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2017-11

鉄道のイロハ(3)--JRの路線の名前,線路名称公告と線路の戸籍

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1.JRの線路名称とは
 鉄道のイロハ,3回目は路線の正式な名前--線路名称--について考えます。JRの路線には名前がついていて,旅客への案内や運転の計画など様々な場面で用いられますが,時として正式な名称は馴染みのある路線の名前とはちょっと違うケースもあります。国鉄時代は明治42年の鉄道院の時代に告示された「国有鉄道線路名称」を適時に改訂しながら維持されてきましたが,JRの時代になってからは各社の「線路名称」として引継がれています(JR東日本の場合,昭和62年公告1号)。

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山手線は「線路名称」では品川~新宿~田端だけ @有楽町 2017.11.3

 例えば,東京の都心を環状運転する山手線は,旅客案内上は東京~品川~新宿~池袋~田端~上野~東京(時刻表では大崎や品川が起点)を一周する路線ですが,「線路名称」では品川~新宿~田端だけが山手線で,東京~品川は東海道本線,田端~東京は東北本線です。山手線は多少なりとも言及されていますが,京浜東北線に至っては大宮~東京は東北本線,東京~横浜は東海道本線なので,「線路名称」にその名はありません。そんなわけで「線路名称」を深く探求してもあまり実はないのですが,複数の路線が並行して走っていてもその区間は何線?と決めることができ,鉄道会社の経営や資産管理上は意味があり,鉄道趣味としての興味は尽きません。インターネットのある記事には,国鉄末期の一時期,国鉄線の完乗(踏破といった)を競う「チャレンジ2万キロ」というキャンペーンがあったとき,一部の乗り鉄がこだわっていたと書かれていましたが,もう少し価値のあるものだと思います。JR30年の現代でも,全線完乗を目指す人やいわゆる「乗り鉄」の人達はやはり気にかけるのではないでしょうか。

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京浜東北線という線名は「線路名称」にはない @新子安~鶴見 2016.1.17

2.線路名称の構成
 現在の線路名称は分割民営化により会社ごとに分割されてしまって分かりづらいので,分割前の国鉄時代の線路名称で説明をします。線路名称は,全国の鉄道路線を34の本線とその他の支線にグループ分けし,支線はどこかの本線に属するようグループ分けしました。下の一覧がその34の本線です。
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 本線は東海道線や東北線のように誰が見ても幹線と考えるものもありますが,陸羽線のように実態としては陸羽東線と陸羽西線のみから構成される東北の肋骨線や,釧網本線のような1日数本しか列車が走らないローカル線も,路線網として「幹」と捉えられたのか本線に分類されています。また,名寄本線に至っては,80年代末のローカル線廃止のなかで,本線自体が廃止されてしまいました。

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ワンマンの単行ディーゼルの釧網線も本線 @塘路 2017.8.2

3.本線と支線
 本線以外の線区は支線とされ,どこかのグループに属することになります。例えば,東海道線グループでは東海道本線(東京~神戸)を先頭に,山手線(品川~池袋~田端),赤羽線(池袋~赤羽),南武線(川崎~立川,尻手~浜川崎)の順に福知山線(尼崎~福知山)までが並んでいます。また,東海道本線には名なしの支線があり,品川~新川崎~鶴見(通称,品鶴線),鶴見~横浜羽沢~東戸塚(通称,羽沢貨物線),大垣~新垂井(現在廃止)~関ケ原(通称,新垂井線),大垣~美濃赤坂(通称,美濃赤坂線)は全て,正式な線路名称は東海道本線です。ここで赤羽線ですが,東海道本線から見ると山手線を子供とすると,孫線区にあたりますが,元々は品川~赤羽を短絡するルートが先で池袋~田端間は環状運転のために後からできた経緯から,東海道線グループに属します(山手線,赤羽線とも東北線グループだった時期もある)。

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上越線は東北線グループの孫線区 @水上 2016.12.30

 また,東北線は大家族で,日暮里~岩沼を結ぶ常磐線は東北線グループの支線扱いだし,更には高崎~宮内の上越線も途中に高崎線をはさむ孫線区ながら東北線グループに属しています。最近の話題としては信越本線ですが,長野までの新幹線開業により横川~軽井沢が廃止,軽井沢~篠ノ井が第3セクターに転換,一昨年の北陸新幹線開業で長野~直江津も第3セクターに転換されてしまいました。今では高崎~横川,篠ノ井~長野と直江津~宮内~新潟と3つに分断されてしまいました。高崎線もひっくるめて上越本線,大宮~高崎~長岡~新潟とし,直江津~宮内は北陸本線,残りの篠ノ井~長野は篠ノ井線に編入してしまったほうが実態とあっていると思います。なお,ここでいう本線,支線は運賃計算上の幹線,地方交通線とは別のものです。

