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2021-05

東海道徒歩き(かちあるき)のおまけで三重県の私鉄巡り

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 去年(2020年)の10月31日から11月2日に東海道徒歩きで宮宿(名古屋市)から関宿(亀山市)を歩いたことは既にアップしましたが,その時の旅行で三重県の私鉄巡りもしたので,今日はその報告をします。旅行したのは11月2日(月),お天気はあいにくの雨です。

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近鉄四日市駅は大きなターミナル 2020.11.2(以下,全て同じ)

 まず最初は,泊まっていた四日市からその日の徒歩きのスタートの庄野宿への移動に乗った四日市あすなろう鉄道(以下,あすなろ鉄道)です。あすなろ鉄道は東海道の旧街道に沿う四日市~内部(うつべ)の内部線と途中の日永から分かれて西日野までの八王子線から成ります。徒歩きの記事でも書きましたが,内部線のほうは明治の鉄道開業の頃,煙をモクモク吐いて猛スピードで走る陸蒸気を忌避した街道沿いの人達が,後になって鉄道の便利さを知り,ナロー規格で鉄道を敷いたものではないかと思っています。八王子線のほうはたった1駅の盲腸線です。尤も,この枝線のおかげで四日市~日永間は日中約15分間隔が確保されています。年は下って2010年代に入り,近鉄はこの2線の廃止・BRT代替を提案しましたが,四日市市は鉄道存続の意向で,2015年4月から上下分離方式で再スタートを切りました。四日市あすなろう鉄道は近鉄75%,四日市市25%出資の第3セクターの第2種鉄道事業者,線路と車両は四日市市が第3種鉄道事業者として保有しています。

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四日市あすなろう鉄道の1日乗車券

 11月2日朝,今朝はほどほどの時間の出立で,サービスの朝食をかき込んで7時過ぎに近鉄四日市駅前のホテルを出発します。あすなろ鉄道線は元々近鉄線で近鉄四日市のターミナルから出ますが,南側のはずれで改札は別,ホームは番号がとんだ9,10番線です。駅北口に近いホテルからは遠回りをしてしまったせいもあり,近鉄四日市のターミナルを3/4周してたどり着きました。出札口を覗くと1日乗車券を550円で売っているので,これを買います。今日の行程では550円分乗りそうもありませんが,きっぷが記念になるのでその辺の無駄遣いは気になりません。

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あすなろ鉄道ク163。シースルー電車だ @あすなろう四日市

 7:19の西日野ゆき列車は土曜日の朝にも拘らず若干の立ち客もいる程度で四日市を発車します。西日野までは3駅たった8分の乗車です。西日野の折返し時間は3分,少々慌ただしいですが,乗ってきた電車で日永へ戻ります。この電車,ク163は「シースルー電車」で,台車の上の床板がアクリル板になっていて,台車越しに走り去る線路や枕木を見ることができます。不思議な趣向ですが,利用者に親しんでもらうためのアイディアと理解します。

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シースルー電車の床下見学窓

 日永での乗換えも2分しかないので,乗換えに便利な先頭に乗れば,朝の上り列車は通勤通学のお客さんでそこそこの混雑です。日永は内部線と合流するジャンクションですがこぢんまりした駅で,乗換えは1分もあればOKです。

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ジャンクションの日永駅

 日永からは7:35の内部ゆきに乗換え,終点内部を目指します。車窓に目を凝らすといっても,沿線は昨日歩いた街なので,昨日見たあれこれを思い出すばかりです。ところで,あすなろ鉄道の電車ですが見た目にはどの車両も新しく,第3セクター化で積極投資がされたようです。Wikipediaによれば,元々の近鉄260系は1982,3年製作ですが,3セク化以降にリニューアル,冷房化されたようです。また,260系の製作当初は新製は最小限に絞られ,一部のクは在来車でしたが,リニューアル時に新製のクに置換えられ,中間車も3セク化以降に製作されたものです。現在は在籍5編成中4編成が3両編成ですが,残る1本はこのままなのでしょうか。

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内部で

 12分の乗車で内部着,あすなろ鉄道は車両も小ぶりですが,乗るのもすぐです。最後に四日市に戻る列車の写真を撮って,あすなろ鉄道の旅は終わりです。こうして見ると車体が小ぶりな分,架線下のクリアランスを確保するためパンタグラフが妙に大きく見えます。

 内部からは庄野宿までバスで移動し,東海道を歩き,関西本線の関駅に着きます。(その間の記事はこちら

 この日の第2部は三重県の私鉄巡りです。元々は東海道を坂下宿まで歩く計画でしたが,午後からは雨のようなので急遽作った代案で,関西本線,近鉄名古屋線から西へ鈴鹿の山のほうを目指す盲腸私鉄に乗りに行くことにしました。朝から始めて最後は養老鉄道に乗って大垣から帰る案も検討しましたが,東海道徒歩きを進めておきたいので,午前中は歩いて午後から乗り鉄としました。

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午後のスタート関駅

 昼前,関西本線関駅に着けば,ここから三重の私鉄巡りスタートです。関駅は随分大きな駅舎ですが観光協会の案内所なども入居し,駅自体は無人で,きっぷの委託販売もありません。加太駅などたくさんあるスタンプを押して,11:59の亀山ゆきに乗ります。来たのは青いキハ120の単行,JR西日本の気動車です。

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JR西日本のキハ120で1駅上る(エンド交換後に撮影) @亀山

 亀山では19分の接続で,JR東海の名古屋ゆき快速列車に乗換えです。この間に帰りのきっぷを買いますが,関からの通しのきっぷを売ってもらえて,少し助かった気になります。関~亀山間を精算し亀山発で買う(272.2km4,070円)のと,関から通しで買うのと(237.9km4,070円)で値段は同じなので,精算した場合はその分まるまる190円を損することになります。無人駅発の旅客の精算なので当然といえば当然ですが,あまりこういう機会はありませんでした。

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亀山からの快速列車,2306G @亀山

 亀山はJRの会社境界,鉄道輸送上の節点ですが,雨模様の土曜のお昼でとても静かです。ホームは3面5線,機回し線もあり,手持ち無沙汰に広がる構内がかつての栄華を物語ります。

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妙に広い亀山駅の構内

 亀山から名古屋ゆきに乗れば,ものの30分弱で四日市に着きます。この間の車窓も概ね昨日と今日歩いてきた沿線なので,午後の行程表を作ったりで時間を過ごします。

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JRの四日市駅

 JRの四日市駅は貨物の詰所のような感じの平屋の大きな駅舎ですが,合理化の進んだ今は亀山の構内同様に持て余しているようです。JRの四日市と近鉄四日市の間は両駅を結ぶ大通りの1本道ですが,歩けば20分前後かかります。バス停をサーベイしてもこの時間にバス便はないようで,歩いて近鉄駅に向かいます。幸い雨は殆どあがり,傘がなくても歩けそうで助かります。

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近鉄湯の山線の列車。2545F。この電車で往復

 近鉄四日市に着くと時刻は13:15,お昼の時間です。今日はこの先,乗りっぱなしで食事の時間がとれそうにありません。かなり慌ただしいですが,駅ビル内のマクドナルドに行き,今売出し中のトリプルチーズバーガーなどでお腹を満たします。セットのコーヒーは持ち帰りにして,13:30の近鉄湯の山線電車に駆込みます。

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近鉄の路線案内。三重県は意外と私鉄が多い?

 湯の山線の列車は雨に煙った里山風景の中をのどかに進みます。25分で終点の湯の山温泉着。ここからバスとロープウェイを乗継げば御在所岳(1,212m)の山頂近くまで登ることができます。御在所岳は高さの割に見どころが多い山のようで,いつか天気のよい日に登ってみたいと思います。僕は国鉄~JR線の全線完乗のタイトルは維持していますが,最近は乗り鉄も市民権を得て,このタイトルホルダーは無数にいると思われます。次は私鉄や公営交通,3セクも含めた全鉄道路線完乗,その先にはロープウェイやリフトなどの鋼索線も含めた全線完乗があり,慌てず焦らずライフワークとして少しずつ乗ってみたいと思っています。その意味では,せっかくここまで来たのに御在所岳に登らずに帰るのはちょっと惜しくも思います。

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湯の山温泉駅のスタンプ

 列車は5分の折返しで,スタンプだけ押して,元来た線路を四日市に戻ります。スタンプの図柄には30000系新ビスタカーが描かれ,湯の山温泉が観光で賑わっていた昔を思い出させます。今日はコロナ禍で外出も制限され,雨の月曜日とあって,車内はガラガラ,僕の乗っている車両には他にお客さんがいません。

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雨に煙る湯の山線の車窓と周囲に誰もいない車内

 往きと同じに25分かかって四日市着,ここからはすぐの接続で三岐鉄道の接続する近鉄富田(以下,単に富田)を目指します。この間は1駅5分です。乗った電車は9000系,調べると1983年製だそうで,途中で更新はしているでしょうが,陳腐化しない意匠,かつきれいに使っている印象です。

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近鉄四日市~近鉄富田,1駅のちょい乗りの急行列車

 富田での接続は9分ですが,この間に1日乗車券を買ったり,トイレに行ったりで慌ただしく過ごします。三岐鉄道では地域共通クーポンが使えるというので1,000円分を消化するつもりでしたが,グッズのみが対象で,きっぷには使えない由です。

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三岐鉄道の1日乗車券。三岐線,北勢線共通で1,200円

 三岐線のホームに行けば電車は三岐鉄道オリジナル塗色の851系です。以前,近江鉄道訪問の記事にも書きましたが,僕の母は西武池袋線沿線の生まれで,子供の頃はよく西武101系にも乗りました。鼻筋の通ったパンダ顔は三岐としては比較的新しいぞなどと思い,1両目に乗り込みます。この稿を書くにあたって調べると,この851Fの西藤原方クハは脱線事故で解体され,部品取り用の予備車を復籍したため編成中の他車とは違う新101系顔のクハ1881で組成されているそうです。

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三岐鉄道三岐線の電車,クハ1881ほか3連

 富田を出て5駅目の保々では車両交換となり,またまた元西武の,三岐101系の2両編成に乗換えです。この電車は西武所沢車両工場・昭和39年製で製作後56年を経たオールドタイマーです。西武401系は使い勝手がよいのか近江鉄道でも主力となっています。この電車のような旧式な抵抗制御が地方の私鉄にとっては保守性がよく,近年のパワーエレクトロニクスの結晶のような制御装置は持てあましてしまうのかなどと思います。

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三里では貨物列車と交換

 徒歩きの記事でも書きましたが,三岐鉄道は藤原岳から産出する石灰石を使ったセメントやフライアッシュ輸送が盛んで,多くの貨物列車が走っています。この列車も三里でセメント列車と交換です。雨は本降りになり,写真になりませんが雰囲気のみです。今日の天気は残念ですが,三岐鉄道の雰囲気は気に入り,ぜひまた天気のよいときに貨物列車狙いで訪れたいと思います。

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東藤原駅の様子。帰りの列車で撮影

 15:25,列車は東藤原に着きます。ここは太平洋セメントの工場がある駅で,鉱山,工場と駅が一体化し,沿線随一の駅のようです。重連の機関車が休み,奥にはセメントプラント,手前の事務所はヨーロッパ風の赤レンガ積で風情ある景色です。東藤原を出ると消化試合モードになり,車内はガラガラです。

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西藤原の駅舎と入場券

 富田から49分,15:31に列車は終点西藤原に着きます。ここでの折返し時間は7分,スタンプを押したり,きっぷを買ったり,駅舎内外を見渡したりして過ごします。観察の深さにもよりますが,僕の場合は5分あれば,一通りのことはできると思っていまるので,7分あれば上等です。入場券を買って,入鋏を所望すれば,昔ながらの本物の改札鋏で,久々に目にする気がします。余程,使うことが少ないのか,突拍子もない所に鋏が入り,これもご愛敬?です。

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西藤原駅舎内の郵便局

 西藤原の駅舎は蒸気機関車のような意匠で,片方にはC11 1とナンバープレートまで付いています。また,駅舎内には西藤原簡易郵便局も同居しています。今回の旅行には郵便貯金の通帳を持ってきておらず,旅行貯金ができないのが残念です。

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西藤原駅構内のミニ博物館

 改札を通ってホームに戻ると,電車の反対側ホームには蒸気機関車 102号,凸型電機のED22 2,入換用のモーターカーが展示されています。あとで調べると駅前広場側からなら足回りも含めて写真が撮れそうなので,この次に来た時のお楽しみにとっておきます。15:38,時間になれば近鉄富田ゆきの上り列車は発車しますが,この列車もガラガラ,2両編成の電車に他のお客さんは全くいません。

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帰りの列車の車内。電車は昭和39年西武所沢車両工場製

 今日の予定は西藤原から伊勢治田(いせはった)まで戻って,ちょっと強引ですが北勢線の阿下喜(あげき)まで行く予定です。この間はGoogle mapによれば1.7km21分です。急いで行っても阿下喜からの列車は16:45までないので,1日乗車券の消化かたがた,伊勢治田の次の丹生川まで上ることにします。この列車の次は,西武の赤電カラーの電車のようなので,これに乗ることもできます。

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丹生川駅の貨物列車博物館--スタンプによれば世界初!!

 丹生川に着くと西藤原に続きここにも貨物列車博物館があり,いろいろなタイプの貨車の上回りが並べられています。遠くには蒸気機関車もあるようで,三岐鉄道は古い鉄道史料の保存,展示に熱心なようです。改札にまわれば,女性の駅員さんが執務し,スタンプもある由で,丹生川まで来て正解です。

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三岐鉄道線のスタンプ。丹生川と阿下喜

 丹生川には8分の滞在,15:59の下り列車に乗ります。この列車は思ったとおり西武の赤電カラーの1852の編成でやってきました。駅の入口は広々していてすっきりした構図ですが,お天気が悪くブレ気味の写真しか撮れませんでした。今日のトビラに載せましたが,再訪を期しての1枚です。

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三岐鉄道1852F @伊勢治田

 16:02,電車に乗れば3分で阿下喜に一番近いと思われる伊勢治田に着きます。再度,ホームで赤電の写真を撮ったり,駅舎を観察したりしながら,ゆっくり出場します。ここから阿下喜は1.7㎞,列車まで40分以上あるので十分間に合うでしょう。雨がひどければタクシーも考えていましたが,そこまですることもなさそうです。駅待合室にはいなべ市のコミュニティバスのチラシがあるので手に取ると,ガーン,16:05に駅前から阿下喜ゆきの便があったようです。列車のダイヤに合わせた設定なのでしょう,知っていればこのバスに乗れました。

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伊勢治田駅

 もともと歩くつもりだったので予定どおりですが,せっかくのバスを取り逃がし,少々,意気消沈です。強くはありませんが,雨は相変わらずです。下校の小学生の後を阿下喜駅に向け歩きます。河岸段丘上の伊勢治田駅から員弁川沿いの阿下喜駅へは下りのだらだら坂なので,歩き易いコースではあります。

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藤原岳とセメント工場が雨に霞む

 雨に霞むセメント工場などを見ながら歩けば,1.7kmはすぐです。員弁川を大きな橋で渡れば阿下喜の町内,改築整備されたばかりのような駅舎が迎えてくれます。

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阿下喜駅

 次の西桑名ゆきは16:45ですが,16:30前には駅に着き,ゆっくりすることができます。16:32,下り列車が着いて通学の高校生らを吐き出し,一段落したら入場します。ここにも226の車号を掲げた保存車が置いてあり,本当に三岐鉄道は史料の保存に熱心なことです。

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阿下喜駅風景。西桑名ゆきの電車と側線に並ぶ保存車226号

 時間になれば列車は西桑名に向けて発車します。四日市あすなろう鉄道に触発されたのか,ここの電車も最近更新されたようで,とてもきれいです。こんな形で近所の私鉄同士が競争,切磋琢磨すれば,利用者へのサービスも向上し,好循環が生まれると思います。

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今日の〆の北勢線電車 @阿下喜

 短い秋の陽は暮れ,景色が見えなくなってきます。今日は朝から乗り鉄に徒歩き,午後は短い区間の乗車を繰返し,いささかお疲れモードです。ぼんやり景色を眺めたり,車内を眺めたりで過ごします。夕方の上り列車ですが,こちらの方が沿線人口は多いと見え,お客さんは徐々に増えてきます。ここも小1時間,56分の乗車で終点の西桑名に着きます。桑名での乗継ぎはよく,4分の接続で関西本線の名古屋ゆきがあります。三重県の私鉄巡りを終えゆっくりしたいところですが,駅周囲の観察もほどほどに,お客さんの波にのってJRのホームへと急ぎます。

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関西本線は赤のクロスシートの211系 @名古屋

 ここからは横浜まで帰宅の旅ですが,桑名からの電車に乗ってびっくりです。東京周辺では見かけなくなった,211系オリジナルのクロスシートの電車です。JR東海にこんな電車がいたのかと調べると,JR発足の半年前の1986年10月にクモハ211-1,2を含む2本だけが製作され,名古屋地区に配置されていたことが分かりました。これは珍しいものにあたったと嬉しくなります。31分の乗車で列車は名古屋に着きます。

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帰りの列車4本 「ひかり518号」@名古屋,東海道線1462M @静岡,同3750M @大船,根岸線2270C @大船

 明日は11月3日文化の日ですが,僕の勤める会社はオリンピック対策で夏休みを長くとったので,振替出勤日です。今は青春18きっぷのシーズンではないので,帰路の一部は新幹線を利用して多少早めに帰ることにします。名古屋18:43の「ひかり518号」に乗れば,静岡までは2駅54分です。発車までの時間を利用して,名物のきしめんで軽い夕食,売店でビール,肴,夜食のマグロ丼と家への土産を買い込みます。新横浜までこの列車で帰れば速いのですが,東海道徒歩きの往復は大船回りと決めている?ので,静岡からは在来線で上ります。今日の1462Mは313系でトイレがあるので,ロングシートではありますが安心してビールが飲めます。熱海からは今日最後の快速アクティでちょっと得した気分になります。大船で乗換え,15分の乗車で自宅最寄りの磯子駅に無事,帰着です。

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今日の行程表

 元々は徒歩きのはずでしたが,雨のため急遽しつらえた三重県の私鉄巡りでしたが,なかなか楽しい乗り鉄の1日を過ごすことができました。四日市あすなろう鉄道,三岐鉄道北勢線はどちらもナローゲージの鉄道ですが,地域密着でお客さんも多く,元気な様子でした。

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今日のGPS log。茶色の部分が鉄道利用

 また,三岐鉄道は昔懐かしい西武の電車が活躍し,ホッパ車をたくさん繋いだ貨物列車が健在です。東武を始め私鉄の貨物列車も少なくなってきたので,藤原岳をバックにした貨物列車の写真を撮りにまた訪れてみたいと思います。(2020.12.12記)
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2020年夏のアクティビティ2--京成沿線おでかけきっぷで京成ざんまいの1日

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 コロナ禍で外出もままならない2020年夏ですが,用心を重ねて少しずつの外出をします。2020年夏,京成電鉄は沿線の需要喚起に「京成沿線おでかけきっぷ」という企画券を発売しました。このきっぷをジュニアが見つけ,発売初日に買ってきたので,僕もご相伴にあずかり1枚を買います。このきっぷは京成線全線乗り放題のきっぷが3人日分でセットになったものです。JRグループの青春18きっぷと同様に,1人で3回使っても,3人一緒の旅行を1日してもよいルールですが,特急料金さえ払えばスカイライナーも利用可のところが青春18きっぷの「普通列車用乗車券」と違うところです。

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京成沿線おでかけきっぷ(見易いように編集してあります)

 さて,このきっぷを使ってどこに行くか,何をするかです。京成線はこれまでに大抵のところは行っていますが,金町は行った憶えがありません。この際なので再度,乗り直しをしようと全線に乗り,余った午後はどこか景色のよさそうなところで鉄ちゃん(僕は「鉄ちゃん」という言葉を狭義に使うことが多く,鉄道写真を撮ること)する計画をたてました。以前,西武線の1日全線完乗をしたときはさんざん乗継ぎを計画しましたが,京成線は全線といってもしれた量なので適当に時刻表をめくって計画しただけです。

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朝は京急線で泉岳寺まで上る @上大岡 2020.8.9(以下,特記以外全て同じ)

 (2020年)8月9日日曜日,朝は自宅最寄りの京急線屏風浦駅を6:42の列車で出発,上大岡で特急に乗換え東京に上ります。列車は青砥ゆきなのでこのまま乗っていてもよいのですが,往復とも押上線を通ってしまうと青砥~上野間が残ってしまうので,朝のうちに上野に行っておきます。品川~上野をJRで移動すると10.4km198円ですが,泉岳寺乗換えとすれば9.5㎞と10㎞以内に収まり168円です。気になりだすとこの0.9㎞が惜しくなり,今日は時間もあるので,泉岳寺~高輪ゲートウェイの乗換えにします。

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高輪ゲートウェイ駅の発車案内

 泉岳寺から高輪ゲートウェイは歩いて10分弱,近いとも遠いとも言いづらい距離です。高輪ゲートウェイの周辺は再開発・街づくりの最中で,1ブロックの区画割が大きいので歩くと遠くに感じるようです。また,東西方向は仕方ないとして,高輪ゲートウェイ駅がもう少し北にあればよいのにと思いますが,高輪ゲートウェイ~田町間で京浜東北線北行と山手線を交叉させる都合もあり,これ以上北に駅を設置できなかったのでしょう。高輪ゲートウェイでの山手線と京浜東北線は路線別複々線,駅入り口には東京,上野方面はどっちが先発かを示す大きなLED表示があります。

