20世紀の鉄道写真(9)--1980年(昭和55年)の写真
20世紀の鉄道写真その9は22枚と少々多めですが1980年に撮った写真をお送りします。
最初は高校の鉄道研究会の新入生歓迎会にOB参加した時のもので,青梅線でED16を追いかけました。ED16は1931年製の電気機関車です。それ以前の形式は日本の電気機関車の技術が未成熟だったため欧米からの輸入機が主体で数も少なかったですが,この形式は18両とまとまった数が三菱,日立,東芝,川崎の4社で製作されました。この当時でも製作後約50年を経過し,青梅線は旧型電機の最後の砦になっていました。

1.青梅線軍畑の鉄橋を行く貨物列車 @軍畑~二俣尾 1980.4
青梅線随一の撮影場所です。鉄橋は今も健在です。

2.ED16の牽くホッパー列車 撮影場所不詳 1980.4
EF52の4軸版であり,EF52,53と似た顔をしています。

3.休日の奥多摩駅の賑わい
新宿直通のホリデー快速「おくたま」号はこの頃にもありました。

おまけ:東京西局で用意したED16のしおり
大学に進学した6月には東北の肋骨線と旧型客車を求めて小旅行に行きました。なぜそんな時期に休めたのかは思い出せません。

4.ED75-700牽引の普通列車 @三関 1980.6
難読駅の及位(のぞき)~院内の雄勝峠を越える客車列車。

5.ED75-1~牽引の普通列車 撮影場所不詳 1980.6
こちらはED75のオリジナルタイプなので東北本線のはずです。

6.北上線の急行列車 @相野々 1980.6
田沢湖線の改軌電化までは仙台~秋田間は北上線経由が最短で,「きたかみ」にはグリーン車も連結されていました。それでも閉塞はタブレットでした。

7.ナハ21と車内 1980.6
当時,定期2+季節1の3往復があった急行「十和田」のうち,3,4号は20系客車使用で一部にナハ21を連結していました。この車両はナロネ21の下段寝台を固定座席にした豪華なシートと開放的な雰囲気が気に入っていました。

8.スハフ42-2147 @上野駅 1980.5頃
一緒に出てきた上野駅での1コマですが,配置が北オク。この頃は尾久に雑型客車の配置があったのですね。
横浜開港120年を記念して記念のSL列車が高島貨物線を走りました。この山下埠頭へ至る区間は廃止され,今は一部が遊歩道になっています。C58-1は京都から借りてきたものですが,分割民営化前はそんなこともできたのですね。

9.横浜の高島貨物線を走る臨時のSL列車。C58-1+雑型客車 @山下公園 1980.6.13~15
この3枚は夏休みに身延線に小旅行に行った時のもので,帰りには清水港線に乗ってきました。

10.身延線の旧型電車 撮影場所不詳 1980.8.14
身延線は旧型国電の宝庫で,まだクモハユニ44などが活躍していました。

11.清水港線の混合列車 @清水 1980.8.14
清水港線は当時,朝の下りと夕方の上り1本ずつしか列車がなく,強烈に乗りづらい線区でした。下は三保駅の様子です。
この4枚は東北本線の蓮田~栗橋のどこかで撮ったものですが,お召し列車を撮りに行ったのか,北海道旅行の道中に立ち寄ったのか定かでありません。

12.急行「つくばね」 撮影場所不詳 1980.11(?)
間々田の短絡線経由で上野~結城~勝田を走る変わった列車でした。

13.急行「おが4号」 撮影場所不詳 1980.11(?)
「おが」の夜行は「十和田1,6号」とともに14系で運転されていました。

14.急行「八甲田」 撮影場所不詳 1980.11(?)
スニ41を従えた12系は多分「八甲田」(定期)でしょう。

15.183系を牽引車としたクロ157のお召し列車 撮影場所不詳 1980.11(?)
那須の御用邸への往復は定番でした。
この年,北海道鉄道100周年のイベントではC56-160を使ったSL列車が走りました。僕は文化祭の休みを利用して,この列車に乗りに行きました。また,その行き帰りに道南の江差,松前,瀬棚線に乗り,北海道全線完乗を達成しました。

