にそそぐ夏井川ですが,文化圏としては郡山で,小野新町~郡山間の区間列車も増えます。

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神俣の近くで。あぶくま洞の入口,奥の稜線には風車が並ぶ

 このあたりの右手は石灰山のカルストで採石場の跡や鍾乳洞の看板が目につきます。神俣の近くのあぶくま洞は釜山採石場の跡地で1969年に発見されたそうです。また,奥の山の稜線には風力発電の風車が並び,現代的な車窓でもあります。神俣の次の菅谷あたりからは釜山採石場の跡が見えます。駅前には入水鍾乳洞の案内板がありますが,これはあぶくま洞とは別の鍾乳洞です。

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菅谷あたりからは釜山採石場跡の露頭が見える

 郡山が近づくにつれ,お客さんも徐々に増えてきます。三春からは僕のボックスも4人掛けになり,立っている人もいます。

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三春では734Dと交換
 
 郡山の盆地に入り阿武隈川の本流を渡って,郡山総合車両センター(元の郡山機関区)をかすめれば,郡山に到着です。陽射しもよく僕の周囲では居眠りしている人も多かったですが,キハ110系のパワフルな走りに夏井川の渓谷と阿武隈山地の山の景色で飽きることのない磐越東線の旅でした。最後につけた地図でも分かりますが磐越東線は意外と南北に走っていて,東西に走るイメージとは随分違うというのも感想です。

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磐越西線1229M @郡山

 郡山での接続はよく,5分の接続で1229M会津若松ゆきに乗換えます。線路戸籍上は一体をなす磐越線グループですが,東線,西線を直通する列車はなく,お客さんも少なそうです。乗継ぎを早々に済ませ,郡山駅の見分は喜久田から帰ってからにします。

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快速「あいづ」用に指定席車を連結するE721系4両編成と指定席エリアの外観 @郡山

 1229Mは郡山富田か喜久田のいずれかまで乗車の予定で,折返しの「あいづ」の写真の撮り易そうな駅をその場で決める計画です。1つ目の郡山富田は3年前にできた新設駅で棒駅,写真は撮りづらそうです。2つ目の喜久田に向かうと郡山の市街地も途切れがちになり,進行方向に磐梯山の雄姿が見えてきます。これは喜久田選択が大正解だったようで,それで撮ったのが今日の扉の1枚です。喜久田では滞在8分で慌ただしく,今,写真を撮った快速「あいづ」で郡山へ戻ります。磐梯山の麓を行く磐越西線は以前からのお気に入りで,いつかゆっくり撮影行に来たいと思います。

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郡山には只見線での運用を終了したキハ40が集う

 郡山に戻ると,東側に見える郡山総合車両センターの写真を撮りに磐越東線の6番線ホームに行きます。ここからは只見線用のキハ40を多数見ることができます。実はこのときはキハ40の活躍が見られるのもあと僅かと思って写真を撮ったのですが,新津へのGV-E400の投入でキハE120が郡山へ移動し,玉突きで只見線のキハ40は運用終了だったそうです。このキハ40は会津若松派出から撤収してきた後,疎開のような形で留置されていたのでした。そうと知っていれば,別の感慨を持って写真を撮ったのですが。

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キハ40-2026。2000番台は本来暖地向け形式なのによくがんばった

 手近にいた1両を形式写真風に撮ってみます。押しボタン式の扉に乗降口案内の小窓,バス用のクーラー,GPSアンテナに保護柵とよくもまあいろいろ改造されたものです。調べると1987年の水戸を振出しに,新庄,小牛田,郡山と南東北を渡り歩いた車歴の賜物です。1987年製とキハ40のなかでは新しいので,どこかへ転配されるのか,そのまま廃車か気になるところです。

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郡山総合車両センターに残る転車台

 郡山総合車両センターは元の郡山工場の機能も引継ぐ大きな現業機関です。車両の向きを変えることもあるのでしょうか,転車台がきれいな形で残っているのも眼を惹きます。鉄道の要衝,郡山を十分楽しんだ後は水郡線の旅に備え駅そばで腹ごしらえです。郡山は2階の新幹線改札の中と1階の改札口の外に駅そば屋さんがあり,後者の「そば処あさか」でかけそばを食べます。東北の割に出汁は薄いですが,そばは黒めの平らな麺でまずまずです。

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郡山駅1階の「そば処あさか」とそば

 郡山駅での水郡線ホームは東北本線の下りホームの切欠きの3番線で,2番線の南側80mにあります。時間がないときは注意が必要などと写真を撮っているうち,自分も発車の30秒前に駆込むドタバタです。

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郡山駅の昭和の時代と変わらない地下の連絡通路と水郡線の乗り場案内

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水郡線330D @郡山(エンドチェンジ前に撮影)

 水郡線の330Dは時刻表どおり発車,最初の1駅,安積永盛までは東北本線を上ります。ここから左にそれて,福島・茨城の県境の高原地帯を水戸に向けて進みます。安積永盛を出ると間もなく阿武隈川の本流を渡り,暫くは川から離れますが,川東あたりから再度,阿武隈川に沿うようになります。このあたりは盆地でもなければ山地でもなく意外と平らで,里山の向こうには福島空港があります。

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泉郷~川部沖で。梅の木のきれいな向こう2,3㎞のところに福島空港がある

 磐城棚倉まで来ると,峠を越えた印象はなく,福島県のままですが川の向きが変わます。水郡線は奥久慈清流ラインの愛称がついているとおり,ここからは久慈川とともに走ります。

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磐城棚倉はJRバス白棚線が白河とを結ぶ

 17:08発の磐城塙で下りの337Dと交換,次の磐城石井あたりで西の山ひだ八溝山のほうに陽が沈みます。今日の磯子着予定は24:00前後,まだ7時間の行程が残っています。

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ダイヤモンド八溝という訳にはゆきませんが,きれいな日没

 列車は矢祭町に入り,矢祭山に止まります。駅の両側が公園になっているようで,駅前には渓流に赤い吊り橋が架かります。

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矢祭山駅前のあゆのつり橋

 矢祭山と下野宮間に福島・茨城の県境がありますが,列車は峠を越えるわけでもありません。上に書いたように分水嶺はもっと郡山寄りで,東北・関東の境の割には穏やかな地方界です。

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水郡線の駅・沿線案内。私鉄のようなカラフルなもの

 列車は17:38,常陸大子に着きます。この先は去年の台風19号で橋梁が流出し,バス代行になっています。代行バスのダイヤは茨城県内の流動を主体に作られているため,ここで67分のバス待ちです。

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常陸大子駅前に保存されるSL,C12-187。32年の車歴のうち30年は九州で活躍した由

 常陸大子は駅近くに水郡線営業所があり,水郡線の営業,運転の拠点です。駅前には静態保存のC12が展示され,鉄道の町らしい佇まいです。日は暮れてしまいましたが,残照を頼りに,水郡線営業所のほうなどをぶらぶら歩きます。

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水郡線営業所。JRの車両基地といっても土曜の晩は静まり返っている

 また,ここには転車台が残っており,先ほどの郡山と共に,この2駅間であれば新たな転向設備なしにSL列車の運転も可能で,期待が膨らみます。

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常陸大子に残る転車台 

 17:56に下りの代行バスが着き,18:05にそれを受ける339Dが行ってしまうと,いよいよもって周囲は誰もいなくなり,寂しい山の宵になります。商店街のスーパーを覗いたり,駅隣接のコンビニでみやげのこんにゃくを買ったりしましたが,ビールが見つからず寂しい車中になりそうです。

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宵闇の常陸大子駅前と代行バス

 18:45,時間になれば代行バスは出発です。僕の他は18きっぱー風の旅行者2名,フルサイズのバスにお客さんは3名です。バスは久慈川に沿い,昼間だったら渓谷がきれいそうな国道118号線を快適に走ります。29分で定刻19:14に西金(さいがね)駅に到着です。

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代行バス西金着。バスは茨城交通大子営業所が担当

 西金は突然の災害で列車・バスの結節点を担うことになりましたが,元々は棒駅で駅舎も細長い小さなものです。駅の玄関前に着いたバスを降りると,駅舎をスルーしてその先の気動車の入口までが見え,教科書どおりの代行バスの到着位置です。

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西金の駅舎内。細い駅舎の先には気動車の入口が見える

 5分でも乗継ぎ時間は余るくらいで,19:19,定刻発車です。水郡線後半戦はキハE130系の2+1+1の4両編成です。西金からのお客さんも加わりますが相変わらず空気輸送で,前の2両にポツポツ,3両目は僕1人,4両目は誰も乗っていなくて,お客さんは計7名です。ところでこの区間の気動車も常陸大子の車両のようですが,車両運用はどうなっているのでしょうか。日々の給油や仕業点検は水戸でもできそうですが,何日かに一度,常陸大子に戻して入替えをしているようです。というのも昼過ぎの磐越東線でキハE130の回送を見ていて,なんでこんな所で?と思った謎が解けました。

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水郡線856D。こちらは通学輸送の戻りで堂々の4両編成 @上菅谷

 856Dは水戸から帰宅の足を優先しているのか,玉川村,常陸大宮で交換待ち,上菅谷でも常陸太田からの列車の待合わせと,やたらと止まります。長時間停車は僕にはありがたく,上菅谷では駅前のコンビニに走り,アツアツのお弁当とビールを仕入れることができました。ここもブランドはセブンイレブンで,今日はセブンにお世話になる日です。

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常磐線468M @水戸

 水戸からの上りは21:00ちょうどの468Mです。週末きっぷだったら柏まで特急利用の計画でしたが,青春18きっぷでは運賃分が勿体ないので30分遅くなりますが我慢です。水戸を出ればガラガラの車内で1ボックスを占拠,用意の食材で晩酌と遅い夕ご飯です。22:49に時刻表どおり日暮里着,22:55の京浜東北線磯子ゆきに乗換えれば,0:03にはスタートの磯子に帰着です。途中,東京駅から東海道線に乗れば1本早く,0時前に帰り着くことができそうですが,横浜での接続が2分なので,ゆっくり鈍行で帰ることにします。

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スタートの磯子駅には2269Aで0:03の帰着

 さて今日も青春18きっぷ1枚で随分たっぷり旅行しました。復旧開業の常磐線に乗ったほか,久々の乗車の磐越東線は天気もよく満足でした。指定席車連結の「あいづ」はこれまたちょっと事情があり大収穫,水郡線は夜になってしまいましたが,代行バスも含め楽しめました。距離にすれば627.6kmで,青春18きっぷ1日分の距離としてはまずまずです。乗った距離全体でいえば,ひたちに乗った147.5kmを足して775.1kmでした。

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この日のGPSログ。青春18きっぷで627.6km,その他に特急利用区間147.5㎞でした

 この稿を書いている3月29日時点で今シーズンの青春18きっぷは2人日分の余りがあり,はてさてどこに行こうか悩ましいです。(2020.3.29記)

2020年春のアクティビティ1--青春18きっぷでダイヤ改正のおさらいに福島へ・前編

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 (2020年)3月14日はJRグループの全国ダイヤ改正でしたが,1週間後の土曜日に今年のダイヤ改正で動きのあった福島県に青春18きっぷで行ってきました。今日と次回はそのときの旅行の様子をご報告します。
 今年のダイヤ改正では新線の開業はなく,比較的地味なダイヤ改正でした。そのなかで,東日本大震災の津波と原子力発電所事故の影響で運休・バス代行が続いていた常磐線が復旧し,日暮里~岩沼の全線で運転を再開したのがトピック,かつ明るい話題でした。JRの新線の開業であれば初日に行きたいですが,復旧開業,また今回の開業区間は線路の付替えはないようです。それであれば,天気もよくなさそうだし,混雑する初日にこだわることもないと,1週間遅れでの訪問にしました。きっぷは,特急も使いたいので週末パスか,青春18きっぷか迷いましたが,甲府への墓参りの都合もあり青春18きっぷ利用です。

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朝は根岸線526Bでスタート。毎々似た写真ですみません @磯子 2020.3.21(以下,同じ)

 3月21日(土),出発は自宅最寄りの磯子駅を5:57の根岸線上り列車です。横浜からの上野東京ラインは宇都宮線内快速ラビットの1番列車の3620Eで,上野駅で降りてしまうのがもったいないような列車です。

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東海道線~東北本線3620E @横浜

 上野に着けばすぐの接続で常磐線勝田ゆきがありますが,先の接続が悪いので朝ごはんの仕入れなどに時間を使います。土曜日の朝7:00前,COVID-19騒ぎで外出自粛令も出ているので,上野駅前も人影まばらです。

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人影まばらの上野駅正面口前

 朝ごはんと飲み物を買って水戸ゆき331Mの出る10番線に向かいます。10番線は上野東京ラインのホームと並ぶ行き止まり式のホームで,旧型電機のスノープラウのような車止めが眼を惹きます。電車はガラガラで日暮里,北千住,松戸と駅を経るごとに少しずつのお客さんを拾います。

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常磐線331M @土浦

 今日はダイヤ改正のおさらいというタイトルなので,先ずは龍ケ崎市駅で駅名標の写真を撮ります。ここは佐貫と称していましたが,3月14日から市の名前の龍ケ崎市駅になりました。この駅は市の西のはずれで,市の中心は関東鉄道で2駅行った竜ケ崎駅の近くです。関東鉄道はややこしくなるのを避けるためか駅名は変えずに佐貫のままで,また竜の字は簡単な方を使います。なお,正式な市の名前はJRのほうの難しい字を使うようです。

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龍ケ崎市駅で。真新しい駅名標。右下は高浜駅のスタンプ

 8:05,土浦着。ここでは5分止まって,前寄り5両の付属編成を開放します。土浦を出ると家並みも途絶え,関東平野の田んぼの景色が多くなります。1週間待った甲斐あり今日は快晴で,左の車窓には筑波山が大きな山容を見せています。

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快晴の関東平野に筑波山がきれい @神立~高浜

 高浜では副本線に入り「ときわ51号」を退避します。駅本屋まで行きスタンプはないか尋ねると,古いけどね...と言いながら「わたしの旅」シリーズのJR更新版のスタンプを出してくれました。僕にとっては古いのは構わないのですが,経年以上に印面が傷んでいます。この日は常陸大子でもこの手のスタンプを見ましたが,水戸支社のものはどうもゴムの材質がいまいちだったようです。

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541Mは水戸~勝田の1駅だけ乗車 @水戸

 列車は9:30からの営業の準備中の偕楽園駅をかすめ,9:00ちょうどに水戸に着きます。水戸からはいわきゆきの541Mで勝田まで進みます。勝田は水戸のお隣ですが,列車で6分もかかり,住所はひたちなか市です。ガラスを多用した駅舎は最近改築されたようで明るいです。

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勝田駅のコンコース(改札内)

 勝田の先,浪江までは今改正で運転再開した仙台直通のひたち(3号)に乗ります。水戸から乗れば楽なのですが,勝田からだと147.5kmと特急料金の切れ目なので譲れません。列車を待つ間にホームから周囲を見れば,任を解かれた651系の4両編成が留置されています。タキシードボディのすごいヤツで一世を風靡しましたが,常磐線のローカル輸送で余生を送り,最後まで勝田で活躍した1本なのでしょう。

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勝田に留置される651系

 「ひたち3号」は先頭の10号車が指定ですが,90%以上の乗車,いわきでも降り乗りも少ないです。常磐線特急もいわきを過ぎれば消化試合モードで4両の付属編成で十分,E657系の10両編成では輸送力過剰と思っていたのでびっくりです。もちろん全線開通から1週間なので体験乗車組も多いのでしょうが,この盛況が続くとよいと思います。

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双葉~浪江の車窓

 いわきを過ぎ,久ノ浜の手前あたりから右側の車窓に太平洋が見え始めます。今日は快晴,波も穏やかで,大災害をもたらす海とは別物のようです。遠くには赤い煙突のカーフェリーが南を目指しているのも見えます。

