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2022-09

鉄道のイロハ(4)--鉄道の信号と標識・制作うら話

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 (2021年)7月に「鉄道のイロハ(4)--鉄道の信号と標識」という記事を載せましたが,この記事はこのブログで最大級に苦労して作りました。今日は「うら話」と題して,その制作途中の苦労--といっても笑い話のようですが--を書いてみたいと思います。

1.誘導信号と誘導運転
 話題の1は誘導信号機と誘導運転です。誘導運転とは既に列車がいる閉塞区間内に列車を増結するなどのために別の列車を進入させるときに使う運転方式で,誘導信号機はそれが可能なことを運転士に知らせる信号です。

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京急・品川駅での増結風景。帰宅ラッシュ時は20分に1回行われる 2021.11.25 

 電車の増結なら僕の住む横浜南部を走る京浜急行では頻繁に行なっています。そんな写真ならいつでも撮れるとタカをくくっていました。どうせならかぶりつき車窓から先着列車も入れての写真を撮ろうと思うと,パターンが限られれます。以前は京急川崎で品川方面から来た久里浜方面ゆき列車の後部に羽田空港から来た新逗子(現・逗子・葉山)ゆき列車を増結するシーンが20分に1度見られました。
 今なら朝の上り列車に金沢文庫からの増結車をつなぐ作業があります。金沢文庫の増結はホームの混雑緩和や増結車の待機場所の関係で前増結と後ろ増結が交互に行なわれます。このうち前増結の場合は基本編成の最前部で見ていれば増結シーンが見られると期待して,朝の金沢文庫に出掛けたのでした。ところが,下調べ不足で,前増結の場合は,基本編成をホームの後ろ寄りに停車させ,その後に引上げ線から増結車を回送して連結する手順で,客を乗せた状態で連結するシーンは見られませんでした。それでもせっかく金沢文庫に行ったので誘導信号機の写真などを撮ってきました。本番の記事ではその写真を載せています。

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金沢文庫駅の誘導信号機。この信号柱は賑やかです 2020.6.6

 京急の時刻表を網羅的に調べた訳ではないので,パターンダイヤ以外の時間帯でこのような列車があるのかもしれません。それを調べるのも面倒なので,他の路線での誘導運転の例を探します。JRの中距離電車は東海道線平塚,横須賀線逗子,高崎線籠原,東北線小金井,常磐線土浦など多くの駅で増結車の解結は行われていますが,客が乗った電車が後から進入するパターンは思い当たりません。夜の総武本線佐倉駅で成東始発の付属編成に成田空港始発の基本編成を増結するのは知っていましたが,真っ暗な夜でもあり写材にはふさわしくありません。

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成東・成田空港発久里浜ゆき5060F~2060F~2061S @佐倉 2019.12.30

 自宅から遠くない所でという条件も入れてあれこれ考えると,中央線~青梅線系統のホリデー快速が拝島で列車の解結があることを思い出しました。往きは奥多摩ゆき「おくたま」号と武蔵五日市ゆき「あきがわ」号を切り離しますが,帰りはこれらを併結するため誘導運転を見ることができそうです。時刻表を手繰ると拝島では更に朝に2本(休日は1本)だけ高麗川から来た八高線列車と武蔵五日市から来た列車を連結することが分かりました。

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休日は朝に1本だけの高麗川発東京ゆき列車 @東福生 2020.6.27

 去年の6月27日,朝の八高線からの東京ゆき列車に箱根ヶ崎から乗ります。幸い立ち席ですがかぶりつき席も空いています。東福生を出て,拝島が近づくと場内信号機の手前で一旦停車です。ところが八高線の拝島駅の場内信号は随分駅の外側にあって,これから連結する先着列車は見えません。ほどなく,赤信号の下の誘導信号が点灯し,汽笛一声の後しずしずとホームに進入し,先行列車の5mほど手前で停車します。ここで構内運転専任(?)の運転士さんが乗車し,最後の5mを運転,連結の儀式は終了です。京急などでは構内運転の運転士さんは指導運転士の資格を持つベテラン--一説には踏切や速度制限など色々なことに気を遣う本線運転より楽だから--が就くと聞きましたが,ここもそんな感じです。拝島駅は電留線を持つので一定量の仕事もあるのでしょうが,併結時の5mの運転だけのために要員を用意するのも大変です。ちょっと想定とは違いましたが,誘導運転についていろいろな勉強ができました。

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拝島駅の朝の連結風景 2020.6.27

 その日の帰りは,これもまた編成の後ろ側に付く武蔵五日市発の「あきがわ」号でかぶりつきです。拝島の配線は下り方の一番左が五日市線で,こちらはなんとか誘導信号の手前から先着列車を見通すことができます。この日は朝と夕方が勝負なので,あいだの時間は東京アドベンチャーラインを楽しんできました。その様子は既にアップ済なので,興味のあるかたはこちらを参照ください。

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採用になった拝島駅の連結風景 2020.6.27

 そうこうするうち夏には南東北,福島界隈へ軽い撮影行に出掛けました。福島では通称・山形新幹線の列車の解結が1日を通して行われます。連結風景の写真を撮るのに苦労した直後だったので,わざわざ入場券を買って「やまびこ」に「つばさ」を連結するシーンを見てきました。新幹線であってもルールは同じなのでしょう,5m手前で一旦停止,地上側係員の誘導に従って,ガッシャン連結です。実際のところはATCなどで厳重でバックアップされているのでしょう,手旗を持った駅員さんは誘導する風でもなく,見ているだけです。これは素人考えで,立っている場所がポイントなのでしょうか。

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福島駅「つばさ」の連結シーン 2020.8.21

 その後も,去年の12月には185系「踊り子」号で,今年の夏には最長鈍行もどきの敦賀~姫路の新快速電車で,お客さんを乗せたままの連結シーンを見ています。そんなことなら無理しなくても...という面はありますが,目的がないと旅行も面白くありません。

2.タブレット閉塞
 次は現役のタブレット閉塞とタブレット閉塞器の写真を求めての話です。タブレット閉塞のシステムは国鉄末期に特殊自動閉塞のシステムが開発されるまでは日本中の単線区間で見られました。自分にとってはローカル線旅行につきものの風景として,交換駅での駅長さんと運転士さんのタブレット交換--ついでに挨拶程度の会話をする--シーンがあります。しかし,仕事中の鉄道員の写真を撮るのはマナー違反でもあり,手持ちの写真の中にそういったものは少ないです。このため,記事に合うような写真を新たに撮ることにしました。

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名松線の票券とスタフの交換シーン 2020.8.1
 
 国内にタブレット閉塞を使っている区間ってあるのだろうか?と思って探すとどうやら名松線がそのようです。去年の夏には少々しんどかったですが,青春18きっぷを使って名松線の伊勢奥津までを往復してきました。詳細は記事にも書きましたが,名松線の閉塞方式は票券閉塞とスタフ閉塞でタブレット閉塞ではありません。従って,交換をする家城駅の中を探し回っても,タブレット閉塞器はないはずです。でも写真を見ると,駅長さんと運転士さんはタブレットキャリアにしまわれたタブレットのタマをやり取りしています。

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タブレット閉塞器とタブレット(タマ)。説明文まで書いたけどボツになった写真です @音威子府 2017.8.3

 タブレット閉塞は,閉塞区間の両端の駅に置かれた赤いタブレット閉塞器の機械が通信し合って,閉塞区間内に1列車しかいないことを担保するシステムで,箱から出されたタブレットのタマがその閉塞区間に進入できる証(あかし)です。もしタブレット閉塞器が壊れてしまったら,線路も車両も乗務員も健全なのに列車を走らせることができません。もちろんBCP(事業継続計画)として代用閉塞のような運転方法はありますが,これを頻繁に実施する訳にもゆきません。製作後何十年も経ったタブレット閉塞器にこんなに重要な役割を負わせる訳にはゆかないし,機械を交換しようにも,今やタブレット閉塞器を作っている会社がないでしょう。元々そうだったのか,タブレット閉塞器を使うリスク回避のために後付けで転換したのか分かりませんが,JR東海も考えたものです。
 一方,閉塞区間への進入のための証は,票券閉塞では票券--詳しくは知りませんが券というからには紙切れでしょう--,スタフ閉塞では棒状の形をしたスタフ(杖)です。タブレット閉塞用のタマは広く使われていたので,票券やスタフの代わりにタブレットのタマだけを通行証として代用することは国鉄,私鉄を問わず行われていました。これであればタブレット用のキャリアも使えるし,係員による取り回しも共通化ができます。

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博物館のタブレット閉塞器 @鉄道博物館(大宮) 2020.11.14

 そんな訳で,名松線での運用は合理的とは思いますが,タブレット閉塞であるというのは間違いで,騙されてしまいました。閉塞方式の区分でいうと,タブレット閉塞ではないのですが,レトロな雰囲気で駅長さんと運転士さんが通行証をやり取りしながら運転しているという意味では全くの間違いでもありません。名松線に行った日はお天気もよく,きれいな写真も撮れたので善しとしましょう。

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肥薩線嘉例川駅にはタブレット閉塞器が残っていた 2014.2.23