16.特急「おおとり」 @七飯 1980.11.20
キハ82系はこの時すでに20年選手でしたが,北海道の鉄路のクイーンだったと思います。

17.千歳空港駅 1980.11.21
千歳空港から400mくらいある連絡通路で直結した千歳空港駅。空港にJRの列車が乗入れるのは今では普通のことですが,この駅が嚆矢で,ずいぶん大胆な施策と思いました。

18.張碓海岸を行く函館本線の電車 @張碓駅 1980.11.21
日本海沿いの景色がとても綺麗な区間に張碓駅はありました。夏場は海水浴にくるお客さんもいたと思います。段々に停車する列車が減り,1998年からは通年休止,2006年に廃止になりました。

19.朝里海岸を行く特急「北海」 @朝里付近 1980.11.22

20.函館本線の客車列車 @小樽 1980.11.22
北海道のDD51はボンネットにライトが1灯増設され,3灯になっていました。

21.北海道鉄道100年のSL列車 @小樽 1980.11.22
SLは小ぶりなC56,客車は赤の等級帯を巻いていました。右下は乗車証のワッペンです。

22.電車特急「ライラック」 撮影場所不詳 1980.11.22
485系1500番台の「いしかり」は雪に悩まされて散々でしたが,北海道専用形式781系の登場で,ようやく北海道の特急電車も安定したようでした。(2017.4.22記)
最初は高校の鉄道研究会の新入生歓迎会にOB参加した時のもので,青梅線でED16を追いかけました。ED16は1931年製の電気機関車です。それ以前の形式は日本の電気機関車の技術が未成熟だったため欧米からの輸入機が主体で数も少なかったですが,この形式は18両とまとまった数が三菱,日立,東芝,川崎の4社で製作されました。この当時でも製作後約50年を経過し,青梅線は旧型電機の最後の砦になっていました。

1.青梅線軍畑の鉄橋を行く貨物列車 @軍畑~二俣尾 1980.4
青梅線随一の撮影場所です。鉄橋は今も健在です。

2.ED16の牽くホッパー列車 撮影場所不詳 1980.4
EF52の4軸版であり,EF52,53と似た顔をしています。

3.休日の奥多摩駅の賑わい
新宿直通のホリデー快速「おくたま」号はこの頃にもありました。

おまけ:東京西局で用意したED16のしおり
大学に進学した6月には東北の肋骨線と旧型客車を求めて小旅行に行きました。なぜそんな時期に休めたのかは思い出せません。

4.ED75-700牽引の普通列車 @三関 1980.6
難読駅の及位(のぞき)~院内の雄勝峠を越える客車列車。

5.ED75-1~牽引の普通列車 撮影場所不詳 1980.6
こちらはED75のオリジナルタイプなので東北本線のはずです。

6.北上線の急行列車 @相野々 1980.6
田沢湖線の改軌電化までは仙台~秋田間は北上線経由が最短で,「きたかみ」にはグリーン車も連結されていました。それでも閉塞はタブレットでした。

7.ナハ21と車内 1980.6
当時,定期2+季節1の3往復があった急行「十和田」のうち,3,4号は20系客車使用で一部にナハ21を連結していました。この車両はナロネ21の下段寝台を固定座席にした豪華なシートと開放的な雰囲気が気に入っていました。

8.スハフ42-2147 @上野駅 1980.5頃
一緒に出てきた上野駅での1コマですが,配置が北オク。この頃は尾久に雑型客車の配置があったのですね。
横浜開港120年を記念して記念のSL列車が高島貨物線を走りました。この山下埠頭へ至る区間は廃止され,今は一部が遊歩道になっています。C58-1は京都から借りてきたものですが,分割民営化前はそんなこともできたのですね。

9.横浜の高島貨物線を走る臨時のSL列車。C58-1+雑型客車 @山下公園 1980.6.13~15
この3枚は夏休みに身延線に小旅行に行った時のもので,帰りには清水港線に乗ってきました。

10.身延線の旧型電車 撮影場所不詳 1980.8.14
身延線は旧型国電の宝庫で,まだクモハユニ44などが活躍していました。

11.清水港線の混合列車 @清水 1980.8.14
清水港線は当時,朝の下りと夕方の上り1本ずつしか列車がなく,強烈に乗りづらい線区でした。下は三保駅の様子です。
この4枚は東北本線の蓮田~栗橋のどこかで撮ったものですが,お召し列車を撮りに行ったのか,北海道旅行の道中に立ち寄ったのか定かでありません。