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浪江の駅前風景

 10:57富岡発,ここからが今回の改正での運転再開区間です。富岡駅を出ると列車は大きく左にカーブし内陸に入り込み,その後は右に曲がり,約4km内陸を海岸線に沿って北上するようになります。元々そのような線形だったと記憶しますが,海沿いに立地する原子力発電所を迂回するような形で線路は敷かれています。

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当地の放射線量。Nexco東日本のホームページから 2020.3.28

 今回の復旧区間は津波被害は少ないものの原発事故の影響が大きく,区間内の夜ノ森,大野,双葉の3駅は帰還困難地域の中です。駅の周辺は特定復興再生拠点の指定を受けて立入りができ,この列車も特急ですが,復興支援の願いを込めてか富岡,大野,双葉,浪江と多くの駅に止まります。車窓は9年前の地震発生時のままで,地震後の片付けもままならず,人や車の通りも殆どない不思議な景色です。この稿を書くにあたり調べましたが,現在でも当地の放射線量は少なくなく,Nexco東日本はホームページで高速道路沿線の線量を開示しています。大野や双葉あたりでは広野や南相馬の20倍くらいの線量が今でもあることは分かりますが,それがどういうものなのか僕は分からないのでコメントできません。いずれにせよ,この地域で人々が安心して暮らせる日の再来を祈るばかりです。

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浪江駅で。下は各駅に掲出されている運転再開を祝う幕

 11:14,時刻表どおり浪江着。浪江には2年前(そのときの記事はこちら)にも来ています。今改正で代行バス乗継ぎの結節点としての役割がなくなったので,無人駅になったようです。駅の待合室には「浪江駅のみなさんへ」という中学校の壁新聞やメッセージボードもあります。この先は接続がよく食事ができないので駅近くで食事の予定でしたが,駅の周囲には食事のできるところが見当たりません。

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頼りになるのはコンビニエンスストア。セブンイレブン浪江権堂店

 時間は小1時間あるのでこっちの方だろうと当たりをつけて駅前の通りを歩いて行きます。以前はJRバス福浪線の走っていた国道114号まで出ると,セブンイレブンがあります。中に入れば,周囲にお店もなく,お昼どきなので大繁盛です。お弁当や飲み物を買って,近所の空き地でいただきます。道路を歩いていると東北アクセスなるあまり知らない会社のバスがよく通ります。原発の廃炉や廃棄物処理などの送迎でしょうか。調べれば宮城,福島にまたがって事業を行うバス事業者だそうで,業界の景色も変わったようです。

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東北アクセスのバス

 浪江は原発も近いですが,津波の被害もあったようで,周辺は新築の家が多いです。駅の標高は10mそこそこですが,駅近くには蔵も備えた木造の家も残っていたりで不思議なところです。12:00前後に駅に戻れば,いわきゆきの普通列車まであと少しです。

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駅近くに残る不思議な店

 やってきた674MはE531系の5両編成ですが,2020年製で,今改正に合わせて増備された車両です。浪江からの乗りも多かったですが,元々のお客さんも多く,往きの特急同様に復旧開業お試し乗車のお客さんが多いようです。とくに先頭部は混んでいて,カブリツキエリアはビデオを回すひと3人で埋まっています。

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常磐線674M。2020年製,ピカピカの新車だ @浪江

 線路を見ると除染のためバラストを入替えたのか路盤は新しく,架線柱や法面のコンクリートなども新しくなっています。双葉~大野間は元々複線でしたが,列車の本数も限られているので単線での復旧です。ルートが変わっていないので1週間遅くなりましたが,やはり新しい線路に乗るのは気持ちよいです。

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新しい路盤の線路を行く @双葉~大野

 富岡までは人垣の隙間から前面展望を楽しみましたが,それより南は後ろの車両に移りゆっくり景色を眺めます。この辺の線路は比較的内陸の高い場所なので津波被害はなかったようです。ときどき視界が開けると海が見え,海岸から近いところでは津波被害の復旧作業が進んでいます。

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夜ノ森駅。駅の出入り口は75km/h制限のつくYポイント

 また,この辺りの駅舎はどこも幹線然としたしっかりとした駅舎で,震災にも耐えて残っています。以下少し写真が増えますが,海岸の景色と駅舎を互い違いに見ながらの旅行です。

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竜田駅。隣では6月の供用に向け新駅舎を建設中

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木戸駅。ホーム後ろ側の保護柵がいかめしい

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がれき除去,堤防整備が済んで耕作待ちの耕作地 @木戸~Jビレッジ

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Jビレッジ駅。今改正を機に臨時乗降場から常設の駅に格上げになった

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末続駅。駅舎前にはよく手入れされたプランターが並ぶ

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何事もなければ穏やかな大海原 @末続~久ノ浜

 674Mは運転再開なった常磐線と海の景色を満喫して13:09,いわきに着きます。今回の旅行の第1の目的は達したので,後は久々に乗る磐越東線やバス代行中の水郡線などを楽しみながら半日かけて横浜に帰ります。(2020.3.28記)
後編に続く

お正月に青春18きっぷで信州一周の日帰り旅行

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 今年(2020年)の年末年始の連休は,年末に北海道へ旅行に行ったので正月は大人しくしている予定でした。一方,その旅行のために買った青春18きっぷは2日分残っていますが,今年はカレンダーの並びが悪く1月第2の週末には使えません。家族は3賀日中から仕事なので,1月3日(金)は青春18きっぷの消化に,軽く信州へ鈍行乗継ぎの日帰り旅行に行ってきました。中央本線から小海線に入って,長野に出てから篠ノ井線,松本経由で1回りするコースはアルプスの山並みも美しく,首都圏発青春18きっぷで1日乗りたおすモデルコースにもなりそうです。

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根岸線522Bと車内 @磯子 2020.1.3(以下,同じ)

 出発はわが家最寄りの磯子駅を5:16に出る522B大宮ゆきです。もう少し家でゆっくりしたいところですが,日帰り旅行を計画するとどうしても欲張りになり,早朝発になります。1月の5時は真っ暗,3賀日中とあって電車に乗れば誰もいないガラガラです。

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横浜線515K(手前) @東神奈川

 東神奈川からの横浜線は余裕をとって5:48の551Kで予定を組みましたが,1本早い5:35の515Kに乗れるので,1本先行します。この1本は実は価値があり,この後の中央本線も1本先行できます。八王子には6:30着,中央線ホームに行けば6:35の429M八王子始発の松本ゆきがちょうど入ってきます。ここからの区間はボックスシートの座席でゆっくりしたいところですが,あいにく今日はロングシートの車両です。

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鳥沢の鉄橋から。ようやく山裾の集落にも陽がさす @鳥沢~猿橋

 高尾を出るとE電区間(今では死語?)も終わり,列車は上り坂をぐいぐい登ります。この辺りで浅川の谷間に朝焼けが広がります。今朝も関東地方の天気は良く,朝の山々がすがすがしい景色です。鳥沢の鉄橋ではいつもと反対側の景色を見て,やっと朝の山のきれいな写真が撮れます。大月を過ぎ,笹子峠を越えると列車は甲府盆地に出ますが,しばらくは日川の深い谷を進みます。長い新大日影第2トンネルを抜けると,左下に保存機のEF64を見て勝沼ぶどう郷駅に着きます。

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甲府盆地と南アルプスの車窓 @勝沼ぶどう郷~塩山

 ここから次の塩山駅まで,眼前に甲府盆地が広がり,その向こうには雪を頂いた南アルプスの山々がそびえる車窓は絶景です。根室本線狩勝峠,肥薩線矢岳と後ほど行く姨捨が日本3大車窓と言われますが,ここはNo4と思っています。またこの辺りでは反対側も大菩薩嶺などの関東山地の山々が見えて,こちらもきれいな山の景色です。

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こちらは右手,果物畑の向こうに関東山地の山々が広がる @山梨市

 8:09,甲府着。7分止まって,多くのお客さんが入替り,乗務員も交代します。甲府を出ると右に甲府運輸区を見て竜王,塩崎と盆地の中を快走します。塩崎あたりから上り坂がきつくなり,信濃境に向けて南アルプスの北辺を登って行きます。また,右手には八ヶ岳の大きな山容が広がります。

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甲府の街中を抜けると八ヶ岳が見える @塩崎~韮崎

 この先,小淵沢からの小海線は10:06までなく,元々は1本後の431Mの予定だったので途中どこかで列車1本分降りることができます。どこで降りようか悩ましいですが,今日は日野春と決めます。

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新府駅はさながら富士山展望台のよう

 甲府~小淵沢間には塩崎の後も韮崎,新府,穴山,日野春,長坂と新とか東西南北や旧国名の付かない端正な名前の駅が続きます。また,このうちの韮崎,新府,穴山,長坂はかつてはスイッチバックの駅でした。左手の車窓には鳳凰3山をはじめとする南アルプスの山々が広がります。列車は8:41に日野春に着き,ここで「あずさ1号」を退避します。

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「あずさ1号」。見づらいですが後ろには富士山 @日野春

 429Mは8:49に日野春を出ますが,僕はこの列車を捨て次の9:30の431Mまでゆっくりします。両隣は元スイッチバック駅ですが,日野春は駅の周囲が多少平らのようで,蒸気機関車時代に機関車が一息つくための給水塔の遺構が残ります。

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日野春駅の給水塔。列車がいればよい写真なのですが...

 駅を出れば天然記念物で国蝶のオオムラサキの記念碑の建つ展望台があり,南アルプスが一望できるようになっています。また,今日のとびらの写真も日野春駅で撮ったもので,写っている列車は八王子から日野春まで乗ってきた429Mです。

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日野春駅前の南アルプス展望台で

 日野春からは2駅13分のチョイ乗りで,9:43に小淵沢に着きます。ここでは10:06の小諸ゆきまで,約20分の接続です。

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日野春~小淵沢のチョイ乗りの431M @日野春

 小淵沢駅は最近改築されたきれいな駅舎で,3階には展望台もあります。南は南アルプス,北は八ヶ岳と山の景色がきれいです。上下の写真とそんなに変わらないので写真は省略します。

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小海線はキハ110系の2両編成 @小淵沢

 小淵沢からは「八ヶ岳高原線」の愛称を持つ小海線で小諸を目指します。小海線は日本の鉄道の最高地点を通るほか,高地駅ベスト10中9駅を擁する高原列車です。SL時代は高原のポニーC56が人気,無煙化後は空気ばねのキハ57がいたりしましたが,今はJR世代のキハ110系とハイブリッドのキハE200系で運用されます。

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小淵沢駅ホームに建つ小海線の案内板

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下のほうには駅の標高案内(拡大はこちら

 10:06,小海線のディーゼルカーは小淵沢を出ると大きな築堤を半円を描いて進み進路を東にとります。この築堤は列車の撮影ポイントとしても有名で,列車からは南に南アルプス,北東に八ヶ岳が見えます。

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小海線車内から八ヶ岳を望む @小淵沢~甲斐小泉

 清里は夏場は高原のリゾート地として若者が集いますが,正月は主に帰省のお客さんです。また清里駅にはSL C56が静態保存されています。

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清里駅のC56。ホームとつながっており屋根付きで保存状態もよさそう

 この辺りからは線路脇の日陰には雪が残っています。清里の先も上り勾配は続き,踏切がある所がサミットでJR最高地点です。またこの辺りは空気が澄んで天体観測にはよい環境で,国立天文台の電波望遠鏡の大きなアンテナが並んでいます。

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JR最高地点の標柱 @清里~野辺山

 県境を越え,駅としては最高地の野辺山からは長野県になります。次の信濃川上からは千曲川に沿うようになり,終点の小諸まで約50kmを流れと一緒に下ります。車窓は谷が狭まったり,開けて畑になったりしますが,日本の里山風景の中を進みます。羽黒下あたりからは佐久平になり景色も開け,遠くには浅間山も見えます。

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小海線の後半は佐久平を進む @太田部

 元・中込機関区の小海線営業所のある中込は佐久市の中心で乗り降りも多いです。佐久平で北陸新幹線と交差,三岡ではハイブリッドディーゼルカーと交換しますが,このあたりは地方都市の趣です。乙女では早ばやしなの鉄道線と合流し,12:20,時刻表どおり小諸に着きます。小諸駅ではしなの鉄道の湘南色の115系が迎えてくれます。

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湘南色の115系と乗って来た225Dのキハ110 @小諸

 小諸では35分あるので,お昼に駅そばでも食べようと計画してきましたが,小ぢんまりとした小諸駅にはそんなお店はなさそうです。小諸は新幹線に見放されてしまったため,駅前は静かな城下町の佇まいです。お正月で人影も少ない商店街を暫く行くとふつうのそば屋が開いていたので,なんとか信州のそばにありつきます。

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小諸は新幹線がない代わりに高速バスで東京と繋がる @小諸

 駅に戻り,しなの鉄道線980円のきっぷを買ってホームに入ると,645M長野ゆきは涼やかな水色の帯が懐かしい新長野色の115系です。

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しなの鉄道線645M @小諸

 元・信越本線のしなの鉄道線は滋野,田中,大屋と人の名前のような駅名が続きます。名前だけでなく駅舎も国鉄時代からの重厚な本線の駅舎を引継いで魅力的です。

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重厚な本線の駅らしい田中の駅舎と信濃国分寺の駅前

 反対に3セク化後に新設の信濃国分寺は焼肉の牛角と回転ずしのかっぱ寿司が駅前に並び,新旧の対比が面白いです。左の車窓は滔々とした千曲川の流れ,蓼科方面の山々を望みます。

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スカ色の115系(@上田)と保存車の169系(@坂城)

 しなの鉄道線では小諸で湘南色,白と緑の旧長野色を見,今乗っている電車は新長野色といろいろな塗色の電車が走っています。他にも上田ではスカ色の115系を見,他にももう1本スカ色の電車があるようです。眼を楽しませてくれるのはありがたいですが,それらの塗料の確保と維持の費用はバカにならないのではと心配します。なお,しなの鉄道でも115系の更新計画が発表されていて,2019年度から8年がかりで新車52両に置換えるそうです。

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折返しの安茂里駅

 13:48,篠ノ井着,ここからはJR東日本籍の信越本線です。昔はたくさんのEF64がたむろしていた篠ノ井機関区の跡には,オリジナル塗装のEF64が4両整然と止まっています。この先の行程は篠ノ井線を松本まで上りますが,ここで待っていても仕方ないのでもう少し長野方面に下ります。今日は寒く電池の消耗が激しいようなので予備の電池を買いたく,折返しは駅前にコンビニのある駅にしようと思います。迷っているうちに1985年開業と比較的新しい安茂里に着いたので,ここで降りることにします。

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篠ノ井線2240M @安茂里

 安茂里は隣りの長野に比べると圧倒的に小さな駅ですが,今日の青春18きっぷ旅行という意味では最も遠くの駅です。駅を降りるとちょっとしたショッピングモールがあり,マツモトキヨシまであって電池は難なく入手できます。14:11,篠ノ井線2240Mは身軽な2両編成でやってきて,帰途に就きます。篠ノ井を出ると線路端にはたくさんの鉄道マニアがいて,何やら珍しい列車が来るのを待っているようです。

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篠ノ井線沿線にマニアが集う @篠ノ井~稲荷山

 稲荷山では対向列車の遅れを待ち,5分くらい遅れての発車です。稲荷山を出ると勾配は急になり,姨捨,冠着に向かってぐんぐん登ってゆきます。左の眼下に善光寺平を眺めながら登って,速度を緩めると引上げ線に止まり,スイッチバックして姨捨に到着です。この列車は行き違い列車退避のためしばらく止まるので,たっぷり日本3大車窓を楽しみます。

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姨捨駅からの眺め。この眺めがホームから見られるのが素晴らしい

 冬なのに雪がないのが少々残念ですが,今日は黒姫山のほうまでよく見えます。下りの「しなの」がやってきたので,追いかけですが列車の写真も撮ります。8分くらい遅れて姨捨を発車,列車はさらに峠を登り,サミットの冠着トンネルに入ります。トンネルを抜けると冠着駅,少し下ると僅かばかりの平地が現れ聖高原です。ここでも鉄道マニアはたくさんいますが,一体どんな列車が走るのでしょう。後で聞いたのですがこの日はJR貨物からのお年玉で,オリジナル塗装のEF64の4重連が走ったそうです。それは篠ノ井駅で見た機関車で,そんなに貴重なものなら安茂里など行かずに篠ノ井で写真を撮っておけばよかったです。