 名松線は空振りに終わったので,その他でタブレット閉塞器の写真を探します。先ず一つは北海道最長鈍行と名物の駅そばを食べに行った音威子府です。ここは駅舎内に展示室があり,天北線や昭和の時代の鉄道にまつわる品物が展示されています。もちろんタブレット閉塞器もあるのですが,肝心のタマの取出し口が隠れています。いろいろ思い出すとレトロ駅舎で有名な肥薩線の嘉例川の駅舎内にもタブレット閉塞器がありました。タブレット閉塞器は赤い箱ですが,隣に雛飾りが置いてあり,これも赤い毛氈が敷いてあって,どうも紛らわしいです。いろいろ考えているうちに鉄道博物館ならタブレット閉塞器を展示しているだろうと思い立ちました。たまたま川越線80年のイベントで埼玉方面に行く用事もできたので,これ幸いと鉄道博物館に行き,バッチリの写真を撮ってきました。
 ところでスタフですが,名松線はじめ多くの場合はタブレットのタマで代用されることは既に書きましたが,津軽鉄道や名鉄築港線では棒状のスタフが現役のようです。いつか機会を見つけて,これらを見に行きたいと思います。

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念願叶ってスタフを見ることができました @津軽鉄道 金木 2022.1.24

 2022年1月の北海道旅行の帰りに津軽鉄道に寄って,スタフの写真を撮ることができました。写真の助役さんが持っているのがスタフで,かなり量感のある棒状のものです。何十年も安全を守って使われ続けてきたものなので,とても年季が入っています。とくにお断りした訳ではありませんが,とてもよく撮れました。この場を借りて感謝申しあげます。(この節2022.3.14追記)


3.ATO運転の列車,デジタルATC
 最後のうら話はATO運転です。ATO運転の嚆矢は記事にも書いたとおり地下鉄日比谷線です(厳密には名古屋の地下鉄のほうが早かったが1年半のテストにとどまった)。僕は20歳前後の15年間位を東急東横線の学芸大学駅を利用していたので,日比谷線電車は地元です。もちろん営団3000系のATO搭載車も見たことがあり,ATO出発ボタンは白い大きなボタンだったと思います。せめて外見の写真だけでもと思い古い写真を探し,出てきたのが下の写真です。当時は営団3000系は夏の暑い時期でも冷房がなく,妙におでこの広いマッコウ鯨のようなお顔で,お世辞にも格好よいとは思えず,写真も撮っていなかったのです。

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多摩川の鉄橋上ですれ違う営団3000系と東急8000系 1978年冬

 記事のアイディアを温めているうち,2021年3月のJRグループ全国ダイヤ改正から常磐線でもATOを使い始めるというニュースが入ってきました。これには少々驚き,慌てて現地に写真を撮りに行ったのは,6月に「2021年ダイヤ改正のおさらいに千葉への140円旅行・前編」の記事に書いたとおりです。JR東日本は常磐線で知見を蓄積し将来のドライバレス運転に繋げたいと言っていますが,一般の鉄道路線でそんなに簡単にドライバレスが実現するとも思えません。実現するとしたら,線路が他の陸上交通と完全に分離された新幹線のほうが可能性はあると思います。時速300kmで疾走する新幹線に運転士がいないというのは心情的に受け入れづらいです。

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デジタルATC対応の運転台 @京浜東北線北行電車 2020.5.30

 鉄道の運転制御を自動化するためにカギとなる技術の1つにデジタルATCがあると思います。この記事を書くのにデジタルATCは随分勉強しました。日本の高密度運転を支える技術として誇れるものと思いますが,万が一にも装置をテロリストなどに乗っ取られたら,どんな事故が起こるか分かりません。こんなこともあってか,JRも装置メーカーも情報の開示には積極的でありません。安全の確保が優先になるのは理解しますが,知りたいことも多いです。最近はコロナ禍で東京近郊の混雑した列車は乗るのを控えていますが,一段落したら,かぶりつきでじっくりデジタルATCの動作や運転操作を見学したいと思います。

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かぶりつきが楽しい関西のアーバンライナー電車 @東海道本線川瀬あたり 2021.7.25

 鉄道の運転やそれを支える信号システムは奥が深く,知れば知るほど興味が湧きます。その原点は運転台かぶりつきのような気もします。国鉄末期は運転台の様子が見えない電車も多かったですが,時代が変わり今は鉄道事業者各社とも総じて前面展望は開放が一般的です。夏と秋に乗った関西のアーバンライナー電車などは運転台直後の扉横にも補助いすがあってかぶりつきにはもってこいです。この場所から運転士さん各位のキビキビとした動作を見るのも楽しいもので,ATOの技術の発達でこれが見られなくなってしまうのは寂しいです。そんな将来を思いつつ今日の記事を終わります。(2021.11.23記)
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ブログ開設10周年を迎えることができました

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 この(2021年)7月31日でこのブログは開設10周年を迎えることができました。これもひとえにブログ来訪者の皆さまのおかげと感謝いたします。今日はブログにまつわるよもやま話にお付き合いください。

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第2音戸大橋のブロック搭載 2011.5.8--橋はのりものではありませんが,子どもの頃の絵本「のりものあいうえお」の「お」は音戸大橋でした

 このブログを始めたのは勤めの都合で広島県の呉市に住んでいたときでした。のりものや旅行などに係わる身の回りの出来事から思うことを発信したくなったのがきっかけです。通勤が楽で時間的に余裕があったことも幸いしました。以来10年,自分でもよく続けていると思うこともあります。また,2019年10月以降は,2のつく日の8:00,毎月3回アップと決めていますが,お気づきでしょうか。

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音戸大橋の袂をゆく渡船。渡船も大好きなのりものですが,音戸の渡船は廃止の危機にある由 2012.4.30

 このブログの記事は,まあ半分は自分の自慢話ですが,気持ちとしては読んで何らかの足しになる情報を提供しようと心がけています。尤も,その情報が足しになるかは,読むかたの価値観に依存し,その間口は決して広くはないと思っています。万人に受け入れられれば物書きになれるところですが,その間口が狭くてもやっていけるところがサイバーの世界のブログのよいところです。

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東北本線の普通列車 @蓮田~東大宮 2019.2.2

 記事が受け入れられたかのバロメーターがランキングで,最近はFC2ブログサービスの登録サブチャンネルでベスト10に入ることがあり,自分でもびっくりします。記事のアップ初日には100人からのページビューがある場合があります。こういう日の翌日は確実にランキングも上がりますが,徐々に下がっていって...の繰り返しです。SEO(Search Engine Optimization,検索エンジンで上位に表示され易くする技術)も気にしない訳ではありませんが,FC2というブログサービスの下での運営なので,できることも限りがあります。毎年,時刻表と首っ引きでランキングを作っている「長距離鈍行列車」などは上位表示を目指したいですが,大井川鐡道のイベント列車の記事が上位に表示され,目の上のタンコブです。

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ブログランキングでトップ10入りした日

 もう一つの視点は,原理原則を大事にすることです。そんな思いもあって,ときどき鉄道のイロハの記事を上げています。基本的な事柄を押さえておくといろいろな場面で応用が利くし,難しいことでも判断を誤らなくなると思います。仕事でも,それって規定にどう書いてあるんだっけ...と規定を拠るべにすることは大事だと思っていて,そんなことからJRや鉄道事業者の旅客営業規則は永遠の研究テーマです。そういえば僕の出身の学科は法学部法律学科で,若いころからリーガルな思考法は得意だったのかもしれません。

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昔は書店で売っていた「旅客営業規則」 中央書院刊

 ブログのテーマは鉄道を中心とした「のりもの」ですが,「旅」も大好きでこのブログでもしばしば旅行記を上げています。新幹線よりは在来線特急,窓が開かない特急列車よりは鈍行というように,スピードが下がるごとに景色や旅先の風物が手近になります。列車よりは路線バス,さらには自転車で,究極は歩いての旅行です。現在は鈴鹿峠の麓まで来ましたが,東海道徒歩き(かちあるき)を継続中で,これが楽しくて仕方ありません。京都・三条大橋到着後はそのまま京街道を下って大阪へ,その後は中山道を上って東京まで戻ってくるのを夢にしています。

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名古屋・宮宿・七里の渡し 2020.10.31

 ところで,このブログはサイト名「kurikomasha」を名乗っていますが,「くりこま社」は1980年ごろから使っている僕のブランドです。栗駒山は宮城,岩手,秋田にまたがる1,626mの山ですが,その昔,東北新幹線開業前に仙台~青森間を走っていた急行列車からとったものです。急行「くりこま」3往復のうち1往復,下りの1号と上りの6号は,当時,国鉄の急行列車で唯一の全車指定席,表定速度は85㎞/h近い俊足で,上りの6号は先行するディーゼル急行の「きたかみ・たざわ」を追い越すというダイヤでした。上野からの「はつかり(上野~青森間特急)」の初便より早く,また,最終の「はつかり」の後を走る「はつかり」の補完が使命の列車でした。455系使用の急行でありながら特急のような,実直な存在--一説にはコストパフォーマンスがよい--でありたいとの願いによるものです。

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急行「くりこま1号」 1978.8.2

 最近は鉄道趣味も市民権を得て,関連の情報や書籍も増えました。そのなかで「乗り鉄」とか「撮り鉄」とか鉄道趣味者を分類する向きがありますが,どうもこれは馴染めません。そもそも鉄道趣味者はE233系の1~は中央線用,1000番台は京浜東北線用,3000番台は中距離電車区間用などと細かい分類を覚えるのが好きな人種なのかもしれません。そうは言ってもWebにアップして,見て楽しいのは写真に違いありません。最近は貨物列車狙いが多いので,JRの機関車の雄姿もご覧にいれたいと思っています。

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富士山を背に朝の東海道を上るフレートライナー @茅ヶ崎~辻堂 2021.3.14