12.急行「つくばね」 撮影場所不詳 1980.11(?)
間々田の短絡線経由で上野~結城~勝田を走る変わった列車でした。

13.急行「おが4号」 撮影場所不詳 1980.11(?)
「おが」の夜行は「十和田1,6号」とともに14系で運転されていました。

14.急行「八甲田」 撮影場所不詳 1980.11(?)
スニ41を従えた12系は多分「八甲田」(定期)でしょう。

15.183系を牽引車としたクロ157のお召し列車 撮影場所不詳 1980.11(?)
那須の御用邸への往復は定番でした。
この年,北海道鉄道100周年のイベントではC56-160を使ったSL列車が走りました。僕は文化祭の休みを利用して,この列車に乗りに行きました。また,その行き帰りに道南の江差,松前,瀬棚線に乗り,北海道全線完乗を達成しました。

16.特急「おおとり」 @七飯 1980.11.20
キハ82系はこの時すでに20年選手でしたが,北海道の鉄路のクイーンだったと思います。

17.千歳空港駅 1980.11.21
千歳空港から400mくらいある連絡通路で直結した千歳空港駅。空港にJRの列車が乗入れるのは今では普通のことですが,この駅が嚆矢で,ずいぶん大胆な施策と思いました。

18.張碓海岸を行く函館本線の電車 @張碓駅 1980.11.21
日本海沿いの景色がとても綺麗な区間に張碓駅はありました。夏場は海水浴にくるお客さんもいたと思います。段々に停車する列車が減り,1998年からは通年休止,2006年に廃止になりました。

19.朝里海岸を行く特急「北海」 @朝里付近 1980.11.22

20.函館本線の客車列車 @小樽 1980.11.22
北海道のDD51はボンネットにライトが1灯増設され,3灯になっていました。

21.北海道鉄道100年のSL列車 @小樽 1980.11.22
SLは小ぶりなC56,客車は赤の等級帯を巻いていました。右下は乗車証のワッペンです。

22.電車特急「ライラック」 撮影場所不詳 1980.11.22
485系1500番台の「いしかり」は雪に悩まされて散々でしたが,北海道専用形式781系の登場で,ようやく北海道の特急電車も安定したようでした。(2017.4.22記)
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知って楽しいJRの旅客営業制度4--運賃計算の基本と割引き,加算

旅客営業制度の解説の4回目は運賃計算の基本を説明します。それだけで1回分の文量になるほど,実は奥が深いのです。
1.運賃計算の基本--賃率と運賃の計算方法(旅客営業規則(以下,「規」)77条)
JRの運賃は一般的には時刻表の営業案内のページ出ている営業キロ別運賃表として知られていますが,実際はもっと簡潔に決められているのです。細かい特則を除けば,営業キロ1kmあたりの運賃だけしか決めていなくて,これを賃率といいます。賃率は基本的には,300kmまで,600kmまで,601km以上の3つがそれぞれ16.2円,12.85円,7.05円と決まっているだけです(本州3社の幹線)。
実際には運賃の刻み幅は11km~50kmまでは5km,以降100kmまでは10km,600kmまでは20km,601km以上は40kmとか,運賃計算の基準値は13km,55km,110km,620kmを用いる,運賃の本体部分は100kmまでは10円単位に切上げ,101km以上は100円単位に四捨五入など細々と計算方法が定められています。
試みにこれらのルールを表計算ソフトに実装して表を作ると,ドンピタリ,時刻表の運賃表と同じ表が得られます。この賃率の境となる300kmと600kmですが,長い歴史で見ると時々変更されいますが,今の設定は1979年以来変わっていません。鉄道の強みが活かせる区間は高めに,航空との競争となる区間は安くという値になっています。なお,301km以上のときは,300×300kmまでの賃率と,300kmを超える部分にのみ301km~600kmの賃率をかけたものを足します。全体に安いほうの賃率をかけるのではありません。また,消費税は10円単位に四捨五入です。
また,10km以下の区間は,84条という特別な条文により,距離の刻みと運賃が個別に設定されています。