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姨捨の坂を駆け降りる「しなの」

 2両編成の電車は帰省の戻りか定員の7割くらいの入りで,立っている人も多いです。右手の車窓には北アルプスのパノラマが広がるはずですが,今日はあいにくの曇り空です。西条を出ると1988年に線路が付替えられた区間になり,3本で計7kmの長いトンネルが続き,明科に着けばもう松本平です。

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松本から塩尻間乗車の1536M @松本

 松本では乗継ぎ時間は35分あるので信州名物のおやきを買いに駅ビルに走ります。おやきは小麦粉から作った生地に野沢菜などの具を入れた素朴な長野の郷土料理です。以前は駅ビルでそのまま食べられるものを売っていたと記憶しますが,今は冷凍ものが主流です。たった1個をチンしてもらって,持ち帰ります。

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塩尻からはE127系のチョン行列車で善知鳥峠を越える @辰野

 松本からの上り列車は「しなの」の遅れの影響で6分遅れで発車します。3賀日中でも夕方の時間で人の動きはあり,先ほどの篠ノ井線の2両編成に続き,この列車も座れません。少し挽回し,4分遅れの16:15,塩尻に着きます。塩尻では善知鳥(うとう)峠を越える旧線回りの辰野ゆきに乗換えです。昔はクモハ123の単行のミニエコーがまさにチョン行で走っていましたが,今は大糸線や篠ノ井線と同じE127系の2両編成,輸送力過剰なので車内はガラガラです。

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塩尻から善知鳥峠へのアプローチもなかなかの景色 @塩尻~小野

 塩尻を出た列車はまっすぐ塩嶺トンネルへ向かう新線を左に見て,リンゴ畑の中をぐるりと巻いて距離を稼ぎながら高度を上げます。先ほどの姨捨には及びませんが,ここから松本平を見おろし遠くに北アルプスを望む車窓も日本10大車窓に入ると思います。東塩尻信号場の跡を通過するとサミットのトンネルに入ります。峠の東側は比較的なだらかで,新しいステンレスの電車は軽快にレールを刻みます。小野,信濃川島と止まって,20分で辰野に着きます。

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辰野~岡谷間はJR東海の電車で繋ぐ。229M @辰野

 辰野から先も線路名称は中央本線ですが運転系統はJR東海の飯田線と一体化されていて,駒ケ根から来る229Mに乗換えます。この列車も2分ぐらい遅れてきますが,大きな問題ではありません。列車は天竜川に沿って上り,途中,川岸に止まって,約10分で岡谷駅の玄関ホーム脇の0番線に到着です。

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岡谷~上諏訪間の442M @上諏訪

 岡谷では11分の接続で17:10発の442M大月ゆきに乗換えます。442Mは6分くらい遅れてやってきて,下諏訪では下りの「あずさ」を待たせて交換です。この岡谷~茅野(正確には上諏訪~茅野間にある普門寺信号場)間は未だに単線で,中央本線の隘路です。ネットダイヤに近い運転間隔なので,ちょっとした遅れでも影響が上下線に波及します。ここでの遅れを背負ったままの「あずさ」が高尾以東のE電区間に割込んでくることもしばしばあります。諏訪大社もある信仰の山と諏訪湖の間の住宅密集地ではありますが,何とか複線化できないものでしょうか。

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上諏訪温泉片倉館

 このまま帰れば22:00過ぎには磯子まで帰れますが,せっかく諏訪まで来たので温泉に浸かって帰ります。以前,辰野在勤時は下諏訪の町営温泉,湖畔の湯がお気に入りでしたが,今日は上諏訪の片倉館に行くことにします。片倉館は諏訪地方の繊維産業の栄華を今に伝える温泉施設で,国の重要文化財にも指定されています。寒い長野で機織りの女工さんの慰安の施設だけど,長湯できないように湯舟が深いとの説もある千人風呂--実際は50人がよいところ--は一見の価値があります。今日は到着が17:30なので食堂(17:00まで)や休憩室(18:00まで)は見ずに,お風呂だけゆっくり浸かって小1時間を過ごします。

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上諏訪~大月の446M。上と同じような写真ですみません @上諏訪

 この時間の中央本線の鈍行は接続が悪く,妙に時間がかかったり,スジが切れていたりするので,帰りは19:26の大月ゆきにします。それまでの間に駅前の再開発ビルに行って食事を済ませます。以前ここには丸光(更生後はまるみつ)百貨店があって,デパート内温泉がありました。まるみつの閉館後8年を経て,きれいな再開発ビルのアーク諏訪が2019年2月に開館しましたが,残念ながらこのビルには温泉はないようです。1階に食品スーパーツルヤが入っているので,惣菜や弁当,飲み物を買い,イートインエリアでさっそくいただきます。

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大月からの2130M。空が澄んで半月がきれい @四方津

 19:26の時間にあわせてホームに行けば,ダイヤも回復し時間どおりに列車はやってきます。この大月ゆき列車は,長野発,篠ノ井線から中央本線に直通し210.3kmを走る長距離鈍行です。以前から贔屓にしているのですが,乗ってしまえば景色も見えない夜の移動で消化試合です。退避待ちの「あずさ」の遅れで大月には少々遅れて着きますが,接続の2130Mは待っていてくれます。たくさんの乗換え客と一緒に跨線橋を渡り,2130Mに落ち着きます。2130MはE233系10両編成の東京直通列車です。以前は大月~東京間のオレンジ色の列車を嫌っていましたが,新しくてきれい,空いていて大抵座れる,高尾での乗換えが不要なので,最近はこれも意外とよいと思っています。難点はトイレがないことで,大月到着前に済ませる,途中の特急退避のときに駅のトイレを使うことになります。今日のように諏訪で気持ちよく飲んだ晩などは精神的に面倒ですが,近いうちに中央線のE233系にもグリーン車が連結されるので,これも昔話になります。

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横浜線2230K(@橋本)と根岸線2205A(@磯子)

 2130Mも退避待ちの「あずさ」の遅れで少し遅れての到着ですが,八王子でトイレを済ませ,横浜線に乗換えます。暖房のよく効いた車内で小1時間,東神奈川に着けばゴールは間近です。最後は根岸線・磯子ゆきに乗換え,予定どおり23:48,スタートの磯子駅に帰ってきます。

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今日の行程表

 締めてみれば,乗車距離513.5km(この他しなの鉄道43.1km),時間で18時間32分の大旅行でした。

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今日のGPS log

 勝沼~小淵沢の中央本線のアルプスの車窓,しなの鉄道の115系,本場の信州そばとおやき,姨捨のパノラマ,上諏訪の温泉と青春18きっぷ1枚でたっぷり楽しむことができました。ふつうの人には少々乗り疲れ感があるかもしれませんが,当初の目論見どおり首都圏発で山の景色を楽しむ日帰り旅行のモデルコースと言えそうな1日でした。(2020.2.9記)

年末に青春18きっぷで札沼線に行ってきました・その3--新十津川と占冠村営バスまわりの帰り道

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(その2から)
 今日は前回に続き年末に行った札沼線への旅行の3日目,(2019年)12月30日(月)の札沼線新十津川への旅とその帰途をお届けします。その1ではどうして札沼線に行きたくなったか,その2では前夜の月形温泉などを書きました。いよいよ今回の旅行のメインイベントの札沼線新十津川を訪れます。

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石狩月形駅 2019.12.30(以下同じ)

 さて新十津川に行く列車ですが,石狩当別を7:45に出る5425Dが1日に1本走るだけです。この列車は札幌を6:58に出れば間に合いますが,早起きと寝坊のリスクを嫌って,8:40に列車に乗ればよい石狩月形に昨晩は泊りました。ホテルから駅は約10分なので,8:17の入線風景の写真を撮るにしても8:00頃に出ればよさそうです。ところが,普段5:45起床のせいか,寝坊ができないので緊張したか,新十津川に行くのが楽しみで興奮したか,6:00過ぎには目が覚めてしまいます。朝から温泉に浸かってゆっくりしても,1本早い7:35の浦臼ゆきに乗れそうです。

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札沼泉湯めぐり温泉MAP

 ホテルの営業案内ではチェックアウトは7:30からとありますが,15分フライングさせてもらいます。そういえば,このホテルは町の資本も入った第3セクターのようですが,従業員のかたは役所っぽくなく,好もしかったです。なお,札沼線沿線の7つの温泉では「乗って!浸かって!札沼泉」なるスタンプラリーのキャンペーンを実施しています。宣伝が少なく,僕は帰りの石狩月形駅で知った次第で,後の祭りでした。

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5423Dを札的で捨てる

 さて,1本早い浦臼ゆきに乗って何をするかです。昨日,浦臼に行った際,浦臼駅のスタンプが駅の近くの町役場にあることを知りました。この5423Dで浦臼まで行って,折返しの5424Dに乗れば,石狩月形~浦臼間を往復することもできます。石狩月形~浦臼の間のどこかで,上りの5424Dの走りの写真を撮るのもよさそうです。いろいろ悩んだ結果,札的で降りて上りの5424Dを撮り,役場でスタンプを押して浦臼駅に行くというルートに決めました。

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浦臼~札的で。5424D

 5423Dに乗ると,1日1本の札沼線列車を撮ろうと写真撮影派の鉄道マニアが15人位乗っています。豊ヶ岡,札比内と撮影地として知られた駅で7~8人ずつが降りてゆきます。札的は既に浦臼の町内で,景色はいまいちのようで,僕の他に列車を降りる人はいません。案の定,背景はいまいちですが,とりあえず写真を撮れそうなところが見つかったので一安心です。

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浦臼町内で見かけた酒屋さん。ワインが特産らしい

 写真を撮れば,凍り付いた国道を浦臼駅まで歩きます。札的~浦臼は営業キロで1.8km,道路はほぼ並行しているので,大した距離ではありません。マイナス8度位で若干寒いですが,気持ちが昂揚しているので,楽しいタウンウォーキングです。途中には浦臼町の郷土資料館があり,国道沿いの商店なども歴史を感じる佇まいです。

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浦臼駅のスタンプ。駅至近の役場1階のロビーにある(開庁中のみ押印可)

 役場は8:30からなので,商店街を見たり,郵便局を覗いたりで時間をつぶし,開庁を待ってスタンプを押します。列車の時間までまだ30分位あるので,昨夜のコンビニに行き,温かいコーヒーで一服です。

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浦臼駅。ふれあいステーションと名付けられている

 浦臼駅に入ると地元の年配の女性1人と乗り鉄風の男性1人の先客がいて,今日の5425Dの浦臼からの乗りは3人です。9:05時刻表どおりやってきた列車は乗り納めのお客さん対応のためか2両に増結されています。気動車は昨日と同じキハ40-402,と820,前の車両に70人,後ろに50人,合わせて120人位のお客さんが乗っています。後ろの車の左側のロングシート部分に席を見つけ,腰をおろします。景色は石狩川の広い河岸段丘と増毛山地の雪景色が淡々と続きます。

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札沼線末端区間の左側車窓。河岸段丘の先には増毛山地の山が見える

 20分ちょっとの乗車,運転士からご乗車ありがとうと,折返し中の列車締切り,荷物置きっ放し不可などの案内が入れば終点新十津川です。新十津川に着けば,2両のディーゼルカーから吐き出されたお客さんが思い思いにあと4か月半で営業を終了する駅,1日1本しか列車が来ない駅を楽しみます。

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新十津川は突然の30分の賑わい。この騒ぎが5月まで続くのでしょうか

 この列車の新十津川での停車時間は32分,切りのよい10:00ちょうどに折返しです。駅舎自体が新十津川町の観光案内所になっているほか,にわか作りの鉄道グッズ屋なども幾軒か建ち,廃線フィーバーです。昨日,石狩月形で買ったのと同種の記念入場券は欲しかったのですが,これは長蛇の列です。その他の記念グッズの類はどうもぞっとしないので,財布の紐を固く縛ります。

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新十津川駅前風景と名物?の時刻表

 新十津川に来てしまえば,あとは帰るだけなのですが,再度,あの列車で札幌に戻るのはぞっとしません。旅行計画時に時刻表を繰ると,特急を2度も使いますが,金山峠を越えるバスに乗って占冠回りで帰れることが分かり,即採用です。後ろ髪をひかれつつ滞在10分ちょっとで駅を後にし,新十津川町役場に向かいます。また,途中で郵便局に寄って,年賀状を投函します。僕の年賀状の送り先は北海道内は2件だけで,あとは皆な内地ですが,例年,旅行先で投函するのが習わしです。そんな訳で,僕の年賀状は例年3日の配達のはずです。

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新十津川町役場

 新十津川町役場は火の見櫓,時計台もある4階建てで,浦臼町よりずっと立派です。新十津川駅に来る列車は1日1本ですが,滝川とも近い新十津川は人口6,500人で,浦臼1,800人の4倍近いです。尤も,面積も新十津川の方が5倍くらい大きいので,人口密度にしたら大差ありません。イメージよりずっと大きな町役場に感心して,滝の川団地ゆきのバスに乗ります。

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新十津川から滝川へ,滝新線の北海道中央バス

 バスは日野レインボーの中型ですが,概ね座席定員程度の乗りです。このバスは札沼線の列車からの接続なので,もっと混むかと思っていましたが,列車から乗継いだのは僕を含めて数人で,殆どは地元のお客さんです。バスは役場を出ると軽く町内を回って,石狩川を渡ります。橋を渡れば滝川市内で,15分程度で滝川駅に着きます。

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滝新線のバスで石狩川を渡る

 滝川からは10:52の特急を予定していましたが,1本早いのに乗れるので,10:22の「カムイ9号」に乗ります。ホームで列車を待っていると,同じ時刻発車の「オホーツク2号」が反対ホームに入ってきます。ハイデッカーグリーン車組込みのキハ183系ですが,どちらかというと,この列車に乗りたかったです。

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カムイ9号(左),オホーツク2号はキハ183系5連(右)

 こちらは789系電車の5両編成ですが,深川,旭川で終点なので,車内は空いています。列車は石狩川に沿う道内最大の幹線を軽快に飛ばして走ります。駅の数は7つしかありませんが50km以上を30分ちょっとで走り切り,10:55,時刻表どおり旭川着です。

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旭川は海鮮ものの駅弁が豊富。その屋号も「旭川駅立売商会」

 多少時間は早いですが,この先食事ができるところが少なそうなので,駅そばで小腹を満たします。また,旭川の駅前には再開発でイオンのショッピングモールができて,とても便利になりました。駅弁は見るだけにしておき,自分の弁当はイオンの食料品売り場で調達です。

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富良野線はキハ150-1

 30分早く着いたので,旭川ではゆっくり食事と買い物をし,次は富良野線で富良野を目指します。富良野線の気動車は軽快なキハ150のトップナンバーですが,インバウンドのお客さんで既に満席です。発車の8分前には札幌からの特急も着き,いよいよ混んできて30人位が立っています。中国人,東南アジア系の人,ヨーロッパ系の白人に地元の人と国際色豊かなお客さんです。

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上富良野あたりからは山の景色もきれい。十勝岳と富良野岳か

 富良野線は上川盆地の南側の丘陵地帯を軽快に走ります。夏場であれば,パッチワークのような畑やラベンダーなどの花畑が続くはずですが,今は雪景色です。美瑛を過ぎると登り勾配になりますが,大きな峠越えという感じでもなく上富良野に至ります。後で調べると,ここは谷中分水との説もあるようで,今一つ峠がはっきりしませんでした。上富良野で3分の1位のお客さんが降りましたが,ほぼ同数の乗りがあって,車内は相変わらず国際色豊かな観光列車です。