 「乗り鉄」,「撮り鉄」の2大ジャンルのほか,僕は模型いじり(NゲージもHOゲージも)もやるし,きっぷや駅弁の掛け紙収集,旅客営業規則などの制度研究もやります。また,鉄道は,線路という限られた空間を最大限に活かして人や貨物を運ぶその運転のシステムが最大の面白いところです。バスや船,航空も含めて輸送システムの面白さなどを,訪問者の皆様と共有できたら嬉しく思います。

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船や航空も興味の対象。クイーンエリザベスII @横浜港 2019.4.28,全日空B787 @広島空港 2012.8.2

 次の20周年の節目に向けて,これからも見て楽しく役立つ記事の制作に精進したいと思います。(2021.7.31記)

日本の鉄道車窓トップ20

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(Engilsh is here)

 今日はこのブログ初めての試みで,日本の車窓トップ20をお送りします。「日本の」と冠しましたが,選定の範囲はJR線のなかから選んでいます。なぜこんなランキングを載せることにしたかですが,それは昔,初めてのヨーロッパ旅行の計画で,広いヨーロッパ,さてどこに行ったらよいのだろうと思ったとき,トーマスクックのヨーロッパ版時刻表に「編集長が選ぶ景勝路線」という記事がありました。とりあえず,そこに挙がっていた路線を訪れる行程で旅行したら,確かに景色もよく成果のある旅行ができました。こんな経験から,初めて日本で鉄道旅行を計画するかたの参考になればと考えた次第です。

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釧網本線オホーツク海岸 @北浜あたり 2017.8.2

 そもそも景色がよいといっても,その尺度は人によって異なるし,乗った列車の種別や時間や季節でも変わります。例えば,自分がこれまでで最高と思っている車窓は,冬の興浜南線(1985年廃止),流氷のオホーツク海の向こうから曙光が射してくる瞬間です。そんな訳でこのランキングは絶対のものではなく,人それぞれの意見があることと思います。そもそも僕は鉄道旅行作家でもないので,頻繁に車窓の記憶を更新できる訳もなく,1位にあげた矢岳越えも15年以上のご無沙汰です。

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冬の興浜南線 @栄丘 1984.3

 それでも多少は客観性を持たせようと,詳細は省略しますが,景色のきれいさだけでなく,景色のきれいな区間の長さ(長く楽しめる方が高得点)と列車の頻度(本数が少ない方が高得点)なども加味しています。写真は全区間分を揃えようと探しましたが,難しかったです。走る列車からの写真はブレてしまったり,天気が悪くてとても景勝路線の写真には使えなかったりです。仕方がないので,各ジャンルから1点ずつを見繕ってみました。

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サイト管理者が選ぶJRの景勝路線トップ20

 ジャンルや所在がなるべく分散するように配慮したつもりですが,やはり僕の趣味も出てしまって,北海道が多くなっています。一方,四国や九州は訪れづらさから,相対的に選出数が減ってしまいました。

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サイト管理者が選ぶJRの景勝路線トップ20の所在

 車窓トップ20を考えるきっかけとなったのは姨捨からの車窓で,ここは肥薩線矢岳,根室本線・石勝線狩勝峠と並び日本3大車窓と言われます。3大というのは3つの素晴らしいなのか,3つの雄大ななのか判然としません。そんな訳で,雄大という訳ではないが,きれいな車窓風景を選んでみようと考えたのでした。矢岳は随分ご無沙汰だし,狩勝峠はここ3年間で3回訪れていますが,いずれも夜,雨,代行バスで,これはという写真がありませんでした。これらと限らず,奥羽本線庭坂あたり,仙山線の北仙台など山から平地に向かって降りて行く所はとくに夜景がきれいです。

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篠ノ井線姨捨から善光寺平を見下ろす。遠くには妙高山も @姨捨 2020.1.3

 山から見下ろす眺めがよいのは上の3大車窓ですが,山自体を眺めて楽しむのが山の景色です。今日のとびらの写真の中央本線(東線)から望む南アルプスなどが代表です。下には東海道線の伊吹山をつけましたが,この山は風景のなかでの存在感と周囲の田畑の景色で,昔から気に入っている車窓風景です。記事を書いていて気づきましたが,ランキングに富士山が入ってないのは失敗でした。東海道線ばかりか新幹線から見る富士山もきれいです。日本は山国(やまぐに)なので,山の景色はあげだすとキリがありません。

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東海道線関ケ原から見る伊吹山 @近江長岡あたり 2018.8.4

 山と来れば,反対は川です。川は鉄道の母で,川に沿って遡り,分水嶺の峠をトンネルで越える路線はたくさんあります。それらのなかから4つを選んでみました。釧路湿原はよく分かりませんが,それ以外は昔から川に沿った街道も開けた所です。5月の端午の節句の時期になると,清流の両岸を渡すように鯉幟が架けられたりするのも,日本の川の風物詩です。

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飯田線は天竜川とともに走る。飯田線名物の渡らない鉄橋です(川は支流の水窪川) @城西あたり 2018.7.30

 ジャンル分けの最後は海です。日本は島国で海に囲まれ,海の景色がきれいな所もたくさんあります。その中から6つを選びました。山が迫った狭い土地に国道と鉄道が並走し,家も立ち並ぶ場所が多く,長い時間にわたって海を見はらせる車窓は少ないです。この他,鶴見線の海芝浦なども好きな所ですが,一瞬で終わってしまうので時間のポイントが伸びずに選外です。

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羽越本線笹川流れの区間。優等列車では車窓案内もはいる @今川あたり 2019.7.15

 今日の記事はいつもより短めですが,かかった時間は最大級です。最初にも書きましたが,とくに用事はなく,車窓を楽しむために出かけるかたへの一助となれば幸いです。コロナ禍が終息し,誰に気兼ねすることなく,乗り鉄を楽しめる日が来るのを期待して筆をおきます。(2021.1.3記)

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選にもれてしまった新幹線から見た富士山 @新富士あたり 2020.10.31

机上旅行--日高本線と五能線のキハ40

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 時刻表の愛読者は「時刻表」でいろいろな線区の時刻表を眺めるだけで旅行気分に浸ることができ,これを机上旅行と言ったりします。僕も時刻表は3度の飯より好きですが,机上旅行はあまりしません。時刻表を眺めているうちに旅行に行きたくなり,本当に必要なものは実際に出かけるからです。必要なお金も時間も何とか工面できるだけ,ありがたいことだと思います。ところが昨今のコロナ禍では旅行に出かけることができません。そこで今日は最近,計画した北海道旅行の机上旅行をご披露します。

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日高本線の急行「えりも」 @浜厚真 1980.3.13

 今回計画したのは,この(2021年)3月末で廃止になる日高本線のお名残り乗車旅行です。日高本線鵡川~様似間は昨年10月末に2021年11月1日付で鉄道事業の廃止の届け出がされました。この際に4月1日付へ廃止繰上げのオプションがついていましたが,繰上げが認められ,今年1月5日に正式に4月1日に廃止する届け出がされました。この旅行の行程を計画するうち,秋田地区に残っていたキハ40もGV-E400系の投入により,3月のダイヤ改正で廃止のニュースも耳に入りました。日高本線は廃止といっても災害による不通区間の発生でバス代行中,キハ40のほうも鈍重で低加速でお世辞にも好きな形式ではないのですが,なくなると聞けばもう一度乗っておきたいと思います。僕も完全に葬式鉄といわれる人種のようです。

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登場から間もないころの五能線のキハ40 @大間越~岩館,陸奥岩崎 1979.3.20ごろ

 旅行の最初の計画はお正月休みです。今年の正月はカレンダーの並びがよく,僕の勤める会社は10連休です。12月27日(日)までに出れば,年内に帰ってこれて,お正月は家で家族と迎えることができます。青春18きっぷで北海道まで行くのは正直しんどいですが,他によい手段もありません。青春18きっぷで2日がかりで帯広まで行く行程がこれです。

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横浜~帯広1/2。八戸まで

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盛岡~八戸間バス八盛号。岩手県北バス便 2019.12.28

 実は一昨年の年末にも札沼線新十津川に行くためにこれとほぼ同じ行程を旅行しています。そのときの記事はこちらを参照ください。このときは八戸~苫小牧航路で夜行便を使っていますが,船旅を楽しみたいので,今回は八戸泊まりで計画しました。東横インのGO TOトラベル料金が2,903円とキョーレツに安かったのもこの行程にした理由です。また,盛岡~八戸間の高速バスを使うのもこの行程のポイントです。単調になりがちな青春18きっぷの旅,並行在来線の第3セクターに高い運賃を払うよりは楽しそうです。ただし年末の雪道,事故に遭うおそれもありますが,そのリスクは受容です。一昨年末は実際,東北縦貫道で車がぶつかっていました。

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横浜~帯広2/2。八戸~帯広

 八戸~苫小牧間でたっぷり昼間の船旅を楽しんだ後は,翌日のスタートになる帯広までの移動です。新夕張~新得間はその区間内の乗車に限り青春18きっぷで乗れますが,初めてその特例を活用します。また,苫小牧から室蘭本線の下り列車があり,追分での接続もよく,「おおぞら9号」の前に新夕張に着くことができます。

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八戸~苫小牧は船旅を楽しむ。対向の商船三井フェリーから 2017.7.31

 新得~帯広間はそのまま「おおぞら」で行きたいところですが,まずまずの接続で普通列車があるので,節約のためこちらにします。

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とんがり屋根が瀟洒な新得駅。列車は当時の日本最長鈍行2429D 2015.5.3