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京成上野駅と入口のモニュメント

 案内に従い,京浜東北線電車に乗れば20分で上野に着きます。不忍(しのばず)口改札を出て道路を渡れば,地下の京成上野駅(以下,駅名の「京成」は略)はすぐです。きっぷに使用日のゴム印をもらい入場し,801列車,8:05の臼井ゆきに乗ります。3500形は僕が高校生の頃の製造で随分古い電車,ある面,幸先のよいスタートです。写真を撮りそびれましたが,今では抜取り式のブレーキ弁も目にする機会が減りました。

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京成上野~高砂,801レ,3545F @上野

 京成線乗りつぶし,今日の列車は鈍行に限ると決めた訳ではないのですが,たまたま選んだ列車が1運行の普通列車です。最初の停車駅の日暮里はJR各線と接続するターミナル駅で,最近2階建ての高架になり趣が変わりました。更に3つ進んで千住大橋では特急の退避です。

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日暮里駅

 青砥では押上線からのアクセス特急を先に出し,京成唯一の複々線区間を進みます。ここで京成のフラッグシップのスカイライナーとすれ違います。今日1日,京成線を旅行しましたが,スカイライナーの写真はこの1枚だけでした。

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京成スカイライナー @高砂~青砥

 8:33,高砂着,ここでは金町線に乗換えです。高砂駅は変わったつくりで,本線の跨線橋の向こうに金町線ホームがあるのですが,間に改札外のコンコースがあります。

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高砂駅の2つの改札

 2つの改札を通って,金町線ホームに行けば8:37の金町ゆきは3600形3621Fで,またまた旧い形式の電車です。今度は運転台の写真を撮ろうと思いますが,3600形は見た目は3500形と似ていますが,運転台はワンハンドルマスコンで新しい造りでした。あとで調べると,この3621Fは6連の3600形を8連化した際に余剰になったクハをVVVF制御で電装した編成でした。この辺のやりくりは,京成の一時の財政状況の厳しさが表れています。

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金町線はこの編成で往復,871b~870b,3621F @金町

 金町線は高架の高砂を出ると地平に出て,高砂の車庫からの線路と合流します。東京の下町の住宅街を進み,次の唯一の中間駅,柴又で上り列車と交換します。柴又からも専用軌道の路面電車のような風情の景色の中を走って,終点金町に着きます。その間2.5kmはほとんどの部分が単線です。そして面白いのが列車ダイヤで,両端の高砂,金町とも棒線,交換できるのが中間の柴又だけのため,休日ダイヤでは5:49から21:40まで上りと下りの時刻表が全く同じです。僕はいろいろな時刻表を見てきましたが,これはかなり面白い時刻表と思います。金町では折返し間合いの10分の間に改札を出て,駅の周辺を軽く探検します。

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金町線の時刻表(見えないですね。拡大はこちら

 金町線から戻れば次は千葉線に乗りに津田沼を目指します。乗った列車は8A11という上野からの特急列車です。京成はロングレール化が進んでいないようで,軽快な短い刻み音を立てて走ります。江戸川,国府台と堤防上にあるような駅に挟まれた江戸川を渡れば千葉県です。海神の先でJR総武本線をくぐり,その海側をしばらく走れば津田沼です。

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高砂~津田沼は特急で,8A11,3791F

 津田沼からは千葉線に乗換え,ちはら台を目指します。千葉線は系列の新京成と一体で運用され,休日の日中は新京成線からの千葉ゆきと津田沼始発のちはら台ゆきが10分間隔で交互に走ります。次の列車は9B01,9:35のちはら台ゆきです。この列車は京成の主力,3000形の6両編成です。

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津田沼~ちはら台はこの編成で往復,9B01~10B00,3011F

 千葉線はJR総武本線と京葉線に挟まれ鉄道網が稠密な地域を淡々と進んでゆきます。対東京輸送はJRに分があるようで,京成の列車は全て各駅停車,ときどき上野直通の列車がダイヤに色を添える程度です。コロナ禍期間中の土曜の午前,列車はガラガラです。いかにも私鉄風な駅を小まめに止まって,9:52,千葉中央に着きます。

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ちはら台駅の駅前風景

 千葉中央から先は元千葉急行電鉄の線路を京成が引継いだ千原線です。千葉急行時代に一度乗ったと記憶しますが,今日は昼間に「乗り鉄」目的でゆっくりの乗車です。千葉市から市原市にかけての内陸に開けた住宅地を淡々と進みますが,新しい路線なので路盤などは立派ですが,商業地は少なく収入の基盤は脆弱そうです。また,線路は複線分の用地が確保されていますが,レールが敷いてあるのは1線だけで全線単線,これは今日まで知りませんでした。

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ちはら台から南を望む

 千原線の走る区間は,小湊鐡道が海土有木から千葉へ直結する構想で免許を受けていた区間ですが,1970年代に第3セクターの千葉急行電鉄が設立され,ニュータウンの開発が進んでいた千原台までを開業しました。その先の免許も千葉急行を救済した京成が引継いでいますが,具体的な延伸の話はないようです。ちはら台駅のホームに立つとまだ見ぬ南のほうへ掘割は続いていて,海土有木への夢を感じさせてくれます。こんな経緯もあって千原線はニュータウンの中心地から外れたところを走っており,これがまた利用客の伸び悩みを招いているようです。

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JR幕張車両センターでは新鋭E235系をチラ見

 ちはら台では8分の折返しで,乗って来た電車で津田沼へ戻ります。今朝も早かったので,帰りの車中はゆっくり過ごします。途中,幕張ではJRの線路越しに幕張車両センターが見えますが,総武・横須賀線用のE235系がちらりと見えます。そういえば,この京成3000系は運転席直後に2人掛けの座席があり,座ったままのカブリツキができます。京急の1000形もステンレス車からはカブリツキ席は省略の設計で,京成の電車のgood pointです。

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津田沼~ユーカリが丘の普通列車(左),911レ,3018F

 10:48,1時間ちょっとの千葉線,千原線の旅を終え,3面6線を有するターミナルの津田沼着。乗りつぶしとしては成田空港方面がまだ残っていますが,昼から午後にかけての暫くは鉄ちゃんで時間を過ごします。このきっぷを買った時,京成沿線でよい写真が撮れるところはどこかジュニアに尋ねたところ,挙げたのはユーカリが丘と大佐倉でした。ユーカリが丘は山万ボナの走る新興住宅地,大佐倉は確かに大手私鉄の沿線なのに田んぼが開けたところの印象です。若干忙しいきらいはありますが,これらの撮影地を2つとも訪ねることにします。

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京成線内で見る青い京急電車 606F @志津付近?

 津田沼では4分の接続で臼井ゆきの普通列車に乗換え,この列車も3000形6両編成です。3000形は6連29本,8連19本の48本が在籍し,すっかり京成の顔です。快適な3000形で暫くゆっくりし,11:09,ユーカリが丘に着きます。まだお昼には少し早いですが,今日は成田で鰻を食べる予定なので,駅のコンビニで菓子パンを仕入れます。余りお行儀はよろしくないですが,撮影場所までの道々で食べてしまいます。

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ユーカリが丘~臼井で。先ずは古参の3500形

 この撮影地ですが成田に向かって線路の右側ですが,その方向に歩いて行くと用水路がありこれを越えることができないようです。右に車の通る道が見えるのでこちらに迂回すると,今度は小高い丘のなかの道になってなかなか線路の近くに出ることができません。8月の炎天下を小1時間も歩いてようやくこのポイントにたどり着きました。

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ユーカリが丘~臼井で。こちらは主力の3000形

 このポイントで鉄ちゃんをしますが,来る列車はどれも京成の通勤車ばかり,今一つ変化がないのが残念です。ところで今回のカメラですが,安倍総理が10万円のお小遣いをくれると言うので,10万円以下で買える廉価版ですがデジタル一眼レフを新調しました。この練習も兼ねているので通勤車ばかりでも,撮影自体を楽しめます。露出をカメラ頼りにしたりマニュアルにしたり,連写モードで撮ってみたりと,いろいろな機能を試します。いろいろやってかなりデジタル一眼は習得できましたが,ある面,高倍率コンパクトデジカメはよくできているとも思いました。今日の写真のうち大佐倉の上はコンパクトデジカメで撮ったものです。なお,このブログの写真は解像度をおとしているので,差が出ないきらいはあります。

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ユーカリが丘から大佐倉への移動の列車。1163K,3721F @ユーカリが丘,12A01,3411F @佐倉

 炎天下のなかで小1時間粘って,ユーカリが丘~臼井の築堤を後にします。帰りは線路の反対側のルートを通り,ものの15分くらいで駅に着きました。来た列車は13:18の都営地下鉄からの快速・佐倉ゆきです。

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佐倉ふるさと広場の風車小屋

 佐倉の手前では印旛沼をかすめて走り,佐倉ふるさと広場の風車小屋も見えます。ここまで来ると京成線も田んぼの緑が美しい景色になります。佐倉では上野からの成田空港ゆき特急に乗換え,大佐倉には13:32に着きます。京成の列車の種別ですが特急を軸に,より停車駅の少ない快速特急,停車駅の多い通勤特急のほか,一段格下は快速で,ただの急行がなく,おもしろい設定です。

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大佐倉~酒々井で。線路の南側から。3700形

 今日2か所目の撮影ポイントは大佐倉の駅から東へ10分くらい歩いた,やはり築堤です。今日の2か所はジュニアから得たお立ち台情報ですが,どちらも田んぼの中を真っすぐに走る低い築堤です。わが家は団地・マンション住まいが長いので,ジュニアは緑の景色に憧れるのでしょうか。

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大佐倉~酒々井で。線路の北側から。3400形

 ユーカリが丘で予定より時間を使ったので,陽が反対側に回ってしまいました。幸い車道のトンネルがあるので,線路の北側にも回って幾本か撮ります。ここでも小1時間,鉄ちゃんをし,14:52の列車で大佐倉を後にします。

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大佐倉~成田の列車,13A09,3030F @大佐倉

 ここからはまた京成線乗りつぶしに戻って,成田を目指します。成田周辺にはJRと共用の成田空港と芝山鉄道の芝山千代田の2つの終点があり,帰りは成田空港からアクセス線~北総線経由で高砂に出ます。この予定をたてると,アクセス線のアクセス特急と芝山鉄道線がどちらも40分ヘッドの運転で,これら相互間の接続がおそろしく悪いのです。途中,成田で食事をする時間をとって,接続の悪いところをうまく吸収しました。

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京成電鉄駅めぐりスタンプ帳

 そう言えば,京成の主な駅にはシャチハタ式のかなり大きなスタンプが用意されています。またスタンプ帳も駅めぐりスタンプ帳なる冊子が用意されていて,駅で配布しています。駅により山積みになっている駅もあれば,お一人様1冊と厳しくしく制限して窓口で手渡しの駅もあります。28駅全駅完押を目指したくなるのですが,さすがに乗りつぶし+鉄ちゃん2か所をこなしたうえに28駅の途中下車はできません。スタンプは次回のお楽しみにとっておきます。

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芝山千代田往復の列車と運転台,1447レ~1446b,3517F @成田

 さて,成田周辺の乗りつぶしですが,先ずは15:12の列車で芝山千代田を目指します。電車は3500形の3517F,上野方は3501~3504のトップナンバーを含む編成です。ブレーキハンドルは付いていませんが,ここではゆっくり旧い2ハンドルの運転台の写真を撮ることができます。列車は成田を出ると空港に近い草地の中を結構なスピードで進みます。駒井野信号場で現在の成田空港駅に繋がる本線を左に分け,間もなく地下に入って東成田に止まります。ここは元の成田空港で人気(ひとけ)がありませんが,地図で見ると成田空港の第1ターミナルと第2ターミナルのほぼ真ん中に位置しています。

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芝山千代田駅

 京成の乗りつぶしとしては東成田まででよいのですが,せっかくここまで来たので日本一短い私鉄を謳う芝山鉄道にも乗っておきます。東成田から3分の乗車で15:21,芝山千代田に着きます。改札は交通系ICカードが使えず,精算の人が列を作っています。2.2km200円は賃率にしたら90円以上で,地方の3セク鉄道の数倍です。空港の騒音などの見返りに延ばした政策鉄道,いくらも客はいないけど乗入れ先の京成の都合で輸送力過剰など,経営的には厳しいのでしょう。子供には記念のカードのプレゼントもあるようですが,大人の趣味者がもらうのは少し恥ずかしくこらえておきます。

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駅前のエプロンには余剰となった飛行機が。フライングホヌもいる

 芝山千代田では15:37まで16分の折返し時間があるので,周囲を見て歩きます。今はコロナ禍で国際線の減便が著しく,空港じゅうに仕事をなくした飛行機が翼を寄せあって並んでいます。電車の中からはOne World塗装のJALのB777が眼を惹きましたが,地上からよく見るとANAのエリアにはフライングホヌも羽を休めています。こんな写真を撮っているうちに遅くなり,帰りの電車には駆込んで乗ることになってしまいました。そのうえ駅入り口の段差で転んで擦りむき,肘は血だらけです。

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京成成田駅前。書院風の造りが門前町らしい

 帰りは10分の乗車で,15:47,成田着です。今日はもともと成田で1時間以上の時間をとって鰻を食べる予定でした。2か所の鉄ちゃんで時間を使い過ぎてしまったので,鰻の代わりに駅前のそば屋で食事にします。

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JRの成田駅前。JRバス多古線のバスが集う

 食後はJRの成田のほうへ出向き,写真を撮ったり,土産を買ったりで過ごします。成田は空港以前に成田山新勝寺の門前町で,大きな参道の商店街があります。最近はインバウンドの観光客に人気のようで,去年のゴールデンウィークに来た時にはここは日本かと思うような賑わいでした。今日はそれらの賑わいはなく,静かな近郊のターミナルの夕方の街並みです。

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再度,本線の特急で成田空港へ,15A17,3421F @成田

 駅に戻れば16:23の列車で成田空港を目指します。先ほどと同じ線路を下り,駒井野信号場では左の本線に入ります。地下を少し走って空港第2ビル,その後も僅かの乗車で終点,成田空港です。成田空港では12分の接続で16:44のアクセス特急に乗換えです。本当は空港のデッキに出て飛行機の写真を撮ったりしたいのですが,コロナ禍のなか空港のロビーなどをうろつくのもリスクと自重します。ふつう8月の空港は夏休みの海外旅行でごった返しますが,今日は人影もまばらです。

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遠くに成田線の電車が見える @成田湯川~印旛日本医大

 列車は16:44,時刻表どおり発車します。今度はJRの線路と並行する線路を走り,新勝寺の裏あたりでJRの線路を分けると,スカイアクセス線のルートに入ります。ここからは高規格の都心への最短ルートを走りますが,アクセス特急は最高120km/hの運転です。ここの路線名のスカイアクセス線は旅客案内上の名前で,正式には高砂から成田空港まで全体で京成「成田空港線」です。ただし,京成は第2種事業者で線路の保有は北総鉄道,成田高速鉄道アクセスなどの第3種事業者4社です。そんな区間でもおでかけきっぷで乗れるのは良心的と言えますが,印旛日本医大以西の北総鉄道区間での途中下車はできず,通過利用に限るという制限が付いています。

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アクセス特急,1604K,3056F @青砥

 アクセス特急ですが,空港周辺の草地を抜けると,我孫子からの成田線を跨いだ先で成田湯川に止まります。その先は2つの印旛沼の間を抜け,田んぼの中を走って印旛日本医大に達します。その先は北総線と同じ線路となり,千葉ニュータウンの丘陵地を西に走ります。スカイライナーなら高速運転が楽しめそうですが,アクセス特急はここではただの北総線の優等列車,千葉ニュータウン中央,新鎌ヶ谷,東松戸と主要な駅に止まります。

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とうきょうスカイツリーが見えれば終点,押上は間もなく 

 矢切の渡しの近くで江戸川を渡り,17:25高砂着。続けて青砥にも止まり,本線から来た上野ゆき特急と接続をとります。この特急は成田駅を16:43に出てきた特急で,アクセス線の短縮効果は大きいような,たいしたことはないような,微妙です。青砥からは押上線に入り,乗りつぶしとしては今日は初めて乗る区間です。四ツ木~八広では荒川を渡り,この辺まで来るととうきょうスカイツリーが目の前に見えます。これを右に見て地下に入れば押上で,今日の京成線の旅は終了ですが,列車は羽田空港ゆきなのでそのまま都営浅草線に進みます。浅草線は通勤も含めよく乗りますが,一部の駅を通過するエアポート快速はなかなか乗る機会がないのです。泉岳寺まで地下鉄の優等列車を楽しんだ後は,後続の三崎口ゆき快速特急に乗継ぎます。これに乗れば,30分ちょっとで今日のスタートの屛風浦に帰着です。

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今日の行程表

 京成の沿線の旅客サービス,需要喚起のためのおでかけきっぷでしたが,ちょっと遠くの乗入れ先から利用し,旅客の入れ込みには貢献しました。僕の印象では京成は,成田空港の開業直後はスカイライナーも振るわず経営も厳しかったですが,今では優良な子会社も増え,しっかり利益も上がっているようです。金町線のところで書いた車両のやりくりなどは苦しい台所事情の表れのようですが,最近は3000形もコンスタントに増備を重ねています。今日は1日,全線完乗+鉄ちゃん2か所で元気な今どきの京成を楽しむことができました。

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オーソドックスな京成沿線の楽しみ 2020.8.14

 ところで,このきっぷの残り2人日分ですが,後日,家族3人で柴又帝釈天と成田山新勝寺へ行き,帰りには鰻も食べて,おでかけきっぷ本来の消化をしました。コロナ禍は早くの終息を祈るばかりですが,このような企画きっぷの発売が各社でも続くことを期待します。(2020.10.8記)

県外への外出解禁の6月,東京アドベンチャーライン(青梅線・五日市線)に行ってきました

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 (2020年)6月下旬,緊急事態宣言も解けたので,お天気は梅雨空でしたが青梅線,五日市線--最近は2つまとめて東京アドベンチャーラインと呼ぶらしい--に行ってきました。旅行の目的はちょっとワケあって,誘導信号により列車を併合するシーンの写真を撮りたかったのです。
 列車の併合シーンは福島駅の「やまびこ」+「つばさ」などいくらでもあるのですが,横浜の自宅から手軽に出掛けられるところを探したら拝島になりました。自宅の近くなら平塚や逗子でも増結車の解結はありますが,客扱いをしている列車同士となると見られる箇所は限られます。拝島では朝に青梅線から来た列車と八高線・高麗川から来た列車の,土休日の夕方にはホリデー快速,青梅線の「おくたま」号と五日市線の「あきがわ」号の併合が見られます。この2つが目的なので昼間の時間はフリーですが,せっかく奥多摩の近くに行くので有効に過ごすよう旅程を組みます。なお,使ったきっぷっは休日お出かけパスです。

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当日の行程表

 140円旅行に出掛けた次の週末,6月27日(土)の朝は5:29の根岸線上り列車で出発です。僕の旅行は早朝発が多いですが,すき好んでのことではなく,仕方なくの早起きです。八高線から直通の東京ゆきは土休日ダイヤでは高麗川発7:14の3718E~718Hの1本だけ,この列車の拝島着に合わせると,この時間になってしまうのです。途中,東神奈川,八王子で乗換え,箱根ヶ崎には7:24に着きます。

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箱根ヶ崎は瑞穂町の玄関 @箱根ヶ崎駅 2020.6.27(以下,全て同じ)

 箱根ヶ崎ではお目当ての3718Eの7:35まで11分あります。今日は140円旅行と違って改札から出られるので,駅の周囲を見分します。箱根ヶ崎は東京都西多摩郡瑞穂町にある唯一の鉄道駅なので,地方の市の玄関駅のような特産品の展示もあります。瑞穂町は南のほう1/8は横田基地で,僕のイメージは基地の町ですが,ダルマや狭山茶なども産するようです。

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八高線3718E。土休日ダイヤでは1本だけの高麗川からの青梅特快東京ゆき @東福生

 7:35,3718Eは時刻表どおり箱根ヶ崎を発車,途中,東福生でも交換で3分くらい止まります。東福生を出ると拝島駅の場内信号で一旦停車します。青梅線の下り列車が通り過ぎた後,お目当ての誘導信号が点灯します。ATS-Pのチンベルが鳴って,警笛一声のあと徐行運転で拝島駅に進入します。

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拝島駅の場内信号。八高線からは全てのホームに入れる配線で賑やか。「五場」の下の斜めの2灯が誘導信号

 拝島駅では併合する電車の5m位手前で一旦停車します。これは併合作業の常ですが,拝島では構内専門の運転士さんが乗ってきて,この残り5mを運転します。本線を運転する運転士さんがこの作業ができないということはないと思いますが,今のJR東日本でどういう役割分担のなのか,不思議な作業です。これらの一連の作業の写真を撮れば,朝のひと仕事は完了です。時間もあるのでこの青梅特快で立川まで上ります。

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既に先着列車のいるホームに向かい誘導の手旗に従ってしずしず進む @拝島

 立川では8分の接続で「ホリデー快速おくたま3号」に乗換え,今来た青梅線を奥多摩に向けて下ります。そういえば,この「おくたま」号は臨時列車,6月中の臨時列車は全て運休?とアナウンスされていたので,今日のこの列車が走るのか確認をしたときのこと書きます。僕の感覚では,この列車が走るかといった運転上の内容は沿線で運転を取扱う駅が一番と思い,拝島駅への確認を試みました。インターネットをかなり探し回りましたが,拝島駅の電話は西武の駅しか見当たらず,JR東日本の駅の電話は探し出せませんでした。仕方なく「JR東日本お問い合わせセンター」に電話をすれば,その列車は運転されますと大変丁寧な案内ですが回答をもらうのに6分半かかりました。拝島駅に直接訊けば1分はかからないだろうと思います。駅業務も効率化が進み,利用者のちょっとした時刻や運賃の照会などは集約した方が効率的なのでしょうが,これはばかりは何ともでした。