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富良野駅前風景。分水を越えたら天気もよくなった

 1時間ちょっとの乗車で12:41,列車は富良野に着きます。富良野駅は久しぶりに来たら駅舎が建て替わり,自由通路もでき,駅裏側には富良野協会病院の大きな建物が建ち,景色が変わりました。札幌直通の高速バスも頻繁に走り,駅前のバスターミナルも賑わっています。僕が乗るのは13:20の上双殊別ゆきですが,JTBの時刻表などでは占冠駅前ゆきと案内されます。このバスは1日に午前,昼下がりと夕方の3便です。基本的には村民が対象の白ナンバーバスなので12月30日に動くのかが気がかりです。富良野駅に着けば先ずはバス停の場所と,年末年始の運転予定の確認です。

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富良野~占冠の占冠村営バス

 13:20,ほぼ時刻表どおり占冠村営バスの日野メルファがやってきます。以前はマイクロバスだったと記憶するので,しばらく見ないうちに格上げになりました。根室本線の東鹿越~上落合信号場が不通,バス代行になっているので,この路線の需要も高まっているのかもしれません。富良野駅での客は僕一人でしたが,町内で買い物のご婦人,通学の高校生など数人のお客さんの乗りがあります。

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村営バスは38号線を下る

 バスは空知川,根室本線の線路に沿った国道38号線を進みます。山部からは線路との距離も近くなり,徐々に峠道らしくなりますが,車の少ない2桁番号国道は快調です。バスは下金山駅の手前で右に曲がり,ここからは国道237号線になります。金山峠を越えると,気候が太平洋側になるのか空が気持ち明るくなります。

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金山峠を越えると空も明るくなる

 占冠は交通の要衝でもあって,村の東西に石勝線,道東自動車道が走るほか,南北には国道237号線が走ります。北側の金山峠,金山経由の富良野線の占冠村営バス1日3往復のほか,南側には日高町まで5往復の日高町営バスの路線もあります。また,占冠から>字型にトマム,落合を通って幾寅への村営バスもあり,昔から北海道旅行ではよく使っていました。また,これらのバスは村や町の予算も使っているので運賃が安いのも魅力で,富良野~占冠間約45km920円はJR北海道の地方交通線とほぼ同じ水準です。

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占冠村営バスの運賃表。50円から始まり45kmでも920円

 14:33,時刻表どおり占冠駅前着。1時間を超える雪道のバスの後の乗継ぎは14分しかなく,今日の行程のクリティカルパスだったのですが,見事な定時運転です。何度か乗換えに降りたことのある懐かしい駅舎は1981年の開業のころと変わっていません。

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開業時から変わらない占冠駅

 占冠駅は村への簡易委託で,窓口のご婦人にお願いして南千歳までの乗車券を買います。手書きの出札補充券自体が今どき珍しいですが,駅名などはゴム印を使いとても手がかかったきっぷです。

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占冠~南千歳の乗車券

 ほどなくして14:47の「スーパーとかち8号」が年末の増結で6両編成でやってきます。この列車の所定は指定席3両,自由席1両の4両編成ですが,増結車は2両とも指定席で,6両のうち車室の短い先頭1両だけが自由席とバランスが悪いです。「スーパーとかち」に乗れば今回の北海道旅行も最終コースです。旭川で買ったかにめし重を食べたり,勇払原野の雪原を眺めたり,1時間もかからず南千歳です。15:44南千歳着,10分の接続で新千歳空港ゆきに乗換えれば,16:00前には新千歳空港に着きます。

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スーパーとかち8号 @占冠

 新千歳からは羽田へひとっ飛びと言いたいところですが,今回は旅行費用を節約し,Jet Starで成田へ飛びます。体験かたがたのLCC選択ですが,到着機材の遅れでいきなり35分の遅発です。仕方がないので,ラーメンを食べたり,土産を買ったりで時間をつぶします。空港に着けば先ずはチェックインをしますが,ビルのはずれにあるチェックインカウンターとこれらのショップが離れているので,往復するのにえらく手間がかかります。出発案内の時刻表示上は35分延ですが,搭乗手続き締切り後もターミナル~飛行機間のバスの手配に時間を要しているとかで,バス待合室で足止めです。なんやかやで新千歳を出たのは概ね1時間遅れの18:10です。

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南千歳~新千歳空港間のチョイ乗りの3942M @新千歳空港

 成田に着くと外は雨,またまたのバス降機,エプロンを走れば他の飛行機がプッシュバックしてくるので,待て!です。結局第3ターミナルの旅客出口から出たのは20:15過ぎで,所定の到着予定からすると1:20遅れでした。ついでに2点,LCCについて書くと以下のとおりです。運賃自体は安く見えますが,手荷物料金(今回は2泊3日の着た切りスズメでデイパック1個なので0。その代わり空港の土産も服のポケットに入るものや「じゃがポックル(10袋入りで180g箱)」など軽いものを選択),決済手数料(クレジットカードを切っただけで600円も取る!)などで,結局は4桁で収まらず,10,040円になりました。また,航空券を買った後でも,席の指定は要りませんかなど,しつこくメールが来たりでウンザリです。こんなことなら早くに予定を決めてFSC(Full Service Carrier:LCCの反対語)の早割りで帰ればよかったというのが,僕の初めてのLCCの感想です。

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成田線の空港快速 @佐倉

 成田線の時刻を調べると20:32に久里浜ゆきの快速があります。これに乗れると乗れないで帰宅の時間は大違いです。LCC専用の第3ターミナルから第2ターミナル駅まで17分,かなりきつかったですが,20:32の列車に滑り込みます。それでも途中でしっかりビールと肴は仕入れます。また,帰りの列車はグリーン車利用と決めてJREポイントの特典グリーン券の手続きをしておいたのですが,こちらの方はオペミスして特典を使えず,800円を差っ引かれてしまいました。自分のオペミスは否定しませんが,このJREポイント特典をSuicaに書込む操作は間違い易いです。

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今日も夜の根岸線で無事到着 @磯子
  
 成田空港から乗った5060Fは佐倉で6分止まって成東からの編成を増結します。初めて見るダイヤパターンですが,夕方ラッシュ時の成東への直通列車の戻りのスジで,合理的な運用ではあります。グリーン車でゆっくり晩酌と反省会,小遣い帳の集計などすれば22:39,横浜着です。根岸線に乗換えれば14分で自宅最寄りの磯子駅に帰り着きます。

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今回の旅行のGPS log(北海道内分)

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今回の旅行の行程表

 ところで,今回の旅行の収集品のなかにJR北海道の「xx線(線区の現状について)」という一連のパンフレットがあります。中面は旅客輸送の現状と沿線を含めた経営改善の取組みが,裏面は沿線の魅力などが記されています。パンフは需要の喚起もありますが,補助金の拡充などの経営支援の懇請や,廃止やバス転換に向けたパブリックアクセプタンスも目的のようです。一方,先年に北海道旅行をした際には全道を網羅したポケット版の時刻表(これがあれば市販の道内時刻表は不要と思った)があったと記憶しますが,今年は線区ごとの1枚ペラの時刻表しかなく,冊子の時刻表は経営的に作れないとの案内でした。JR北海道の経営は相当に厳しいようですが,維持可能な線路は何とか残してもらいたいところです。乗って残そう運動,インバウンドも含めた観光需要の取込み,行政も含めたいろいろな政策などが総動員されることを期します。

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線区の現状について

 札沼線新十津川が廃止になると聞いて慌てて行った北海道旅行ですが,札沼線以外の収穫も多く楽しい2泊3日の北海道旅行でした。結婚して以来,こんな時期に1人で泊りがけの旅行に行ったことはありませんでしたが,癖になりそうです。今年も年末年始の休みは長いので,また少しでもJR北海道の利用に貢献しようかと1月のうちから考えています。(2020.2.1記)

(その1に戻る)
(その2に戻る)

年末に青春18きっぷで札沼線に行ってきました・その2--苫小牧上陸から札沼線へのアプローチ

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(その1から)
 今日は年末に行った札沼線への旅行の2日目,(2019年)12月29日(日)の苫小牧上陸から月形温泉までをお送りします。この旅程の計画段階で,1日に朝1本だけの札沼線のアプローチと前夜の泊りを検討しました。札幌泊りでも6:58の列車に乗れば間に合いますが,6時台スタートはぞっとしません。また,それしか列車がないので多分混雑していることでしょう。もっと浦臼に近い所で泊れる所を検討すると,意外と滝川にはホテルが少なく,石狩月形駅から近い月形温泉がヒットしました。素泊り7,100円は僕の感覚からは安くはないですが,温泉付きで朝も8:00過ぎまでゆっくりできるので,ここに決めました。会計の際に聞くと,札沼線目当てのお客さんがにわかに増え,ホテルにとっては棚ぼたのようです。

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月形温泉 2019.12.30

 今日のゴールは決まっていますが,苫小牧に朝に着いてからどうするかです。そういえば日高本線は一部不通になっていてバス代行,そのまま廃止説もあり,僕自身としても随分ご無沙汰です。日高本線~JRバス日勝本線~襟裳岬~広尾~広尾線転換バスで帯広まわりに惹かれますが,車ならともかく,バスと列車では夢のまた夢です。単調ですが,静内あたりまで代行バスで往復の後,千歳線のどこかで軽く鉄ちゃん(鉄道写真を撮ること)してという予定を組みました。なお,苫小牧上陸後に札幌へ直行,8:30の「ライラック」に乗れば9:22に滝川に着くので,タクシーをとばせば10:00新十津川の上り列車に乗ることも可能です。

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昨夜のフェリー「シルバーエイト」 @苫小牧フェリー港 2019.12.29(以降,特記以外同じ)

 八戸からのフェリーは海が穏やかで揺れも少なく,時間より早めに苫小牧に着きます。慌てて降りてもバスは6:30なので,快適な船旅の名残を惜しみつつ,船の写真を撮ったりします。このフェリー便は桟橋からのアクセスがよく,苫小牧駅と札幌駅へのバスと接続します。6:30のバスは市営バスを引継いだ道南バスの24系統で,20分もかからず(所定では17分)苫小牧駅前に着きます。

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駅への道南バスは東京・横浜では見なくなった2段窓のブルーリボン @苫小牧駅前

 苫小牧からの日高本線は7:54まで列車がありません。駅で1時間待つのは寒いので,時間つぶしに千歳線で植苗まで往復して過ごします。7:00ちょうどの2733Mは気動車とも併結できる731系の3両編成です。電車・気動車の協調運転が可能な731系,キハ201系は,メカ好きな僕は画期的な車両と思います。前者は21編成があるものの,後者は4編成しかなく,協調運転する列車もごく限られているのが現状で少々残念です。今ならモーター駆動の電気式気動車が身近になったので,JR北海道に開発資金さえあれば,もっとよい協調運転車両ができると思います。

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植苗までの2駅チョイ乗りの2733Mは731系。追いかけですみません @植苗

 苫小牧を出た列車は日本一長い直線区間をひたすら西に沼ノ端まで走ります。線路の歴史的経緯から,複線の本線の室蘭本線から分岐する形で支線扱いの千歳線は分かれます。下り(千歳線は苗穂から沼ノ端方面を下りと書きます)線は広い用地を使った雄大な立体交差です。左にカーブの後は勇払原野をひたすら走り,たった2駅ですが11分かかって植苗に着きます。

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植苗駅で。凍てついた駅舎と遅い冬の日の出

 植苗の到着は7:11で,戻りの列車の7:24まで暫く寒いホームで列車を待ちます。もう1駅行きたいところですが,植苗の隣にあった美々は利用者が少ないことから2017年のダイヤ改正時に信号場になってしまいました。

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やってきたのは客車改造気動車のキハ143

 植苗からの帰りはキハ143の2両編成で,気動車が来るとは思っていなかったのでびっくりしました。気動車列車でも非電化の東室蘭以西まで直通する訳ではなく,配置区所からの回送を兼ねてか,貴重な電車を札幌都市圏で使うためかと思われます。苫小牧に戻れば7:44で,7:54の日高本線までちょうどよい乗換え時間です。

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苫小牧の発車案内は「様似」ゆき

 日高本線の出る1番ホームには既にキハ40の2両編成が据えられ,発車案内の表示が「様似」なのが目を引きます。実際の列車は鵡川ゆき,鵡川からの代行バスも静内でスジが切れていて再度の乗換えが必要で,様似は遥かに遠くです。本音はともかく,日高本線は様似までだぞと主張しているかのようです。

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列車内に掲出されたバス代行の案内

 さて日高本線ですが,2015年の厚賀~大狩部間の高波被害が復旧していないため,バス代行が続いています。JR北海道は被害は甚大,復旧はJR北海道の独力では困難としています。一方,地元は温度差があり,昨秋の沿線7町の臨時会議でも,鵡川~様似間廃止・バス転換やむなし,日高門別~様似間廃止・バス転換やむなし,あくまで復旧と意見の集約は図られていないようです。

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日高本線2225D @鵡川

 そうはいっても当のJR北海道に復旧の意思がないので,残念ですが,廃止・バス転換も時間の問題でしょう。僕自身は意外とドライで,収支係数4桁の線区を存続して経営の足を引っ張る位なら,早くに止血して残せる可能性のある線区の経営改善に努めるほうがよいと思います。

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苫東厚真発電所

 日高本線の列車は7:54定時に苫小牧を発車,先ほど室蘭本線で通った所を再び走り,苫小牧貨物駅が尽きたところで右に分かれます。勇払の先で海沿いになると,太平洋に沿って襟裳岬を目指します。この辺りでは海べりを走る訳ではなく,製紙工場や発電所など海岸には大きな工場があり,その内側を走ります。発電所のボイラや石炭アンローダなど,機能美溢れる設備が眼を楽しませてくれます。

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浜厚真は廃・車掌車利用の簡易な駅舎

 浜厚真を過ぎると工場群もなくなり寒々しい原野の中をまっすぐに列車は走ります。山側を見れば,原野の向こうに日高の山々がかすみます。

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浜厚真~浜田浦の山側の車窓

 途中の浜田浦は通過なので,たったの3駅ですが28分かかって,8:22に鵡川に着きます。鵡川は北海道をかたどったスタンプが秀逸だったと記憶しますが,今のスタンプは別の意匠です。

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昔の鵡川のスタンプ

 鵡川に着くと既に静内ゆきの代行バスは駅前に止まって,乗継ぎのお客さんを待っています。今朝は6時から行動しているので,いささかお腹が減ってきました。接続の時間は16分ですが,駅前から国道に出ると,幸いコンビニがあります。朝のコーヒーとパンを買い,バスに乗る前に平らげます。

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日高本線の代行バス。比較的新しそうなエルガ @鵡川

 鵡川8:38の静内ゆきはJR北海道バスの担当で,国鉄以来の形式は531型です。ニューではないエルガですが,車内はまだ新しい感じです。30人弱くらいのお客さんを乗せて,時刻表どおり出発です。

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座席には代行バスの案内が。トイレに行きたくなったら乗務員に申出れば近くの駅等に止まる由

僕の感覚では無駄なハコもの投資と思える日高道が厚賀まで通じているので,バスは通る車も少ない国道235号線を淡々と走ります。5km位走ったところでバスは右に曲がり,汐見駅への取付け道路に入ります。暫く行くと丸い怪しげな施設がありますが,これは新千歳に向かう飛行機のための航法支援無線のアンテナのようです。

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鵡川VOR。航法援助用無線施設(帰りに撮ったもの)

 海が近づいた感じがして,下り坂を降りると踏切があり,汐見駅のホームが見えます。このバスは列車代行なので鉄道路線に忠実で,駅が国道から離れていれば3kmを往復してでも駅前に寄りながら運転されます。汐見を出るとシシャモ直売の看板のたつ漁港の近くをぐるりと回ってから,先ほどの道を国道235号線まで戻ります。

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汐見駅の様子

 汐見の次は富川ですが,ここは線路が駅の近くだけ内陸に寄っているので,バス路線の迂回部分は短いです。駅の近くには商店も多く,道路の左手には門別競馬場もあり,開けた印象です。富川は行政では日高町に属しますが,今の日高町は昔の日高町と門別町--この2町は町域が接していない--が2006年に合併してできた町だそうです。過疎に悩む町,競走馬関連の税収など複雑な関係を感じます。