 旅行の目的は日高本線ですが,代行バスで往復するのもパッとしません。少々お金がかかりますが,ここは帯広からぐるりと襟裳岬を回るコースに迷いはありません。

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襟裳岬縦貫ルートの3日目

 帯広~広尾間は愛国や幸福を通る国鉄広尾線の転換バスです。広尾~様似間はJRバス日勝本線ですが,久しぶりに時刻を眺めたら随分,便数が減ってびっくりしました。今のダイヤでは平日3便,土休日2便ですが,昔は10便とは言わないまでも6,7便あったと記憶します。少なくも,1便おとして写真を撮ろうと思う程度には走っていました。

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JRバス日勝本線 1988.7(左),1984.3(右)(国鉄バス時代)

 様似からは旅行のメインイベントの日高本線の代行バスです。一昨年の年末にも清畠までは来ている(そのときの記事はこちら)ので,今回は様似~清畠間は目を皿にしていたいと思います。また,ここの代行バスはJR北海道バス以外の地元の貸切バスへの委託便もあるようで,どんなバスが来るか楽しみです。この日の晩は新日本海フェリーに泊まるつもりです。新日本海フェリーの苫小牧は苫小牧東港という埠頭で,地図で見ると浜厚真駅から近いようです。Google mapで調べると,1.6km20分弱と出ますが,冬の北海道,暗いし足元も悪そうで,タクシーがいたら利用したくなります。苫小牧からフェリーに乗れば,翌朝には秋田に着きます。鵡川からの列車に苫小牧まで乗った場合,最終の新青森ゆき「はやて100号」に接続し,弘前(0:23着)までたどり着くことができますが,特急券代がもったいないので夜行の海路を選択しました。

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旅行4日目は五能線の鈍行を楽しむ

 秋田から奥羽本線を小1時間下れば東能代~弘前間153.5kmを4時間25分かけて走る長距離鈍行に接続します。ところが11/26にJR東日本秋田支社からリリースされた情報ではこの列車は12/12からGV-E400系が先行投入されるそうで,キハ40のお名残り乗車にはなりません。真新しい気動車で五能線の日本海を楽しむか,時間は窮屈になりますが,別の列車にするか微妙です。

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五能線の車窓 2016.3.21

 15:24に弘前に着けば,あとはつらい青春18きっぷで帰宅の旅です。青森・秋田県境の陣馬越えの列車がなく,恐ろしく接続が悪いですがその日は湯沢まで上ることができます。

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旅行5日目湯沢から帰宅の旅

 旅行5日目は湯沢から鈍行乗継ぎで横浜の自宅へ帰宅の旅です。湯沢から横浜ぐらいは鈍行でも何でもない距離で,多少の寄り道をしながら南下の行程です。そういえば大曲~新庄の狭軌のまま取り残された奥羽本線,雄勝峠の区間に乗るのは随分久しぶりです。

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奥羽本線雄勝峠越えの客車鈍行 @三関 1980.6

 奥羽本線といえば米沢~福島の板谷峠が好きなのですが,去年の夏にかじっているので,今回は仙山線に行ってみることにします。仙山線は奥羽山脈南部をトンネルで貫いて宮城・山形の県都を結ぶ線ですが,山間で地名が少ないのか,線路名称も列車の愛称もトンネルの名前も「仙山」です。高速バスに対抗して,いっときは途中ノンストップの「仙山」もありましたが,やり過ぎ感があったのか,今は主要駅停車になりました。仙台からは大人しく東北本線を上る行程ですが,宇都宮で2時間弱がとってあるのは餃子でも食べるかという時間です。

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特別快速「仙山」 @山形 1991.7

 記事は青春18きっぷを利用の前提で書きましたが,JR東日本には北海道&東日本パス11,330円という商品もあります。この商品は鈍行しか乗れないのと利用できる期間は青春18きっぷと同じですが,有効期間が「連続する7日間」です。また,北海道新幹線のオプション券がありますが,北海道新幹線のほかJR北海道の特急列車も1日間利用可能です。上に書いたうちの浜厚真から弘前へ陸路で抜ける行程の場合はこのきっぷを使った方が便利なようです

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北海道,東日本パスのちらし(拡大はこちら

 正月休み用にたてた計画は新型コロナの感染拡大で外出のお許しが出ず,お蔵入りになりました。懲りない僕は,次なる案として「大人の休日倶楽部パス(以下,おと9パス)」利用の行程を計画しました。出かけるのは1月21日(木)~24日(日)の4日間です。おと9パスは50歳以上が入会条件の会員限定で,JR東日本およびJR北海道のエリアを新幹線・特急も含めて乗り放題というお得なきっぷです。東日本と北海道の両エリアが有効なパスは26,620円で5日間有効です。ただし,利用期間が超が付くような閑散期に限られているのが難点です。僕もこのパスが使いたくて,50歳になったら日をおかずに大人休日倶楽部の会員になりましたが,残念ながらまだ1度も使ったことがありません。

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大人の休日倶楽部パスのちらし(拡大はこちら

 さて,おと9パスは新幹線,特急が使えますが,この効果は絶大で磯子~帯広が余裕で日着できます。自分でもこれは乗り飽きるだろうと思いますが,これはこれで惚れ惚れする行程です。

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おと9パス利用,横浜~帯広日着の行程

 旅行のポイントとなる2日目は,上の青春18きっぷ利用と同じなので省略します。3日目は新日本海フェリーの船旅を新潟まで楽しむことにします。新潟上陸後は,翌日の五能線に備えて秋田まで下っておけばよいのですが,この行程が驚きです。新潟~秋田は「いなほ」で約3時間半なので,15:30に新潟港に着けば余裕と思いましたが,なかなか思うような行程が組めません。酒田までは17:15の「いなほ9号」があり,そこそこの時間に着きますが,その先の列車が2時間以上なく,新潟を1時間40分後に出る「いなほ11号」でも同じです。

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おと9パス利用,新潟~秋田の行程

 新潟港から駅の新幹線ホームまで39分で移動する必要がありますが,16:09の速達の「Maxとき332号」に乗れれば大宮乗換えで,羽越本線経由より2時間も早く秋田に着くことができます。これなどは机上旅行ゆえの行程のような気もしますが,おと9パスなら値段を気にすることはないので,実際やってみたくなります。

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おと9パス利用,秋田から五能線に乗って,横浜に帰る行程

 翌朝は6:15発と少々早い出発です。東能代には7:11に着き,7:23の弘前ゆきに間に合います。この列車は東能代~弘前間を4時間32分かけて走る長距離鈍行で,僕独自の長距離鈍行の集計でも全国19位(興味があればこちらもどうぞ)です。今のところはこの列車にGV-E400系が充当されるという話は聞いていないので,キハ40の旅も楽しめそうです。
※ 実際にキハ40乗車を目的に旅行するときは,いつから新車を使い始めるか分からないので,ご自身でよく確認ください。

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ありし日の五能線のキハ40 @鯵ヶ沢 1984.3.6頃

 弘前からはその日のうちに帰ればよく,新幹線が使えるのでどうということのない行程です。せっかくなので花輪線で盛岡に出る行程にします。花輪線は今はキハ110で運転されますが,勾配線区に重点投入されたJR第1世代の気動車で,そろそろ更新の話も出てきそうです。

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ありし日の花輪線風景 @十和田南? 1984.3.7頃

 コロナ禍のほうは2度目の緊急事態宣言も発出され,1月下旬実行のつもりで計画したこの旅行もお蔵入りです。JR東日本のアナウンスによれば,3月4日~16日にもう1度おと9パスの期間を臨時に設定するそうです。この時までには緊急事態宣言も終息し,多少の移動や旅行ができるようになっていることを切に希望します。会社では年度末ですが,旅行ができるようになっていれば今度こそ実現したいものです。それまではとにかく人との接触を減らし,忍の1字です。(2021.1.21記)

 さて3月の大人の休日倶楽部パスの追加発売期間ですが,懲りずに再度の計画をしてみました。3月11日(木)の夕方発,14日(日)帰着の4日間コースです。会社を早めにあがり,夕方の「こまち」で下って,12日(金)にキハ40最終日の朝7:23の長距離鈍行弘前ゆきに乗車,その後は急いで帯広へ。翌日は襟裳岬を回って日高本線で帰途に就き,最終日は多少時間があるので,仙台から在来線特急の「ひたち」を楽しむ行程です。

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最後に計画した3泊4日コース

 今回はきっぷやホテルまで手配したのですが,今般の関東1都3県の緊急事態宣言延長で,あえなく撃沈です。ここまで来るともう楽しい机上旅行ではなく,ただの計画倒れです。実は僕は2月11日が誕生日で,3月11日からのパスは自分への誕生日プレゼントでもあったのですが。駅に払戻しに行ったら,この場合は払戻し手数料は免除とのこと,せめてもの慰めでした。

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用意したきっぷ

 3月12日にアップしたライフワークの長距離/長時間鈍行列車のランキング(記事はこちら)によれば,今回の改正で山陰本線に4時間半超の長距離鈍行が誕生しました。ここと限らずJR東日本以外の各社ではまだまだキハ40は健在なので,お名残乗車で混雑する前に乗りに行かなくてはです。(2021.3.12追記)

みどりの窓口考

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 (2020年)7月17日,わが家の最寄りの磯子駅の「みどりの窓口」が営業を終了しました。ここの窓口では一筋縄ではゆかないきっぷを何度も売ってもらっているので,なくなるとなると大変残念かつ不便です。今日はこの機会にみどりの窓口についてを書いてみたいと思います。