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「ホリデー快速おくたま・あきがわ3号」。昔はヘッドマークが付いたが今はカラーのLED表示のみ @立川

 青梅線は青梅あたりまでは会社の同僚の通勤圏だし,都バスの旅などでも訪れていますが,その先は久々の乗車です。県境越えの移動自粛が解禁になったといっても,まだ人出は戻っておらず,今日のホリデー快速は立川からでも座れる程度の入りです。奥多摩では3分の折返し,9:20の上り列車で1駅,白丸まで戻ります。

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白丸~数馬峡周辺~遊歩道案内図

 青梅から先の青梅線の車窓はずっと左手に多摩川が続きますが,白丸ダムの上流は数馬峡という渓谷になっています。鳩ノ巣~奥多摩には川沿いの遊歩道もありますが,今日は大雨の影響で通行止めです。川の北側を走る線路は景色はとてもよいのですが,写真を撮れる個所は少ないです。ネットでサーベイして訪れたのは白丸駅からも程近い,数馬峡に架かる橋(数馬峡橋)の上です。ここで数本の列車を撮った後,気持ちよい気候なので鳩ノ巣駅まで歩きます。

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奥多摩数馬峡をゆく青梅線電車 @鳩ノ巣~白丸

 道路は国道411号線,青梅街道ですが交通量は少ないです。白丸~鳩ノ巣には白丸ダムがあり,白丸湖や鳩ノ巣渓谷の景色も楽しめます。

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白丸ダムより下流,鳩ノ巣渓谷

 鳩ノ巣からは10:35の列車に乗る予定でしたが,せっせと歩いたので20分くらい早くに駅に着きます。駅入り口の踏切ではちょうど東京アドベンチャーラインのラッピング電車を撮ることができました。この電車はリスやモモンガなどの森の仲間のシート地に,床にもたくさんのシールが貼ってあり,車外のラッピングは控え目ですが,車内はかなり賑やかです。

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東京アドベンチャーラインのラッピング電車。青463編成とその車内 @鳩ノ巣

 鳩ノ巣駅は戦時中の1944(昭和19)年の青梅線奥多摩開業時に開業の駅ですが,ハイキング等の利用も意識したのか,木造の風情のある駅舎です。駅に入って跨線橋をおりれば,紫陽花(あじさい)がちょうど見頃です。先ほど写真を撮ったラッピング電車が戻ってきて,この電車に乗ることができます。

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鳩ノ巣風景。紫陽花が見ごろの上りホームと1944年築の駅舎

 約20分の乗車で10:54,次の下車駅の軍畑に到着です。軍畑はEF64,その昔はED16の時代から「軍畑の鉄橋」(正式な名前は奥沢橋梁)で有名です。この撮影地はアクセスがよく,軍畑駅で下りれば踏切を渡ってすぐです。駅近くで撮った写真が今日のとびらの1枚です。せっかくなのでもう少し足を延ばし,駅下の青梅街道の方へ歩いてみます。多摩川には新しく立派な軍畑大橋が架かり,ここからも鉄橋は見えますが,下の道路の電柱が少々うるさいです。

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軍畑の鉄橋。1980年4月の同じ場所はこちら。比べると随分森が深くなったようです

 青梅街道を歩いているとちょうど梅01系統,玉堂美術館方面のバスが来ます。このバスは土日しか走らず,去年,青梅の都バスに乗りに来た日は見ることもできませんでした。このバスの乗車もちょっと心が動きましたが,後の予定も大体計画済なので,写真だけにしておきます。

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青梅街道でたまたま見た梅01系統のバス。週末のみ1日8本のレアもの。バスはE代のエルガでかなり新しい

 軍畑には約1時間滞在し,11:54の上り列車で軍畑を後にします。

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軍畑の駅舎は最近改築されたようで新しい

 15分の乗車で12:09,青梅に着きます。青梅はなんとなくレトロ感が漂い,それを街のウリにしています。駅の本屋も1924(大正3)年築で元の青梅電気鉄道の本社ビル,改札内の地下通路も映画の広告を模した飾りで昭和の時代のようです。当初,青梅は沿線随一の町ですが...と書いたのですが,乗車人員数で見る限りは少し東京寄りの河辺の半分以下,最近は東青梅よりも少なくなっていて,沿線随一は当たっていないようです。

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青梅駅の地下道は昭和の時代のよう

 コロナ禍の感染予防を考えると昼食の摂り方を考えてしまいますが,駅を出るとすぐ横にモスバーガーが構えているので,思わずここに入ります。実はスパイシーモスチーズバーガーが好きなのです。

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青梅の駅舎。1924年に青梅電気鉄道30周年の事業で建てたものらしい

 さて,今日の午後のアクティビティですが,青梅まで来たので先ずは青梅鉄道公園を訪ねます。ここは鉄道開業90周年を記念して1962(昭和37)年に開園した施設で,実物の鉄道車両11両を保存展示しています。僕は多分今日が3回目ですが,初回は高校生のときです。当時の困窮した国鉄財政から展示物の整備もままならず,裏山の土砂崩れなどもありひどい状態だったと記憶します。前回はジュニアが子供のときの10数年前でした。勝手は大体分かっているつもりですが,今日は再度,実物の蒸気機関車に触れてみたいと思っての訪問です。

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入り口ではSLの代名詞D51が迎えてくれる

 青梅鉄道公園は青梅駅から直線では460mしか離れていませんが,永山の運動公園の坂を登る15分弱の行程はこの蒸暑い時期には結構きついです。公園に着けば東日本鉄道文化財団の職員とD51が迎えてくれます。コロナ禍対策で屋外展示のみで建物内のジオラマ等の見学はできないけどよいかと確認されます。建物内の展示は大したことはないので,外の実物の見学だけで十分で,入園券100円を買います。

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園内の1等地のクモハ40054

 入場口を通って園庭に出れば,先ほどのD51とクモハ40が視界が眼に入ります。クモハ40は戦前の1935(昭和10)年製の国電で,青梅線を含む各地で使用の後,国府津電車区の職員輸送用に使われていたもので2007年に青梅入りしたそうです。それまではこの場所(屋根付の1等地)には今,鉄道博物館にいるC51-5が展示されていたそうです。

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地方ローカル線で活躍したタンク機C11-1

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板谷峠,後には北陸本線の交直接続区間で活躍したE10-2

 クモハ40の裏に回ればタンク機が2両います。C11は381両も製作され,現在も各地に動態保存機のあるC11のトップナンバーです。E10は板谷峠に縁があるといえば僕的には興味はあるものの,たった5両しか製作されなかった稀少な機関車の1両です。少数機ゆえの使いづらさから第2の職場も追われ,たった14年で廃車になりましたが,たまたまその年にこの公園が開園したので命拾いしたようです。

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大正の名機8620。きざんだ番号ですがこれがトップナンバーのはず

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大正の名機9600。こちらは9600ではなく9608

 園の右手にはもう一かたまり蒸気機関車がいます。左側の2両に比べると古い機関車で,僕もよく分からないので古典機として括っています。ただ,8620と9600があったのは再発見です。これらは大正の名機といわれ,前者は旅客用,JR九州のあそぼーいなどの牽引機にもなっている8620のトップナンバーです。後者の9600は貨物用で,SLの本当の末期,北海道の追分機関区で最後まで運用されたのが大正生まれの9600だったと記憶します。

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その他の古典機たち。屋外ですが屋根付で保存環境としては悪くない

 古典機の一群の隣には電気機関車ED16があります。ED16は奥多摩から産出する石灰石輸送に活躍し,昭和の末期まで青梅線で活躍していました。元をたどれば,大正末期,電気機関車はたくさんの形式を少数ずつ輸入して技術導入が図られ,昭和初期には純国産で電気機関車を設計,製作できるようになりました。その嚆矢が1928(昭和3)年登場のEF52ですが,それに続いて1931(昭和6)年に製作された勾配線区用のD級機がこのED16です。そんな純国産の嚆矢という技術的価値から,重要文化財にも指定されています。

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ED16-1。国指定重要文化財/準鉄道記念物

 鉄道公園という場所柄,新幹線も必要と考えたのか,園の裏庭のような一段低くなったところには新幹線0系の先頭車が1両置かれています。僕にとってはあってもなくても変わらない存在ですが,やはり新幹線電車,今日来園の家族連れには人気のようです。

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新幹線0系22-75

 上の写真を撮りながら園内を一巡りして所要時間は20分強でした。ある程度分かっていたので駆け足で回りましたが,大正時代の古典機で収蔵品も思っていたより充実,そして何より各機関車の保存状態が良くなったことは喜ばしいです。滞在時間は短くても十分鉄道車両の展示施設としては堪能できました。入り口の係のかたにお礼を言って,鉄道公園を後にします。

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澤乃井園の近くでは多摩川の川縁まで下りられる

 元々の予定は3時ごろまで青梅でゆっくりでしたが,鉄道公園を速攻で片づけたので,もう1つアクティビティがこなせそうです。澤乃井は多摩地区では有名な日本酒のブランドですが醸造元の小澤酒造が沢井駅の近くでちょっとした観光施設をやっています。次はこの澤乃井園を覗いてみることにします。13:21の奥多摩ゆき列車に乗れば,13分で沢井に着きます。

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澤乃井園の園内。作りたての日本酒を試飲できる

 青梅線から見る多摩川は高い位置から見下ろすのが常ですが,ここ澤乃井園の近くは水面と地面が比較的近く,園の少し上流では川面まで下りることができます。多摩川の川面を眺めた後は澤乃井園に戻り,今日の土産に日本酒を買います。本当はできたての日本酒を一杯飲みたいところですが,帰りの行程が今日のミニトリップの主目的なので土産で我慢です。直売場に行けば純米酒,吟醸酒などなどおそろしく種類があって目移りしますが,値段とバランスのとれたあたりを見繕います。

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道路の反対側,澤乃井の醸造場

 道路の反対側には蔵元の工場があります。見学ツアーもあるようですが,今日は時間のかかるアクティビティはパスです。今度またじっくり見学したいと思います。駅に戻れば14:00過ぎ,まだ帰りの列車まで1時間くらいあります。

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御嶽駅前から見た多摩川

 14:04の列車に乗って,また更に1駅下り御嶽に行きます。ここは御嶽登山のケーブルカーへの接続駅です。駅前には多摩川に架かる橋があり,滔々と流れる多摩川を眺めることができます。上流側には雲取山などの奥秩父の山々が煙っています。以前から雲取山には登ってみたいと思っていますが,今年の夏シーズンはちょっと難しそうです。

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御嶽駅。左の社殿づくりの建物が駅舎

 タイトルには東京アドベンチャーラインと書きましたが,今日はアドベンチャーラインらしいことは何もしていません。今度は御嶽登山,多摩川べりでバーベキューなどやってみたいと思います。今日は朝から4つアクティビティをこなしているので,大満足で帰途に就きます。御嶽14:26の列車に乗れば14:43には青梅着,50分の東京ゆきがあるので予定より1本早いですがこの列車で拝島まで上ります。

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「ホリデー快速あきがわ2号」 @武蔵五日市

 拝島からは15:29の五日市線の列車で武蔵五日市を目指します。「ホリデー快速あきがわ号」は秋川地域のハイキングなどを対象にした臨時列車ですが,毎週末運転なので,ふつうに土休日ダイヤに組み入れられているようです。列車番号こそ8513Hとホリデー快速の送り込み列車ですが,拝島~武蔵五日市の様子はふつうの休日の行楽帰りの定期列車と変わりありません。

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再度,拝島での併合風景。線路の先には併合相手の「おくたま」号が見える

 武蔵五日市では8分の折返しで,この電車が「ホリデー快速あきがわ2号」になります。帰りはカブリツキの要があるので,場所確保のためにウロチョロせずにいます。4両編成の列車は新宿・東京直通の便利さもあり,10両編成の青梅線の列車より随分混んでいるようです。約20分で今日5回目の拝島に着きます。拝島では今日のミニトリップの目的の「あきがわ」号と「おくたま」号の併合の様子の写真を撮ります。朝と同様に5m位手前で停車,運転士さんが交代し,ガッシャン連結が済めば今日の目的は完了です。

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今日2度目の連結風景。手旗の誘導でしずしず進む

 拝島では前側の「おくたま号」に移り,座席を見つけます。立川からは南武線も横浜線もかったるいので,このまま新宿まで乗ってしまいます。新宿では3分の接続で湘南新宿ラインの列車,それも新宿~横浜間29分運転の最速の特別快速があり,これに乗れれば随分遠回りですが一番早く横浜に着くのです。

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桜木町駅新南口改札。IC専用改札なので,紙のきっぷの休日お出かけパスでは通れない

 幸い新宿から予定の特別快速に乗ることができ,17:30前には横浜に着きます。今日はもう一つ桜木町に寄って,今日オープンの新南口改札,駅ビル「CIAL桜木町ANNEX」にできた「旧横ギャラリー」を見ます。新南口改札ですが,IC専用改札口で,今日の紙のきっぷの休日お出かけパスでは出場できません。50円も余計に払って,不便を強いられるのは我慢ならないですが,JRとしてはそうまでしてでもIC化を推進したいのでしょう。

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新しい桜木町の駅ビル「CIAL桜木町ANNEX」

 従来の改札へ廻って,新しい駅ビルの1階のエントランスホールの「旧横ギャラリー」を覗きます。ここは鉄道発祥の地,初代横浜駅にちなんで整備され,鉄道記念物の110形蒸気機関車に牽かれた鉄道開業時のマッチ箱客車2両が展示されています。奇遇というか,この機関車は先ほど行った青梅鉄道公園に展示されていたものを整備して移設したものです。1872(明治5)年の鉄道開業に際し鉄道院は5形式10両の機関車を輸入しましたが,そのうちの1両,最も小柄な機関車だったそうです。なお,後ろに連結されている客車はこの度の展示に合わせてしつらえたレプリカです。

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「旧横ギャラリー」の110形+マッチ箱客車

 ギャラリーには車両のほか実物大の信号機,鉄道開業当時の駅のジオラマ,鉄道開業にかかわった人々の解説,ちょっとした用品や制服などの展示があります。博物館のような品揃えはありませんが,待ち合わせのついでなどにちょっと見る程度なら,誰でも楽しめる内容です。鉄道友の会の情報誌でも取り上げていましたが,専門の人が見ても評価が高いようです。

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CIAL桜木町ANNEX 1階の展示品など

 朝から夕方まで今日も一日楽しみました。途中にも書いたようにアドベンチャーラインらしいことはしていませんが,十分に楽しめた一日でした。この後は梅雨本番で外出しても面白くない気候,その後は感染症再拡大で外出もままならぬ毎日です。次はいつどこへ行けるのやら,感染症の終息と次の旅行の成果を祈りつつの6月27日の報告を終わります。(2020.8.16記)

相鉄・JR直通線開業の初乗りとその制度的楽しみ

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 2019年11月30日,相鉄・JR直通線が開業しました。国鉄・JR完乗タイトルを維持している僕としては,春のおおさか東線以来のJRの新線で,待ちに待った開業です。例によって初日に乗りに行ったので,今日はその報告と関連の話題です。

1.プロローグ
 今回開業の相鉄・JR直通線(以降,直通線と書きます)は,横浜から神奈川県の中央部,海老名と湘南台へ路線を延ばす相鉄にとっては念願の都心進出を果たす待望の路線です。自分の住む神奈川県内でもあるので,わが家のジュニアはそれをテーマに高校の卒業論文を書きました。ローカルな話題ではありますが,わが家としてはホットな話題でもありました。

 相鉄にとっては上にも書いたように待望の路線ではありますが,2022年度下期には新横浜,東急東横線・目黒線経由都心への直通計画もあります。JRと東急はどちらも直流1500Vの20m4扉車を運用しますが,車体の幅から信号保安方式,運転操作機器の設計などがまるで違います。決して大きくない私鉄の相鉄にとってそれら双方の基準に合わせた車両を準備するのは大変な負担だと思います。JRで行けば3年早く都心進出が図れる,その時間を買いたかったのかもしれません。

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相鉄・JR直通線、相鉄・東急直通線の概要 相鉄・JR直通線、相鉄・東急直通線サイトから

 一方,JRでは羽沢横浜国大となる横浜羽沢駅を含む羽沢貨物線は1980年から営業していました。貨物列車の他,最混雑時間帯の湘南ライナーなど僅かに旅客列車も走ります。今回の旅客営業開始で鶴見~西大井(厳密にはその先の蛇窪信号場)間の列車の本数が増え,とくに西大井から大崎に向かう列車は横須賀線の下り線を横切るので,輸送力の限界も近いと思われます。列車ダイヤをつくる担当者は相当苦労されたのではないでしょうか。

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蛇窪信号場。右に行く大崎方面の上り線が左の品川からくる下り線と交差する

 今回の新線開業は家から近いこともあり,妙に期待が膨らみます。10日前の会社帰りに相鉄の横浜駅を覗くと既に開業ダイヤの時刻表の配布が始まっていました。A5変形サイズ48ページ,もちろん全駅全列車掲載の立派なものです。冊子の時刻表を何年も作らない名鉄あたりには爪の垢の一つも煎じて飲んで欲しいところです。この時刻表は時刻の表示ポリシーが変わっていて,到着時刻の秒は切上げです(一般の時刻表は切捨て)。駅での無理な駆込み抑止には効果がありそうですが,実際は接続するのに,乗換えができないように表示されてしまうケースが稀にあります。右下の時刻表で,快速の2016レから特急の3134レは時刻表上接続しませんが,特急の到着が51分15秒,快速の発車が51分45秒(いずれも正しい時刻は分かりません)のようなタイミングで実際は接続をとるようです。2018年12月版の紙の時刻表,最新のWebで閲覧する時刻表には該当ページに注記が付いていますが,なぜか今回の紙の時刻表は注記を書いたペラ紙が挟んであるだけです。

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相鉄の無料時刻表。右は到着時刻が切上げゆえの矛盾の例

 もう一つの初乗りの事前の愉しみは用意するきっぷです。せっかくの直通運転の初日,相鉄~JRの連絡乗車券にしようと思いました。JRの駅の場合,昔はおなかに連絡社線の路線図に1.5cm大のボタンがたくさん配された券売機がありましたが,もう15年くらい見ていません。連絡定期券は発券できるので駅の有人窓口のマルス端末なら発券できそうと思いましたが,大都市近郊ではたくさんある連絡社線の条件を全てを設定するのが難しく,対応しない由でした。同様に,相鉄も旅客営業案内パンフレットに連絡乗車券は発売しないと明記しています。出鼻をくじかれてしまいましたが,ここは大人しくSuica乗車とふつうのきっぷを使うことにします。

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用意したきっぷ。当日朝,別のJR駅の指定券券売機で購入

2.開業初日の乗車記
 待ちに待った11月30日,土曜日なので朝一番の用事を済ませると,早々にわが家最寄りの磯子駅に赴きます。先ずは指定席券売機で羽沢横浜国大からのきっぷを買います。現地で買ってもよいのですが,自販機のペラ券でしょうから,大きくて記念になりそうな定期券サイズを用意します。乗った列車は7:39の大宮ゆき,横浜で相鉄に乗換えて直通線の起点の西谷には8:13に着きました。西谷からの直通線は8:18に武蔵浦和ゆきがありますが,事前の情報では,1日6本の新宿より北まで行く列車はJR持ちです。今日はせっかくなので相鉄車に乗ることにして,1本おとして8:38の新宿ゆきに期待します。

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西谷駅の様子 2019.11.30(以降,特記のあるもの以外同じ)

 西谷は横浜西郊の住宅街のふつうの駅で,特徴といえば新幹線が駅の真上を跨いでいることくらいです。この西谷がたまたまJRの横浜羽沢駅から近いので,無理やり線路をつなげることになりました。もともと対向ホーム2面2線だったと記憶しますが,用地を捻出するところから大変な事業だったろうと思います。駅の周りの雰囲気を見ようと東半分を巡りますが,狭い路地のふつうの住宅街です。路地の電柱には保土ヶ谷区役所があつらえた飾り(幟?ペナント?)がついていて,それが僅かばかりの開業祝いです。

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西谷駅の周囲の様子と開業祝いの電柱の飾り

 そうこうするうち時間になり,急いで駅に戻ると狭いホームは既にかなり混んでいます。ホームの先端は鉄ちゃんの少年,おじさん,相鉄社員に警備の巡査と,今から写真を撮りに行ける状況ではありません。仕方なく,隣のホームに入った電車の車内からで諦めです。幸い8:38の列車は相鉄車で12000系12004Fです。車内は開業初日なので珍しもの好きの老若男女が多いですが,混雑しているという程の乗りではありません。

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8:38の3128レは相鉄12000系 @西谷

 さて,ここからは初乗り区間,左右の車窓をじっくり見たいところです。列車は西谷のホームを出はずれると直ぐに下り勾配になり,西谷トンネルに入ります。西谷~羽沢横浜国大の営業キロは2.1kmですが,そのほとんどがトンネルで景色は見えません。

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西谷を出ると直ぐにトンネルになる(写真は下り列車)
 
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初乗り区間では停車駅案内など全てが楽しみ

 ものの2分くらいで羽沢横浜国大着。ここは西谷からのシールドトンネルの出口,ホームは地下,駅舎は地上という変わった位置にあります。せっかくの初乗りなのでここでも列車を捨て,しばらく時間を使います。

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羽沢横浜国大駅の西谷方。シールドトンネルの出口の雰囲気だ

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羽沢横浜国大駅の鶴見方。こちらは地上に向かって開いている