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富川駅の様子

 代行バスは日高門別の中心部に達すると国道をそれて右手の旧道に入り,日高門別駅に着きます。ここは白っぽいとんがり屋根の駅舎とサラブレッドの載った時計台の小ぎれいな駅前広場です。日高門別を出ればほどなく国道に戻り,朝の清々しいバスの旅が続きます。

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日高門別駅の様子(帰りに撮ったもの)

 日高町内は競走馬を飼う牧場が道路の左右に連なり,サラブレッドの産地の景色が続きます。

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国道沿いの農場に馬が憩う

 日高門別から先は海岸線,線路,国道が並行するようになり,国道からも海がよく見えます。国道沿いには灯台も建っています。

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門別灯台(帰りに撮ったもの)

 次の豊郷は国道沿いに駅があるので,代行バスは駅前には入らず,国道上にバス停があります。写真のとおり駅の先はすぐ海です。

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豊郷駅の様子(帰りに撮ったもの)

 豊郷~清畠間は線路も国道もずっと海岸沿いを走り,列車で通ればさぞ海がきれいだろうという景色です。

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清畠~豊郷の車窓(帰りに撮ったもの)

 9:39,清畠着。国道上のバス停ですが,今日はここでバスを降ります。ここで降りれば9:48の上り便で苫小牧に昼前に戻れますが,この先,静内まで行くと苫小牧の戻りは13:30過ぎになってしまいます。午後は別のアクティビティで過ごしたいので,泣く泣く清畠折返しとしたのですが,代行バス自体,車窓ともとても収穫は多かったので,十分満足です。

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清畠駅の様子

 清畠では9分の折返しですが,小さな駅なので一通り見て回ることができます。駅舎を覗くと便所は昔懐かしい肥溜め式で使用可能に維持されています。清畠9:48の代行バスは,樽前観光に運行委託されていて,セレガのアンダーフロアコックピットの観光バスでやってきました。こんなバスが来るとは思っていなかったので,下の写真は思った構図で撮れませんでした。

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帰りのバスは樽前観光のUFC観光バス

 せっかくの観光タイプの大型バスなのにお客さんは僕のほかに1人しか乗っていません。UFCバスは高い視点からの車窓がきれいで,乗り心地も快適です。往きと同じ道なので景色に目を凝らす要もなく,絵になりそうと思っていたポイントで写真を撮りながらゆっくりします。汐見のところでも書きましたが,代行バスは一駅一駅,駅前に寄るので距離の割に時間がかかります。国道上にバス停を設けて,まっすぐ走って行けばよいのに律儀なことと思います。それはバスに乗っているときに思ったことで,今,この稿を書いていると別の考えも浮かびます。代行バスを理由に不便な運行をしておいて,廃止・バス転換となれば人の集まる国道をまっすぐ走るので,便利かつ速くなる,なので早く転換しよう...という考えでJR北海道はいるのでしょうか。

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今日の代行バス乗車区間のGPS log。海岸線,線路,軌跡に注目

 日高本線は本当に海沿いで,下の写真のとおり高波が来たらひとたまりもない所を走っています。運休中も路盤を防護するため消波ブロックや土嚢を置いたりしたようですが,その後の台風で流されたりで,線路の維持も大変なようです。今日は清畠までの折返しでしたが,機会があれば様似や襟裳岬を回って広尾にも行ってみたいと思います。

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ありし日の日高本線の列車 @大狩部 1986.12.30

 最近デジタル化した古い写真に大狩部で撮ったものがあったので上に載せます。古い写真ついでに僕が初めて日高本線を訪れたときの写真も載せておきます。キハ56系の急行「えりも」ですが,1986年まで走っていたようです。

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急行「えりも」 @浜厚真 1980.3.13

 往きの分を丁寧に書いたので,帰りは端折って,10:50,鵡川着。8分の接続で苫小牧ゆきの列車に乗換えます。朝とは違う景色の見え方の違いに戸惑ったりしながら,来た時と同じ線路を戻ります。

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帰りの日高本線2228D @鵡川

 11:29,列車は時刻表どおり苫小牧着。お腹もすいてきたので,軽く駅弁で昼食です。苫小牧は,まるい弁当が昔から構内営業をやっていて,サーモン寿司,シシャモチップ寿司が名物でした。今は駅構内で喫茶営業をしていて,聞けばその場で食べてもよいそうなので,懐かしいサーモン寿司をいただきます。サーモンは寿司なのにマスタード味がオツだと思っていましたが,味付けが少し変わったようです。シシャモチップのほうは商品自体がなくなっていました。

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苫小牧駅のホームで。支笏三山方面を望む

 小腹を満たしてホームに降りるとちょうど「スーパー北斗」が来るので写真を撮ります。ホームの向こうには樽前山が白銀に輝き,その奥には風不死岳(ふっぷしだけ)も見えています。

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千歳線2769M @苫小牧,1771M @長都,2773M @上野幌

 今日のアクティビティの2は千歳線で鉄ちゃんです。撮影地をサーベイしていない,靴がふつうのウォーキングシューズということで,本格的な駅間での撮影はできません。安易ではありますが,先ずは以前に駅撮りをした実績のある長都に行きます。12:14の2769Mに乗れば,朝に来た植苗を通って,30分で長都です。

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新鋭733系の「快速エアポート」 @長都

 さて,長都では1時間あるけどどんな列車が来るだろうと時刻表をめくると,なんと12:44から13:47の間に下りの特急が1本もありません。今日の行程は急に作ったものなので無計画は仕方ないのですが,少々がっかりです。予定の半分の30分で切上げ,次の列車で上野幌に移動です。上野幌はインターネットの情報で探して訪れましたが,上りも下りもそこそこいい感じす。ホーム上には僕の他にも鉄ちゃんをする人がおり,挨拶をして割込ませてもらいます。ここでも約30分を過ごし,札幌に移動します。

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千歳線を行く789系の「すずらん6号」 @上野幌

 今日のアクティビティの3は明日の予行演習に札沼線で浦臼に行ってみることです。明日の新十津川ゆきはマニアで混んでいること必定なので,今夕の浦臼ゆきなら多少は過疎地のローカル線が楽しめるかと思います。札幌では時間があるので,駅そばで腹ごしらえです。幌加内そばの幟に誘われて入りましたが,かけそば600円は僕の駅そばの常識からは外れています。札幌駅の入場券を見せると入場料金を返してくれるそうですが,それでも利益が出るのでしょう。

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冬の早い陽はおちて。左:札幌からの2585M,右:浦臼ゆきの5431D @北海道医療大学

 15:00ちょうどの北海道医療大学ゆきに乗ると,ポツポツ空き席がある程度の入りです。すぐに空くことは分かっているので,適当に立っています。石狩太美までは1年半前にも乗っているので,大体勝手も景色も分かっているので,大人しく過ごします。まだ4時前だというのにあたりは夕暮れモードで寂しく,また景色が見づらくなってきます。北海道医療大学に着けばほとんど日没で,遠くの山裾に陽がおちてゆきます。やってきた浦臼ゆきはキハ40-402の単行で,ワンマン改造くらいしか手が入っていない車両です。16:27頃,石狩月形着,ここで上り列車と交換で数分止まります。

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札沼線列車の離合。5431Dと5430D @石狩月形

 上の写真を撮って列車に戻ると,驚いたことに他に誰もお客さんがいません。空いている列車を期待してこの列車に乗っていますが,まさか誰もいないとは思っていませんでした。誰もいない車内で銀河鉄道の夜を楽しみますが,まだ5時前です。景色はあまり見えませんが,右側遠くに函館本線上の美唄や砂川などの街の明かりが見えています。たっぷり25分札沼線の旅を味わって,16:55,終点浦臼に着きます。

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5431Dの車内。オリジナルに近い車内に他にお客さんはいない/浦臼のローソン。コンビニは本当に便利だ

 ところで,この旅行の支度で僕はチョンボをして,新品だと思って持ってきたSDカードが実は撮り切ったものでした。PCにおとしてあるのでつぶしてもよいのですが,原則,SDカードは再利用しない方針です。また,今般の旅行では手がかじかんで,ハンドクリームが欲しくなりました。SDカードにハンドクリームに美味しいコーヒーを買おうと駅前を探すと,国道沿いにローソンがあります。値段は安くはないですが,欲しかったものが全部揃い,コンビニのありがたみを感じます。

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帰りの5432D @浦臼

 この列車の浦臼での折返し時間は35分もあるので,コンビニで買い物してもまだ随分余ります。浦臼駅は浦臼町歯科診療所が入居するきれいな建物で,暖房の効く待合室で列車の準備ができるのを待ちます。17:30,時刻になって,石狩当別ゆきは発車します。待合室にはもう1人お客さんがいましたが,ふと気づくと車内には僕1人,途中で降りてしまったのでしょうか。車窓は左手の河岸段丘の下,遠くに街の光が見える往きと同じ景色です。帰りも26分ゆっくりローカル線の旅を楽しんで,17:56,時刻表どおり石狩月形着です。

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札沼線の記念入場券

 石狩月形では20分後に下り列車が来るので,それまで駅の周囲を眺めて過ごします。出札窓口では札沼線の写真付記念入場券を売っているので,これを1枚買います。JR北海道のわがまちご当地入場券のような写真入りの券4枚分を1枚に印刷したもので,実際に使える入場券は石狩月形1駅分で200円は良心的です。

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石狩月形で交換する札沼線列車。空には細い2日の月

 上の写真を撮れば,あとは温泉に浸かって,この旅行のメインイベントの新十津川行を待つだけです。駅から月形温泉のホテルまではちょうど1km,歩いて13分がgoogle mapの情報ですが,せっかくなので皆楽公園のほうを通ってゆくことにします。これが間違いで,公園内の道は除雪されていないうえ夜で真っ暗,遭難しかかりました。国道まで戻って,大遠回りです。近所に食べ物屋はないのでホテルで夕食を摂りますが,満足な内容でした。お風呂は大浴場が2つあり,黒い湯の花が大量にあるのが目につきますが,かけ流しとの説もあり,値段を考えれば上等です。部屋に戻れば年末の旅行恒例の年賀状の仕上げで2時間をとられますが,それでも11時過ぎには就寝,明日に備えます。今日の3つのアクティビティを織込んだ行程は迷った挙句の妥協の産物ですが,結果としてはバランスもよく大満足の旅行2日目でした。(2020.1.19記)

(その3へ)

年末に青春18きっぷで札沼線に行ってきました・その1--青春18きっぷで北海道へ

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 ここ2回,のりものとはちょっと違う東海道徒歩きの記事が続いたので,今日は鉄分いっぱいの記事をお届けします。年末の12月28日~30日の3日間で5月に廃止がアナウンスされている北海道の札沼線に乗りに行ってきました。
 札沼線に初めて乗ったのは,40年前,高校から大学に進学する春休み,青函連絡船の夜行便で渡道し,函館から旭川ゆきの長距離鈍行に乗った日でした。その日は朝からお疲れモードだったので日がな長距離鈍行に揺られていたのですが,夕方になって,その日1日何もしないのもナンだね...と同行の友達が言い出したのがきっかけです。当時既に新十津川~石狩沼田間は廃止されていて,札沼線は乗りづらい長大盲腸線でした。長距離鈍行マニアを自任する今から考えるともったいない話ですが,友達2人と滝川駅で旭川ゆき列車を捨てました。友人が滝川から新十津川はタクシーならすぐだと言うので,タクシーで新十津川に出たのでした。それは僕が自分のお金でタクシーに乗った初めてでした。タクシーの運転手さんは物好きな高校生3人が新十津川へとねえと調子に乗って,凍りついた道をドリフト走行もどきで,かっとんで走ってくれました。当時のレートで900円ぐらいだったと思います。札沼線列車に乗ればお客さんはまばらで,記念に車内補充券を求めれば,車掌さんは無人駅で集札したきっぷを持って帰ってよいとおまけに付けてくれました。もう時効でしょうが,当時はコンプライアンスも緩く,のんびりした時代でした。そんな訳で札沼線は僕の乗り鉄人生の原点のような所で,廃止と聞いたら是非もう一度乗りたいと思ったのでした。

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函館~旭川の鈍行列車。確か121レだったと思う @熱郛 1980.3.7
当時フィルムは貴重品で札沼線では1枚も撮っていませんでした

 乗りたいのは札沼線ですが,どうやって行くかです。1月に大人の休日倶楽部パスを使って,正月休みに青春18きっぷで,この2案で随分悩みましたが,結局,後者で旅程を組みました。値段は大差ありませんが,休日倶楽部パスだと往復陸路になること,金曜日か月曜日に1日会社を休む要があることが,決め手でした。あとはせっかく北海道まで行ったのでどうやって有効に過ごすかですが,その内容は旅行記(2/12,2/22アップ予定)からお読み取りください。

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関東平野の列車3つ。根岸線562A @磯子,東海道線~東北本線1524E @横浜,東北本線639M @宇都宮 2019.12.28(以降同じ)

 さて実際の旅行ですが,出発は(2019年)12月28日(土),自宅最寄りの磯子駅を6:12の根岸線上り列車で出発です。横浜に出れば,今は上野東京ラインで宇都宮まで乗換えなし,2:19の旅です。東海道線に乗換えたあたりから空が白み始め,関東平野南部では晴れでしたが,徐々に雲が出てきます。宇都宮からは東北本線のローカル列車で黒磯に進みます。数年前から宇都宮以北のローカル列車は205系4連が主体になりましたが,今日は年末の土曜日で混んでいて,結局,黒磯まで座りませんでした。左手には男体山や女峰山などの日光の山々が見えてきますが,てっぺんは雲の中です。

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日光の山々のてっぺんは雲の中

 黒磯が近づくと那須連山が見えてきますが,やはりてっぺんは雲の中です。逆に言うと,これらの山々が雪雲を押さえてくれているので,関東平野は良い天気です。

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交直セクション区間は電車が代走。9171M @黒磯

 黒磯では21分の接続で9171Mに乗換え,交直セクションを通過します。この10:25の新白河ゆきは時刻表では4131Dで多分2両編成ですが,今日は年末の人が動く時期なのでE531系5両編成の電車が代走です。黒磯駅のホームには乗車目標がなく,整理にあたる駅員さんは男性と女性がマイクのとりっこで名所案内付近が先頭部と案内しています。黒磯~新白河の白河の関越えの区間は那須の高原地帯を走り,白いものが舞うような気候です。最近のJR東日本の電車は暖房の効きがよく,東北地方に入っても車内はポカポカで快適です。

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那須連山は雲の中だが白河では陽もさす

 新白河に着くと雲も高くなり,雨や雪の心配はなくなります。一方,新白河10:54発の2133Mはロングシートの701系4両編成で,げんなりです。

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新白河からはロングシートの701系。2133M @新白河

 今日はまだ元気なので無理して座ろうともせず,この区間も先ずは立ち席です。白河まで来ると青空が広がり,左手の車窓にはお城も見えます。

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福島~仙台は3575M・快速「仙台シティラビット5号」。郡山~福島の1139Mも同じ編成 @福島

 新白河5分,郡山7分と接続もよく,東北本線を下ってゆきます。福島までの1139Mと福島からの3575Mは同じ編成が充当され,乗換えがなく楽ができます。時刻表上は「の記号もなく別列車に見えるので,遅れの具合などで臨機応変に運用されるのでしょう。昼になったので福島で13分の間に駅そばを食べに改札を出ますが,あいにく駅そば屋さんは超満員です。しかたなくベーカリーでピザなどの惣菜パンを買って,列車に戻ります。

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白石駅の煉瓦積み油庫

 今日のシティラビットの編成はガラスが汚く写真が撮りづらいので,白石では僅かな停車時間の間に新聞紙でガラスを拭きます。と思って,白石でホームに降りると,ちょうど目の前にレンガ造りの倉庫があり,中を公開しています。以前は少し大きめの駅にはランプの時代からの燃油庫がありましたが,最近は目にすることが少なくなりました。この倉庫は白石駅開業の1887年(明治20年)からのものだそうで,今日は見る時間はありませんが,古くからの鉄道にちなむものが展示されているそうです(公開は土日曜日のみ)。