 その7月17日ですが,最終日に何か記念になるものをと青春18きっぷと横浜までの乗車券を買いに行きました。どちらも隣りの指定席券売機でも買えるきっぷですが,今日は磯子駅発行にこだわり窓口に並びます。大抵は空いている窓口ですが,10秒前に先客があり,少しの間待ちます。瞬間,割込まれた感があったのですが,災い転じて...で,このかたのおかげでちょっとしたラッキーがありました。

 順番が来て,今日が最終日なんですね...など2,3会話し,2つのきっぷを発券してもらいます。前のお客さんが何かおまけをもらっていたようなので,自分も所望すると入場券を買った人への記念品だそうです。入場券を買ってもよかったのですが,お名残り購入という意味ならこちらも同じなので,「磯子~横浜」のきっぷではダメですか?と掛け合います。担当の若い窓口女史は一瞬ひるみましたが,「どうぞ」とくださったのが下のきっぷ台紙です。

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最終日のきっぷ台紙

 さて,みどりの窓口営業終了後ですが,磯子駅には今でも指定席券売機がありますが,8月31日からはカメラとインターホンが付いた「話せる指定席券売機」になるそうです。告知文によれば,カメラによる確認ができるので学割やジパングクラブの割引きの対応もできるそうです。しかし,例えば「プレゼント引換券の発行は入場券購入者」とプログラムされたら,お名残り購入であっても他のきっぷの購入者には発券できないとか,機械化=杓子定規,応用が利かないと理解しています。カメラで撮って人間が遠隔操作するのは過渡期の技術で,ゆくゆくはAIによる自動認識になるのでしょうが,こういう応用動作が可能になるのは自分の眼の黒いうちではないと思います。

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「話さない(?)」現行の指定席券売機

 また,8月31日の指定席券売機の機能強化までの暫定なのか,その後もなのかはっきりしませんが,指定席券売機で扱えないきっぷを買うために隣りの根岸や新杉田に行く場合はその運賃を補填するそうです。定期券の発売窓口を集約した際に鉄道事業者各社が採り入れた制度ですが,指定券についての取扱いは初耳です。地方ではみどりの窓口のある駅まで出向く要があるのはふつうのことで,それを補填するのはバランスを欠く感があります。

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磯子区の地図

 両隣は健在なのに磯子駅をたたむのはなぜ?と素朴に思います。磯子区の鉄道線路図を見ると,根岸は本牧方面まで駅勢圏に入りそう,新杉田は金沢方面へのシーサイドラインを抱えるのに対し,磯子は並行する京急では一大ターミナルである上大岡が最寄りと不利な条件が重なっています。数年前に駅の隣りに横浜運輸区が移転してきましたが,そこの社員の遠出の需要など焼け石に水なのでしょうか。

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1980年代の窓口風景(鉄道博物館・大宮) 2019.2.2

 ところでみどりの窓口ですが,今回その起源にあたってみました。みどりの窓口は1965年9月,東海道新幹線が開業1年,列車の本数も倍増となって,それまでの駅からの客の指定席券購入希望を指定券センターで電話で受けて台帳管理で発券する方式では限界のため,コンピュータ端末による発券窓口を全国の主要152駅に設置したのが始まりのようです。Wikipediaではその前史として,門鉄局の営業活動なども触れられています。今ほど環境や緑化の意識も高くない当時,なぜみどりの窓口だったのだろう?と思いますが,指定席券はきっぷの地紋が緑色(乗車券は近距離:赤,長距離:青)だったかららしいです。

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確かに指定席のきっぷの地紋は緑でした

 僕にとっては,朝10:00に並んでとるプラチナチケットのきっぷを買えるのがみどりの窓口の極意と思っています。マニアは「10:00うち」というそうですが,指定券の発売開始の10:00きっかりにマルス端末を操作して指定券を出してもらいます。以前はわが家の近所の大きな駅では朝から10:00発売開始の指定券の受付をしていましたが,最近はそれもやめになり,稀少な指定券の入手は困難になるばかりです。一方,えきねっとでは1か月前の発売開始の1週間前から予約の受付があります。1か月前の10時になると順次マルスに流し込む仕組みですが,これと窓口に並ぶののどちらが確実なのかは分かりません。

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「10時うち」をお願いしてもダメなこともある。秋田延長の「きらきらうえつ」をリクエストしたとき

 近ごろはいろいろな面で,ゆとりが大事になり,きっぷをとるために早起きしたり,行列したりは時代遅れなのかもしれません。また,電子化やネットの発達できっぷや指定席券を対面販売することが縮小傾向なのも時代の流れです。最寄り駅のみどりの窓口の営業終了の残念から好きなことを書きましたが,今日はこの辺で失礼いたします。(2020.7.28記)

鉄道スタンプ1980's--厳選全国36種・その2

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その1から
 今日は先回に続き,1980年ごろの鉄道スタンプのなかでこれは良いと思ったものをご紹介します。

 鉄道スタンプというと駅のスタンプが大多数ですが,なかには列車内にスタンプを設置していることもあります。また,以前,国鉄~JRが連絡船を営業していた時は連絡船内にもスタンプが置かれていました。下の「富士」などは,客車は品川配置で「はやぶさ」などと共通に運用されていたので,車掌さんが持参して乗務していました。長距離列車の車掌さんが通しで乗務していた懐かしい時代の話です。

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東京~九州寝台特急「富士」 1981.7

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青函連絡船「摩周丸」 1983.3

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宇高連絡船ホーバークラフト「とびうお」 1983.2

 スタンプは国鉄のキャンペーンにあわせて全国一斉に調製されることがありました。有名なのは1970年からの「DISCOVER JAPAN」です。その後も1977年からの「一枚のキップから」のキャンペーンや1980年からの「わたしの旅」シリーズでスタンプが整備されました。僕が精力的にスタンプを集めていた頃は「DISCOVER JAPAN」のキャンペーンが終わった後で,駅によってはわざわざ印面からDISCOVER JAPANの文字を削っていました。2020年の今でも時々DISCOVER JAPANの文字の残ったスタンプを目にすることがありますが,特別天然記念記念物でも見つけたような気になります。「わたしの旅」のスタンプは下の敦賀のようなデザインですが全国778駅に整備されたそうです。その後,JRになってもこのデザインを踏襲したスタンプも多いです。

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名松線伊勢奥津,DISCOVER JAPANのスタンプ

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夕張線紅葉山(現・石勝線新夕張)1980.3,DISCOVER JAPANの文字を削った例

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奥羽本線米沢,一枚のキップからのスタンプ

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北陸本線敦賀,わたしの旅のスタンプ

 その他,30年以上前,僕が大学生の頃の感覚で36選に入ったものをまとめてご紹介します。

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胆振線新大滝 1980.3,滝の入ったデザインは細かいのでスタンプ映えする

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釧網本線標茶 1980.3,さっぱりしているが,牧歌的な雰囲気が好ましい

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東北本線青森,青森駅は昔からスタンプを大事にする駅で今もその伝統は残る

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奥羽本線大館 1978.7,DISCOVER JAPANを削った跡が残る。若干投げやりなデザインか

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奥羽本線大館,こちらはわたしの旅のスタンプ

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弥彦線越後長沢,DISCOVER JAPANの残党,国鉄時代の1985年には廃止されていた

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中央本線四方津,これもDISCOVER JAPANの残党,小柄だがバランスよいデザイン

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紀勢本線多気,土管が名産?ではあるがデザイナーの苦労が偲ばれる

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姫新線津山 1979.7,スタンプの形,列車,周辺の名所とかなり凝ったつくり

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山陽本線岡山,ポップなフォントで子供向きなデザイン

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伯備線方谷 1979.7,清流以外見るところがない所ですが,それをすっきりデザイン

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予土線伊予宮野下 1983.2,小さめの印面の中に細かく周辺の名所がちりばめられている

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唐津線唐津 1983.3,DISCOVER JAPANの残党だけどすっきりしたデザイン

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肥薩線人吉 1980.9,九州地区ではいっとき2色のシャチハタ式のスタンプが整備された

 ところで,スタンプ収集に欠かせないのがスタンプノートです。弘済出版社~鉄道新聞社に社名は変わりましたが僕がスタンプ収集を始めるよりずっと前の1971年から一貫して発売され,全国の駅の売店で買うことができます(その1のとびらの写真参照)。紙の質がよくスタンプののりがよいので最初のうちはこれを使っていました。段々量が増えてくると整理がしづらくなってきたため,今は普通のメモ用紙を使っています。この用紙は安価なのと,ちょっと大きめの文具屋に行けば必ず手に入るのがメリットです。この用紙に2つずつスタンプを押し,1枚は線区別,1枚は旅行別に綴じるのが僕流の整理法です。また,最近はサービスで駅でスタンプ用紙を作って置いてある駅もあり,これらもいただいては来るのですが,現在はどう整理したものか悩んでいるところです。

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現在の収集タイプのメモ帳と駅で配布の用紙の例(保土ヶ谷駅)

 大きな旅行では必ずメモ帳を持参しスタンプは押しているのですが,会社の仕事が忙しくなり始めた30年位前から整理が滞っています。会社を定年になったら,その後にゆっくり整理をしようと思っています。このブログでもたまにはスタンプを扱いたいのですが,当分先になりそうです。
追:
 こんな記事を投稿したとたん,JR東日本から「『駅のスタンプ』を17年ぶりに一斉リニューアルします!」というリリースが発表されました。東京支社エリア内の78駅のスタンプを新調する由です。自分の趣味とは少し違うデザインですが,また新しいスタンプが増えるので楽しみです。(2018.2.3記,2020.6.17修正)