試みにExcelでつくった運賃表
制度とは少し違う話ですが,本州3社の幹線の賃率は1987年の分割民営化を前に1986年9月に改訂されて以来変わっていません。以降の運賃改訂は3度ありましたが,いずれも消費税を転嫁するための改訂です。分割民営化を前に「今のうちに」とばかり上げてしまったのか,JRになってからの経営努力の賜物か分かりませんが,30年以上も実質的な値上げをしていないことは称賛すべきと思います。
2.長距離逓減制と一筆書きの薦め
たくさん買えば安くなるボリュームディスカウントはよくあることですが,JRの運賃も賃率を距離帯ごとに設定することにより長距離を乗ればお得なようになっています。とくに,601km以上の賃率は300kmまでの半分以下なので,きっぷは距離が延びるように買うことが運賃を安くする基本で,これを長距離逓減制といいます。

実効賃率の距離別推移(消費税込みの運賃を距離で割ったもの,現行幹線運賃)
このメリットを享受するには,一筆書きの要領で経路を選ぶのがポイントです。この究極が宮脇俊三氏の「最長片道切符の旅」の乗車券です。当時に比べるとJRの路線図は寂しくなってしまいましたが,今の旅客営業区間ではどんな経路になるのでしょうか。

最長片道切符の経路(最長片道切符の旅 宮脇俊三著 新潮文庫1983年から)

ずいぶん昔ですがゴールデンウィークに一筆書き旅行した時のきっぷ
もう少し実用的なところで,東京から北陸の福井に行くことを考えます。福井は以前なら東海道新幹線米原経由が順路でしたが,今は北陸新幹線ができたので長野・金沢経由でも遜色ありません。このとき,往きを米原経由,帰りを金沢経由の1枚の乗車券にすることで随分割安になります。往きと帰りで異なる車窓も楽しめ,きっぷも「東京都区内から東京都区内ゆき」と楽しい乗車券になります。もちろん,往きと帰りの経路が逆でも問題ありません。

東京~福井間の往復と一筆書きの比較
東京から北陸方面のような純粋な一周ルートのほか,第3回で説明した「の」の字ルートを使えばより長い乗車券にすることができます。下の乗車券の距離は2600km弱あり,値段を距離で割った実効賃率は10円以下になっています。

「の」の字ルートの乗車券の例
3.線区別,会社別の賃率(規77条の2~85条)
昭和末期の国鉄の赤字ローカル線問題から線区の収支を運賃に反映すること,分割民営化により会社ごとに収益基盤が異なることにより,かつては全国一律だった賃率は今は多数の区分により設定されています。下が会社,路線の種別ごとの賃率を一覧にしたものです。また,乗車券の経路が一つの区分の中に納まっていれば簡単ですが,複数の会社や区分にまたがった場合,換算キロや擬制キロといった手法で換算するため,運賃計算は複雑このうえありません。ここでは多くの種類の賃率が設定されていることと,またがるときは換算が必要なことを述べるにとどめ,詳細は時刻表などの案内を熟読ください。
ところで,電車特定区間の賃率はJR東日本とJR西日本で同じなのに,時刻表の運賃テーブルは微妙に違う2列が載っています。JR東日本はSuicaの普及促進のために消費税の端数を切上げるのに対し,JR西日本は原則どおり四捨五入しているのが原因のようです。なお,7~10㎞の運賃帯だけJR東日本<JR西日本なのは84条で特定しているからです。
(2019.1.26 この段落修正)

会社,種別ごとの賃率の一覧
4.往復割引(規94条)
長距離逓減制のほか,JRをたくさん乗ると安くなる制度の典型が往復割引です。連載2でも少し触れましたが片道601km以上で往復割引が適用になり,往き帰り共に1割引になります。以前は往復割引は帰りのみ2割引でしたが,国鉄分割民営化の時から往復それぞれ1割引になったのです。(新)下関~博多は在来線はJR九州ですが,新幹線はJR西日本で,この区間の運賃が微妙に異なるからです。
ところで往復割引は601km以上からですが,実態としては往復するなら541km以上の運賃帯でも,往復割引が適用になる601km以上の乗車券を買った方が安くなります。以前は561km以上が対象で大阪はぎりぎりあてはまらなかったと記憶しますが,幾度かの運賃改定を経て今は大阪でも若干ですが安くなるようになりました。