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今日は蔵王も雲の中

 白石を出ると左の車窓には蔵王の山々が広がるはずですが,今日はあいにく雲の中です。その先,大河原~船岡の一目千本桜の桜並木も雲が低くて写真になりません。車内に目を移せばこの「仙台シティラビット5号」を軸とした乗継ぎ行程は首都圏から北東北を目指す場合の典型的なパターンで,大きな荷物を持った青春18きっぷでの旅行者--18きっぱーというらしい--がここそこにいます。

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仙台駅東口の賑わい

 13:55,時刻表どおり仙台着。仙台では接続が悪く40分の待合せ時間があります。この間にカメラ用の電池を買いに駅前のヨドバシカメラへ一走りします。仙台駅は西の青葉通り側が表口ですが,ヨドバシカメラなどの大規模店舗ができた東口は大きく発展しました。

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仙台~国府多賀城間チョイ乗りの5575Dはハイブリッド気動車 @仙台

 食事も済んでいてすることもないので,仙台からは14:16の5575Dで予定より先行します。塩釜までのどこか1駅で降りることができるのですが,今日は最近の新設駅の国府多賀城で降りることにします。駅のスタンプ期待で降りた国府多賀城ですが,この時間は無人でした。駅前には東北歴史博物館が構えていて,博物館へのアクセスのための駅のようです。

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東北歴史博物館と一体で整備された国府多賀城の駅前

 国府多賀城で19分を過ごし,14:49発の小牛田ゆきで北への旅を続けます。約30分の乗車で15:20,小牛田着,15:35の一ノ関ゆきに乗換えです。小牛田は古川を通る国道4号線から外れていますが,鉄道としては十字路の要衝で,気動車の一大基地の小牛田運輸区があります。運輸区のほうを見ると,保線の作業用車両のキヤE195が止まっています。この手の気動車タイプの保線用車両はJR東海が嚆矢と思いますが,JR東日本にも導入されているようです。最近の旅客鉄道会社では機関士という職種の社員が減っていて,機関車牽引列車の運転が難しくなり,このようなキヤ方式に変わりつつあるようです。

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JR東日本の気動車タイプの保線用車両,キヤE195 @小牛田

 一ノ関ゆきの537Mはまたもロングシートの701系2両編成です。総じていえば,仙台都市圏はクロスシートのE721系,奥羽本線も含めて小牛田以北は701系というのが,東北地区の電車の布陣です。東京圏の目で見ると閑散線区こそクロスシートと考えがちですが,年末の今日のような特別の日を除けば,閑散路線ではロングシートでも全員着席できる程度の需要しかないと見ています。また,編成両数も2両,4両,6両と需要に合わせてきめ細かく設定されています。長距離鈍行マニアの僕からすると,列車がブツ切りで全くもって面白くないダイヤですが,需要に合わせた適正な輸送力とした結果のようです。

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小牛田で。左:国府多賀城から乗って来た2549M,右:一ノ関への537M

 短い冬の陽は傾いて,西の栗駒山の方に沈んでゆきます。例年,年末の旅行では年賀状書きにいそしむのですが,ロングシートでは落ち着いて作業もできず,ボーッとゆっくり過ごします。

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花泉~清水原あたりで陽はおちる

 小1時間の乗車で16:23,一ノ関着。乗換え時間は7分ですが,ホームで駅そば屋さんが美味しそうな湯気をあげています。今日は福島で駅そばを食べ損ねているので,少々中途半端な時間ですが,かけそば一杯をいただきます。駅そばスタンドのおかみは僕が急いでいると見たのか,おそばは熱いままでよいですかと聞きます。咄嗟のことにそのままで結構ですとは応えたものの,冷ましてと応えるとどうするのか興味が湧きます。尋ねると,茹で上がったそばを一旦,水を通してから丼にあけるそうです。さすがベテランのおそば屋さん,やるもんです。愛想のよいおかみに気をよくして,持ち帰りに海鮮三色弁当も買い,盛岡ゆきに駆込みます。

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一ノ関駅海鮮三色弁当 @シルバーフェリー船内で

 盛岡ゆき1545Mはまたしても701系ですが,こちらは薄紫色の帯の4両編成,終点盛岡までは約1時間半の乗車です。盛岡からは今日の行程の工夫のしどころで,盛岡~八戸間高速バスの「八盛(はっせい)」号に乗ります。盛岡以北の東北本線は並行在来線の3セク化でIGRいわて銀河鉄道,青い森鉄道になってしまい,青春18きっぷで乗れず運賃が3,110円かかります。一方,「八盛」号は八戸中心部まで2,100円,フェリーターミナルまで直通で2,400円と今日の旅程にぴったりなのです。

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一ノ関~盛岡は薄紫帯の701系 @一ノ関

 1545Mの盛岡着は18:04,もし列車で八戸を目指すなら接続の4541Mは18:15盛岡発,「八盛」号は18:25盛岡駅西口ターミナル発です。年末の帰省ラッシュの時期なので「八盛」号が満員で乗れないときのバックアップを検討します。この場合,18:37の「はやぶさ31号」に乗れば19:09には八戸に着き,運賃はJRなのでたったの1,690円,特急料金が2,400円と合計しても在来線で行くのと千円弱しか違いません。

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高速バス「八盛」号。夕方の八戸ゆきは岩手県北バスが担当 @九戸オトデ館

 盛岡に着くと何はさておき,西口バスターミナルへと急ぎます。自動券売機にお金を入れれば八戸フェリーターミナルゆきのきっぷが出てきます。これを持っておけば,さすがに乗れないということはないでしょう。発車の時刻が近づくとお客さんも増えてきて,ざっと見たところ40人位,バス1台でちょうどです。冬の高速バスは一般の車よりも飛ばすような気もしますが,この便も凍りついた雪道を80km/h弱で走ってゆきます。途中,雪道で滑ったのか事故による規制もありましたが,5分程度の遅れで八戸に着きます。八戸では市内中心部をあちこち回った後,街はずれのフェリーターミナルに向かいます。

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川崎近海汽船「シルバーエイト」 @八戸港

 ところで東京から青春18きっぷで北海道を目指す場合,どこかで1泊しなければなりません。対北海道のフェリーは伝統の青森~函館航路のほか,八戸,仙台,大洗から苫小牧へ,また日本海側も新潟からの航路があり,どれも毎日夜行便があります。実は僕は船旅も好きで,八戸以外は全て乗ったことがあります。今回は時間の節約,青春18きっぷの有効活用,費用の節約も兼ねて,初めて八戸航路を利用です。昔の夜行のフェリーの2等船室は20畳くらいの桟敷に大人数が詰込まれましたが,今どきのフェリーはサンライズ出雲・瀬戸のノビノビシートのように頭のほうが区切られ,鍵付きの荷物収容棚もあり,居住性もセキュリティも格段に良くなりました。半面,定員は少なくなって,今日の夜行便も満席です。最近のフェリーは,僕のような船旅愛好派のほか,行った先でもマイカーに乗りたい人,ペット連れ,またこのシルバーフェリー(川崎近海汽船 八戸~苫小牧航路の愛称)では少なからず18きっぱーのような格安旅行の若者などにも一定の需要があるようです。きっぷの発売場所と時間の関係で僕は使えませんでしたが,シルバーフェリーにはフェリーと周辺のバスがセットになった「なかよしきっぷ」,八戸~札幌6,000円,盛岡~札幌7,800円という商品もあります。

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「シルバーエイト」の船内(1)。風呂入口ロビー

 今夜の便も旅行の手配を始めたときは満席で,席がとれない場合に備え,八戸に泊まって翌朝の便で苫小牧を目指す代替案も検討しました。2日目の晩は月形温泉を予約したので,8:45から16:00まで日がな太平洋の船旅を楽しむのも悪くはなさそうです。
 さて,旅行記の続きですが,バスは高速道路での事故や除雪作業で少々遅れましたが,21:10過ぎにフェリーターミナルに着きます。乗船手続きを済ませ,必需品のタオルとビールを売店で買い,早々に船に乗り込みます。長距離フェリーは車両の搭載に時間がかかるので,船室は早めに開放され,食堂や風呂も利用できるのです。この便は22:00発~6:00着と夜行便のゴールデンタイムを走るので,食事や風呂は早めに済ますのが正解です。

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「シルバーエイト」の船内(2)。オートレストラン 2019.12.29(下も同じ)

 この船の供食設備ですが,食堂・ラウンジはオートレストランと称して,テーブルがあるだけ,隣にはカップ麺等の自動販売機が並び,ちょっとした流しも整備されています。フェリーの供食サービスはお世辞にも安くておいしいとは言えず,運航会社各社も知恵を絞っているようです。シルバーフェリーは持込みでも自販機のカップ麺でも構わず,場所だけは提供するから適当に食べてねというスタイルですが,これも一つの答えと思います。

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「シルバーエイト」の船内(2)。オートレストラン隣の自動販売機ゾーン

 今日の船室は最後のあがきのキャンセル待ちでゲットした2等寝台で,船のど真ん中の窓のない部屋です。耳が不自由な僕には緊急避難放送などは聞こえず,船が沈むときには取り残されそうですが,船の軸線上,前後方向もほぼ真ん中で揺れの少なさでは最上級です。今朝は5:30起き,明日も6:00には苫小牧に着いてしまうので,その少し前には起きることになります。一ノ関で買った駅弁を平らげ,お風呂に浸かり,湯上りのビールを飲んで,長い正月休みの初日の晩の至福のひと時です。夜行便に乗れたので明日はほぼ1日,自由に使えます。明日の予定を考えながら,早々に就寝します。(2020.1.13記)

(その2へ)

青春18きっぷでJR東海最長鈍行とおおさか東線,関西本線加太越えの旅・後編

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(前編はこちら
 今年(2019年)の3月に行った,おおさか東線へ横浜発青春18きっぷの旅の後編をお届けします。この旅行は,1.東海道本線静岡~岐阜間の3109Fに乗る,2.おおさか東線に乗る,3.関西本線加太越えに乗るの3つを目的としたものです。今回は3月23日(土)に新大阪から目的2と3を消化しつつ横浜へ帰る旅です。

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おおさか東線開業の案内ちらし(拡大はこちら

 この日は元々は新大阪で3分の乗継ぎで12:11発のおおさか東線2448Sに乗る予定でした。しかし,米原からの新快速が4分遅れてこの列車に乗れなくなり,以降は代案の行程での旅行です。この先に乗るおおさか東線,加茂までの関西本線はどちらも15分ヘッド,加茂から先の加太越え区間と亀山~名古屋は1時間ヘッドの運転です。JRのダイヤも定時隔化が進み,分かり易い,覚え易いダイヤになりました。慌てて行っても加茂から先は同じなので,おおさか東線を楽しんだり,昼食の時間を確保したりで,泳ぎながらゆっくり旅行を続けます。

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新大阪で発車を待つおおさか東線の列車 2019.3.23(以降全て同じ)

 ここでおおさか東線についておさらいをしておきます。おおさか東線は元々あった平野から吹田貨物ターミナルへの城東貨物線を旅客線に転用したもので,営業キロは20.2kmです(鴫野~放出間1.6kmは片町線と二重戸籍)。JR西日本の営業路線ですが,実際は営業だけを行う第2種鉄道事業者で,線路の保有は第三セクター会社の大阪外環状鉄道です。関西本線と接する久宝寺も,今回開業の新大阪も貨物線時代とは逆向きに接続しているところが興味深いです。線路名称(注)上の区分けは関西本線グループに属しているようです。新大阪で東海道本線と接するので東海道線グループであるべきのような気もしますが,城東貨物線が関西線グループの片町線の支線だった経緯を踏襲しているのでしょう。列車番号は新大阪発が上りの偶数を名乗りますが,時刻表などの案内上は新大阪発が下りと案内されます。現在の北端は新大阪ですが,梅田貨物線を経由して延伸の計画があり,再開発が進められている北梅田(仮称)までが2023年に開業の予定です--また行かなければならない!!--。おおさか東線の駅のうち,南吹田(吹田市),高井田中央,JR河内永和,JR俊徳道,JR長瀬,衣摺加美北(いずれも東大阪市)の6駅は大阪市の市域の外ですが,JRの特定市内駅のルール上は大阪市内駅になりました。また,大阪市内発着の乗車券で八尾市にある久宝寺駅を通って,(途中下車せずに)再度,大阪市内駅に戻ることも可能だそうです(JR東西線経由の尼崎と同じ考え)。

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おおさか東線(青太線)の走る場所。緑は城東貨物線(Mapionから調製)

 さて今日ですが,12:11の2448Sが行ってしまったばかりなので,新大阪駅で記念になるものの収集や新設ホームの様子を見て過ごします。上に載せたちらしなど数点を収集しましたが,住宅地を走る都市近郊路線なので,比較的地味な開業のようです。ホームに行くと既に12:26の2450Sの列車は入っていて,車両はウグイス色の201系6両編成です。

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新設区間上にある南吹田駅

 12:26になり,久宝寺ゆき2450Sは新大阪を発車します。先頭1両目は初乗りのマニアで混雑していますが,それ以外はほぼ座席が埋まる程度です。土曜日の日中なので,新しい電車ができたので乗りに来たという感じの家族連れも多く,和やかな車内です。新大阪を出てしばらくは東海道線の西側を京都方面に向かって上り,東淀川駅の横を通りますが,こちらの線路にはホームがありません。その先で東海道線をオーバークロスして大きく右にカーブを切って,南吹田駅に着きます。おおさか東線内の1駅か2駅で途中下車をするつもりですが,最初の1駅で降りるのはちょっと度胸が要ります。今日のとびらの1枚は南吹田で撮ったものですが,開業記念ヘッドマーク付きの電車をなかなか良い感じで撮れました。

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南吹田駅の券売機と改札口

 南吹田は東海道線と神崎川に挟まれた場所のうえに,おおさか東線の高架もあって,人の動線が少ないせいか,妙に静かな駅前です。人の流れの切れ目を探せば,上のような誰もいない瞬間もあります。周囲には大阪の中心から郊外へ延びる線が多数あるので,それらを横につなぐ環状線の需要は多くないようです。駅施設は改札機も券売機も3台ずつとこぢんまりとしており,有人通路はなく,他の駅(センター?)からの遠隔監視で駅務が行われています。青春18きっぷで出入場する場合は自動改札機の横に備え付けられたカメラに券面をかざし,リモートで確認のうえゲートを開けてもらいます。これが意外と難物で,出場時はすんなり出られましたが,入場時は「回線が混みあっているのでしばらくお待ちください」になって列車の時間が迫っているのに,なかなか改札ゲートを通ることができませんでした。開業1週間なので慣熟未了のせいと思いますが,改善を期したいところです。

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開業記念ヘッドマーク付きの201系電車。2452S @放出

 ホームに戻り,1本段おちした2452Sでおおさか東線,新規開業区間の続きを乗り進みます。吹田への貨物線を分ける神崎川信号場を過ぎると線路や施設は貨物線時代からのものになり,新線の感じが乏しくなります。阪急電車をオーバークロスし,JR淡路を過ぎ,淀川を大きな鉄橋で渡ります。大阪の東郊の建込んだ住宅地の中を進みますが,車窓の楽しみはあまりありません。ところどころに屋根にブルーシートを張った家があり,去年の台風被害の大きさを感じます。上の地図で初めて知ったのですが,この辺は大阪環状線からも近く,最も近いところでは京橋駅から700m程度しか離れていません。都心に近い割には,ビルが少ない印象です。右から片町線が合流すると鴫野で,ここは路線別のホーム配置です。鴫野から放出までの1.6kmは二重戸籍区間で,この間に片町線の上り線(木津方向)と立体交差します。放出駅は方向別の複々線のホーム配置で,乗換えの便が考慮されているようです。

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JR西日本はスタンプの整備に結構力を入れている。南吹田は今回誂えたもの