 新しい駅舎は落ち着いた色調ですが,採光もよく明るいコンコースです。今日は開業初日でたくさんの人がいますが,明日以降はどうなるのでしょうか。370万人都市横浜の市内で,国立大学のキャンパスも近いので今後は発展するのでしょうが,今朝はふつうのお客さんは少ないようです。精算機の横に行列ができているので何かと思えば,スタンプを押す人の列です。20人位並んでいましたが,私鉄であっても駅のスタンプは外せないので,10分位かかって一つ押します。

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羽沢横浜国大駅のスタンプ。開業の文字と日付入り

 改札を出るとコンコースは記念きっぷを買う人の列でごった返しています。列は記念入場券セット(相鉄全駅4,450円),硬券入場券(140円),出札補充券(180円)の3つがあり,駅舎の外まで続いています。硬券くらい買ってもよいと思いましたが,時間とお金の節約のため,全てパスです。ところで出札補充券とは出札窓口で常備券が用意できないときに売るきっぷと心得ていますが,どんなきっぷを売るのでしょうか,初めて聞きました。

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羽沢横浜国大駅の駅母屋の外観

 駅の入口では駅長と思しきかたが行列の整理,また別の駅員さんが3つの列の案内をしています。それをよそ眼に駅前の通りを渡って駅の写真を撮ります。返す刀で,陸橋の反対側の横浜羽沢(貨物)駅のほうも探検してみます。この駅ができたときにはまだ荷物列車が健在で,そのための上屋付の広いホームが残っているのが懐かしいです。荷物列車と言っても分かる人は少なくなってきたと思いますが,1986年までは国鉄ブランドで列車を使って宅配便のような事業を行っていたのでした(新聞輸送は今でも一部で残っている)。

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横浜羽沢駅では何やらセレモニーの準備中

 横浜羽沢駅を跨ぐ陸橋を歩いて行くと,ちょうどEF210が牽く貨物列車が入ってきます。これはラッキーとばかりカメラを構えますが,駅の入口のほうで止まってしまいます。着発線荷役で暫く止まって出てゆくのかと思うのですが,一向に動きません。そのうちに人の動きが慌ただしくなり,貨物の駅でも何やらセレモニーをやるようです。家に帰って調べると,横浜羽沢駅は直通線開業に合せてリニューアルし,今日から着発線荷役(E&S)を始めるとのことで,そのセレモニーの準備だったようです。

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横浜線から見た連絡線の線路。住宅地のため防音壁で覆われている 2019.12.14

 なんやかやで1時間以上を過ごし,9:48の新宿ゆき列車で羽沢横浜国大を後にします。この電車は埼京線のE233系7000番台です。雑誌(鉄道ジャーナル2019年12月号)の情報ではJRのE233系は直通線開業のために7本増備して38編成中6本使用,相鉄の12000系は6本を用意し4本使用だそうですが,見ているとE233系のほうが断然多いような感じがします。羽沢横浜国大駅は3年後開業の東横線への直通線が本命のようで,JRへの直通列車は分岐側の線路をしずしずと渡って,羽沢貨物線の本線に合流します。横浜羽沢駅を出るとほどなくトンネルに入り,またまた景色の見えない区間になります。車内では開業初日のため準備をしたのか,直通線や羽沢貨物線,新鶴見機関区などの沿線の案内が流暢に続いています。まさかこんな放送があるとは思わなかったので,録音しておけばよかったです。

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羽沢横浜国大からトンネルを抜けると鶴見は間近か

 大口あたりで横浜線と交差するはずですがコンクリートの防音壁で囲まれているため,景色はトンネル内と変わりません。横須賀線,京浜東北線,東海道線の下をくぐり,京急の生麦駅から花月園前駅のあたりで地上に出ます。

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鶴見駅の貨物線。ここを直通線から来た列車は通る 2019.5.24

 このあとは鶴見駅の東側をホームのない線路で通過し,東海道線,京浜東北線を大きな橋でオーバークロス,すぐまた横須賀線をアンダークロスと縦に複雑な線路を通って新鶴見信号場(元の新鶴見操車場)の西端の本線を進みます。

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新鶴見機関区。横須賀線とは反対の西側を通る

 その先はJR貨物の一大拠点の新鶴見機関区を右に見て走ります。区を抜けた後の留置線では交直流のEH500が休んでいるのが間近かに見えます。ここを過ぎると武蔵野貨物線のトンネルの入口を見て右にカーブし,新幹線と並行するようになります。この先で減速,ポイントを渡って横須賀線の本線と合流します。鶴見からここ(新鶴見信号場の武蔵小杉方出口)までは横須賀線が走る線路と今回新たに旅客定期列車が走るようになった線路の2つの複線があることになります。線路名称上は多分,どちらも東海道本線(品川~鶴見(品鶴線))なので,僕にとっては乗りつぶしの距離には影響しません。

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新鶴見信号場の出口を過ぎると武蔵小杉

 新鶴見信号場は広大で,本線に戻ると加速する間もなく武蔵小杉のホームが見えてきます。羽沢横浜国大から約16分,直通線初乗りの旅は完了です。武蔵小杉でも写真を撮るべく,ホームで暫く過ごします。ホームの出発案内を見ていたら,「横浜の真ん中と東京の真ん中を結ぶ...相鉄・JR直通線が今日からSTRAT!」のテロップが流れていました。横須賀線,湘南新宿ライン,直通線いずれも10~30分間隔で東京圏の鉄道としては頻度はそれほど高くないですが,3つ合わせると結構な頻度で,武蔵小杉のホームにいるとひっきりなしに列車が来る感じです。

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前面非貫通,クルマのラジエターグリルのようなお顔が異彩を放つ相鉄12000系 @武蔵小杉

 直通線の列車は全て10両編成ですが,ここを通る他の列車はラッシュ時は付属編成付の15両編成が多いです。月曜日にならないと分かりませんが,もれ聞くところでは武蔵小杉からの列車のラッシュはかなり激しいようなので,短い10両編成による混乱が心配されます。尤も,編成は短くても本数としては純増,グリーン車なしで10両まるまるが使えるので,輸送力は大きくなっているはずです。

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武蔵小杉の発車案内。くだんのテロップが流れているが,後半が上手く撮れなかった

 武蔵小杉からの帰りですが,最初は川越直通列車で川越,八高線経由,次は新宿まで行って八王子から大口で羽沢貨物線のトンネルの写真を撮って帰るなどを計画していました。今日はさんざん道草を食ってしまったので,蛇窪信号場の写真だけ撮って品川まわりで帰ることにします。品川~大崎間の復乗が認められるのは田町方面に行く場合に限られるので,大井町方面に下る場合は横須賀線を待たなくてはいけません。10:27の成田空港ゆきに乗れば10分ちょっとで品川着,京浜東北線に乗換え,鶴見を目指します。下の3.(2)のZ字ルートではなく右巻き「の」の字ルートですが,大都市近郊区間相互発着の大回り特例のおかげで,このルートでも羽沢横浜国大~鶴見の運賃は170円(この記事の運賃は全てきっぷ運賃)です。

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花月園踏切で

 鶴見到着後は,少し南の花月園踏切で何本か直通線の列車を鉄ちゃんして帰ります。開業初日の今日は近所の親子連れから大きなカメラの趣味者まで7~8人の先客がいます。少し割込ませていただいて,上の写真,とびらの写真,鶴見は間近かの写真などを撮ります。この場所は午後順光の場所で,あと2時間後くらいのほうが光線の加減はよさそうですが,午後は予定もあるので12時半過ぎ引上げます。

3.相鉄・JR直通線にかかわる制度の楽しみ
 以上が当日の乗車記ですが,制度研究好きの僕としては相鉄,JRにいろいろな特別な制度ができたのが興味深いです。
(1)相鉄の加算運賃
 瀬戸大橋線や京急の空港線など線路の建設費用の償却や施設のリース料に大きな費用のかかる路線にはその区間を通過する旅客に対し加算運賃が設定できることになっています。相鉄も加算運賃の老舗で,いずみ野線は1976年から設定しています。今回開業の西谷~羽沢横浜国大間も30円の加算運賃が設定されました。試みに海老名からの運賃を見ると,横浜までは24.6㎞320円ですが,西谷から羽沢横浜国大に抜けてしまうと19.8㎞で4.8㎞短くなり,通常なら290円です。ところが30円の加算により横浜までと同じ320円となり,西谷からJRに抜けられても減収にはならないよう上手く考えられています。

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西谷~羽沢横浜国大の乗車券。30円の加算運賃がのっている

(2)分岐駅の鶴見に止まらないことによる区間外乗車特例
 羽沢横浜国大から来た線路は鶴見で一旦,東海道本線と合流するので,運賃計算は鶴見から分岐することとして計算します。しかし,羽沢横浜国大から来た列車は武蔵小杉まで止まらないので,横浜方面に行く旅客は鶴見~武蔵小杉間を往復するしかありません。このためこの区間には特定の分岐区間の区間外乗車特例(詳しくはこちら)が設定されて,その分の運賃は不要です。

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羽沢横浜国大~鶴見の経路

 話を簡単にするために上では横浜方面と書きましたが,羽沢横浜国大から当の鶴見に行く場合はどうなるのでしょうか。武蔵小杉から乗った列車も鶴見には止まらず,次の停車駅は横浜です。この横須賀線の鶴見~横浜間にも区間外乗車特例が設定されているので,この区間の運賃も不要です。結局,羽沢横浜国大~鶴見間8.8kmの乗車券でZ字形に38.6㎞も乗ることになります。JR1お得というか,大変な無駄を強いられるというか,面白いきっぷです。尤も本当に用事のある人は,大人しく相鉄線で横浜を回るのでしょう。

(3)「の」の字乗車の不思議
 上の例で,武蔵小杉で降りた後,横須賀線で戻らずに南武線,川崎経由で鶴見に来たとしましょう。この場合は営業キロ27.6kmの片道乗車券の扱いになり,大都市近郊区間の選択乗車特例(140円旅行の根拠)でやはり羽沢横浜国大~鶴見間の170円の乗車券でよいことになります。ところが鶴見発で同じルートを逆向きに乗った場合は,相鉄線方面行きの列車で鶴見に戻ってきてしまうので,その時点で運賃の通算は終了,鶴見~川崎~武蔵小杉~鶴見ゆき18.8km310円ナリとなります。このほかに元々の鶴見~羽沢横浜国大の運賃170円が必要なので,計480円です。キツネにつままれたような話ですが,同じ区間でも向きによって運賃が異なるのは,「の」の字乗車の常です。

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鶴見駅に横須賀線ホームはない 2017.1.28

(4)羽沢横浜国大~東戸塚の扱い
 鶴見~横浜羽沢~東戸塚の羽沢貨物線のうち東側半分の羽沢横浜国大までは旅客線になりました。横浜羽沢と羽沢横浜国大は同一駅の扱いですが,後者の線路は相鉄線方面に抜けているので,東戸塚方へは抜けていません。このときの横浜羽沢~東戸塚の扱いですが,答えからいえば今までと変わりありません。時刻表の表示上は縦線2本の他線区経由ですが,運賃計算上は普通に横浜経由と同じ扱いだそうです。鶴見~東戸塚間には厳密に言えば東海道本線と横須賀線の通る線路が別々にありますが,ちょっと離れていますがそれと同様にもう1本の線路があると考えるようです。

 実際のJRの線路が延びた区間は横浜羽沢駅から羽沢横浜国大駅への渡り線だけでしたが,自分の住む横浜市内だったこと,運転形態から規則(旅客営業取扱基準規程)に新しいルールができたことでこの度の開業はとても楽しみでした。お天気にも恵まれ,初乗りも鉄ちゃんも気持ちよく楽しむことができました。JRの路線ではありませんが,3年後の東横線との直通を期して,今日の稿を終わります。(2019.12.1記,2019.12.14写真追加)

2019年夏の東北旅行/3連休パスで4時間半鈍行3連発・その3・秋田延長の「きらきらうえつ」

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その2から)
 7月13日(土)~15日(月)の3連休に行った東北旅行,今日は最終日の15日,青荷温泉から「きらきらうえつ(以降,「きらきら」と略すことあり)」に乗って,帰宅までをお届けします。「きらきら」は前にも書いたとおり,この秋に置換えが決まっており,最後の夏です。ちょうどこの日は秋田への延長運転で,距離で273.0km,時間で4時間24分は定期列車なら堂々たる長距離鈍行列車です。今では485系の残党も少なくなりいろいろな意味で貴重な列車で,以前にも家族で乗ったことがありますが,ジュニアが是非乗りに行こうと言ったのでした。

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大館からは普通列車で奥羽本線を上る。1650M @大館 2019.7.15(以降,同じ)

 青荷温泉から秋田へのルートですが,「きらきら」の秋田発は14:07なのでいろいろなチョイスができそうです。鈍行趣味としては,青森発10:40の652Mが魅力的ですが,秋田着が13:53です。今のJRなら14分あればほぼ問題はないのですが,今日の「きらきら」は絶対外せません。弘前に8:48に出れば「リゾートしらかみ」もあるのですが,弘前に出てガソリンを入れてレンタカーを返してとなると,そこそこの早起きが必要です。この2日早起きが続いているので,今日はゆっくり車で大館に出て,男鹿線のACCUMにちょっと乗って秋田へ向かう行程にしました。

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鷹ノ巣ではEF510の貨物列車と交換

 (2019年)7月15日(月),今日はゆっくり温泉で朝湯に浸かり,9:00前に旅館を出発します。温泉からの道路はダートからかなり傷んだ舗装道,国道102号線と段々によくなって,黒石からは東北縦貫道です。東北縦貫道の碇ヶ関から鹿角までのルートは,大館を通らず,小坂を通る直通ルートです。今回通って初めて知りましたが,ルートから外れた大館も,今は秋田道という道路ができて市内中心部まで高速で入れます。10:20過ぎには大館駅前に着きます。駅前の秋田犬の里も興味を引きますが,ジュニアは興味を示しません。後で調べると2019年5月に開館したばかりだったので,話のタネにちょっとでも覗いておけばよかったです。

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白神山地方面を望む

 大館駅でパスを見せて入場すれば秋田ゆきの1650Mは既に入っています。約束どおり足回りの見える位置から写真を撮ったり,花輪線ホームを検分したりでゆっくりします。10:41,時間になれば休日の昼前でガランとした列車は秋田に向けて走りだします。奥羽本線は,この後乗る羽越本線と共に交流電化,単線と複線が混在する幹線です。駅間でのトップスピードは結構速いし,対向列車,駅での待合せも多く,僕の感覚では最も乗って面白い種類の線区だと思います。

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北金岡では「リゾートしらかみ」と交換

 16分走った鷹ノ巣ではさっそく貨物列車と交換です。もと北斗星用のEF510-500牽引のコンテナ列車ですが,なかなかきれいに撮れました。列車は米代川が開いた米どころを進みます。右手には白神山地が見えていますが,この山地はこれという特徴的な主峰がなく,僕にはただの山並みです。4分停車の東能代に続き,北金岡ではハイブリッドディーゼルカーの「リゾートしらかみ」と交換です。

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干拓地の向こうに男鹿の山々,風車が見えると追分

 東能代で90度左に曲がり,進行方向が南を向くようになると,右手は八郎潟の干拓地になります。もともとの陸地と干拓地の区別がつかない広々とした田んぼの中を列車は進みます。男鹿の山々,風力発電の風車が見えてくると,男鹿の入口,追分に着きます。

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男鹿線,往きはDENCHA改めACCUMの1131M。反対エンドは青色の電車 @追分(赤)/上二田(青)

 奥羽本線1650Mの旅は快適でこのまま続けたいところですが,秋田に着くのが早いので,男鹿線でACCUM試乗の道草です。ACCUMは電化区間を走っている間に蓄電池に充電し(駅構内に短い架線を設置し,停車中に充電することもできる),電化区間から分かれた非電化区間もバッテリーの電力で走る新しいシステムの電車です。JR東日本の烏山線が最初ですが,JR九州でも交流版のDENCHAを開発し,男鹿線のEV E801系はDENCHAのアーキテクチャで製作されています。

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EV E801系の車端部の見付

 僕は以前,烏山線のACCUMは乗ったことがありますが,基本的には新しもの好きなので,男鹿のACCUMも体験乗車です。部活や補講の高校生で賑わう追分駅からACCUMに乗ります。ACCUMはJR東日本の蓄電池電車の愛称ですが,基本設計がJR九州なので上の写真の車端部など車内の造作にはJR九州のテイストが漂います。2017年製の電車はまだピカピカで快適ですが,あちこち検分する間もなく約10分で上二田に着きます。

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上二田駅

 上二田は畑の中に設けられた棒駅の停留所です。ホーム下の小屋には簡易自動券売機があるので,ある程度の乗降はあるのでしょう。全ての設備が新しいので新設駅かと思いましたが,開業は1956(昭和31)年だそうです。まだ7月15日ですが,夏空の陽射しの下は暑いくらいです。ほどなく帰りの1132Dはやってきて,今度は古色蒼然のキハ40で秋田に向かいます。海の日・昼前の男鹿線はお客さんも多く,僕は相席のボックスに割込みますが,ジュニアは立ち席です。

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帰りの男鹿線はキハ40 @上二田

 13:14,秋田着。今回の旅行の目的2の「きらきら」は14:07の発車なので小1時間あります。昨晩の食事は川魚に山菜と食べ盛りの高校生向きではなかったので,お昼はジュニアの選択で比内地鶏の親子丼にします。中はがらがらなのにウェイティングリストに書かせ,繁盛店に見せかける手法に騙されましたが,今日は後がつかえているので食事の所要時間が短いのは助かります。

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お昼は比内地鶏の親子丼(と蕎麦のセット)

 30分もかからず食事を済ませてホームに行くと,ちょうど下りの「きらきら」が到着するところです。隣のホームから写真を撮りますが,跨線橋が影になり上手い具合に撮れません。

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「きらきらうえつ」秋田入線

 「きらきら」の秋田での折返し時間は20分で,写真を撮って,飲み物などを仕入れて,指定の席に落ち着くにはちょうどの時間です。朝4時半起きしてとった席は4号車10番BC席で,先頭の展望フリースペースの入口です。列車は14:07,時刻表どおり,成田エクスプレスなどと同じミュージックホーンを鳴らして発車です。3駅走り,桂根あたりから右手に日本海が広がります。何度も通ったことのある区間ですが,振返ると上りの普通列車でここに来るのは久しぶりです。こんな秋田の近くで海が見えたかなと思いつつ,海の景色を楽しみます。

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羽後本荘で。ホームの上屋の影が少々邪魔ですが秋田よりだいぶ良い

 新屋での運転停車のほかは39分間無停車で快適に走り,14:46羽後本荘に着きます。ここでは4分止まりますが,秋田駅での列車の撮影条件が良くなかったのは皆さん同じと見えて,多くの人が電車を降りて写真を撮っています。席の前の展望フリースペースは明るく広く,運転士さんの所作もよく見え,かぶりつきも楽しめます。この電車は485系の改造車なので,6連のメーターの並ぶ運転台は国鉄電車そのものです。ところで,交直流特急型は対応する電源周波数が異なるだけで付随車の形式はどれも481で,制御車はクハ481を名乗っていましたが,この電車はクハ485です。一般のクハ481とこの電車ではメカ的にどんな違いがあるのか興味が湧きます。

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展望スペースでかぶりつけば,運転士さんの所作もよく見える

 金浦(このうら)ではまた5分止まり,下りの「いなほ5号」と交換です。多くのお客さんが「いなほ」の写真を撮りにホームに降りていますが,僕は駅舎へ走り,スタンプ蒐集に精を出します。南極探検の白瀬中尉は知っていますが,この地の出身とは知りませんでした。白瀬中尉のふるさとを謳うスタンプは新しく好もしいデザインです。また,今日のとびらの「きらきら」の写真も金浦で撮ったものです。

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金浦駅のスタンプ。駅のスタンプ蒐集も旅行の楽しみの一つ

 金浦を出ると次は奥の細道にも詠われた象潟です。歌に詠まれた象潟や九十九島は実は線路より山側にあり,なにやら碑が建っているのが見えます。山側の車窓は本来なら鳥海山が優美な姿を見せてくれるのですが,今日は未だ梅雨空でたっぷり雲をいただいています。上空は青空ですが,山の天気は厳しいようです。

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鳥海山は雲のなか @金浦~象潟

 この辺りで海側に目をやると平べったい島,飛島が見えます。ここは酒田市に属し,市営の定期船が1時間15分で結んでいます。

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日本海にうかぶ飛島 @上浜~小砂川

 象潟の次は17分で吹浦です。吹浦には昔,ユースホステルがあり,ここに泊まった後,青森まで日がな8時間も鈍行に乗ったことがありました。山側の車窓には変わらず鳥海山の山裾が見えていますが,上の方は相変わらず雲の中,今日は山全体は見られなさそうです。

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「きらきらうえつ」の旅も半分消化 @酒田

 秋田からほぼ2時間,16:03,酒田に着きます。ここでは運転士,車掌が交代,これより南はほぼ毎週末運転の準定期列車になります。また,ラウンジカーの店員も乗車し,乗って楽しい「きらきら」らしくなります。7分止まって,16:10,「きらきら」の旅の後半戦スタートです。ホームでは先ほど交代した運転士さん,車掌さんが列車のお見送りをしてくれます。ちょっとした事ですが,わざわざ7分待っての心遣いが嬉しい一コマです。

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西鶴岡あたりから見た鳥海山。少し雲が高くなり,それらしい山容が見える