5.私鉄競合区間の割引き(規79条,具体的な区間と運賃は「旅客営業取扱基準規程」113条の2)
民営化直前の幾年かに急激に国鉄~JRの運賃は高くなったため,割安な電車特定区間の運賃をもってしても,私鉄より運賃の高い区間が多数できてしまいました。これを緩和するため,東京,名古屋,大阪の特定の区間では計算どおりの運賃より割安な運賃が設定されている区間があります。これらは,まともに私鉄と競合する区間がほとんどで,ちょっとずれると正規運賃になってしまい,実際に使える場面は限られます。

私鉄との競合区間の特定運賃(一部だけを抜粋)
6.その他の割引運賃~学生割引(規28,29,92条)
JRの指定した中学校~大学(大学院も含む)の生徒・学生がJR線を100km超を使うとき,学校の代表者から証明書を交付してもらうことで2割引きになります。その他にも障がい者や社員の割引きなどもルールとしては存在すると思うのですが,JRの旅客営業規則では,学生と救護者だけは規則の本文に定められています。
7.特定区間に対する加算運賃(規85条の2)
瀬戸大橋線など建設に大きな費用を要した区間では設備のレンタル料が高額だったり,設備の償却費用も大きかったりします。このため該当の区間を通るお客さんだけにその負担を転嫁する目的で,特定区間に対する加算運賃があります。現在,JRでは4か所,新千歳空港,関西空港線,本四備讃線,宮崎空港線が設定されています。
また,私鉄でも京急の羽田空港や京王相模原線などには同様の加算運賃の設定があります。

加算運賃の適用区間に乗入れる快速エアポート @長都 2015.2.21
8.運賃帯の刻みによる不利な区間
この節と次の節は1.に書いた運賃計算の仕組みが構造的に持つ不合理な点ですが,これを解消するには運賃計算の仕組みの根本を見直す必要があります。このため不合理ではあっても,全体の整合からやむを得ないものと思っています。乗車券は601kmを超えると刻みが大きくなり,距離で40km,運賃も1運賃帯上がるごとに210円から330円ずつ上がります。例えば,東京から644.3kmの姫路に行く場合,普通に乗車券を買うと641~680kmの9,830円です。しかし,姫路の2つ手前の御着は東京からちょうど640kmなので1つ安い9,610円で済み,御着~姫路間4.3kmを乗り越し清算しても190円なので計9,800円で30円安くなります。このケースの場合は運賃の上り幅が220円でしたが,330円の場合は百数十円の違いが出る場合もあるので,運賃帯の刻みを少しだけオーバーしてしまったときは,ちょっとの確認で節約が可能です。
9.分割定期券の不思議
自分が勤める会社では,通勤交通費補助として通勤定期券代が支給される規定になっていますが,定期券を分割購入した場合に6か月定期で3,000円以上安くなる場合は,定期券の分割の仕方を指示され,その金額しか支給されません。なんと世知辛いと思いますが,最近は乗換え検索ソフトでも分割定期券を提示できる時代なので,どこの会社でもやっているのかもしれません。なんでこんなヘンなことが起こるのでしょうか。運賃の仕組みの話をしたついでに,この不思議についても説明してみます。
先ずは定期券ではなく,普通乗車券で考えます。例えば,東京から横浜を例に見てみましょう。東京~横浜の営業キロは28.8km,この区間の運賃は26~30kmの電車特定区間の470円です。ここで注目は,この距離帯の基準営業キロの28kmです。代わって,東京~蒲田と蒲田~横浜はいずれも営業キロが14.4km,11~15kmの電車特定区間の運賃は220円ですが,この距離帯の基準営業キロは13kmです。従って,蒲田で切ることにより,13km×2の26kmで運賃計算していることになり,通算の28kmより安くて当然という結果になるのです。この東京~横浜間を品川で切ると,東京~品川は賃率の安い山手線運賃,品川~横浜は私鉄競合特定割引き区間に設定されていますが,それでも15km切り×2には及びません。なお,この11~15kmの運賃帯はいろいろな端数整理が有利に働いて,実効賃率が14.7円/kmの不思議なお買い得区間になっています。