 放出から先は2008年の開業後に既に乗っているので初めてではありませんが,住宅地の中を進む景色であまり記憶がありません。高井田中央(地下鉄中央線),JR河内永和(近鉄奈良線),JR俊徳道(近鉄大阪線)と3駅連続で大阪からの放射線と交差します。貨物の物流としては吹田から大阪の都心を避けて関西線,阪和線方面へ直結するのは意義がありましたが,これだけ鉄道網が稠密な地域に環状方向の人の流動は少ないようです。それは88年も前から貨物線は通じていたのに今まで旅客線に転用されなかったことが証明しています。せっかくのインフラだし,貨物列車は減っているので有効活用はよいですが,経営的には楽ではなさそうです。JR西日本としては奈良方面から新大阪駅を直結することがおおさか東線の意義でもあり,平日休日とも1日4本のその名も「直通快速」列車が走ります。

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関西線は221系の大和路快速で上る。3384K @久宝寺
(線路を勘違いし慌てて撮ったので,へんな写真ですが悪しからず)

 南吹田の後は,ここだ!という所がなく,結局,久宝寺まで来てしまいました。ここからはひたすら東に向かって帰宅の旅です。まだ,1本しか落としていないので,あと2本分,久宝寺を30分後に出る快速でも加茂からの接続は同じです。なんとなく昼には駅そばが食べたくなり,とりあえず奈良まで行くことにします。

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奈良駅観光案内所。元の駅舎ですが曳き家で18m移動したそうです

 奈良駅は2003(平成15)年に高架駅になり,一時は取り壊しも計画されたそうですが,1934年築の旧駅舎が残っているのでこれを見ます。観光案内所にしては過大なつくりですが,この経緯から世界的観光都市にふさわしい建物と思います。駅前は海外からの観光客も多く,ゆっくり見たいところですが,こちらは乗遅れで捻出した1時間の中を泳いでいる身なので,早々に食事を済ませます。一見したところ駅そばのスタンドが見当たらなかったので,昼はファーストフードのモスバーガーになりました。

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奈良~加茂間のつなぎは3390K @奈良

 奈良では30分を使い,後続の3390Kで加太越えの入口,加茂を目指します。奈良~加茂間は14分,食後のコーヒーを飲んでいる間に着いてしまいます。列車も消化試合モードでガラガラですが,先頭の中吊り広告を見るとJR東日本の新卒採用の募集案内が。昨今の就職活動事情は売り手市場とは聞いていますが,JR東日本がこんなところで採用活動をしているのは驚きです。

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解像度を下げているのでよく見えませんが,中吊りはJR東日本の募集案内 @3390K車内

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陽も出て明るい加茂駅のコンコース。国鉄時代の「わたしの旅」のスタンプ台も

 加茂では8分の接続で,亀山ゆきの240Dに乗換えます。スタンプを押しに駅舎に上がると,とんがり屋根のコンコースは明るく,天気の回復を感じます。240DはNDCというのか,レールバスと本物の気動車の中間のような,ステンレス製でクーラーなどにバス部品も使った軽快気動車の2両編成です。正式な形式はキハ120,製造は平成5年,新潟鐵工です。

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加茂~亀山間の240Dは軽快気動車 @加茂

 加茂までは電化され京阪奈の都市圏ですが,加茂を出ると急に緑が濃くなり,木津川に沿って谷を登ります。沿っている川は木津川で変わりませんが,月ケ瀬口~島ヶ原間で府県境を越えます。ここは奈良の東のイメージですが,電化された木津も含めて加茂,笠置などは京都府内です。関東人の僕は初めて知りましたが,この先は京都府と三重県が直接接する府県境です。

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島ヶ原まで来ると上野盆地の開けた景色になる @島ヶ原

 島ヶ原まで来ると多少開けた景色なり,上野盆地(伊賀盆地とも言いますが上野盆地が正しいようです)が広がります。暫く走って,16:18着の伊賀上野は久しぶりに見る大きな街です。右手に上野市の市街が広がり,大きな城跡も望めます。また,近鉄の伊賀神戸とを結ぶ伊賀鉄道と接続していて,旧東急1000系の200系が見えます。1000系電車は,日比谷線の乗入れ規格が変わったため車齢が浅いのに東急で使えなくなったもので,中古車両としては優良商品です。忍者の姿のラッピングは僕の好みとは違いますが,長く活躍してほしいものです。

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佐那具駅の出口。広い構内とYポイントがローカル然としている

 軽快気動車2両編成の240Dは伊賀盆地の中を軽快にコトコト走ります。各駅の造作は車両とは不釣り合いに広々した幹線の趣で,鉄道黎明期に官営で関ケ原まわりの東海道本線と民営で距離の短い関西鉄道で競った昔が偲ばれます。

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関西本線は上野盆地の中をまっすぐ進む @佐那具~新堂

 列車は盆地の中の比較的平らなところをまっすぐ進みます。府県境を越えた島ケ原からこの先,柘植まで,20km以上にわたり行政上は伊賀市内です。行く手には鈴鹿山脈の南端の山々が見えてきます。15:38,時刻表どおり柘植着,ここで3分止まり,下り列車と交換です。また,15:40には草津からの列車も到着し,各ホームが埋まり,いっときの賑わいになります。

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柘植では下り列車と交換

 柘植を出ると線路は加太越えの区間になり,しばらくは上り勾配です。少し長めのトンネルで木津川水系の柘植川と鈴鹿川水系の加太川の分水嶺を越えると,川の流れの向きが変わり,列車は気持ちよく下り勾配を転がります。少し前に書いたように,府県境は月ケ瀬口~島ケ原だったので,分水嶺と一致しない例になります。

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加太トンネルの入り口。歴史ある路線だけに重厚な造り

 柘植~加太間には中在家というスイッチバックの信号場があり,無煙化まではSL撮影のメッカだったそうです。日中1時間に1本の頻度では信号場は不要で,スイッチバックは廃止,今は棒線で建屋だけが残っています。見た限りでは信号機もなかったので,閉塞区間の境としての機能もなく,信号場としては廃止されたかのようですが,正しいところは分かりません。

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中在家信号場(跡?)

 さらに進むと,おもちゃのプラレールのシーナリーのような,全長20m位の短いトンネルがあります。土かむりが殆どなく,こんな所にわざわざトンネルが要るのかと思います。写真を見ると急カーブを避けるために敢えてトンネルを作ったようで,関西鉄道のスピード競争への執念を感じます。

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柘植~加太間の短小トンネル

 ところでこのキハ120ですが,助士席側は乗務員室がなく最前部に出入り台があるだけです。降り乗りのお客さんの邪魔にさえならなければ,カブリツキ派には最適です。午後の眠気を誘われる時間,座っていると寝てしまいそうなので,加太越えの前面展望をここでたっぷり楽しむことができました。

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関駅。ここも広い線路敷が歴史を物語る

 平地に降りると関で,駅舎は旧家の蔵のような造りです。ここは東海道の宿場町で,江戸後期から明治の街並みが残っているそうです。いずれ東海道徒歩きで訪れることになるのでしょうが,いつのことやらです。

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亀山駅前風景。予算が不足したのか?トイレだけは旧駅舎を使うへんな造りの駅舎

 16:05,時刻表どおり亀山に着きます。加茂~亀山の加太越えの1時間半弱は今回の旅行の目的の3でしたが,お天気にも恵まれ,とても楽しむことができました。京阪奈,名古屋からも遠くはないので,たまにDD51牽引の観光客車列車でも走らせたら,結構売れるのではないでしょうか。

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関西本線亀山~名古屋の5314M @亀山

 今回の旅行の目的3つを消化し満足して,後は横浜への帰宅の旅です。亀山では1時間ヘッドの加太越えの列車から,同じく1時間ヘッドの名古屋ゆき快速列車に程よい時間で接続します。亀山からは名古屋都市圏の電車区間になり,電車も転換クロスの313系です。行楽日和の夕方で,乗りも6~7割くらいはありそうで,同じ関西本線でも随分違います。

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車窓にはなぜかヒコーキが @井田川付近

 亀山を出てしばらく,加太越えの興奮も落ち着いてゆっくりしていると,左手車窓の国道沿いに怪しげな飛行機が見えます。とりあえず写真を撮りましたが,ジュラルミンの輝きは本物の質感です。家に帰って調べると,カナダのCPAirから東亜航空のエアライナーでコンベア240という機体だそうです。旅客機としてのレジ喪失後も,富山や岐阜で店舗や飾りとして使用された後,当地の横山商店という中古トラック販売店で保管されているそうです。整備,保管にも費用がかかりそうで,歴史ある機体が適切に長く保存されることを期します。

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長良川の河口付近では近鉄と並走 @桑名~長島

 列車は快速列車で,四日市を出ると途中は桑名のみの停車です。以前,DD51牽引の客車列車の頃は近鉄との競争は勝負にならなかったと思いますが,電化され列車も増えて今はそれなりに闘えるようになりました。桑名の先,長良川の鉄橋ではちょうど並走し,走りっぷりでは互角,所要時間も2分しか違いません。近鉄の留置線,JRの名古屋車両区が見えると終点名古屋は間近かです。

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名古屋では麺亭「かきつばた」のきしめんをいただく

 途中単線区間で運転停車もあり,先ほど並んだ近鉄電車に遅れること5分,16:33に名古屋に着きます。この先は毎度毎度の東海道を上る鈍行の旅です。多少早めですが,名古屋名物のきしめんで腹ごしらえをします。適当に入った在来線ホームのきしめんスタンドは「かきつばた」というお店,確か12月の来名のときは「住よし」だったので,きしめんスタンドには複数のブランドがあるようです。どっちがよいとは書きませんが,複数の業者が入って競争するのはよいことだと思います。

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名古屋~豊橋間は5348Fで。エンドチェンジ後の撮影ですみません @豊橋

 きしめんで腹ごしらえして東海道線上りホームに行くと,土曜日ではありますが帰宅ラッシュ時間帯で,ホームは混雑しています。何とか列車の後部にもぐり込み,豊橋までの小1時間を過ごします。途中駅混雑の影響もあり,豊橋には2分遅れの18:42に着きます。豊橋ではこの先の晩酌のビールやつまみと,家への土産のお菓子を買います。8分の予定のところ6分で慌ただしく買い物をしましたが,結局は次の980M浜松ゆきも4分遅れでの発車です。この時間になると車内も立っている人はいないので,ロングシートの車内でも軽くビールで晩酌をします。浜松では接続が悪く16分待って,858M静岡ゆきに乗換えです。さてこの858Mですが例によってオール211系5両トイレなし編成です。見ると若い実習中の車掌さんを連れた年配の車掌女史が車室内に添乗しているので,ちょっと意地悪だなと思いつつ,このトイレなし編成はどうにかならんかと聞いてみました。曰く,名古屋地区では改造してトイレをつけたりもしている,313系と211系は運用が分離しているのでトイレなし列車は固定である,遅れなどによる運用変更が頻繁に起きるので時刻表に表示するのは難しいとのことでした。考えてみればトイレ付編成は交番中に抜き取り作業が発生するので,トイレなし編成と混用はできないはずでした。そういえば新幹線も含めJR東海のトイレの手洗いですが,前立腺肥大のおじいさんの小便のようにチョロチョロしか出ないことが多く,他社のようにジャバ~と景気よく水の出る手洗いを見たことがありません。今日の東海道東上の鈍行の旅はおそろしく乗継ぎが悪く,静岡でも19分待って21:14の1464M熱海ゆき(ちなみにこれもトイレなし編成)に乗換えます。

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東海道線の各列車一括です。左上→右上→左下の順に980M @豊橋,858M @浜松,1464M @静岡,730M @熱海

 熱海ではたった6分の乗継ぎですが,改札を出て駅前のファミマに走り,夜食のサラダとワインなどを仕入れます。熱海からの730MはJR東日本のE233系,編成端はクロスシート,トイレ付きの車両です。この列車は品川止まりなので,上野東京ラインのEの付く列車番号は名乗らず,東海道線熱海口の昔からの700番台の列車番号が嬉しいです。熱海から大船も概ね1時間,食事をして,今日の旅行のメモなどまとめていればすぐ着きます。

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今日の〆は根岸線2334B。上野ゆきは1日1本のレアもの @大船

 大船からは2334B,今日の根岸線~京浜東北線北行の上野まで行く最終列車です。本来,青春18きっぷは日付が変わった最初の駅までが有効ですが,幸い根岸線は電車特定区間に入っているので,門限を越えても終電まで有効特例でこのまま乗車できます。新大阪4分延着の影響は大きかったですが,それ以降はほぼ時刻表どおりに旅行ができ,無事24:04,わが家最寄りの磯子駅に戻ってきました。

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今日の行程の軌跡。青春18きっぷ1日分で889.0㎞乗った

 最後におさらいをすると,今回の旅行はJR東海最長鈍行の3109F,JRグループの新規開業のおおさか東線,関西本線加太越えの3つの目標を無事達成できました。前から分かっていたことですが,3109Fはとても地味な列車で,なかなかこの列車を完乗する人もいないと思われます。おおさか東線は国鉄~JR全線完乗タイトルの維持には欠かせないものですが,たまたま降りた南吹田が唯一の新規に建設した区間の駅で良かったです。そして,関西本線加太越えは天気が良かったこともあり,幹線の風格と非電化ローカル線が同時に味わえ,この線の魅力を再発見できました。早朝から夜中までの旅行で身体にはきつかったですが,青春18きっぷを満喫した1日でした。さて,夏シーズンはどこへ行こうかと考えてしまいます。(2019.6.1記)

注:線路名称:JRの営業路線の名前と区間を定めた公告(詳しく知りたいかたはこちらを参照ください)

青春18きっぷでJR東海最長鈍行とおおさか東線,関西本線加太越えの旅・前編

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東海道本線3109F @静岡 2019.3.23

 今年(2019年)の3月16日のJRグループ全国ダイヤ改正ではおおさか東線の開業や,第3セクターの三陸鉄道の旧山田線部分の復旧・移管開業などのニュースがありました。わが家ではジュニアが西武線沿線の高校に通学していることもあり,ダイヤ改正の日は家族でLaviewで秩父に行ったと書きました。1週遅れでおおさか東線にも行ったので,今日と次回はその報告をします。

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出発は前夜の湘南ライナー1号 @東京 2019.3.22(以下,特記あるまで同じ)

 僕は1983年4月以来,国鉄~JRの全線完乗のタイトルを維持しているので,JRの新線が開業すると毎回乗りに行っています。今回のダイヤ改正では関西の大阪東郊のおおさか東線,新大阪~放出間が延長開業したので,そこに行くのは必須事項です。春の青春18きっぷシーズン,節約のために横浜から鈍行で往復してきました。ところで,東海道本線に静岡~岐阜間運転の111F(土休日は3109F)という列車があります。前から気になっていたので,今回の旅行ではかなり無理をしてこの列車に乗ってみることにしました。また,単調な関西からの鈍行での帰り道,しばらくご無沙汰をしている関西本線の加太越えを通って帰ります。そんなわけで,今回の旅行は1.東海道本線静岡~岐阜間の3109Fに乗る,2.おおさか東線に乗る,3.関西本線加太越えに乗るの3つが目的になりました。

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湘南ライナーの事前販売の整理券

 出発は3月22日(金),会社が終わった後に東京駅へ行き,「湘南ライナー1号」です。単調な青春18きっぷでの旅に彩を加えようと少々の贅沢です。今回の旅行の目的1の3109Fですが,始発の静岡発が早朝5:28なので,前夜の静岡での泊りが必須です。泊りといっても,最終列車で着いてネットカフェとか,この時期なら大垣夜行とかの選択もできますが,僕も若くはないので1週間勤めた後はホテルでゆっくりしたいと思います。22日の行程上は「湘南ライナー1号」に乗ることがキーになるので,この整理券を確保しようと思いますが,これが結構難物でした。ライナー券はふつうはホーム上の券売機で買いますが,この機械には前売りの機能がありません。前売りの整理券を買うなら,改札外のみどりの窓口に行ってくださいとの案内でした。それで買ったのが上のきっぷですが,扱いは「特別企画乗車券(マル企)」,何かのイベントの券のような券面で,JR東日本を示す「(2- )」の表示もなく「JR東」と印字されています。東京駅のホーム上の案内係員氏の説によれば,これは月単位のセット券(のばら売り)だそうで,旅客営業規則の規定(140条の3 ライナー料金)に基づくものではないようです。また,ホーム上の券売機の席はマルスに収録されておらず,もっと簡易な販売システムの管理だそうです。機械ごとにx号車と案内されていますが,機械ごとに販売枠を割りあて,機械間の融通もできず,万一,機械がトラブルになるとその分の席は売ることができないそうです(もちろん機械で売れないだけで,ホーム上で係員が売るなどのバックアップはあるのでしょう)。