 酒田を出ると陸羽西線を分ける余目,鶴岡とそこそこ大きな駅が続きます。この辺りは最上川河口の低地部を嫌ったのか,羽越本線は幾分内陸寄りを走り,小波渡あたりから再び日本海に沿うようになります。途中,西鶴岡あたりでは海側の車窓の正面に鳥海山が見え,なにか不思議な景色です。ここから村上にかけて日本海に寄り添う風景は「きらきら」の車窓の白眉です。今日は夏でまだ陽が高いですが,ここから夕焼けに染まる日本海に落ちる夕日を見たら,絶景車窓でしょう。

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羽越本線,笹川流れの車窓 @越後寒川~今川

 あつみ温泉,鼠ヶ関と止まり,鼠ヶ関を過ぎれば新潟県です。このあたりもずっと日本海を望む車窓ですが,越後寒川~桑川あたりは笹川流れと呼ばれる景勝地です。桑川駅は道の駅併設で夕日会館と名付けられています。日本海の車窓を随分撮りましたが,夕方5時を過ぎ,どれもパッとしません。「きらきら」に乗って笹川流れなしでは寂しいので,1枚だけを載せておきます。

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粟島の向こうに陽は傾いて @桑川~越後早川

 日本海上には粟島が現れ,車内の照明が消えて交直セクションを通過,村上には17:40の到着です。村上から線路は内陸に入り,越後平野の米どころの田んぼの中を走ります。左の山側には朝日連峰などが見えるはずですが,あいにく雲の中です。行程の9割かたを消化し少し飽きてきたので,車内を見分して回ります。2号車にはスタンプがあり,秋田延長記念バージョンもあります。これらを押して席に戻れば,列車は最終行程です。

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「きらきらうえつ」のスタンプ各種

 18:06着の新発田から列車は白新線に入りますが,運転系統上はこちらの方が特急も走る本線です。東京への配給回送待ちのE235系や準備中の「いなほ」が見える元・上沼垂の新潟車両センターが見えると,新潟まではあと僅かです。

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高架に上がれば,高架化工事の続く終点新潟駅

 高架に上がると列車はスピードを落とし,一番左の5番線に到着します。ちょうど「いなほ」の隙間時間帯にあたるため,上越新幹線直結のホームに到着です。ピカピカのホームでは,列車に乗ってきた人も,通りがかりの人も,たくさんの人が電車の写真を撮っています。秋田から4時間24分,飽きることのない「きらきらうえつ」の旅でした。今年の夏休みは三陸鉄道が目標で,この「きらきら」はジュニアのアイディアを受け入れたものだったので,提案に始まり,きっぷの手配までジュニアには大感謝です。

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新潟駅ではたくさんの人が「きらきら」に集まる

 明日は会社なので当初は直ぐに新幹線で帰る計画でしたが,ジュニアの行程に付合ってもう一仕事です。昨年5月にも新潟には来ているので,勝手知ったるのつもりで駅そばスタンドを探します。今は駅舎建替え中のためこうした設備も日々変わり,改札口の駅員さんに教わって,改札外のエキナカそば屋にたどり着きます。やなぎ庵と号する駅そば屋さんは,値付けは新幹線駅相当ですが,味は上々です。駅そばだけでは夕食に足りないので,駅前のコンビニに走り,おにぎり,ビールに肴を仕入れます。

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夜のひと仕事,先ずは越後線166Mで吉田へ @新潟

 新潟19:00の越後線166Mは新鋭E129系の2+4の6両編成です。平日ならば帰宅ラッシュ時ですが,3連休最後の祝日とあって,車内は余裕があります。この電車はクロスシートとロングシートが混在した造りで,乗客の好みに応じて使い分けもできるアコモデーションです。内野あたりからはボックス占拠状態になったので,持参の肴とビールでゆっくりします。

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弥彦線は115系。それも1001番 @東三条

 吉田に着けば,弥彦線の東三条ゆきに2分の乗継ぎです。この249Mですが,115系の3両編成,それもMc+M'+Tcともに1001番の編成です。どこで調べたかジュニアの情報で,115系ということは知っていましたが,1001番はびっくりです。115系1000番台車は1977年からの6年間に200ユニット以上が製作されましたが,その大半が廃車されるなかトップナンバーが生き残っているのは驚きです。よほどデキが良いか,トップナンバーゆえ関係者に大事にされているか,どちらでしょう。この列車は燕三条で降りて新幹線を待つ予定でしたが,115系が名残惜しくなり,東三条まで往復します。21分到着が遅くなり,乗換えが少々慌ただしいですが,結局乗る新幹線は同じ「Maxとき348号」です。

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帰りは燕三条から新幹線,「Maxとき348号」 @燕三条

 東三条から戻って燕三条に着けば,7分の乗換えで帰りの新幹線です。ここで家への土産に笹団子を買おうとしますが,ジュニア曰く既に1つ買ってある,ならばとビールと肴だけを買って新幹線に乗込みます。地方の20:30は完全に夜で静まり返っていますが,さすがに三連休最終日の上り新幹線,「Maxとき348号」の自由席は105%位の乗りです。とりあえずは3人掛けのB席に分かれて座りますが,長岡までの利用も結構あり,長岡からは並んで座ることができました。この列車は高崎から回送も兼ねた「たにがわ」を増結しますが,既に落ち着いてしまったので,空いた車両への移動はやめにします。

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以降の列車3本まとめて。上野東京ライン1951E,京急2274H,同2202レ

 わが家のお約束どおり,今夜も上野乗換え,上野東京ラインで横浜を目指します。列車が多少遅れていて,乗った列車は予定より1本前の1951Eです。横浜に着けば23:00過ぎ,明日の仕事もあるので早く帰りたくなり,京急利用です。23:25,自宅最寄りの屏風浦駅に到着,ちょっと早いですが夏休み三連休パスでの東北旅行も完了です。

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3日分のGPSログ。ざっと東北1周,鈍行列車の旅です

 この旅行はたまたま「きらきらうえつ」に乗りたいジュニアと,三陸鉄道の全通鈍行に乗りたい僕の利害が一致し,楽しい親子二人旅になりました。「SL銀河」,三陸鉄道の全通鈍行,「きらきらうえつ」と毎日,長距離・長時間鈍行に乗り,大満足です。お仕事の忙しい奥は留守番でジュニアと二人でしたが,いつまでこんな家族旅行は楽しめるのでしょうか。いつとも知れぬ次回を期して,3連載の筆をおきます。(2019.8.18記)

2019年夏の東北旅行/3連休パスで4時間半鈍行3連発・その2・三陸鉄道全通鈍行

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その1から)
 7月13日(土)~15日(月)の3連休に行った東北旅行,今日は真ん中の14日,気仙沼から黒石・青荷温泉までをお届けします。この日に乗った三陸鉄道の盛~久慈間列車がこの旅行の目的の第1でもあります。三陸鉄道は元々の南リアス線(盛~釜石),北リアス線(宮古~久慈)とこの3月にJR東日本から移管を受けた旧・山田線の釜石~宮古間から成りますが,3月からは全部通してリアス線に改めました。この163.0kmは第3セクター鉄道としては最長で,全区間を直通する列車も下り2本,上り3本が設定されました。これらの列車は最速4時間21分ですが,遅い列車は4時間38分を要します。4時間30分という閾値に何か意味がある訳ではなく,その位の量が1表にまとめるのに程々だったのですが,僕にとってはその時間が大事なのでした。複数設定された列車のうち,1本でも基準をクリアすればOKなので,三陸鉄道の全通列車は晴れて僕の「長距離・長時間鈍行列車リスト」に載ることになりました。そうなると今度は実際の列車に乗ってみたくなり,今回の旅行になりました。

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今日も大船渡線BRTで気仙沼~盛を移動 @盛 2019.7.14(以降,特記あるもの以外同じ)

 (2019年)7月14日(日),今日は朝早く,6:30のBRTで出発です。僕は盛~久慈間を全通する列車にこだわりますが,ジュニアは長時間鈍行にはこだわりがなく,八戸線を1本後の「リゾートうみねこ」に乗りたいと言います。その行程も魅力を感じますが,僕は初志貫徹,長時間鈍行のほうを採ります。ホテルを6:00過ぎに出発し,6:30気仙沼発のBRTに乗れば,1時間ちょっとで盛に着きます。この間の景色等は前回報告済なので,今日は省略です。

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岩手開発鉄道の貨車群 @盛

 BRTの盛着は7:39で,三陸鉄道の久慈ゆきの発車までしばらく時間があります。盛にはJR,三陸鉄道のほか岩手開発鉄道も乗入れていて,構内にはたくさんのホッパ車が並んでいます。岩手開発鉄道は以前は旅客輸送もしていましたが,貨物輸送で支えている会社のため何十円という安い運賃が憶えにあります。暫くすると,久慈ゆきの5205Dになる編成がホームに据付けられます。

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三陸鉄道5205D。36-713+716の2両編成 @盛

 今日の気動車は36-713+716の2両編成で,昨日も乗った716は今年の新製車,713も去年製と真新しい車両です。災害からの復旧,路線延長と開業時の車両の更新時期が重なり,三陸鉄道は新車の導入が続いているようです。発車時刻を過ぎてから改札口に来るお客さんがいて,若干遅れて出発です。盛を出た新しい気動車は鉄道建設公団製の立派な線路を快調に走ります。長大なトンネルも多く,単線非電化ながら新幹線のような趣です。車内は概ね3割程度の乗りで,僕はロングシート部分の席ですが,乗客は皆なゆったりと座っています。

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家にあった盛線三陸駅の綾里~吉浜間開業記念のスタンプ 1981.3.23

 盛から吉浜まではもともと国鉄盛線として開業した区間で,綾里までが1970年3月,吉浜までが1973年7月の開業です。「たられば」は禁物ですがこの区間が独立した赤字ローカル線の盛線でなく,大船渡線の延伸として運営されていたら,今頃どうなっていたでしょうか。三陸海岸は海岸線が入組んだリアス式海岸の典型ですが,リアス線は海岸線が出っ張ったところは岬鼻の付け根をトンネルで貫き,海岸線の引っ込んだところはやや高い位置から入江に臨む線形です。海の景色を期待したら大間違いで,実際はトンネルだらけのモグラ列車です。

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三陸鉄道はリアス式海岸を縫って走る @吉浜付近(7.13撮影)

 三陸鉄道の開業と同時に開通した吉浜~釜石間はとくに長大トンネルが多くなります。震災前からある大きな観音像が見えて,大きな街に出ると釜石です。釜石は昔から製鉄の街ですが,製鉄会社に敬意を表してか,市内の橋は2本とも鋼鉄をふんだんに使った立派な鉄橋です。

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列車は鉄橋を渡ると釜石に着く

 盛での遅れは概ね挽回し,8:57釜石着,ここで5分止まります。列車番号は5009Dに変わり,運転士さんも交代しますが,列車は直通します。ここからは旧・JR山田線の移管を受けて,この3月23日に復旧開業した区間です。釜石を出るといきなり山深い景色に変わり,両石への途中の水海川を渡る橋では川縁りに鹿がいました。昨日の「SL銀河」でもそうでしたが,この辺では意外と里まで鹿が進出しているようです。車内は釜石から「三陸鉄道の新規開業区間に乗る」という団体旅行ご一行様が乗車し,ほぼ座席定員の乗りになりました。今度も阪急交通社ですが,この会社は飯田線,只見線とどこでもぶつかり,商品企画担当によほどの乗り鉄がいるのでしょうか。

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鵜住居~大槌で

 両石,鵜住居と1駅ごとに峠を越えて,入江に出たところに駅があります。旧山田線の宮古~釜石間は1935年~1939年に宮古方から徐々に開業された区間で,釜石までの区間とは土木の技術が全く異なります。リアス式海岸の岬鼻の部分でもトンネルを避け,峠を上り下りし,海にも近いところを通ります。入江に沿う区間では列車の走る位置よりも高い防潮堤が築造され,海を見ることもできません。やや平地が開けると大槌です。この辺りは津波の被害が大きかった地域で,路盤から駅まで全てが新しくなっています。リアス線も復旧開業し,沿線も区画整理が済んで商業施設が建ったり,これから本格的な復興を進めるところです。

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大槌駅は全てが新しくなったようだ

 ところで僕は駅のスタンプも蒐集しますが,大槌駅のスタンプは最も秀逸なものとして大事にとっています。1979年3月に押した何代か前のスタンプですが,全体が槌をかたどり,特産品や名所旧跡がちりばめられた図柄です。時間のかかることでしょうが,スタンプに描かれたような風光明媚な大槌への復興を祈念します。

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大槌駅のスタンプ 1979.3

 車窓は小さな峠越えと入江を繰返す景色が続きます。大槌の次は井上ひさしの小説で一躍有名になった吉里吉里,砂浜のきれいな浪板海岸と,1980年代開業の新幹線のような区間とは違う,趣のある沿線風景です。山越え区間に入るとそこには開けていれば狭い場所でも田畑が広がり,日本の里山風景です。

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峠越えの区間はふつうの里山風景 @陸中山田~豊間根

 少し大きめの峠を越えると津軽石着,ここで上り列車と交換です。やってきたのはレトロ車両の36-R3が先頭の2両編成です。この36-R3は2014年3月にクウェートからの支援を受けて製作された車両で,乗務員室窓の下には「クウェート国からのご支援に感謝します。」と書かれています。

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津軽石では上り列車と交換

 津軽石から14分で10:28宮古着,三陸鉄道全通鈍行の旅は半分強消化です。列車はここで16分停車し,列車番号も5111Dに変わります。列車の編成も後寄りの36-716を解放,前寄りに36-704を連結とちょっとした入替りがありました。

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宮古駅。駅は海抜9mにあるが震災のときも月内に復旧した

 時間もあるので駅の内外を見て歩きます。宮古は三陸鉄道の基地もあり,開業時からの古参の36-200形も含め多数の気動車が休んでいます。

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三陸鉄道開業時からの古参,36-202 @宮古

 宮古からは旧北リアス線,その前は国鉄~JR宮古線として開業した区間に入ります。ここも1972年2月末の開業,鉄道建設公団製の線路で釜石以南と似たような高規格の線路です。北リアス線沿線は北山崎をはじめとする断崖の海岸も多く,線路は比較的内陸寄りに敷かれています。トンネルばかりの景色が続き,20分ちょっとで田老に着きます。田老は1960年のチリ地震津波で大きな被害のあった所で,以前訪れたときには町の真ん中に防潮堤があるのが印象的でした。田老の駅は南寄りの町はずれにありますが,現在,やや北寄りの町の中心部の近くに新田老駅を作っているようです。

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長大トンネルのなかはスラブ軌道

 旧北リアス線の沿線は北山崎や黒崎など岬の観光資源もある景色のよいところですが,三陸鉄道は長大トンネルで貫いて走るので海の車窓はほとんど楽しめません。長大トンネルのなかは気温も安定していて真夏でも涼しかった憶えがありますが,今どきは3セクの鈍行でもエアコン完備なのでそんな経験はできません。退屈なので前面かぶりつきで見ているとトンネルの中はスラブ軌道であること,湿度の高い区間では靄が漂っていることなどが分かりました。

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大沢橋梁(白井海岸~堀内)で。三陸鉄道で一番高い橋梁の由

 ところで今日の天気ですが北東北では基本的に晴れですが,梅雨前線の影響で湿度が高く,海岸は天気は曇り,海霧が発生しています。三陸鉄道の旅も普代を経て旧久慈線の区間に入ると,山の険しさも和らぎ,トンネルも短く,入江を望む区間も出てきます。本来は夏の陽射しを浴びて緑濃い山と紺碧の海がきれいな区間のはずですが,今日はあいにくの車窓です。

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堀内では海の景色を見るための観光停車

 この列車は上の大沢橋梁では車窓観光のため徐行運転があり,堀内(ほりない)では5~6分の観光停車があります。堀内は棒駅で行違い列車もないのに妙に長い停車です。この先の野田玉川で上り列車と交換ですが,森の中で待つよりは堀内のほうが景色も良いし...というダイヤ設定のようです。眼下の漁港はNHKの連続テレビ小説「あまちゃん」のロケにも使われたそうで,北限の海女のベースです。

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堀内駅から海岸を望む。海霧の景色が残念

 堀内を出ると海霧はいよいよ濃くなってきます。運転士さんは駅に着くと連絡用の電話に走ります。霧の状況について指令に連絡しているのでしょうか。僕は時間に余裕がありますが,ジュニアは1本後の列車で行程に余裕がないので,霧が濃くなって,減速による遅れとか不通にならないか少々心配です。

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安家川橋梁(堀内~野田玉川)で。対岸が見えないほど霧が濃くなってきた

 4時間半の長時間鈍行も最終行程です。野田玉川では臨時列車と,陸中野田では定期の上り列車と交換です。

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霧をついて上り列車がやってきた @陸中野田

 景色が開けてきて,多少雲も高くなると終点,久慈に着きます。心配された霧もこの列車には影響なく,12:35,時間どおりの到着です。盛から4時間半,三陸鉄道全通鈍行の旅ですが,曇りと霧のお天気が残念でしたが,とても楽しく満足でした。震災後の街々もインフラがようやく整い,これから急ピッチで復興が進むことでしょう。幾年か後にはより賑やかになった三陸海岸の街を訪ねる日を祈念します。

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久慈駅前風景

 久慈に着きましたが,ちょうどご飯時です。三陸鉄道の久慈駅構内の駅そば屋さんを覗くと,売切れですとそっけない返事です。駅裏を見ると大きなスーパーマーケットがあるので,少々慌ただしいですが,サラダとお寿司を仕入れます。

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八戸線の気動車は最近更新され,2018年製のキハ130-500代 @陸中八木

 久慈からは引続き三陸海岸に沿って八戸線で北上します。12:57久慈発の442Dは新鋭のキハ130-500代の2両編成です。所属銘板,製造所銘板,検査標記などが妻面ではなくスカートに書かれた車両は初めて見ました。

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東北エモーションが着くと442Dは発車 @久慈

 レストラン列車の東北エモーションと入替わりに442Dは八戸へ向けて発車です。新しい気動車は車内も明るく清潔で,2時間弱ゆっくりできそうです。陸中夏井から陸中中野は山のなかなので,早々に食事を済ませ,陸中中野からは右手の車窓に広がる太平洋を楽しみます。単に太平洋の海の景色を楽しむなら,在来線?の八戸線のほうがゆっくりきれいな海を楽しめそうです。

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陸中八木では「リゾートうみねこ」と交換。右下には海岸線と砂浜があるのだが

 30分ほど走ると陸中八木に着き,ここで「リゾートうみねこ」と交換です。ジュニアは気仙沼を1時間遅れ,三陸鉄道は1本後の列車で,久慈からはこの「リゾートうみねこ」の折返しの予定です。キハ48改造ではありますがアコモデーションは随分良いので,それも楽しそうです。八戸線は三陸鉄道沿線とは違った穏やかな海岸に沿って走ります。いくつか写真も撮りましたが,熱線吸収ガラスで色の出が悪く,ここにアップするようなものはありません。

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蕪島が見えると鮫,八戸だ

 角の浜までが岩手県で,小さな橋を渡った階上からが青森県です。うみねこの集う蕪島が見えると八戸市の中心部にかかってきます。本八戸の前後では線路は高架になり大都市の様相です。車内も種差海岸あたりから行楽帰りの人が増えてきて,立っているお客さんも出始め,列車は僅かですが遅れます。本八戸を出て,内陸に入った八戸駅が近づくと付近は急に晴れ間が広がります。

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八戸~青森間の581Mは青い森702-11 @青森(エンドチェンジ後の撮影)

 八戸には3分位遅れて14:46頃の到着,14:48の発の581M青森ゆきに慌ただしく乗換えます。3連休なか日の午後のローカル列車はガラガラで,1ボックスに1組のお客さんです。この列車はワンマン扱いですが,アテンダントが乗っているので,車内券を所望します。いつもは小児で売ってもらっていますが,ここでは大人での発券がmust,記念目的でまとめ買いする迷惑なマニアがいて本当に必要なお客さんへの発券に支障するの防ぐ由です。後から券面を見て思いましたが,10人分なら人数欄に10と書けばよいだけで,1人複数枚の発券は断れば済むことです。

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青い森鉄道の車内券

 青森からは車の運転が待っているのでこの区間では昼寝するつもりでしたが,東北本線の各駅の景色の懐かしさも手伝ってほとんど寝ずに青森に着いてしまいました。

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上り列車も下り列車も通る不思議な鉄橋。遠くの山は八甲田連峰

 本線筋の快適な鈍行列車で約1時間半,上り列車も下り列車も通る不思議な鉄橋を渡ると広い構内の青森駅に到着です。「十和田」などの長距離列車でたくさんのポイントをしずしずと渡りながら進入する青森駅風景が好きでしたが,雰囲気は健在です。たった2両の軽快な電車はコトコトとポイントを渡り,いちばん手短かな1番線に着きます。

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見慣れた青森駅前風景。この駅舎も還暦(築後60年)ですが建替え工事であと僅からしい

 青森からは新青森まで1駅の移動ですが,接続が悪く16:45の671Mまで23分列車がありません。青森駅は何度来ても味のある駅で,構内のここそこを眺めて歩きます。階段や跨線橋には昔からの写真が掲出され,これを見ていても飽きません。40年前に中学校の修学旅行の自由時間に寝台特急の写真を撮りに来て以来,何度も訪れていますが,いつも同じ佇まいで迎えてくれる感じがします。現在,駅舎の建替え工事が進行中で,還暦のお祝いもそこそこに取り壊されてしまうのでしょう。そうすると駅の雰囲気が一変しそうです。