鉄道スタンプ1980's--厳選全国36種・その1

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 僕の説では鉄道趣味者に収集癖はつきものです。きっぷ,写真,模型,そして駅弁の掛け紙と鉄道に関係するものには集めて楽しいものがたくさんあります。駅のスタンプはその数も多く,集めるのにお金もかからず,旅行の記念の蒐集にもってこいです。何年か前のブログ記事で古いスタンプを引っ張り出してきたので,今日は駅のスタンプのいくつかをご紹介します。

 2017年11月スタンプ箱を開けると,スタンプを整理して綴じたファイルと共に,30年位前に当時集めたなかで優れたデザインのスタンプを集めた冊子が出てきました。今日,ご紹介するのはその冊子で採りあげたスタンプを改めてスキャンしたものです。集めたスタンプは逐次増えていますが,今日は30年位前で時計が止まった形ですが悪しからずです。また,押捺の年月ですがあいまいな記憶を頼りに書いています。ローカルな線区では訪れた年月がほぼ思い出せますが,幹線上の駅は何度も通るため押捺日が明確にできませんでした。

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以前は押したスタンプもきれいに整理していた

 先ずは,その時点でNo1と思われたスタンプが次の2つです。上の中央本線南木曾駅は僕にスタンプ蒐集の楽しみを教えてくれた鉄道研究会の先輩の選です。大きさも大きく,旧街道の家並みの細い桟が見事なスタンプです。また,南木曾駅は,米原と並び数少ないホーム上にスタンプを置いていた駅でもありました。下の山田線大槌は僕の選ですが,紙からはみ出るくらい大きく,全体を槌の形にかたどり,なかに土地の名勝・名産をちりばめた図柄はバランスもよいと思います。大槌駅は震災と津波の影響で長い間,営業休止でしたが,去年3月三陸鉄道リアス線の駅として営業を再開しました。

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中央本線南木曾 1981.8

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山田線(現・三陸鉄道リアス線)大槌 1979.3

 ところで駅のスタンプはいつごろから置かれるようになったのでしょうか。その答えがここにあります。このスタンプによれば1931年(昭和6年)福井駅が鉄道スタンプの発祥のようです。

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北陸本線福井

 スタンプは沖縄のゆいレールも含め全国にありますが,僕の思い入れも多分にありますが,北海道には秀逸なデザインのスタンプが多かったと思います。北海道は鉄道ネットワークがずいぶん減ってしまい,下の4駅でも美幸線仁宇布と渚滑線北見滝ノ上は線区自体が廃止になってしまいました。北見滝ノ上と日高本線鵡川は北海道をかたどったデザインで旅情を感じます。

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美幸線仁宇布 1980.3

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渚滑線北見滝ノ上 1980.3

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日高本線鵡川 1980.3

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函館本線小樽 1980.3

 最初の南木曾もそうですが,デザインが細かいときれいに見えます。使っているうちにつぶれてしまったり,欠けたりして,印面のメンテンスも大変ではあります。字が多いとデザインも細かくなるので,俳句や短歌をデザインに入れ込むときれいに見えるようです。句といえば芭蕉の句が多いのですが,青海は平頼盛の妻の歌です。

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仙山線山寺 1979.12

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羽越本線象潟 1979.3

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北陸本線(現・えちごトキめき鉄道日本海ひすいライン)青海

 スタンプの形は大体,丸か四角,五角形,六角形くらいがよくある形です。大槌や鵡川などのようにスタンプ自体の形が変わったものは凝ったものが多いですが,異形のものとしては貝をかたどったものによいデザインが多いようです。

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山陰本線宍道 1979.7

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清水港線三保 1980.8

 新線の開業,新形式車両の投入のときにスタンプを新調することも多いです。これらの記念日は1日限りですが,スタンプは当分使えるので,そのまま設置されます。また,駅が無人化されると近所の有人駅に移して保管することも多いです。下の盛線(現・三陸鉄道リアス線)三陸は確か盛で押したものです。

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盛線三陸 1981.3

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東北本線大宮 1983.2

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東海道本線大阪

 この記事は2018年に書いたままお蔵入りになっていたものです。Covid-19禍の影響で外出することもできず,ネタ切れ対策でアップするものです。36種のうち半分弱を紹介したので,残りは次回6月22日にアップします。
(2018.2.3記,2020.6.6修正)

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9月5日の京急線踏切事故に思うこと

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イメージ(@仲木戸~神奈川)

 この(2019年9月)5日(木)京急線神奈川新町(以降,新町と略記の場合あり)駅近くの踏切で大型トラックと快特電車が衝突する事故がありました。京急線は自分の通勤ルートで毎日使っていることもあり,大変関心を持ちました。正式な報告は京急や運輸安全委員会の報告書を待つとして,現時点で思っていることを書かせていただこうと思います。先ずは,亡くなられたトラックの運転手さんのご冥福,怪我をされたかたの平癒を祈念いたします。

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読売新聞9月6日(金)朝刊13刷1面から

1.事故の概要
 9月5日11:43頃,京急本線神奈川新町駅隣接の新町第1踏切で,青砥発三崎口ゆき快特電車と大型トラックが衝突,電車はトラックを巻込みながら約70m走って止まりました。8両編成の電車はトラックに乗上げた1両目が大きく傾き,2,3両目が脱線し,乗客など35名が怪我をしました(運転士さんも怪我をしたのではないかと思いますが,報道は全て「乗客など」で運転士の容態に触れたものはありません)。トラックは電車との衝突で大破,出火,運転手さん1名が亡くなりました。なお,トラックは成田の運送会社の13t積みで,現場近傍の青果市場から柑橘類を千葉県へ運ぶ途中でした。原因の第一はトラックの踏切侵入ですが,踏切障害検知装置(以降,踏切障検)が設置されているのになぜ列車が止まれなかったのかは不明な点も多く,これから京急と運輸安全委員会で解明されるでしょう。

2.最初に思ったこと
 自分がこの事故のあらかたを知ったのは5日19:30頃,退勤時の振替輸送の列車の中でのインターネットの記事でした。大型トラックはそうでなくも走る凶器みたいなものだから高齢のかたに運転させないほうがよいのではないか,でした。高齢運転者の運転ミスによる痛ましい事故が続く昨今と高齢者にも頼らざるを得ないトラック業界の事情と関連づけてしまいました。電車の側は,そうでないことを祈りつつも,踏切障検が動作してもどうせまた直前横断だろうと僅かでも非常ブレーキ操作に逡巡はなかったのかと思いました。帰宅後,ジュニアと会話しましたが,彼の意見も踏切障検の動作でいちいち止まっていたら,ダイヤが維持できないでした。品川~横浜間は1995年から120km/h運転が行われていますが,京急の目玉商品であり,この商品価値が毀損するのはよくない,どうなるのだろうと思いました。

3.事故に至る不運やミスの連鎖
 このような大事故は単純なミスで起こるのではなく,それに至るまでにたくさんの不運やミスの連鎖があるものです。どこまでをその連鎖に含めるかが難しいですが,以下,自分なりにまとめてみました。
・トラックの運転手さんがどれだけ横浜青果市場近傍の道路事情に慣れていたか分からないが,ナビのないトラックで単身で遠地での業務に就いていたこと。なお,所属する会社のトラックの9割はナビ装備済だった由。
・トラックが狭隘な住宅地に迷込んでしまい,踏切横の交差点を曲がることができなかったこと。それにより踏切を渡ることになったこと。
・トラックの運転手が(勝手に?)踏切内に入ったこと。報道では,当初,踏切と逆の左方向に曲がろうとし,たまたま休憩中で付近を通行中だった京急の乗務員に後方監視の支援を頼んだとされる。踏切側に曲がるなら,その乗務員に断れば列車の間隔の開く時間帯などのアドバイスを得られたかもしれない。
・たままたま来た列車が速度の速い快特だったこと。普通やエアポート急行であれば新町停車なので,多分,衝突はなかったと思われる。なお,日中時間帯のこの区間は,カーブした子安駅を抜け,築堤上の仲木戸駅に向け加速し,120kmのトップスピード近くで走る。
・踏切障検は設置されていたが,信号回路とは連動していなかったこと。
・同様に現場に居合わせた京急の社員により踏切異常ボタンも扱われたが,これも信号回路と連動していなかったこと。
・踏切障検の警報機(特殊発光信号機,以下,特発と書きます)は踏切の340m手前にあり,それを見てブレーキをかけたが間に合わなかったこと。それを見た位置がポイントだが後述。
・通常,神奈川新町退避の列車では乗務員が通過列車の監視に立つが(この際ホーム上の列車停止ボタン操作が期待できる),このとき退避していた列車は乗務員が交代する運用でホーム上での列車監視がなかった(らしい)こと。

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仲木戸駅から新町・踏切方向を望む 2019.9.7

4.不幸中の幸いだったこと
 衝突事故は不幸ですが,いろいろ情報を聞くと,まだまだ不幸中の幸いだったことがたくさんあることも分かりました。
・京急の電車が重量のあるクモハ(京急ではデハ)だったこと。これは京急のポリシーだが,乗上げて傾いても,転覆しなかったのは大きい。なお,京急は120年の歴史の中で1度も転覆事故は起こしていない由。
・トラックから出火したが,火災程度で済み,燃料に引火,爆発のような事態は避けられたこと。
・防音壁があったため,はね飛ばされたトラックが沿線の住宅や通行人に当たることがなかったこと(そのせいで巻込まれてしまったともいえる)。
・上り列車が近くまで来ていたが,止められたこと。時刻表上は隣りの仲木戸駅を11:43に出る普通列車があり,脱線した列車は大きく上り線を支障していたので,1歩間違えば大惨事だった。脱線した列車で軌道回路が短絡したのか,非常ボタンか,そもそも現場は見通しがよいので分かっていたか理由は分からないが,この列車を止められたのは大きい。