東京~横浜間の運賃
さて,この理屈を6か月通勤定期に当てはめると,蒲田で切ると31,020円×2の62,040円,通しで買うと66,700円となり,4,660円も差がついてしまうのです。このため,自分の勤め先に限らず,企業が節約を考えるのも無理はありません。
10.これからの運賃計算
自分は趣味でJRの旅客営業規則の研究をしているだけなので,多くを言える立場にありませんが,2点のみ書いておきます。今のJRの運賃は路線別運賃と分割民営化によりやたらと複雑になっています。とくに,会社によって換算キロと擬制キロとか同じことを別の言い方をしたり,似て非なるルールだったり,消費税の端数処理が不統一だったりの点は,会社間の調整をして整理が必要と思います。また,旅客営業規則の定める運賃計算の基本は消費税施行前,電卓などの事務機器も未発達の時代からのものですが,101km以上の運賃を100円単位に丸める規則は10円や1円に変えるべきです。運賃本体と消費税の2回の端数整理により実効賃率が波うってしまっているのを,きれいな直線することができ,距離帯(運賃帯)による有利不利が解消されます。(2017.6.25記)
知って楽しいJRの旅客営業制度バックナンバー
1.大都市近郊区間と140円旅行
2.きっぷの有効期間と途中下車
3.乗車券の経路と種類
横浜発,青春18きっぷでリニア・鉄道館に行ってきました

(2017年)3月25日は自分の住む横浜界隈では元町・中華街から西武秩父への直通列車S-Trainの運行開始がホットな鉄道の話題でした。初乗りを目指すも指定席券が買えず,あえなく諦めです。代わりにとジュニアが提案したのが,JR東海の373系使用の「さわやかウォーキング」号乗車です。この列車はJR東海のウォーキングイベント向けに沼津~三河安城間を走るこの日限り運転の臨時列車です。昼前に三河安城に着いてどうするか--それで思い立ったのがリニア・鉄道館見学でした。今日のスレッドのタイトルになっていますが,実はおまけだったりもします。

出発は根岸線の始発列車
若干古新聞ではありますが,当日の様子をご報告しましょう。春休み期間中の3月25日(土)朝,出発は自宅最寄りの磯子駅4:49の下り1番電車です。もう1本後でも時刻表上は間に合いますが,今回の旅行は「さわやかウォーキング」号に乗るのが目的なので,念には念を入れての早起きです。

沼津駅前の鉄道の街らしいモニュメント
早起きの甲斐あって「さわやかウォーキング」号の始発の沼津には,出発の30分前に着きました。駅前のコンビニで朝食を仕入れ,列車の入線を待ちます。7時5分ごろ373系6両編成の列車が入線,全車指定席でもありゆっくりと着席します。

9531Mさわやかウォーキング @沼津
373系はJR東海の165系を更新するため1995年から製作された電車ですが,当初は当時まだ定期だった「ムーンライトながら」に使用されました。久々に乗る373系ですが,開口幅1300mmの両開き扉は優等列車らしくないですが,簡易フットレスト付の重厚なシートは健在でした。ただ,車内の案内表示が不調で,同じ車両の中で2号車と5号車とちぐはぐな表示になっていたのが残念でした。

デッキは5号車なのに妻面は2号車とヘンな表示
富士川あたりでは晴れ間も出て,富士山も顔をのぞかせます。また,浜松ではホーム上にたくさんの社員が出て,お見送りをしてくれました。この辺は手作り感があり,さわやかウォーキングのイベントを盛り上げようとする,JR東海の意気込みも伝わって,好もしかったです。

富士川あたりでは富士山も顔をのぞかす

社員総出で(?)臨時列車のお見送り @浜松駅
車内の様子はというと,ウォーキングイベント臨ということもあり,早起きの健康家族が半分と,残り半分はわれわれのような373系目当ての乗り鉄でした。パネルを持って記念撮影をしたり,コースの案内をしたりと既にウォーキングイベントが始まっている感じです。

車内で配布の記念品と乗車記念カード
この列車は快速扱いですが,列車の隙間にスジを入れているので豊橋では6分止まって,定期の普通列車に道を譲ります。終点まであと1駅の安城でも5分の運転停車で定期の特別快速を退避し,10:25頃,定刻より若干遅れて終点の三河安城に到着です。ウォーキングに参加のお客さんは一目散に受付へと消えてゆきましたが,自分たち乗り鉄組はホームに残り,列車の引上げを見送ります。その後はここに居ても仕方ないので,われわれも後続の3323Fで名古屋を目指します。名古屋からはあおなみ線に乗換え,24分でリニア・鉄道館のある金城ふ頭に着きます。