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青森~新青森間のチョン行乗車の671M @青森

 青森16:45の671Mに乗れば5分の乗車で新青森に着きます。ここは1直線に北海道を目指す新幹線が在来線と交差するのでとりあえず駅を造ったという雰囲気の駅です。新幹線効果は恐ろしいもので,開業直後は何もない所の印象が強かったですが,開業後8年を経ていろいろな商業施設なども整ってきた感じです。ここから今日の宿の青荷温泉まではレンタカーですが,新幹線で追いかけてくるジュニアを待ちながら,借出しの手続きなどを済ませます。

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今日の宿は青荷温泉

 レンタカーは「大人の休日倶楽部」割引きもあるので駅レンタカーです。駅レンの事務所の場所が分かりづらく,手近にあったトヨタレンタカーの営業所に行けば,ご親切にも駅レンの事務所までエスコートして案内してくれました。次回はトヨタにしようかな...と思わせる応対に感謝です。17:40過ぎジュニアを拾い,市内のショッピングモールで買い物を済ませ,夕暮れの岩木山を見ながら高速で黒石を目指します。途中で寄り道をしたので19:00ちょうど頃,青荷温泉着です。

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青荷温泉夜景。右上は部屋のランプ

 青荷温泉は昔からランプの宿として有名な温泉で,一度泊まりたいと思っていました。昔は本当に電気が来ていなくてランプの宿だったのでしょうが,主(あるじ)も代替わりし,今では自家発電装置もあってウォシュレットも完備の近代的宿泊施設です。一方,客室の灯りは今でもランプで,スマホを充電するコンセントもありません。もちろん携帯の電波は圏外で,公衆電話などは衛星通信(マイクロ波かも)です。一種,文明から隔絶された世界を楽しむのが,この旅館のウリのようです。先ずはランプの明かりの食堂で同宿の皆さんと揃って夕食を食べます。20:00前にはごちそうさまで,その後は温泉に浸かるしかすることがありません。温泉は無色透明の炭酸泉で,45~60度で湧出し,4つあるお風呂はどれもかけ流しで,文句なしに良い温泉です。

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星の写真を撮ったら人工衛星が写っていました

 今日は昼間の天気はいまいちでしたが,夜になって晴れてきたようです。星座は得意ではないのですが,北斗七星から天の川まで星が降るようです。僕のカメラはバルブの機能はないので本格的な星の写真は撮れませんが,適当に上を向けてシャッターを切ったら,人工衛星が写っていました。楽しい夏休みの旅行も2/3消化です。今日も1日に満足して明日の最終日に備えます。

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この日のGPS log
海岸線と航跡の関係に注目。また,切れている所はトンネルでGPS信号が拾えなかった区間
(2019.8.10記)

その3に続く)

2019年夏の東北旅行/3連休パスで4時間半鈍行3連発・その1・SL銀河と大船渡線BRT

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 今年3月のJR全国ダイヤ改正では三陸鉄道にも動きがあり,JRから移管された旧・山田線区間も含め盛~久慈間を4時間半かけて走る長距離鈍行が設定されました。3月号の時刻表を見たときからこの列車に乗りたくて,大人の休日倶楽部パスを使っての旅行を計画していました。一方,羽越本線を走る「きらきらうえつ」は秋に後継の「海里」に交代の情報で,ジュニアはこれに乗りたいと言います。仕事のある奥はお留守番で,三連休パスで東北旅行が今年のわが家の夏休みの旅行になりました。

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指定券予約票。この日のNGはこの1件だけ

 三連休パス利用となるとその時点で日程は7月13日(土)~15日(月)の3連休に確定です。その日はちょうど「きらきらうえつ(以降,「きらきら」と略すことがあります)」は秋田までの延長運転です。485系4両編成なら300席位はあるだろうから慌てることもないと思っていましたが,これは大間違いでした。慎重派のジュニアは1か月前の6月13日に早起きして指定券事前予約を受付ける通学途中の大駅で7月13日の下り列車を申込みました。6時過ぎの提出で受付番号5番でしたが,見事に満席NGでした。自分も「えきねっと」の予約を流しましたが,当然これもダメで「きらきら」の人気にびっくりです。こうなると意地でもとりたくなるのは遺伝で,2日後の6月15日土曜日は5時半前に提出し1番でした。さすがに10:00打ちの1番でNGはなく,通路側のBC席でしたが,上り列車の最前列のおまけつきでした。なお,「きらきら」の席数ですが,あちこちに定員外スペースがあるので意外と少なく,たった116席です。また,この駅の当日朝の受付サービスは10月で止めるとアナウンスされており,わが家としては貴重な指定席券の入手ルートなので,これからはどうしようか困っています。

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出発は根岸線736B @磯子 2019.7.13(以下,特記あるまで同じ)

 7月13日の下りの「きらきら」の指定席がとれず,「きらきら」が7月15日の上りになったので,行程は当初の計画と逆の左回りになりました。毎度書きますが,旅程の計画の段階から旅行は始まっており,三陸鉄道の全通鈍行と「きらきら」のほか,どんなアクティビティを組込むか楽しいプランニングのひとときです。ジュニアは常磐線の代行バスに乗りたいと言いますが,自分は去年の3月に乗車済なのでパスです。また,1泊は一軒宿の温泉に泊まりたいという希望を容れてもらい,ランプの宿で有名な青荷温泉を組込んだ旅程になりました。

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横浜からは上野東京ラインで宇都宮まで1直線。3622E @横浜

 さて,以降は旅程にしたがい報告します。出発は(2019年)7月13日土曜日です。今年は梅雨明けが遅く,今日も,また,行った先でも雨が心配されます。実際のところは乗り鉄の旅は車内や駅構内にいることも多く,図々しくも傘を持たずに出かけます(実は自称,晴れ男です)。宇都宮までは在来線利用で,出発は自宅最寄りの磯子駅を7:05の上り列車です。横浜駅で東海道線の3622Eに乗換えれば,東北本線内快速「ラビット」での運転で,普通列車よりちょっとだけ速くて得した気分になります。

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宇都宮からは新幹線利用。「やまびこ43号」 @宇都宮

 宇都宮からは東北新幹線に乗換え,一気に新花巻を目指します。宇都宮からだと特急料金が400㎞までに収まり,530円の節約です。また,夏の土曜日の朝,行楽の足での混雑が予想されますが,「やまびこ」なら宇都宮・日光へのお出掛けも多そうで,席は自由席にします。最近はデータ分析による需要予測の精度が上がり,臨時列車が適切に運転されるようになりました。宇都宮から乗った「やまびこ43号」はE6系+E5系17両編成の輸送力列車でしたが,自由席で120%位の乗りで,残念ながら郡山まで立ち席です。いつもの2号車狙いだったのですが,前側の自由席のほうが空いていたかもしれません(この記事を書いて知りましたが,この列車は14~17号車の4両も前側に自由席車があり,12,13号車も日によっては自由席でした)。

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北に向かうにつれ,天気はよくなる @郡山~福島

 郡山からは席に着き,ゆっくりします。3列の海側の窓から外を眺めれば,夏らしい高い雲と梅雨空の低い雲が層をなしていて,不思議な雲の眺めです。仙台以北各駅停車の「やまびこ」は駅ごとに空いてゆき,一ノ関を出ればかなり余裕のある状態になります。

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福島では「はやぶさ・こまち」に道を譲る

 僕は昔から新幹線が嫌いで,あまり写真を撮ったりはしません。理由は簡単で,特急料金が高くて高校大学時代の貧乏旅行では乗れなかった,窓を開けて外の空気を吸ったり,ホームの立売りの弁当屋さんから駅弁を買ったりできない,列車による移動自体を楽しみたいのに直ぐに目的地に着いてしまうなどなどです。ところが最近このブログの制度研究ページで新幹線の写真が必要になり,今日は新幹線の写真撮りに精を出します。

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夏空の下,新幹線総合車両センターを望む

 雲の量は多いですが,雲は高いし,晴れ間ものぞきます。仙台を過ぎれば,東北はまだ梅雨にもなっていないような天気になってきました。

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こちらは山側,栗駒山のほうを望む

 一ノ関ではこの列車2回目の「はやぶさ」退避です。普段なら目もくれないシーンですが今日は新幹線の写真が欲しいので,通過する「はやぶさ」の写真を撮ります。分岐器直線側の速度制限がいくつか知りませんが,基本的には320㎞/h運転の列車なので強烈に速く,僕の腕とカメラではこんな程度の写真しか撮れません。

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「はやぶさ11号」 @一ノ関

 北上川を長い距離をかけて斜めに渡ると北上着,北上を出れば10分もかからず新花巻に着きます。新花巻についても釜石線の列車までの間,新幹線ホームに残り,しつこく駅撮り鉄ちゃんを続けます。

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「はやぶさ69号」 @新花巻

 新花巻は新幹線開業の3年後にできた後発の駅で,退避線のない簡易なつくりの駅です。また,釜石線と直交する位置に作られてはいますが,一旦駅前広場に出てから道路を渡って釜石線のホームにたどり着きます。この道路を渡るのは横断歩道で十分と思いますが,以前に交通事故があったのでしょうか,地下道が整備され,厳重なガードレールで地平での横断を阻止する作りです。

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新花巻の駅前広場。写真で奥の東京がたの道路の先に釜石線のホームがある

 釜石線のホームに行くと,新幹線駅を出るのが遅かったこともあり,多くのお客さんで溢れかえっています。これは失敗したと思いつつ快速「はまゆり3号」に乗れば,急行仕様のキハ111は収容力があり,自由席車も90%位の乗りでなんとか席に着くことができます。キハ111はJR東日本の非電化勾配線区各地で見ることができますが,今日の車両はトップナンバーのキハ111-1です。

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3連休で盛況の釜石線の快速「はまゆり3号」 @新花巻

 ところで今日の行程ですが,ジュニアは常磐線の代行バスに乗って,仙台からは海岸線をなぞって気仙沼入りします。僕は夜までに気仙沼に着けばよいので,何か面白い列車をと探したら,釜石線の「SL銀河」が目に止まりました。この列車は花巻~釜石間90.2㎞を4時間31分かけて走ります。僕のライフワークの長時間鈍行列車ランキング(※)の基準は4時間30分以上なので,これをもクリアするのですが,うち1時間18分は遠野での長時間停車です。

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遠野で「はまゆり3号」は「SL銀河」に追いつく

 遠野は民俗学の泰斗,柳田国男の遠野物語で有名な街ですが,35年前に35度位ある夏の日に1度街歩きをしています。今日はSL列車は半欠けでも,ゆっくりのスタートを選択しました。そもそも「SL銀河」も盛況で新花巻からの指定席がとれませんでした。

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遠野の駅前風景。ホテル・フォルクローロ遠野の開業あわせ整備されたよう

 「SL銀河」は3番線に停車し快速に道を譲りますが,駅構内やホームが狭いため,人の整理に気を遣っているようです。せっかくの長時間停車でも思うように写真は撮れません。下の1枚は跨線橋の窓から撮ったものです。

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「SL銀河」 @遠野

 遠野で半分以上のお客さんが降りてしまったと見え,車内はガラガラ,僕もボックス占拠でゆっくりします。「SL銀河」の客車はJR北海道から買ったオハ51系客車改造の気動車ですが,幸い乗った車両はキサハで乗り心地も上々です。この車両はインテリアも銀河鉄道のイメージに改装されていますが,シンプルで実用本位なのを好む僕の好みには合いません。

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「SL銀河」の車内。釜石到着後に撮影

 途中,足ヶ瀬での運転停車をはさみ約1時間で陸中大橋に着きます。ここは釜石線の白眉である仙人峠のオメガループの出口にあり,鉱石積出しのホッパーの遺構なども残っています。列車は上りの快速と交換のため8分止まります。夏空の下,たくさんのお客さんが外に出てゆっくりしています。

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陸中大橋ではたくさんのお客さんが車外でゆっくりする

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蒸気機関車はメカの塊。発電機,コンプレッサ,安全弁に気笛に機能美を感じる

 陸中大橋を出ると先ほど下ってきたオメガループの線路が右上に見え,今日は先ほど交換した快速列車とちょうど並走になります。

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鬼が沢鉄橋を行く快速「はまゆり6号」。蛍光灯の映込みがなければ...

 陸中大橋から釜石は28分で,線路も概ね下り勾配,カタンコトンと気持ちよく走ります。途中,線路脇に鹿がいるため徐行し,少々遅れての釜石到着です。ホームでは民俗芸能の獅子舞が披露され,列車を迎えてくれます。釜石駅の改札を出ると駅そばスタンドがあり,おいしそうに湯気を上げています。先ほど遠野からの車中でパンを食べたばかりですが,雰囲気に誘われかけそばを1杯いただきます。インドからの旅行者風のお嬢さんがいて,駅そば屋の常連がいろいろ世話を焼くのが面白く,おそばの良いおかずになりました。

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釜石に着く三陸鉄道の気動車

 今日の行程は気仙沼泊まりのため,これから三陸鉄道で盛へ,更に大船渡線のBRTで気仙沼に出ます。明日は盛~久慈間を全通する列車に乗りたいので,盛まで戻っておくのは結構なのですが,それより南は余計で,ジュニアの行程にあわせたため厄介なことです。

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たまたま来たのは36-716,今年の新製車

 三陸鉄道釜石から盛は明日分で詳述するとして,記事は盛に飛びます。盛に来るのは多分20年ぶり以上で,震災後はもちろん初めてです。盛駅は大船渡線BRTと三陸鉄道の結節点としてきれいに整備され,駅前広場も広々しています。この駅舎は旧駅舎を模したつくりだそうで,まさに復興を感じます。三陸鉄道の駅舎はJRに比べるとこぢんまりとした作りで,少々かわいそうな感じです。第3セクターの駅舎は大抵がそうですが,改築したついでに共用のきれいな駅舎にできなかったのかと思います。企業の体力差による償却や家賃の負担からむやみに大きな投資はできないのでしょうが,利用者の利便から見ても共用駅舎はもっと増えてよさそうです。

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大船渡線BRT。先ずは陸前矢作ゆきの鈍行便に乗る

 大船渡線のBRTは6月1日にダイヤ改正があったようで,予定していた時間より10分遅く,16:55の陸前矢作ゆきに乗ります。BRTは津波被害が甚大だった地域を淡々と走ります。大船渡は水産業の街で,漁港や魚市場なども整備されています。下船渡から碁石海岸口あたりで防波堤のない海岸を少しだけ走りますが,全体からみるとこのような海岸線は僅かです。

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下船渡付近で(7.14撮影)

 被災から8年を経ましたが,防波堤の築造や区画整理が続いており,まだまだ復興の途上です。この陸前矢作ゆきは盛から2系統あるBRTのうちの鈍行便扱いで,山側の竹駒を経由します。山の手の方では津波の難を逃れた地域もありますが,経済圏としてのダメージも大きく暮らすには不便そうです。

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陸前高田駅。BRTの駅で列車はこないが,ここも旧駅舎の面影を残す
(古い駅前の写真は1984年7月の撮影で,世田米を通って上有住,遠野への国鉄バスの路線もあった)

 45分の乗車で陸前高田着。ここは海岸というような位置ではありませんが,津波被害のあった場所です。BRTの待合所として使われている駅舎は昨秋に改築されたようですが,ここも旧駅舎の面影を残す意匠になっています。

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陸前高田の駅前広場から海岸を望む。完成まであと僅かのスーパー防波堤が連なる

 再整備された陸前高田駅で暫く過ごし,17分後の気仙沼ゆきに乗ります。このバスはキャラクターのラッピングも賑やかな日野のハイブリッドバスです。

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大船渡線BRT。次は気仙沼ゆき直行便に乗る

 暫く行くと「奇跡の一本松」のバス停があり,一本松のモニュメントも見ることができます。もともとは7万本の松原だったそうで,1本だけ残った姿は見る者に力を与えます。その近くには気仙川の河口があり,川を通じて海の水が逆流するのを防ぐための河口堰も築造されています。

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奇跡の一本松のモニュメントと気仙川の河口堰(7.14撮影)

 唐桑大沢を出るとBRTは一旦,三陸自動車道に入り,高速バスのような快適な道になります。それも束の間,気仙沼の市内に入ると一般道路の混雑を避けるためか,BRTは線路敷を利用した専用道を走ります。もともと非電化単線なのでトンネルは小さく,バス1台がやっと通れるような道です。

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気仙沼市内に入るとBRTはトンネルの続く専用道を走る(7.14撮影)

 18:30過ぎ,BRTは気仙沼に到着します。ジュニアの到着は1時間後,食事もまだなので,ホテルには入らず駅前でゆっくりします。今日の夕食は南気仙沼のマグロ料理店と言うので,今度は18:45の気仙沼線BRTに乗り,南気仙沼を目指します。

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気仙沼線BRTは少数派のいすゞキュービック。鉄道の路盤を改装した専用道は広くない

 LINEで連絡を取り合い,南気仙沼のBRT停留所でジュニアと合流します。統計にもよりますが,気仙沼は日本一の遠洋マグロの基地だそうで,マグロ好きのジュニアの期待は高まります。商店と住宅の入り混じる所にあるお店は満席の盛況でしたが,先客に詰めてもらって何とかもぐり込むことができました。小1時間で丼(どんぶり)をかき込み,20:17のBRTで気仙沼に戻ります。

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気仙沼ではマグロ専門店で腹づつみ

 今日は大船渡線盛から気仙沼線南気仙沼までをBRTで移動しました。以前。仙石東北ライン開通のときに柳津~志津川間を乗っているので,まだ志津川~南気仙沼間34.6kmが未乗で,いつかまた乗りたいと思います。BRTですが建前上はJR東日本直営で,車両はバスを使っていますが,運賃制度上はJR東日本の鉄道線と同じです。公共輸送機関の復旧を急ぐという視点ではBRTは成果がありそうですが,一旦BRT化した線路敷はどうやって元の線路に戻すのでしょうか。このままBRTでの営業を永続するのも一つの選択です。朝夕のラッシュ時を見た訳ではありませんが,この程度の輸送量ならBRTでも運べない量ではないようです。三連休パスが使えるのもBRTゆえのメリットですが,1日乗っただけの門外漢ゆえ,これ以上の論評は控えます。

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今回の旅行の行程表

 半欠けでしたが「SL銀河」も楽しめたし,全線は乗れませんでしたが大船渡線/気仙沼線のBRTもほどほどに楽しめました。三連休パスの東北旅行,第1日目は満足して,明日の三陸鉄道に備えます。(2019.8.4記)

※ 興味があればこちらもどうぞ「長距離・長時間列車リスト(2019.3.16ダイヤ)」

その2に続く)

旅行日和の5月なかばに東武のSL列車「大樹」を訪ねる

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 昨年に続き5月19日(日)~20日(月)は高校時代の鉄道研究会の先輩がたと共に東武鉄道のSL列車,「大樹(たいじゅ)」を訪ねる合宿に行ってきました。いささか古新聞ですが,そのときの様子をご報告します。

 去年も同じ5月の連休後の週末でしたが,大井川鐡道で同じタイトルで合宿をしました(そのときの記事はこちら)。これに味をしめ,今年もやっぱりSLの走る所となり,遠征先は東武になったのでした。5月のこの時期は,気候も安定して暑くもなく,皆な5月の連休でお金を使ったので行楽地も比較的すいていて,旅行日和と思っています。今回も日帰り1名を含む6名で,こじんまりとしたグループ旅行です。

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出発は根岸線764A @磯子 2019.5.19(以下特記あるまで同じ)

 (2019年)5月19日(日)出発は自宅最寄りの磯子駅を7:32の根岸線列車です。集合は下今市発12:50の「大樹3号」なので,早い感じはしますが,いろいろ考えるとこの時間になりました。横浜からは7:53発,上野東京ラインの1540Eに乗れば,栗橋まで乗換えなしです。

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上野東京ライン1540E @横浜

 尾久あたりでふと車窓を見ると,線路端はたくさんの鉄道マニアのカメラの放列です。何か珍しい臨時列車が走るのでしょうか,こちらも興味をそそられます。一体何が来るのかと見ていましたが,大宮で答えが分かりました。EF81+カシオペアのE26系です。

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沿線にはたくさんのマニアが @蕨,皆さんの目当てはカシオペア @大宮

 同行の皆さんは下今市までは大抵,浅草もしくは北千住からリバティで来るようです。僕はリバティは去年の7月に乗ったし,浅草や北千住に出るのも面倒です。特急料金の節約も兼ね,栗橋から鈍行で下ることにします。昔は東武日光線はロマンスカーの系統のほか料金不要の快速列車が浅草から出ていたと記憶しますが,今は南栗橋で運転系統が分断されたようです。南栗橋以北の優等列車は「急行」という種別で,南栗橋発7:02,8:00,9:27,10:47のたった4本になってしまいました。JR経由で新宿乗入れも用意したことだし,経営的には料金収入のある特急へ誘導したいのも分かります。

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東武日光線の急行列車 @新栃木

 東北本線の普通列車は9:26時刻表どおり栗橋着。短めですが4分の接続で,東武日光線の急行に乗換えです。少々遅れてやってきた列車は6050系の4両編成です。6050系は元をただせば1964年から製作されたベージュと小豆色のツートンの2つ扉の快速用6000系です。1985年から車体を載せ替えたものの,足回りは製作から半世紀以上が経っています。載せ替えられた車体も年代は感じますが,きれいに使われていて好印象です。そもそも私鉄で2つ扉,ボックスシートが並ぶ車内,トイレ付きの車両は多くなく,それだけで旅心をそそります。

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昔懐かしい乗務員室背面の見たて @クハ6251

 一歩車内に足を踏み入れれば,そこは昭和の時代の東武の電車です。僕は高校時代は東武東上線で通い,下校時は頻繁に前面かぶりつきをしていました。「乗務員室立入り禁止」の掲示,アルナ工機/昭和60年の銘板など当時と全く変わりありません。車室側に目を移せば扉間に7つ並ぶボックスシートは窓側にもモケット張りのひじ掛けがつき,テーブルは超特大サイズと,国鉄165系をはるかに凌ぐアコモデーションです。

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6050系の車内,ボックスシートの見たて

 栗橋を出ると線路はほぼ直角にカーブを切り,利根川の本流を渡ります。ここの築堤上を走る列車の写真を撮ったら絵になりそうです。この辺りまで来ると東武とはいっても車窓はローカル然としてきて,田んぼが広がります。

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お天気は今一つの車窓に田んぼが広がる @静和あたり

 新栃木を出ると新鹿沼,下今市の順の停車でやや駅間が開き,車掌さんが案内かたがた車室内に出ています,この辺では東武でも無人駅があり,無札のお客さんにきっぷを売っています。記念に1枚所望すると快諾,栃木~新栃木の小児で80円です。ここの車内券は昔懐かしいパンチ式ですが,パンチは使わずにボールペンで該当箇所に○印を書いて売っています。今どきはパンチが入手できないのか尋ねたら,パンチカスが車内に散らかるのを防ぐためだそうです。また,発行箇所を見ると下今市機関区乗務員とあり,今どき珍しい現業職場名で,SL運転に合わせて改称したのでしょうか。

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昔懐かしい東武の車内券 

 日光が近づくと車窓は杉並木が続くようになります。栃木でまとまった降りがあり,車内も空いてのんびりとした日曜の朝の雰囲気です。こちらは,明日の午後は時間があるので鉄ちゃんできる所はないか探しながら,かぶりついたり,車窓を見たりと忙しいです。

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日光杉並木のなかを抜けて走る @明神あたり

 10:35,時刻表どおり下今市着。「大樹2号」の走りの写真を撮ろうと早めに着きましたが,11:21の下今市到着までまだ時間があります。6050系の急行がとても気分良いので降りるのが惜しくなり,終点の東武日光まで行くことにします。と言っても乗車時間は7分,杉並木の最後と日光の市街地のどうということはない車窓です。10:44,東武日光着。4分後の10:48に上り下今市ゆきのチョン行があるので,スタンプだけ押してすぐに折返しです。

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東武日光に並ぶ6050系。左の201は1本しかない会津鉄道の所有車

 東武日光から引返しての下今市着は10:57です。「大樹」の上りを撮ろうと駅の周辺で絵になりそうなポイントを探します。地図を見ると駅を出てすぐの所に大谷川を渡る鉄橋があるので,その近辺で見繕うことにします。ところが,この鉄橋は下路式のプレートガーダーで足回りが全然見えません。こんなことなら鉄橋の取付け部の築堤の方がよさそうですが,列車の時間も迫っており,あとの祭りです。

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SL「大樹」の写真には違いないけど @大谷向~下今市

 下今市は二宮尊徳公の出身地だそうで,報徳二宮神社が駅の近くにあります。1枚写真を撮った帰りはちょっと遠回りをしてこの神社をお詣りします。僕は二宮尊徳という世代ではありませんが,親の小学生時代は校庭の片隅に二宮尊徳の銅像が建っていたと聞かされました。戦前の勤勉の象徴のような話ですが,仕事にブログ書きに精進しなければと頭を下げてきます。

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報徳二宮神社。幟が裏側ですみません...