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国鉄テイストをほうぼうで感じる185系のデッキ,洗面所

 事前に整理券が買えない場合を想定し,「湘南ライナー1号」の混雑状況も聞いてみました。この列車は夕方のライナーの初列車なので,週の初めや水曜日は18:00過ぎに満席なることもあるが,金曜日は遅い列車に波がシフトし,満席になることはあまりないそうです。ライナーの利用状況にも人々の生活リズムが反映されて,奥が深いものです。さて当夜の東京駅ですが,「湘南ライナー1号」の入線は18:25頃と結構慌ただしいです。廃止まじかの185系の写真を撮ろうと,先頭の1号車付近には多数の鉄道マニアがいます。乗れば定員制の通勤ライナーは天国で,さっそく晩酌に会社からの途上で買ったコンビニの美味しいお弁当(東京駅のような大きな駅の駅弁は口に合わない)でゆっくりします。

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小田原~静岡の列車。小田原~熱海 1923E @熱海,熱海~静岡 477M @静岡

 この「湘南ライナー1号」は品川から横須賀線の走る品鶴線,鶴見から羽沢貨物線を通って東戸塚に出,その後も平塚の先まで貨物線の線路を走ります。このため,停車駅が藤沢,茅ケ崎,小田原と他の「湘南ライナー」とは異なります。陽があって景色が見られればそれも楽しいのですが,今日は完全に夜なので食事を楽しみます。周りのお客さんは通勤なので,晩酌をしている人は方々にいますが,本格的に食事をする人は自分しかいません。食事が済めばゴミ捨てかたがた車内を見分します。特急型なのに1m幅の広い扉は玉にキズですが,デッキの消火器やくず箱の周囲は国鉄時代の特急電車そのものです。洗面所に目を移せば,ばねで戻る給水栓,角張って肉厚そうな陶器製洗面器など,へんな改造を受けていないオリジナルの造作で懐かしみを覚えます。

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静岡では後からくるJR東海の「ホームライナー静岡3号」に追いつかれる

 終点の小田原では先行の1923E熱海ゆきに追いつき,たった1分の接続で西下の旅を続けます。大磯から熱海にかけての東海道線は箱根の山が相模湾にせり出した地形で,昼間であれば海がよく見えるところです。以前,ここから目の前に伊豆大島や房総半島が見えたことがあり,密かに幹線の車窓の中では上位にランクすると思っています。会社境界の熱海でも接続はよく,3分で477M静岡ゆきに接続します。毎度,下半身の話題で恐縮ですが,この477Mは211系3両編成2本併結の6両トイレなし編成です。熱海~静岡は1:14の行程,最悪を想定して熱海到着前にJR東日本の電車でトイレは済ませましたが,ライナーでビールをたっぷり飲んだ身には拷問です。21:24静岡着,トイレに行きたくなることもなく,初日の行程は完了です。いつもは見送るばかりの「湘南ライナー」についていろいろ勉強もでき,まずまず楽しい旅行1日目でした。

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朝の静岡駅前。JR東海静岡支社が元の鉄道管理局お膝下の雰囲気 2019.3.23(以下全て同じ)

 翌23日(土),静岡での朝は早く,4:40に目覚ましとモーニングコールで起きます。プライベートの旅行では,おにぎりやトーストなどの軽い朝食が無料で付く東横インを愛用していますが,この時間ではサービスがなく残念です。コンビニで朝ごはんを仕入れたり寄り道をしますが,5:00頃には駅前に着いてしまいました。静岡駅の南口はいかにも鉄道管理局という感じのJR東海静岡支社がでんと構えていますが,この時間では人気(ひとけ)もなく静かです。改札口でスタンプを所望すると,支社所在地駅に似合わない時代がかったスタンプを出してきてくれました。JR東海はスタンプ文化に消極的なので,これでもよしとします。

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静岡駅のスタンプ。JR東海発足後の制作のようだが,かなりの年代物

 ここでこれから乗る3109Fを少しおさらいしておきます。この列車は静岡(5:28)から岐阜(9:32)までの216.1kmを4:04かけて走ります。平日は111Fを名乗り,岐阜着が少し遅い9:49です。有名な飯田線の上諏訪~豊橋間鈍行の213.7kmをおさえて,JR東海で最長距離を走る普通列車です。僕独自の運転系統別の長距離鈍行番付でも全国第7位です(興味のあるかたはこちらをご覧ください)。東海道線のJR東海区間の列車は大抵,豊橋か浜松でスジが切れていて,そこを直通する列車は菊川~岐阜間の列車など他に数本しかありません。おまけに時間帯が早くてなかなか乗れない,この区間の運転は下りの片道1本のみの設定と,知れば知るほど乗ってみたい存在でした。帰りの列車で,添乗で車室内にいた車掌さんいわく,20年位前に自分がJRに入ったときからあったそうなので,意外と長寿の列車のようです。

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静岡駅で発車を待つ3109F。隣は同じ5:28に反対に向かって出る熱海ゆき

 ホームに上がると列車はまだ入っていませんが,ほどなくして据付けられた電車は311系の4両編成です。僕にとって311系は名古屋近郊の快速サービス用の形式で,早朝の時間帯で4連が程よい輸送力,前夜の酔漢の多い時間帯の列車のトイレを確保して,朝のこの列車は回送を兼ねた運用などと勘ぐってしまいます。実際のところは313系の増備の進んだ1999年から静岡地区での運用が始まったそうなので,これはあたっていません。

 列車は5:28,定刻に静岡駅を発車します。最長鈍行といっても乗り鉄らしき人もおらず,静かな滑り出しです。311系でトイレがあるのが嬉しく,用意の朝ごパンと共に,何の遠慮もなくコーヒーをがぶがぶ飲みます。311系も登場から30年が経ち,往時の華やかさはなくローカル列車然とした車内の雰囲気です。ふとドア上の停車駅案内を見ると浜松までしかなく,やはり静岡は圏外の感じがします。

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ドア上の停車駅案内。東海道本線は浜松,中央本線は南木曽までの掲載

 6:00前になり,ようやく空が白み始めます。お天気は曇りがちですが,予報によれば徐々によくなるようなので,回復期待です。

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ようやく東の空が白み始める @島田

 昔の長距離鈍行列車の楽しみは,単線区間での交換待ち,優等列車の通過待ち,そして荷物車の併結列車だと駅々での荷扱いの時間などの長時間停車とその間のスタンプ収集でした。前にも書いたようにJR東海はスタンプには消極的なうえ,東海道線では名古屋都市圏の快速サービスが始まる豊橋までは通過待ちもなく,車内では大人しく景色を眺めるくらいしかありません。その景色のほうも,東海道線の沿線は人家や工場が途切れることも少なく,菊川あたりの茶畑以外はあまり変化のない景色が続きます。

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そろそろ始発の新幹線が走り始める @袋井~磐田

 今朝はたまたま海側の席に座りましたが,少し先には新幹線が並行しています。そろそろ始発が来るかと思っていたら,静岡始発(6:07)の下り「こだま693号」と浜松始発(6:20)の上り「こだま702号」が相次いで走ってきました。ちょうど袋井~磐田間は田んぼの景色で,全長400mの16両編成でも遮るものが殆どなく,昼間に来たら絵になりそうです。

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同じく袋井~磐田で。どちらがどちらか分かりません...

 6:40着の浜松,7:17着の豊橋と少し長めの2分停車のほかは各駅ともすぐの発車で,他の列車で東海道を下っているのとさして変わりません。豊橋の2つ先,7:31着の愛知御津では今日初めての快速退避です。豊橋を4分後に出た特別快速の5105Fですが,今日は眠気と寒さで失敗写真になってしまいました。

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愛知御津で特別快速5105Fを退避。トリミングとデジタル編集でごまかしてます

 愛知御津の先から三河三谷までの暫くは三河湾の最奥の穏やかな海が見えるところです。基本的に海岸線に並行して走る東海道線ですが,海が見えるのは昨晩の西湘海岸と薩垂峠の近く,浜名湖の周辺とここの僅かな区間です。

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三河湾の穏やかな海を臨む @三河大塚~三河三谷

 名古屋都市圏のダイヤが稠密な区間に入り,景色の楽しみもなくなり,これからしばらくは快速の通過待ちが楽しみな区間です。愛知御津に続き,7:58着の岡崎では5107F特別快速米原ゆきに道を譲ります。岡崎での停車時間は5分ですが,駅構内は混み始めていて,スタンプどころではありません。

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岡崎では特別快速5107Fを退避

 お彼岸,行楽シーズンで土曜日でも快速列車はかなり混んでいるようですが,各駅停車のこの列車には空席もあります。次は8:24着の刈谷で5分停車,5307F新快速大垣ゆきの退避です。JR東海の快速列車ですが,ただの快速のほかに特別快速と新快速があり,微妙に停車駅が異なり,ほぼ同じスジでも平日休日で特別快速と新快速が入替ったりで,よそ者には分かりづらいです。

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刈谷では新快速5307Fを退避

 8:59,名古屋着。ほぼ9:00で乗車時間も3時間半を越え,少々飽きてきます。ここでも5分止まり,5109F特別快速米原ゆきに道を譲ります。この列車は豊橋を50分も遅く出てきた列車で,今日は大阪まで下って戻る行程なので,この列車に乗ればどれだけ早く帰れるか分かりません。自分の鈍行マニアに若干の自己嫌悪を感じつつ特別快速を見送ります。

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名古屋では特別快速5109Fを退避

 少し眠くなってきたので,気分転換に運転室直後に行ってかぶりつきを楽しみます。あまり苦労をせずに貨物列車を撮れそうな駅はないかと眺めていると,お誂え向きの感じでEF64の貨物列車がやってきました。枇杷島のホーム端もなかなか良さそうなどと記憶にとどめます。

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東海道線を上る貨物列車 @名古屋~枇杷島

 少し行くと右手に清洲城が見えてきます。この城は織田信長が天下統一への一歩を踏出した城との理解ですが,新幹線から見るのとは違った味わいです。記事を書きながら調べてみると,この天守は1989年に建てられたコンクリート製で,信長の当時の絵図面等も残っていないため想像のデザインだそうです。さらに清洲公園は東海道線と新幹線に分断され,線路の北と南にあるそうです。公園に行けば線路もよく見えそうで,今度は時間を作って出掛けてみたいと思います。

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車窓には清洲城が @枇杷島~清洲

 さらに進むと列車は稲沢に着きます。ここは元の稲沢機関区,今はJR貨物の愛知機関区が広がっています。ここは昔も今もEF64の一大拠点ですが,JR貨物のEF64全機37両がここの配置だそうです。今残っているのは全機1000番台ですが,奥の方にかつてお召し運用も務めた77号機も色褪せて留置されています。数両のDD51も保留車か廃車待ちのようで,痛ましい景色です。

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愛知機関区の奥の方にはEF64-77が見える @稲沢

 尾張一ノ宮を過ぎ,列車は木曽川を渡ります。木曽川,長良川,揖斐川はそれぞれ源流域も異なり別の川の認識ですが,昔から合流,分流を繰返し,3つまとめて木曽三川と呼ばれ,木曽川水系に区分されます。その総帥の木曽川を長い鉄橋で渡ると列車は岐阜県に入ります。

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木曽川を渡る。東海道線は岐阜市内で直角に曲がるので川の向こうの山は関ケ原方面

 線路は左にカーブし,右手に金華山とその頂上の岐阜城が見えてくると,終点岐阜に到着です。

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市街地の向こうに金華山と岐阜城が見える

 9:32,列車は時刻表どおり終点岐阜に着きます。周囲のお客さんにとっては15分に一度繰り返される全く日常の光景なので,僕もその波に飲み込まれ,JR東海最長鈍行完乗といっても感慨に浸る雰囲気ではありません。写真くらい撮ろうと電車の先頭に行くと,既に方向幕は岡崎ゆきになり,11分折返しのエンドチェンジの作業が進んでいました。

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3109Fの終点,岐阜着。既にエンドチェンジの作業が始まっている

 次に乗る米原ゆきまで19分あるので,一旦改札を出て終着駅岐阜を楽しみます。そうはいっても,岐阜には昨年末に来たばかりなので,新鮮味はありません。駅前の桜はまだ見ごろには早いですが,少しは季節感が出るかとここで写真を撮ります。

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JR東海最長鈍行を完乗し,終点岐阜駅で

 さて,3109Fの旅は今回の旅行の目的の一つではありましたが,全体から見ればおまけで,次はメインイベントのおおさか東線を目指して東海道線を下ります。岐阜から乗る米原ゆきは特別快速5111Fで,豊橋を3109Fより1時間20分も後に出た列車です。

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岐阜~米原は特別快速5111Fで @岐阜

 大垣から先,関ケ原越えの区間はこのブログでも何度か触れたことがありますが,伊吹山を望み東海道線の車窓でもお気に入りの区間です。この区間はJR東海にとっては会社境界近くの末端区間で,4両編成の混雑した列車によくあたります。今日は特別快速のスジがそのまま乗り入れる8両編成なので,輸送力は十分,空いた車内でゆっくり景色を楽しむことができます。

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関ケ原駅の古戦場の案内板

 関ケ原は天下分け目の合戦場で有名ですが,関ケ原駅では東西両軍の武将の名前を記した大きな案内板が目を引きます。僕は現在,東海道の徒歩き(かちあるき)の旅を進行中ですが,京都にたどり着いた帰りは中山道をまわり,関ケ原もゆっくり歩いてみたいと思います。

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関ケ原に続き車窓には伊吹山が広がる @柏原~近江長岡

 柏原からは滋賀県に入り,右手には伊吹山がきれいな山容を見せています。手前には新幹線が走り,いつもここで新幹線の写真を撮りたいと思いますが,不思議とここで新幹線の列車を見ることはありません。今日は畑焼きをしているようで,煙がたなびいて写真どころではありません。

 10:40,列車は時刻表どおりに米原に着きます。米原では10分の接続で新快速姫路ゆきに乗換えです。今日乗る3251Mは近江塩津~姫路の運転ですが,この北陸本線~米原~東海道線系統で敦賀~播州赤穂間を走る3527M(休日は3327M)は2019年ダイヤの日本最長鈍行です。この系統の列車は米原まで4両で来て,ここで前部に8両を増結するので,圧倒的に前のほうが空いています。ところが,先頭部はホーム一杯に止まるため写真が撮れず,後ろに回ることになり,一番混んだ9号車に乗ることになりました。

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東海道線,新快速3251M @米原
新大阪には4分の延着。12:11のおおさか東線には乗れなかった

 この先,新大阪でのおおさか東線への3分の乗継ぎが今日の行程のポイントです。この3分乗継ぎをこなすと後の接続がよく,自宅最寄りの磯子に22:43に帰れます。乗継ぎに失敗しても磯子まで辿り着けるのは確認済ですが,今日は朝も早かったので,早く帰るに越したことはありません。新大阪駅の階段の配置を思い出し,京都で席を立って,電車の前の方に移動します。列車はお彼岸と春休みの行楽日和で100%を越えると思われる混雑,各駅での停車時間も延びがちです。ついに東淀川では遅れた先行列車に追いついてしまい,徐行運転になります。3分乗継ぎはこれにて一巻の終わり,新大阪駅に入る前には乗りたかった12:11新大阪発の列車と行き違います。

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今日の行程表

 僅かに遅れて新大阪駅を走らされるよりは,完全にアウトの方が諦めもついてよい...などと負惜しみを言いながら14分の時間つぶしをします。次回はこの旅行のメインイベントのおおさか東線乗車からをお届けします。(後編につづく)(2019.5.12記)

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