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現場付近の地図。Google Mapから加工
つぶれてしまっているが○と○の間が459.93m

5.ポイント1。踏切障検の信号視認とブレーキ操作点
 レールと車輪の摩擦は鉄道システムの原点ですが,列車を適切に止めるのは難しい技術で,新幹線でも高い速度を出すことよりも,その速度から適切に止めることの方が格段に難しい技術です。そこで日本では国土交通省の省令で非常ブレーキを扱ったとき600m以内で止まれることを規定しています。このため踏切障検を設置する場合も,600m以上手前で確認できる必要があります。上の地図のとおり,現場の手前の子安駅は左にカーブしており,報道で340m手前にあったとされる踏切障検の遠方の特発を運転士がどこで見たかがポイントです。理屈では260m以上手前でこの信号を見れば非常ブレーキ操作で間に合います。

 京急のこの区間の最高速度は私鉄最高の120km/hですが,新1000形の非常ブレーキ(毎秒-4.5km/h,毎秒-1.25m/s:Wikipediaによる)で減速すると止まるまで27秒かかる計算です。実際は,運転士が視認してから,非常ブレーキを操作し,電気的に非常信号が出て,空気ブレーキのシリンダが動作するまでの空走時間がかかります。120km/hであれば秒速33mであり,この距離が生死を分けます。実際の空走時間は見当つきませんが,経験的に1.5秒とすると,視認してから止まるまでに511m必要という計算になり,省令に収まることが確認できました。

 7日土曜日は週末で時間があったので,実際に現地に行って見たところでは,以下の状況でした。
・踏切の600m手前(子安駅の新町側ホーム先端あたり)では特発は見えない。
・特発は新町駅の場内信号機に隠れてしまって,かなり近くまで行かないと見えない。
・大概算ですが,特発が見えるのは踏切から460m位の地点(下の写真の点)。ただし,点灯状態では強く赤く発光するので,その状態は分からない。

 460mの地点で,上と同じ条件で非常ブレーキ操作を行うと,踏切では40km/h程度の速度が残っている計算になります。衝突した速度についての報道記事はまだ見ていませんが,素人目にも電車の前面の損傷状態から,こんな程度だったのだろうとは想像がつきます。とすると,躊躇なく非常ブレーキをかけても衝突は免れなかった計算になり,2.は全くの邪推のようです。これで,運転士さんに対する疑いは晴れましたが,線路設備として特発の設置位置がそれでよかったのかという疑問は残り,これは京急と運輸安全員会の調査を待つことになります。

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新町第1踏切の遠方特発 2019.9.7

6.ポイント2。踏切の安全対策
 鉄道の輸送障害のうち踏切事故は大きな割合を占め,人身事故はともかく,対車の事故では今回のように被害はとても大きくなります。新幹線や新交通システムでは重大事故は滅多になく,地平面を道路交通と共用する一般の鉄道では踏切事故を防ぐ対策が重要です。重層化による踏切の解消が一番ですが,これには費用や場所の制約がありすぐには進められません。「間違っても踏切には入らないこと」の徹底に鉄道事業者,警察,自治体が協調して取組む必要があると思います。事故に至らなくても踏切障検を作動させたら罰金を科すとか,遮断桿を折ったら罰金+刑法犯として処罰+損害賠償請求などは考えられないでしょうか。法整備さえすれば,最近は監視カメラ技術が発達しているので,追跡することも可能と思います。

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3次元レーザーレーダ式障害検知装置。近くのJRの踏切で 2019.5.25

7.事故の教訓
 報道などでは,踏切障検と信号装置が連動しないのは時代遅れで,連動させるべきとの意見を見ますが,敢えてこれには異を唱えたいと思います。確かに事故は防げるでしょうが,6.の対策が不完全では頻繁に非常停止が発生して,安定輸送ができなくなってしまうからです。一方,こんな事故は京急120年の歴史の中で初めてだから(?),今後も当分はないだろうというのは大間違いです。4.の幸いに感謝すべきで,衝突事故は絶対になくさなければなりません。

 ところで,今回の事故に関連する報道で秀逸なものがありました。山形県の奥羽線で2004年に車と列車が衝突し,運輸安全委員会は2010年3月に「停止信号が電柱に紛れて見えづらく,運転士の確認が遅れたことが原因と結論づけた」(日本経済新聞9月7日(土)朝刊13版33面)事故があったそうです。詳細は分かりませんが,今回の事故は相当に類似性があり,2010年の報告書が全国の鉄道事業者に横展開されていれば...と思います。

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新町第1踏切の(遠方)特発のかぶりつきビューとその拡大 2019.9.7

 先のことは分かりませんが,今回のようなとき事業者の運行や設備の管理者をとっつかまえて刑事罰を科せばよいと日本人は考えがちですが,原因を深掘りし,再発防止をすべての鉄道事業者を挙げて取組むことが大事です。運輸安全員会はそのための組織だったはずです。昔の憶えですが,運輸安全委員会の手本とされる米国の国家運輸安全委員会(NTSB)では,事故の関係者が原因究明のために自分が不利なことを証言しても,刑事裁判で訴追されることはないそうです。この国の運輸行政や国民感情が野蛮な個人処罰主義と決別することを祈らずにはいられません。

 話が大きく逸れましたが,自分としての提案も一つ書いておきます。5.の記述が概ね外していないとして,460mで止まれなかったなら,460mでも止まれる速さで走ればよいではないか,です。自分の試算では110km/hであれば,同じ条件(空走時間1.5秒,減速性能-4.5km/h/s)で435m位で止まることができます。幸い京急のATSは速度照査の機能もついた高機能なものなので,踏切障検を信号システムと連動するよりは,ダイヤに与えるインパクトは少ないと思います。

 なお,5.にせよ,本項にせよ,積分が苦手な文系の自分が計算したものなので,計算自体は間違っていないものの,大概算です。例えば,空走時間の1.5秒も概算であれば,-4.5km/h/sの減速度がすぐに安定して発生するとも思えない,線路が濡れていたりすると制動距離が延びることを考慮をしてないなど。また,5.や7.の下の写真も運転台後ろのカブリツキで撮ったものですが,運転席に座った位置からの見え方とは多少なりとも違うはずです。

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川崎で。2100形のD急行運用は日中は見ない

8.終わりに
 身近なところで起こった重大事故ゆえ,興味が興味を呼び,いろいろ書いてしまいました。自分は鉄道趣味者ではあるものの,運輸業に従事している者もなく,ただの素人です。こんな考えもあるのか程度にお読取りください。

 最後に追を2つです。事故当初は,9月6日夕方の運転再開がアナウンスされていましたが,7日朝に延び,結局,運転再開は事故後50時間くらい経った7日13:13でした。滅多に経験する障害ではないので,復旧見通しを正確に言い当てるのは難しいとは思いますが,今回は「そば屋の出前」の観がありました。また,7日は快特は全て特急扱い(青物横丁,平和島,神奈川新町,追浜,汐入などに追加で停車),エアポート急行は京急川崎~金沢八景が運休,蒲田~品川間の普通も運休でした。京急は運行管理のコンピュータ化が少ない(遅れているのではなく,敢えてしていない)ので,これらは手作業でコントロールされました。乗務員も同様で,行路表などあてにならず現場現場で指示されて乗っている感じで,皆さんとてもお疲れのように感じました。復旧作業にあたられたかたも,残った列車運行を支えていたかたも,本当にお疲れさまでした。また,7日午後は沿線にはたくさんの野次馬が来ていて(カウントとしては自分もその1人),沿線の人たちの京急愛を感じたりしました。

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新町駅の様子 2019.9.7 16:00頃

 ところで,京急の特発は4つの赤灯が点滅するものですが,JRのそれは5つの赤灯が回転するように点灯するもので,クルクルパーと呼ばれたりもします。また,特殊発光信号機(特発)という呼び名も知らず表示器と書いていましたが,後に書き直したくらいで,当初は正しい名前も知りませんでした。特発は暗黙のうちに正式な信号機より格下に見られていた,そのため多少見づらくてもあまり顧みられることもなかったのではないかと思いました。今回の事故を契機に,全国の(踏切用の)特発の設置状況の確認と不良個所の対策が進み,このような重大事故が日本の鉄道からなくなることを祈念します。(2019.9.8記)
特殊信号発光機(特発)の名前が分かったため,該当部分を修正。(2019.9.14)

2018年お正月のアクテビティ--新しい中央線特急E353系に乗ってきました,おまけ-京急2018

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 2018年が明けました。松も明けましたが,当ブログへの訪問どうもありがとうございます。本年もどうぞよろしくお願いいたします。

 このお正月は,奥は三賀日ともお仕事,高校生になった息子も年末のスキー旅行の費用捻出のため郵便局でアルバイトと,僕はお正月ボッチです。1月4日(木)は家族が揃ったので,甲府に墓参りに行ってきました。このブログでもわが家の墓所の甲府への足については何度か書いていますが,中央本線には昨12月23日から新しい特急電車E353系が走り始めたので,今回はその試乗でもあります。

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E353系使用のスーパーあずさ11号(右) @新宿 2018.1.4(以下同じ)