 今市は日光街道の宿場町で,平成の大合併で日光市に編入されましたが,以前は独立した市でした。報徳二宮神社から駅への道々は昔からの商店街の趣です。今市宿は日光街道だけでなく,日光例幣使街道,日光北街道,会津西街道,壬生通りの宿駅だったそうで交通の要衝でした。その名残か小倉町の交差点は3つの国道が集まる複雑な形です。おまけに信号の現示がただの青と左,まっすぐ,右の矢印が同時に点灯する現示がある変わった交差点です。後ほど弁当やお酒を仕入れに来るので,街の様子をサーベイしながら駅へ急ぎます。

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小倉町の交差点。左,まっすぐ,右の矢印が同時に点灯。この他にただの青もある

 駅に戻ると次はSLの見学です。下今市駅構内はSL展示館,転車台広場などが整備されていますが,旅客が見学するにはきっぷが必要です。入場券を買おうと窓口を覗くと「日光・鬼怒川エリア鉄道乗り放題きっぷ」,500円という商品があるので,これを買います。先ほどの東武日光~下今市間の運賃195円はまるまる損をしてしまいました。

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下今市の駅前風景。「大樹」の運転に合わせて昭和レトロな雰囲気に整備された

 乗り放題きっぷを見せて入場し,跨線橋を渡って駅裏に出ると,そこには「大樹」の運転に合わせて整備されたSL関連の施設があります。跨線橋直結の資料展示施設のSL展示館,転車台,SL格納庫とそれらを結んで広がる見学ゾーンです。神社に寄ったりしたので,機関車は転向作業を既に終え,庫内で休んでいます。僕が着いた時は,補機のDE10が引上げてきて列車の後ろ側に回送するところでした。

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補機のDE10。この機関車もとてもきれいに整備されている

 SL格納庫は,転車台に隣接し扇形をしていますが,現時点でSLとDL各1両しか配置がないので小ぢんまりとしたものです。この建物も昔風の赤レンガ作りですが,脇には排煙設備なども設けられ,環境対策が図られているようです。

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扇形庫とはちょっと言いづらい2線用のSL格納庫

 「大樹3号」の発車の30分前,12:20になると機関車も出てきて発車の準備が始まります。機関車はタンク機C11ですが,車掌車のヨ8709を従えています。C11の狭いキャブ内に大型の機器類を設置することができず一部の信号・保安装置を搭載しているそうです。写真を撮るとき少々邪魔な感じもしますが,機関車の一部と考えることにします。

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転車台で。C11本体と控え車のヨ

 構内の側線でSL C11+14系客車3両+補機のDE10の編成を組み,一旦,新鹿沼方に引上げ,しずしずと4番線ホームに据え付けられます。

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「大樹3号」入線

 列車に乗れば,去年も一緒に旅行に行った高校時代の先輩方と落合い,しばし談笑します。下今市から鬼怒川公園の車窓は鬼怒川の川沿いの景色で大したことはありません。景色を楽しむというよりは,沿線の撮影地を探す感じで眺めます。鬼怒川公園までは36分の乗車ですが,食事に景色に談笑していればあっという間です。

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「大樹3号」乗車記念カードと「日光・鬼怒川エリア鉄道乗り放題きっぷ」
 
 車内では乗車記念カードが配られますが,1号~6号まで異なる図柄で,6種集めると特製のコインがもらえるそうです。36分で指定席券750円でも高いと思っているのに,6枚集めるのは容易ではありません。聞くと,集める人は1日に3往復して6枚集めるそうです。確かに現地に赴くのが大変なので,それが効率的ではあります。

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鬼怒川公園に着きキャブの機関士さんも一息

 鬼怒川公園に着いた後は,ホテルに入るには早いので,下今市に戻るSL列車の写真を撮ったりして過ごします。ここのSL復活運転では鬼怒川公園にも転車台が設けられ,両方向とも前向きで走れるようになっています。また,SLの転向がアトラクションになっていて,駅前広場のすぐ横で転向の作業が行われます。

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鬼怒川公園駅での転向作業。ここは入場券不要

 「大樹」の撮影地を調べると,鬼怒川公園駅を出てすぐの所が小広くなっていて,上り列車に好適とあります。遠くに行く時間もないのと,同行者は朝から乗込んで既に1本撮影済ということで手近な場所で済ませます。撮影場所に着くと,確かに遮るものなく列車が見渡せます。発車の時間になると,すかしっ屁のような汽笛を吹いて列車がやってきます。駅での起動直後の割に煙が少なく,DLに押してもらっているようです。昔,現役のSLを追いかけていた先輩によれば,ロッドは下あるのが良いそうで,下の写真は合格です。

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鬼怒川公園駅を出る「大樹4号」

 ここで「大樹」についてまとめると,車内券で見た「下今市機関区」に始まり,下今市駅の整備,下今市,鬼怒川公園両駅の転車台設備...と東武のSL復活運転にかける意気込みが伝わってきました。単にSL列車を走らせるだけでなく,鉄道システム全体として昭和レトロを楽しめるようにしているようです。残念なのは走行区間と景色なので,年に数回でもよいので下今市以南の景色のよい区間で走ることができるとよいと思います(杉並木を走るので沿線火災の心配がある...?)。

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新緑の湖上を行く野岩線列車 @湯西川温泉

 今夜の宿は野岩線を少し下った湯西川温泉です。今回は車で参着のかたもおり,乗れば40分程度の道のりです。湯西川温泉駅は道の駅併設で,五十里湖を見ながらゆっくりできるのでここで休憩です。時刻表を見るとちょうど上下各1本の列車があるので,ここで写真を撮ります。新緑がきれいですが鉄橋がうるさくてなかなかよい構図になりません。鉄橋の上に回り込むと,お顔だけが見える場所があるので,リバティはここで撮ってみます。

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新緑の湖上を行く「リバティ会津140号」 @湯西川温泉

 温泉に着けば,「大樹」の反省会,最近の鉄道談議,高校時代の昔話に花を咲かせます。今年は車参加の人もいて荷物の制約がなかったこともあり,Nゲージ車両を持ち込み簡易運転会です。TOMIXの組レール1箱ちょっとの小判型エンドレスですが,場の雰囲気で大盛上がりです。写真がないのが残念ですが,キューロク+セム車の行列,C62+10系の寝台列車,EF57+20系の寝台列車と昭和50年代の列車で小1時間楽しみます。

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湯西川に沿って並ぶ古い民家。さすがに茅葺の家はもうない 2019.5.20(以下同じ)

 ここ湯西川は平家の落人伝説の地で,ホテルの周りはちょっとした観光地になっています。翌5月20日(月)は早起きをして朝食前のタウンウォーキングを楽しみます。今朝は天気もよく上野・会津の国境の山々の新緑がきれいです。ところでここ湯西川温泉は元は塩谷郡栗山村でしたが2006年からは日光市の一部です。昨日通った今市,わたらせ渓谷鉄道の上流の足尾など,ほぼ四角い栃木県の北西の角約4分の1は全て日光市で,ちょっと驚きです。

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日光金谷ホテル前を行く東武の路線バス

 ほどほどの時間にホテルをチェックアウト,今日の月曜日は会社はお休みなのでゆっくり帰途に就きます。同行の皆さんと日光まで上り,東照宮を参拝,観光し,昼食後,東照宮の駐車場で散会になります。帰る道々ですが,昨日は新古河~栗橋間の利根川を渡る鉄橋の築堤で写真を撮るつもりでしたが,雲が多くなってきました。一方,日光市内では日光軌道の電車をイメージしたバスが走っていて,これの写真を撮りたくなりました。

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神橋の傍らを行く世界遺産めぐりバス

 調べると,このバスは休日は鬼怒川温泉駅と日光の世界遺産地区を結ぶ路線に入るようですが,平日の今日はどこを走っているのか分かりません。金谷ホテル,神橋の近くで1時間近く粘りましたが,お目当てのバスはやってきません。そうこうするうち雨も降ってきたので,諦めて駅に向かって歩き始めます。鉢石町のバス停あたりまで歩いたところでちょうど日光軌道タイプバスがやってきました。

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東武バス日光,日光軌道タイプバス。右は後ろ側

 このバスですが,ふつうのラッピングバスよりだいぶ手が込んでいて,方向幕は幕の仕様,後ろ側も2位?の運転台のような見付になっています。とりあえず満足して東武日光駅に到着,結局,東照宮から駅まで歩いてしまいました。JRの日光駅は貴賓室などの見どころもあるので両方の駅を見るつもりですが,予定をたてるために,帰りの列車を検索します。ちょうど8分後の14:29に東武の上り列車があり,その後は15:34の区間急行まで1時間以上列車がありません。JR駅はパスすることにして,家への土産とビールを買って,慌てて電車に駆け込みます。

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東武日光駅はスイスのシャレーを大きくしたような三角屋根

 せめて写真だけでも撮ろうとJRの日光駅を見ていると,ホームには四季島が来ていました。後で携帯を見ると,同行者の間でも日光駅に四季島が来ているの情報が飛んでいたようです。

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JRの日光駅。ホームには四季島が見える

 東武の普通列車は新栃木ゆきで,これも6050系です。月曜の昼下がりとあって車内はガラガラ,ボックスシート占拠でビール片手に気ままな一人旅を楽しみます。小1時間かかって15:22,新栃木着,ここでスジが切れていて15分後の南栗橋ゆきに乗換えです。新栃木では隣りのホームに栃木ゆきが待っていて,栃木までのお客さんはこちらに乗換えます。

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東武20000系電車。左は車両の中ほどの様子 @新栃木

 この栃木ゆきですが電車は20000系です。この電車は比較的車齢は若いと思いますが,日比谷線乗入れの規格が変わったため用途を失い,ローカルに転用されたようです。20000系の一部は混雑対策で一時はやった多扉車で,ここでは余計な扉2つが埋められています。車両の更新,合理化といえば聞こえはよいですが,古びた6050系の方が長距離の旅行者には魅力的です。

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15分の接続待ちの間にスペーシアも見送る @新栃木

 スペーシアを見送った後,別の6050系が入ってきて,15:37の南栗橋ゆきになります。東武の列車設定ポリシーは分かりませんが,そんなことなら15分の長時間停車で日光からの電車をそのまま走らせればよいと思います。スペーシアの通過する本線を占領する訳にゆかないので,ホームのやりくりは大変そうですが。
 栗橋には時刻表どおり16:16着。昨日からの東武のローカル列車の旅は楽しく,このまま浅草や業平橋まで乗ってみたくなります。しかし,トイレのない通勤タイプの電車に長時間揺られるのはぞっとしないので,予定どおり栗橋で列車を降ります。ここから東北本線の中距離電車に乗れば,上野東京ライン経由1時間半で横浜に帰着です。

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新栃木からも6050系の快適な旅は続く

 2日目の午後は雨に降られましたが,気候のよい5月中旬,今年も楽しい鉄道研究会OB会の旅でした。さて来年は秩父鉄道か真岡,はたまた王道の高崎のSLか,早くも来年を期待してこの稿を終わります。(2019.6.30記)

2019年お正月のアクティビティ2--SL列車と雪見風呂にちょっと群馬へ

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 2019年,このお正月は奥の仕事が立込み,ジュニアは休み明けの試験対策の勉強で,自分は三賀日ボッチです。高崎のSL復活運転30年記念のスタンプラリーもあるので,1月3日(木)はちょっと群馬に出掛けてきました。青春18きっぷでの日帰り旅行にちょうどよい行程ですが,この冬シーズンは買っていません。また,12月末までなら「ぐんまワンデー世界遺産パス」2,100円もあったのですが,SLの運転日とあいません。仕方なく,きっぷは休日お出かけパスとふつうに乗車券を買うことになりました。

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「SLぐんまよこかわ」の指定券

 せっかくのSL運転-新年初日の旅行なので「SLぐんまよこかわ」号の指定券を準備しますが,これがなかなかの難物でした。ふつうにえきねっとで照会したら満席,意外と人気があるのでびっくりです。だめもとで元旦の深夜,乗車前日の早朝に再度えきねっとで照会,これでやっと最後の1席をとることができました。

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夜が白み始めた早朝,根岸線660Aで出発

 出発はわが家最寄りの磯子駅を6:28の根岸線電車です。いつもの通勤も6:36なのでこの位の早起きは何でもありませんが,さすがに1月3日では列車はすいています。横浜着6:42,サンライズエクスプレスを見送りつつ,6:51発高崎ゆきの1826Eに乗換えます。この列車で高崎まで行く予定でしたが,この列車は去年の4月にも使ったことがあり,妙に遅いことを思い出しました。籠原で付属編成を開放する間に,1本後の1828Eに追いつかれてしまうのです。

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高崎線は妙に遅い1826E

 「SL D51 498 復活30周年記念 D51(デゴイチ)スタンプラリー」ですが,スタンプ押印のポイントはSL列車が運転される信越線の横川,安中,上越線の水上,渋川のほか高崎,大宮,上野とちょっと押しづらい八高線の高麗川です。また,SL列車の車内と両毛線沿線のあしかがフラワーパーク(駅ではなくパーク自体のゲート前)にも設置され,景品をもらうにはSL列車車内が必須,あしかがフラワーパークは抽選の際の当選確率が2倍になるルールです。

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「SL D51 498 復活30周年記念 D51(デゴイチ)スタンプラリー」の台紙

 朝は忙しいので上野駅のスタンプは帰りの予定でしたが,上野で10分を捻出できたので,スタンプ1個完了です。ホームに戻り,7:33の1828Eで先ほどの列車を追いかけ,籠原を目指します。籠原では予定どおり1826Eに追いつき,元々座っていた席の近所に落ち着きます。周囲の人はヘンなやつと思ったことでしょう。

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高崎駅ではSL列車の新年初運転なので歓迎の太鼓のパフォーマンス

 9:17,時刻表どおり高崎着。「SLぐんまよこかわ」号の発車までちょうど30分あります。今日の行程を考えるうえでポイントは安中駅のスタンプでした。SL列車で長時間停車があればよいのですが時刻表から読み取るのは難しく,最悪は上越線側を制覇した後,帰る前に安中を往復する案も考えました。乗換え列車の案内を聞いているとSL列車の前に横川ゆきがあるようです。SL列車に乗る区間が半分になってしまいますが,安中まで先行すればSL列車の走りの写真も撮れそうなので,これに決定です(実際は僕のチョンボ,時刻表の検討漏れです)。

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安中風景。東邦亜鉛の精錬所が大きく構える

 高崎での太鼓のパフォーマンスやSL列車の入線風景も惹かれますが,それらは諦めです。9:23の信越本線129Mに乗れば12分で安中です。父親が非鉄金属を扱う仕事をしていたので,亜鉛の精錬所は幼いころからの記憶に残る風景です。駅に着けば,先ずはスタンプを押し,改札の駅員氏にSL列車の到着時刻を訊きます。10:04位に入ってくるそうで,発車時刻の10:12にはホームまで戻らなければいけないので片道8分弱の範囲で撮影場所を求めます。完全な逆光,被写体は黒い機関車で露出が難しいなどと悩んでいると時間より早めに列車は来てしまいます。それで撮ったのが今日のとびらの1枚で,手前のススキにピントがあっているような気もします。そもそも駅の裏の精錬所側に行った方が良かったと後悔ですが,それでも今日のひとつの成果です。

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自動ドアに改造されたSL列車用の旧型客車の扉

 駅に戻るとスタンプは大行列,これを考えただけでも,129Mで先行は正解でした。10分弱の停車なので,ホームは客車や機関車の写真を撮る人で賑わっています。指定の席は一番後ろのオハニ36,この車両だけ電暖なしの-11です。帰りはどうするのかな...そもそもEF65Pに電暖はあったかな...帰りのSLは単にぶら下がっているのではなく暖房の蒸気源?などと楽しい想像を巡らせます。また,青茶(僕の仲間は雑型客車をこう呼びます)の扉は手動式で,通学の高校生が鈴なりになっているのが原風景です。さすがにこのご時勢,走行中に開きっ放しの扉は安全上問題があるので,閉扉とロックが自動でできるよう改造されているのは目新しいです。JR西日本は「やまぐち」号用客車を新製しましたが,JR東日本は雑型客車をまだ当分使うようです。僕としては,これらの戦前製客車で,ある程度長時間乗れる機会を期待します。

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「SLぐんまよこかわ」号

 安中から横川まではSL列車で37分,半分になってしまいましたが客車列車の旅を楽しみます。途中,西松井田では線路内公衆立入りで非常ブレーキがかかり約10分の立ち往生です。現場を見た訳ではありませんが,撮影目的のマニアに危険を感じたのだと思われ,全く迷惑な話です。止まった場所は登り勾配のきついところでSL単独での引き出しができず,ELの後押しを得て再起動します。車内では記念カードの配布やトークイベントなどであっという間に横川着です。

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準備を待つ「ELぐんまよこかわ」号

 横川での折返しは21分の予定でしたが,非常停止騒ぎで10分ぐらいしかありません。スタンプを押した後は,ホームでSL列車の写真をいくつか撮ります。駅長やぐんまちゃんも登場して,ホームは歓迎イベントのようです。そうこうするうち次の普通列車が来てしまったので,こちらも折返しに備えます。

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横川からの帰りの138M

 名残惜しくはありますが,10分ちょっとの滞在で高崎に戻ります。横川からの138MはSL列車の喧騒も消えて,三賀日中の時間がゆっくり流れるローカル列車です。今日も関東平野は良い天気,遠くには浅間山が白銀に輝いています。

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遠くに浅間山が白銀に輝く

 高崎に戻ると3分の接続で吾妻線の529Mに乗換えです。この列車で渋川まで先行することでスタンプが1個稼げます。高崎から先の上越線はまさに雪国へ続く鉄路で,1駅ごとに関東平野の景色から雪国の景色に変わってゆきます。今日のSL列車は信越本線での運転でしたが,冬のシーズンの上越線での運転は大変だと思います。

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上越線733Mとホーム上屋の支柱の案内

 渋川では20分の間にスタンプを押したり,コーヒーを飲んだりでゆっくりします。ホームをぶらぶらしていると上屋の支柱が英国のチャーリーズ・キャンメル社製のものとの案内が目に止まります。製作年は分かりませんでしたが,調べると1882(明治15)年だそうです。鉄道黎明期の古レールが上屋の支柱などに活用されている例は以前はよくありましたが,最近は減ってきているようです。