あおなみ線 @金城ふ頭
リニア・鉄道館ですが,自分らは2回目なので勝手は大体分かっており,2011年の前回にじっくり見られなかった展示を中心に見学します。前回はオープン直後の夏休みでかなり混んでいた印象ですが,今日は平常の休日程度の入りでゆっくり見られそうです。ここの展示で充実しているのは新幹線電車ですが,モハ1や戦前の流電も含め電車全般も多く揃っていると思います。また,今回初めて気づいたのですが,電化の黎明期の電気機関車も充実しています。

展示室の左側には歴代の新幹線が並ぶ(700,300,100,0系)

展示室の右側の古い電車が並ぶあたり(クモハ52,モハ1)

黎明期の電気機関車が並ぶあたり(ED11,ED18)
博物館奥の収蔵庫には,中部天竜にあった佐久間レールパークから移設したものも含め,演出よりは種類重視という感じに並んでいます。しかしながら,見るだけで乗ることのできなかったオロネ10や,若いころ慣れ親しんだクモハ165などは懐かしさと共に楽しめるアイテムです。2階に移るとここには鉄道模型ジオラマとシミュレータなどがあります。模型のジオラマは日本3大鉄道博物館(大宮,名古屋,京都)どこにでもあるので驚きはしません。ちょっと見た感じでは季節と時間を織込んだ運転と,説明員いわく人にこだわったシーナリーが見どころのようでした。

収蔵庫の車両たち(クロ381,クモハ165...)

人にこだわったシーナリーの一例。屋外ライブの会場には1000体以上いるらしい
今日は時間の制約が少ないので,帰りに再度シンボル展示のエリアに行って足を止めます。ここは歴代のスピード記録を持つ車両が展示されています。自分はSLを追いかけた世代ではないのですが,この中ではC62のメカの機能美が美しいと感じました。

シンボル展示の車両展示。C62,新幹線300X(955形),MLX001

C62。この博物館では数少ないSLのひとつ
前回の見学時はかけだしのママ鉄2人と一緒だったのでミュージアムショップで30分くらいひっかかってしまいましたが,今回は倹約家のジュニアだけなので,土産は図録だけで早々に引上げます。名古屋に戻ると既に2時半,何かうまいものが食べたくなります。名古屋名物の食べ物は多いですが,今日は駅チカのうなぎ屋でひつまぶしで遅いお昼にします。昼下がりの閑散時間帯でも行列ができるお店でたっぷり名古屋を堪能し,帰りの行程に備えます。

今日の収穫は図録

遅い昼食は名物ひつまぶし
名古屋駅に戻ると次の列車は15:47の新快速・豊橋行き,その先は浜松,熱海で乗換えて大船を目指します。ところが,浜松~熱海(2時間32分かかる!)の458Mは211系3+3つなぎの便所なし編成です。これでは大好きな夕方からの晩酌をすることができません。宵の車中の暇つぶしに調べてみたら,今日の乗継ぎの名古屋~大船5時間16分は1日に25ある乗継ぎパターンのうちの最速でした。東京帰着時間もほどほどで青春18きっぷ族も多く,なにもそんな列車に便所なし編成を充てなくてもと思います。JR東海の便所なし列車についてはこのブログでも何度か言及しましたが,未だにこんな長時間運転の列車に残っていたとは驚きで,改善をお願いしたいところです。

復路のスタートは新快速5340F

浜松~熱海間便所なしだった458M
熱海着19:52,11分の接続で快速・宇都宮行きに乗換えます。この列車はJR東日本のE231系10両編成,やっと安心して晩酌ができます。一杯飲めば夜の汽車旅も楽しく,ジュニアと高校進学後の希望などを話しながら1時間で大船着です。根岸線に乗換え,21:26磯子着,今日の青春18きっぷの旅完了です。青春18きっぷでの乗車距離は664.2kmと少なめですが,乗っているだけではなく,いくつかのアクティビティもあったので充実の1日でした。(2017.7.2記)