 1月4日,この日は後でも触れますがきっぷの制約もあり,新宿をまわります。今日は僕の勤める会社は年末年始休業の最終日ですが,世の中では仕事始めの会社もあり,車内もビジネスとオフのまだら模様の雰囲気です。横浜からの湘南新宿ラインの列車は時刻表どおり9:52の新宿到着です。もう少し新しい電車の外を眺めたいところですが,8分しかないので上の写真を撮るだけで慌ただしく乗り込みます。

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デッキに掲出の車内の案内

 席は11号車のモハE352ですが,動き出してすぐに感じたことは静かなことです。中央快速線の線路を足慣らし程度に走っているせいもありますが,静粛性には意が払われていると感じました。指定席の11号車は新宿出発時点で6割程度の入りでしたが,ビジネス/オフまだらな日和の午前の下り列車は自由席のほうが空いているようで,3号車はガラガラでした。車内が混まないうちに一回り見学します。昔の日本全国標準化の485系などとは違い,最近の車両は列車ごとに設計されるので,この電車も山岳線区・長距離向けの設計です。とくに感心したのは運転台付きの車両の設計で,この電車は各車両松本寄りの片デッキですが,新宿寄りの先頭車だけが両デッキなのはよくできています。ただし,この車両(1,4号車)は客室部分が狭く,たった12列しかないので,自由席車で使われる4号車は要注意です。

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清涼感あるさわやかなトーンの客室内

 客室内の雰囲気は水色と薄むらさきの中間のような寒色系のシート地とホワイトグレーの内装材で,シンプルで清涼感のある雰囲気と感じました。息子曰く,E351やE257のごてごてした感じよりも好感が持てるとの評価で,最近のデザインの流れにのったもののようです。シートは大型テーブル付きの2人掛け座席ですが,良い意味でとても硬く,長時間座っていても疲れないようでした。僕はE257の座面がスライドするタイプが好きでしたが,この機構は省略されてしまったようです。

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落ち着いたダーク調木目のデッキまわりの内装とトイレの扉操作ボタン

 再度,デッキに戻るとこちらはかなり暗い色調の木目で落ち着いた雰囲気です。車椅子対応の超大型のトイレ,男子小用のアサガオは,近年の特急用車両標準の装備です。一つ目新しかったのが,トイレの扉操作ボタンの「ロック」ボタンです。締めたのはよいけど,どうやって解錠するの!?と一瞬戸惑いました。上の説明にも書いてあるし,単に「開く」ボタンを押せばよいことはすぐに分かりましたが(E233系のトイレも同様だったかもしれません)。

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こちらは貫通路付近の造作。ここはどの形式も苦労するようだ

 そしてE353系の特徴として書かなければいけないことは,E351系の振り子式とは異なる車体傾斜装置です。振り子式の電車が車体をゆすりながら急カーブをビュンビュンとばして走る様が僕は好きですが,一般的な乗り心地としてはよくありません。振り子式の欠点--装置が大掛かり,ゆえにコスト高,乗り心地が悪い--を解消するために開発された空気バネ制御式の車体傾斜装置をこの電車は備えています。この装置は,あらかじめ記憶した線形情報と,ATS地上子と車輪の回転情報から計算した車輌の位置情報を照査し,適切な位置で台車の空気バネの空気を給排気することで車体を傾ける仕組みです。E351系の振り子は5度まで傾くのに対しE353系は1.5度しか傾きませんが,R600の曲線をE351系と同じ本則+20㎞の速度で走ることができるそうです。確かに,この車両の投入されたスーパーあずさのスジはE351系のときと変わっておらず,このスーパーあずさ11号も八王子~甲府間を途中停車駅なしで55分で走破します。高尾を過ぎると本格的な山岳区間に入り,確かに車体は傾いているようですが,E351系に比べると揺れは少なくなっているようでした。

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勝沼ぶどう郷~塩山で。甲府盆地の向こうに南アルプスを望む

 今日は関東地方は冬晴れで,笹子峠そして勝沼ぶどう郷駅を過ぎると,甲府盆地が見えてきました。盆地の向こうには雪をいただいた南アルプスの山々が見えます。もちろん,左の手前には富士山も見えるのですが,写真は南アルプスを載せておきます。塩山に至り盆地に下りると甲府へ向けてのスパートをかけます。列車はこの先,松本まで行きますが,僕らは墓参りのため甲府で下車です。
 今後もE353系は増備されて3月のダイヤ改正でE351系を置換え,その後はE257系も置換えて中央東線の特急はE353に統一されるようです。今後のE353系の活躍に期待したいと思います。また,3月のダイヤ改正までにもう一度E351系にも乗っておきたく,次はどこに行こうか考えてしまいます。

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今回のきっぷ。えきねっと列車限定割引 トクだ値35と金手発の乗車券

 ところで今回の旅行では初めて「えきねっとトクだ値」を使ったので,これについて少し触れておきます。この商品は以前から知っていましたが,青春18きっぷ,休日おでかけパスやパッケージ商品を使ったりで,今まで使う機会がなかったのです。このきっぷは,JR東日本のWebサイトのきっぷ予約サービス「えきねっと」での申込みに限定した割引きっぷです。中央線方面では昔から高速バスとの競争が激しいため「あずさ回数券」が定番でしたが,下の比較表のとおり,「あずさ回数券」と比較しても有利です。今回の場合は,1月4日では「あずさ回数券」は使えないし,席をとったのも前日の3日の晩24時をまわってからということで,「えきねっと」のメリットを最大限享受した形です。

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参考:あずさ回数券。ずいぶん古いきっぷですが悪しからず。今は区間が甲府・竜王となっています

 帰りは席がとれなかったため,かいじの自由席利用と決め,乗車券だけを「えきねっと」で手配しました。毎度書いていることですが,金手発にすることで,途中下車可,有効期間2日の乗車券の本則どおりの条件(参考はこちら)です。

 閑話休題
 このお正月のアクティビティをもう一つ。僕は京浜急行の沿線住民です。京急は,都営1号線乗入れ規格の制約もあり,車両の番号が小さいのが特徴でもありますが,新年にピッタリの「2018」という車号を持つ車両が在籍します。この車両が「賀正」マークをつけて走っているという情報を息子から聞き,夕方ではありますが写真を撮ってきました。それが冒頭の写真なのですが,いまいち番号の映りが悪いので,もう1枚上大岡駅で撮ったものをつけておきます。

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京急2018 @上大岡 2018.1.2

 左下は側面の車号ですが,こちらにも「賀正」の文字と獅子のアクセントが。京急は赤い電車,速い,こだわりの電車スタイルでファンも多いですが,こんな遊び心も嬉しいです。(2018.1.8記)

獅子文六作「七時間半」を読みました

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 先日,昭和の作家の獅子文六さん作の「七時間半」(筑摩書房刊,2015年,文庫版364ページ)という本を読みました。奥付けによれば昭和35年に週刊新潮に連載された小説らしいのですが,2015年5月が文庫版の初版です。僕はこんな立派な方の書評を書くような身分ではないのですが,このブログに来訪のかたにお薦めなのでご紹介する次第です。
 先ずは,なぜこんな古い小説を読むことになったかです。我が家の愚息は中学3年の受験生にも拘らず読書家で,かみさんに何か面白そうな本を買ってきてと頼んだのが始まりです。かみさんの職場の近くのブックエクスプレスの店頭で「エキナカ書店大賞 第1位」で平積みになっていたのがこの本でした。本の帯には「電車で旅に出たくなりました!」と書いてあり,旅行好きにお薦めの本ということで買ってきたのです。
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 時代は昭和35年,東海道本線に151系の「こだま」が走り始めた頃で,東海道本線の在来線が一番輝いていたときでもあります。客車編成の「つばめ」や「はと」は一世代旧式でしたが,「特別急行」という種別の列車は東海道筋を除けば東北本線に「はつかり」があるだけの特別な列車でした。その特別な特急列車を走らせるには専務車掌をはじめ,今でいうアテンダント,食堂のコックやウェイトレスなど様々な人が関わっていました。解説によればラブコメディということになっていますが,舞台である列車の内外の描写が実によく描かれているのです。
 列車は「ちどり」,「ひばり」…と架空の愛称になっていますが,モデルは「つばめ」,「はと」とすぐ分かります。始まりは大阪ベースの食堂車クルーたちの出勤風景ですが,品川客車区から東京駅への回送に始まり,食堂車,庶民には縁遠い2等車での旅客や仕事の様子がとてもリアルに描かれています。現代の新幹線の窓の開かない旅行とは違い,鉄道旅行が最も楽しかった時代の最上級の鉄道旅行の物語でもあります。ストーリーは,大阪ベースの下世話な食堂車クルーと東京ベースのお嬢様系アテンダントの織りなす好いた惚れたをベースに,味のある登場人物がテンポよく道中を楽しませてくれます。また,安保とか全学連とかの言葉も出てきますが,そういう時代背景も今となっては現代史の1ページです。ストーリー自体も面白いのですが,雑誌の連載ということで締め切りに急かされたのか,最後は尻切れであっけない終わり方です。結末は読者にお任せしますというメッセージなのかもしれません。
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 昭和35年というと,実は僕も生まれる前ですが,鉄道旅行が本当に楽しかった時代を窺い知ることができます。青大将時代の「つばめ」,「はと」を味わってみたいかたに,是非お薦めの一冊です。なお,口絵写真と編成表はデアゴスティーニ編「鉄道データファイル」の「優等列車の系統」3-062「つばめ」(2004年)から編集・転載したもので,イメージです。(2016.7.17記)

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