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上越線の車窓 @渋川~敷島

 12:28,水上へ向け渋川を733Mで出発します。線路は登り勾配,車窓に晴れ間が減ってきて,眼前の山の向こうは雪の気配です。津久田を出るとその先は水上まで全て駅間は5km以上,旧国名や新や東西南北の付かない立派な名前の駅が続き,幹線の趣です。信越本線がバスや第3セクターに転換されてぶつ切りになってしまったので,新幹線に合わせてこちらを上越本線としたらよいは僕の持論です。

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水上駅冬景色

 利根川の川幅が狭まり温泉旅館が見えると,列車は13:07,水上に着きます。地元のかたには迷惑な話ですが,雪を見たいと思ってやってきた僕にはありがたい雪景色です。更に今この瞬間も雪がじゃんじゃん降っています。今日の午後は湯檜曽温泉で雪見風呂に浸かる予定ですが,さてどうするかです。13:40の上越線列車に乗れば湯檜曽駅には13:45には着きますが,外湯(外来入浴)がありそうな旅館は1kmぐらい離れたところです。タクシーがあればよいと思って,失礼とは思いながら,水上の温泉協会の案内所に聞いてみます。応対してくれた女性はとても親切に関越バスの時刻も案内してくれて感謝ですが,水上から湯檜曽温泉経由谷川岳ロープウェーゆきのバスは13:20に出たばかりです。あと5分早くに聞けばよかったです。

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湯檜曽駅の下りホームは新清水トンネルの中。列車は新潟地区のE129系使用の1739M

 水上ではNEWDAYSでパンでも買って昼食にするつもりでしたが,売店は営業をやめてしまったようです。駅前で食事ができる店を探しますが,今一つパッとしません。あれこれ迷っている時間はないので,適当に駅前食堂を見つけて,早いメニューを確認のうえカレーライスを食べます。意外と辛く大人向けのカレーで満腹になり,きっぷを買って13:40の1739M長岡ゆきに駆け込みます。電車は新鋭のE129系,雪の中を上越国境に向けて登ってゆきます。上り線と下り線が分かれ,新清水トンネルに入ったところが湯檜曽です。

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湯檜曽の駅前風景

 湯檜曽の隣の土合は地底のモグラ駅として有名ですが,ここもホームはトンネルのなかです。僅かばかりの階段を上ると,上りホームからの階段と合流し,改築したばかりの駅舎に出ます。駅舎はトイレの前室のようなこじんまりとした作りです。駅舎から出ると,外はしんしんと雪が降っています。天気が良ければ約1kmはどうということはない距離ですが,この雪では一歩を踏み出すのにひるみます。もう一人,どういう用事か分かりませんが温泉のほうに歩いて行く人がいるので,勇気を出して歩き始めます。道路には雪国特有の融雪用の水が噴き出していて,これに濡れないよう注意が必要です。

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湯檜曽温泉ホテル湯の陣

 7~8分も歩くとくだんの人は駅の方向に引返してしまい,人っ子一人いない雪の道を歩きます。15分程歩き,そろそろ靴下が湿って来たなと思う頃,湯檜曽温泉のバス停,目的のホテル湯の陣が視界に入ります。入り口前の橋を渡ってホテルに着き,妙に半端な1,058円の入浴料を払って,大浴場をお借りします。ここは伊東園グループのホテルで,大浴場は大きく露天風呂もあり,休憩所などの施設も良心的です。時間もたっぷりあるので小1時間を使って,ゆっくり今日の目標の雪見風呂を楽しみます。湯上りにビールで一服し,帰りはバスの時間を見計らって出発です。

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湯檜曽温泉から湯檜曽駅前までのチョイ乗りの関越バス

 ここより山側は大雪なのでしょうか,バスは5分くらい遅れての到着です。バスはこの停留所で小休止し,タイヤチェーンを外します。今度はこの先,ロープウェーまで乗ってみたいと思います。さっき苦労して歩いた道もバスに乗ればあっという間で,運賃も近距離特定なのかたった100円です。まだ3時半なのに雪雲がたれこめ,あたりは夕方のようです。湯檜曽駅からは眼前に上りのループ線の線路が見えるのですが,これでは写真になりません。

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湯檜曽駅のホーム。右手には今から乗る列車が下りてくる線路が見える

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上越線1736M。雪のなかをしんしんと走る @湯檜曽

 列車は所定は15:53ですが,新潟方面は大雪なのか15分の遅れと案内が入ります。水上の乗換えが7分なのが少し心配ですが,さすがに接続をとらないことはないでしょう。16:08頃,案内のとおり約15分遅れで1736Mはやってきて,この列車で1駅,水上へ戻ります。水上では発車時刻を過ぎていますが接続の744M高崎ゆきが待っているので,多くの乗換え客と共にそそくさと乗り込みます。この先,高崎でも八高線への乗継ぎが11分しかないので不安になります。

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八高線242D @寄居

 上越線の列車は高崎着は16分遅れで17:12でしたが,17:07の八高線は接続をとってくれました。図々しくも僕は乗換えの間にNEWDAYSに寄り,スタンプラリーの3駅達成賞の景品をもらってきました。年末にも140円旅行で来たばかりですが,景色は見えませんが,しばらくの気動車の旅を楽しみます。高麗川でスタンプを押した後は再び八高線で八王子に出たほうが近いのですが,今日はまだ大宮のスタンプが残っています。

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夜7時の高麗川駅前。クリスマス~正月のイルミネーションが妙に賑やかだ

 高麗川では23分の間に駅の外に出て,帰りの楽しみの食料を調達します。コンビニは見当たりませんが,持帰り営業もある焼き鳥屋が旨そうな煙を上げているので,アツアツの焼き鳥を何本か仕入れます。駅に戻って19:12発の川越ゆきに乗り,川越で19:49の1988Fに乗換えれば,23分で大宮着です。

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帰りの電車その1。川越線1943E @高麗川,同1988F @川越

 大宮では今日最後のスタンプを押して,「D51スタンプラリー」のスタンプ駅+列車9か所達成です。あとはあしかがフラワーパークですが,ここは任意のポイントようです。去年のダイヤ改正で両毛線にあしかがフラワーパーク駅が開業しましたが,旅客営業制度として問題ありと思っているので,今後期限までに機会があればという消極的な対応方針です。

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帰りの電車その2。上野東京ライン1627E @大宮,根岸線2041B @磯子

 大宮からは20:19の1627E平塚ゆきに乗り,アツアツだった焼き鳥とビールで今日の反省会です。朝に上野のスタンプを押せたので,この列車にそのまま乗れば横浜まで直通で,根岸線に乗換えれば14分で磯子に帰り着きます。この行程であれば青春18きっぷのほうが有利で,若干もったいない感じはします。元々予定していたSL列車に乗り,いまいちではありますが予定外の写真も撮れました。また,雪もたっぷり見て,温泉にも浸かり,大満足の正月3日の小旅行でした。

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今日の行程のGPSログ
(2019.1.27記)

愛知DCフリーきっぷで師走にちょっと愛知旅行・後編

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(前編はこちら
 今日は昨年(2018年)末の12月22日(土)~23日(日)に行った愛知DC(デスティネーションキャンペーン)フリーきっぷの旅の2日目をお届けします。インターネットで見つけた愛知県の鉄道2日間乗り放題4,000円のきっぷを使っての小旅行です。1日目の行程は同行のジュニアに任せて付いて回りましたが,ジュニアも生意気盛りの高校生,ずっと親と一緒もウザったかろうと2日目は別行動です。

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名古屋城。二之丸広場から 2018.12.23(以下全て同じ)

 名古屋といえばお城と金の鯱(しゃちほこ)が有名ですが,鉄筋コンクリート製なのでばかにしていたこともあり,一度も訪れたことはありませんでした。ちょうどよい機会なので,今日はここから観光することにします。地下鉄で市役所前に行くと雨も上がりました。

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名古屋城の鯱

 師走の日曜日の朝,天気も曇りで,観光日和ではありませんが,外国人も含め多くの観光客がいます。フリーきっぷの特典で20%引き400円で観覧券を買います。城門を入ると先ずは二之丸広場で,お城観光を実感します。上の3枚の写真は,カメラの望遠機能の説明のようですが,全て同じところから撮ったものです(上から35㎜換算で106.4㎜,33.6㎜,408.8㎜)。現在,天守閣は修繕工事中で中に入ることはできず,見学の中心は本丸御殿です。

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本丸御殿内の様子。襖絵などが再現されている

 本丸御殿は近世城郭御殿の最高傑作といわれた国宝でしたが戦災で焼失,2009年から9年がかりで再建,復元,2018年6月に完成,公開されたものです。あまりにピカピカで少々違和感がありますが,襖絵などの内装も復元されていて,美術品としての価値が高そうです。後の行程がつかえているので僕はお城全体で1時間弱で切上げましたが,ジュニアは2時間くらいかけて見学したそうです。

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市役所前で。市役所も凝ったつくりの建物です

 さてここからは1人で気ままな名鉄ローカル線の旅です。名古屋に戻るのも面倒なので,手近な東大手駅に出て,11:12の瀬戸線に乗ります。瀬戸線は名古屋中心部が地下になっていますが,東京のような相互直通乗り入れではなく,都心側終点の栄町まで全て名鉄の営業です。電車も地下鉄のような顔をした4000系です。

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名鉄4000系電車 @新瀬戸

 瀬戸では愛知環状鉄道に乗換え,11:50の列車で豊田を目指します。愛知環状鉄道は中央線の多治見(高蔵寺),瀬戸,豊田と名古屋の衛星都市を結んで走りますが,都心との縦の流動は大きいものの,横の流動は少なく,都市の間の景色は未開の原野です(ちょっと大げさ)。国鉄時代には岡多線を名乗りながら,東側末端の岡崎~新豊田間しか開業していなかったものを,3セク化のうえ全線開業したのは立派ですが,経営は楽ではなさそうです。立派といえば,愛環では全線全列車掲載の時刻表が各駅に置いてありました。

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瀬戸市~新豊田は愛知環状鉄道線で移動 @瀬戸市

 ところで瀬戸と豊田ですが,瀬戸は名鉄が新瀬戸で愛環が瀬戸市,豊田は名鉄が豊田市で愛環が新豊田で新と市のつき方が逆です。後発の愛環が既存の駅名を変えないよう譲ったのだと思いますが,分かりづらいです。尤も,正しい駅名でなく,xxの○○と呼べば間違いはないので困ることはないのでしょう。30分弱の短かい区間ではありますが,この分かりづらい駅の間を愛知環状鉄道の電車で移動します。途中,八草では愛知万博で活躍したリニモと交差します。愛知万博の会場は環境保護のため会期終了後は元の山林に戻すと聞いたことがありますが,そのあたりも含め沿線の景色は自然豊かな山林が続きます。

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愛知環状鉄道線の車窓。保見あたりで

 トヨタやいろいろな自動車部品メーカーの工場やカンバン対応のデポ倉庫などが見えると豊田に着きます。ここからは名鉄のローカル線の三河線に乗ります。電車は6000系,ふっくらと下ぶくれした体形の電車です。瀬戸線の地下開業に備えて新製されたものと思っていましたが,それは6600系でそれ以前から6000系はあったようです。

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名鉄三河線 @若林。駅の出入口はスプリングポイント

 豊田市を12:30に出て,25分の乗車で知立着,ここは名鉄名古屋本線と三河線が交差するジャンクションです。駅の東側は高架化され,駅自体も最近整備されたようで,新しいホームと古い駅舎が混在しています。三河線はここから碧南までの海線がありますが,盲腸線で乗りづらいので,今日は西尾線の列車に乗ります。西尾線の列車の待ち時間に駅撮りではありますが,幾本かの列車の写真を撮ります。

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知立駅の東側。高架を降りたところに駅がある

 僕の世代では名鉄といえばスカーレットのパノラマカー,その後は代変わりしてパノラマスーパーが花形ですが,現在では普通の特急の一部車両で指定席として運用されています。深く研究して行った訳ではないので,短時間に2本のパノラマスーパー連結の列車を見ることができたのは幸いでした。

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名鉄電車といえばパノラマスーパー @知立

 知立駅で22分を過ごし,13:17の急行吉良吉田ゆきに乗ります。新安城から吉良吉田の西尾線は名古屋直通の急行も走り,三河線よりも輸送密度が高いようです。カタンコトンと太くなさそうなレールを軽快に走り,終点の吉良吉田には13:55に着きます。

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西尾線に乗入れる急行電車(右) @知立

 吉良吉田は浜川崎のような感じで,T字に路線が交差していますが,列車は直通せず駅舎もそれぞれにある,変わった作りです。また,吉良吉田から西の碧南への区間はかつての三河線で,レールバスで運行されていましたが2004年に廃止されてしまいました。
 
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吉良吉田駅から碧南方面を見る。不自然に途切れた線路が廃線を物語る

 吉良吉田からは蒲郡線の列車で海沿いに東進します。ここ蒲郡線も閑散線区で列車はワンマン運転,2両編成の電車がのどかに走ります。吉良吉田を出発した時点では後ろの車両は見事に空気輸送でした。名鉄は蒲郡線を廃止する意向を持つようで,現在は沿線自治体の補助を受けて30分間隔の運転が維持されています。2020年度までの存続は決まっているそうですが,その先は不透明なようです。

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名鉄蒲郡線の電車と車内。ワンマン対応改造の6200系。上の三河線の6000系と異なり名鉄風の連窓だ

 15分の乗車で列車は14:16に西浦に着きます。ここは複雑な地形をした半島が三河湾,渥美湾に突き出たところで,半島の先端は温泉地になっています。今日はこの後,豊橋鉄道に乗ってから横浜の自宅に帰る予定ですが,温泉に浸かるかとても悩ましいです。西浦駅~西浦温泉のバスは1時間ヘッドで運行,西浦温泉での折返し時間は30分です。30分で外来入浴で温泉に浸かるのは慌ただしいし,さりとて1本おとすと陽の短い時期なので豊橋鉄道は完全に夜です。

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西浦駅前風景。鄙びた駅前にぽつんと温泉組合の送迎バスがたたずむ

 その先の予定を決めぬまま西浦駅で降りると,駅前には温泉組合の送迎のマイクロバスが止まっています。聞くと宿泊客専用で,日帰り入浴は路線バスを使ってくれとのこと,すぐに路線バスも来るので勝手にしろと思い,送迎バスの利用は諦めます。路線バスもそれなりに鉄自連絡が図られていて,5分の接続で蒲郡市の補助を受けた名鉄の路線バスが走っています。時刻表より遅れること3分で古びた名鉄のエアロミディがやってきました。

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西浦温泉ターミナルで

 西浦の駅から温泉までのバスは時刻表で7分で,西浦の漁港や町の傍らを通って,小高い山に登ると終点の西浦温泉です。今日は朝から曇り空でしたが,この時は晴れ間が出てきました。まだ風呂に浸かるかは決めていませんが,人通りの少ない温泉街を適当な温泉宿を探しながら歩きます。そのうちに海に向けて視界が開けたところに出て,この景色を見ながら温泉に浸かったらどんなに気持ちよかろうと思います。青い海と白い砂浜,三河湾の向こうには渥美半島や海岸に並ぶ風車の景色はなかなかのものです。この景色を見たら満足してしまい,温泉はこの次,今日は先を急ぐモードになりました。

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西浦の温泉街から三河湾,渥美半島を望む

 寂れた温泉街を絵に描いたような西浦温泉のバスターミナルに戻り,先ほど乗ってきたバスで名鉄ローカル線の旅を続けます。このバスは西浦温泉の先,蒲郡市内を横断して走るので,帰りは西浦の1つ先の形原までバスに乗ります。形原ではコンビニに寄ったり,上り列車の写真を撮ったりで,乗換え時間の12分はあっという間です。形原から電車に乗れば12分で蒲郡に,蒲郡からはJRの電車で13分で豊橋に着きます。

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元東急7200系の1800系で統一された豊橋鉄道の電車 @新豊橋

 豊橋からはこの旅行最後のアクティビティで,豊橋鉄道渥美線に乗って三河田原に行きます。列車は新豊橋16:15発,元東急7200系の1800系1809編成です。東急7200系は僕が高校生の頃によくお世話になった電車で,とくに7251F~7254Fは2連×4編成を繋いで当時はまだ少なかった冷房編成でお気に入りでした。渥美線の電車はこの1800系に形式統一され,編成ごとにアクセントの色を塗分け,今日の1809編成はピンクの桜号です。昔のお気に入りが大切に手入れされ,がんばっているさまを見るのは嬉しいものです。

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渥美線は土休日の全列車と平日の日中の列車がサイクルトレインになるらしい

 渥美線の車内にはサイクルトレインの告知があり,通常時はさほどの混雑でなく,経営は苦しいようです。終点の三河田原に着く頃には日が暮れて,あたりは夕やみです。三河田原の駅舎は最近整備されたようで,曲面の形状と木目で落ち着いたたたずまいです。折返しの12分を駅周辺でゆっくりと過ごして,豊橋へ戻ります。

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三河田原の駅前

 先ほど乗って来た線路だし,景色も見えないので,懐かしい7200系のなかを見まわします。Mc-M-Tcで組む編成は製造年がバラバラで,元々少数派の7200系をかき集めた苦労の痕がにじみます。車内でゆっくりしていると,車掌氏が無人駅から乗車の客にきっぷを売っているので,最低区間の子供運賃で車内券を1枚売ってもらいます。最近はこのようなパンチ式の車内券も見る機会が減りました。そういえば,昨日乗った名鉄特急では車掌が車内を巡回するのは専ら案内のためで,そもそも車内券など持っていませんと剣もほろろでした。

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豊鉄1809Fの製造銘板と車内券。製造銘板は上からモ1809,モ1859,ク2809。1809だけオレンジ色の新しいものに更新,米国バッド社のライセンス表示が残っていた

 帰りの三河田原発は17:02,往きと同じ35分で新豊橋に着きます。豊橋からの帰りですが,当初は青春18きっぷを考えていましたが,せっかくのフリーきっぷなので愛知をしっかり楽しむことにし,一部は新幹線利用です。豊橋発の新幹線特急料金のテーブルを見ると熱海(3,000円)と小田原(3,860円)の間に境があるようなので,豊橋~熱海間だけ「こだま」を利用します。豊橋では乗換えの間合いの25分の間にステーションビルの食料品売り場に行って弁当,土産,酒肴をしこたま買込みます。

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豊橋~熱海間は「こだま」を利用。こだま672号。右下はおまけ,車内の楽しみ @豊橋

 最近は「こだま」でもN700系が充当され,広いシートピッチ,大きなテーブル,携帯充電用電源とすこぶる快適です。先の買い物も新幹線だからこその仕入れで,在来線の313系ではこんなことはできません。ゆっくりくつろいで約1時間半,19:28に熱海に着きます。熱海では会社境界でもあるので14分の乗継ぎ,酔い醒ましにちょっと駅前広場に出ます。軽便SLは確か駅前正面に鎮座していたと思いますが,南かたの隅に移動され,バスターミルが広く改良されたようです。

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熱海の駅前夜景。駅ビル新築にあわせ再整備されたようだ

 ところでこの帰りの乗車券ですが,朝,名古屋駅で買った際にひと悶着ありました。小田原まで新幹線利用だと高くつくので,熱海まで新幹線,以東は在来線と新幹線利用区間を指定したにも拘わらず,出されたきっぷは「...新幹線・小田原・東海道...」でした。JR東日本では他駅発の乗車券も顧客操作型の端末で自分で買えるのに窓口に並ばされて少々虫の居所が悪かったこともあり,自分はJR東日本の関係者ではないが,それでは収入配分がJR東海に過大になるからダメと発券し直してもらいました。若い窓口嬢はなに面倒臭いことをいうんだとばかりに,「私たちはいちいちそんなこと気にしてません。(フン!)」と捨台詞をともにきっぷを手渡されました。たまたま手が滑ったのか,組織的な指示か分かりませんがコンプライアンス窓口に一報入れたいところです。最近はきっぷの販売管理はコンピュータ化されているので,組織的に指示しているのか,ある担当者が気まぐれでやっているのか,たまたまの偶発事象なのかは調べる気になれば直ぐ解ることです。

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帰りのきっぷ
ふつうに横浜市内着とすると500円も余計にかかるので敢えて焼津で切っています。興味があればこちらを参照ください。

 熱海からは東海道線と根岸線を乗継いで,ここも約1時間半の乗車で21:10自宅最寄りの磯子駅に帰り着きます。ところでジュニアはというと,夜9時からのテレビ番組が見たいといって,豊橋18:46の「ひかり530号」に乗車,たった1時間7分しかかからず新横浜に着いて,あっさり抜かれてしまいました。朝,名古屋駅で別れた後は,2時間かけてたっぷり名古屋城を見学し,地下鉄・名鉄で豊田に出て,愛知環状で岡崎へ,名鉄名古屋本線で少し写真を撮った後,豊川稲荷に行った。もともとは豊橋鉄道とか言っていたが,そこまでまわる時間はなかったそうです。

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帰りの電車2本。東海道線1648E @熱海,根岸線2078A @大船

 デスティネーションキャンペーンに連動して発売されたきっぷを見つけて,急な思いつきで行った旅行でしたが,2日間たっぷり愛知と名鉄を楽しみました。中京地区は自動車産業が集積し,国内でもとくにモータリゼーションが発達する地域ですが,地域唯一の大手私鉄の名鉄の苦悩も分かった感じがしました。小さいながらも頑張っている豊鉄--ここも名鉄グループですが--,都市と過疎地の中間地帯を繋ぐ3セク愛知環状鉄道の頑張りが気持ち良かったです。関東地方では,千葉,茨城,群馬に事業者横通しのフリーきっぷが頻繁に設定されますが,JRの周遊券(周遊きっぷ)がない今,他の地域でもこのような商品の設定が望まれます。

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2日間のGPSログ。飯田線方面が手薄ですが何度も行っているので,今回はパスです
(2019.1.12記)

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