4.国鉄分割民営化のとき
 さて2.,3.と国鉄の分割民営化を無視して記述しましたが,最初にも書いたとおり,現在は「線路名称」はJRの旅客鉄道会社ごとに維持されています。例えば,上の東海道本線は,東京~熱海と品鶴線,羽沢貨物線はJR東日本,熱海~米原と大垣周辺の2つの支線はJR東海,米原~神戸はJR西日本に分割されました。基本的には会社境界がはっきりしたというだけで,線路名称という意味では大きな変化ではありません。
 もう一つ,分割民営化の時には,路線の帰属をはっきりさせるために二重戸籍(5.で詳述)を排除しました。例えば,以前は中央本線は東京~塩尻~名古屋とされていて,東京~神田は東北本線と,代々木~新宿は山手線との二重戸籍区間とされていました。ところが,分割民営化を前に二重戸籍はまかりならぬとのお達しが出て,JR東日本はこれに従い,中央本線は神田~代々木と新宿~塩尻(他に岡谷~辰野~塩尻・善知鳥越えルート)と改めました。旧国鉄の資産を適切に評価して分割する前提なのかもしれませんが,お役所仕事的な話で,少なくも代々木~新宿などは二重戸籍でもよいじゃないかと思います。

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中央線電車も代々木~新宿は山手線を走る 2017.11.3

5.二重戸籍区間
 順序がアトサキになりましたが,線路名称の話をするとき避けて通れないのが「二重戸籍」区間です。上のような二重戸籍区間は全国レベルで見るといくつもあって,下の一覧表がその主なものです。大体全部のつもりですが,そもそも全てを確定することが難しいので,主なとしています。出典は種村直樹著「鉄道旅行術」(日本交通公社1984年2月)と同じ種村直樹著「鉄道旅行術」(自由国民社2014年4月)で,前者に収録の区間は国鉄,後者はJRの欄に〇◎をつけてあります。両端が駅の場合は4.に書いたように国鉄分割民営化を前に随分整理されたので,新たな二重戸籍区間は金山や新今宮のように分割民営化後に分岐駅の内側に駅やホームが新設されたケースが主です。

二重戸籍区間
全国の主な二重戸籍区間(◎は分割民営化のときに解消された区間)

 二重戸籍区間の一端が信号場の場合は,カウントが難しいので無視してもよさそうですが,北海道の1項などは距離が24.1kmもあるため,ちょっと気になる存在です。気にするならば,根室本線の列車と石勝線の列車のそれぞれに乗らないとダメとなりそうですが,現在,根室本線のほうは台風の被害で長期運休中です。先般,現地にも行きました(旅行記はこちら)が上落合信号場が駅に昇格となれば晴れて二重戸籍も解消されますが,この際,根室本線は現在の石勝線ルートとして,滝川~富良野~旭川を富良野線,富良野~東鹿越は富良野線の名なし支線でそのうち廃止,などということになると怖いです。また,5項の今泉の例は,実際の線路は何も変わっていませんが,二重戸籍廃止令のためか,白川信号場まで全部今泉駅の構内として,二重戸籍でなくしてしまいました(実際の構内の信号配線をどうしたのかは分かりません)。この他も信号場がらみの二重戸籍区間は,途中に長大トンネルや鉄橋など高価な施設が存在し,列車の頻度が低い区間なので1本の線路を共用しているケースが多いです。

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信越本線のローカル電車 @柏崎 2017.5.3

6.線路名称の今後
 さて,線路名称の今後ですが,実態とあったように整理されるべきとは思いますが,これがなかなか難しいようです。実際には山手線のような旅客案内上の路線名と線路名称が一致しないケースは少なく,線路名称は利用者にもなじんでいます。上にも書いたように信越本線をやめて上越本線にしてしまえとはいっても,長年親しんだ線路の名前が変わるのは,現地の利用者は驚くでしょう。石勝線の例のように,線路名称の設定を恣意的に操作することで,路線の経営数値をいじれてしまうのは困ります。また,二重戸籍については,JR発足前後に整理したのに,駅やホームの新設により新たな区間ができてしまいました。これを考えると,二重戸籍は絶対に許さないというのは硬すぎで,代々木~新宿の例なども含めて容認したほうが,結果として分かりやすいと思います。また,内子線と予讃本線の例--現在の内子線は予讃本線と一体で運用されていますが,地方交通線に指定されたばかりに内子線を予讃本線に編入できない由--なども,線路名称の硬直化です。気安く変えるのはいけませんが,そろそろ整理見直しのときではないかと思います。

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予讃本線~内子線を走る特急「宇和海」 @松山(?) 2006.7.23

7.JRにとっての線路名称と開示
 JRにとって本業の旅客輸送の面では,「宇都宮線」や「神戸線」などの愛称がつけられ,線路名称に規定された名前に固執する必然性は少なくなっています。しかし,「乗り鉄」趣味だけではなく,鉄道業の経営的にももう少しこだわってよいと思います。4年位前のことですが,思いたってふらりと訪ねた都心のびゅうプラザ窓口では若い女性の係が応対してくれ,二つ返事で規定綴りの中から公告を見せてくださり,自発的にコピーをしてくれました。その経験があったので,今般,「線路名称」を見せてもらおうといくつかの駅や旅行センターを訪ねましたが,惨憺たるものでした。半年くらい前に行った品川駅のびゅうプラザでは,線路名称公告自体を知らず,説明すると駅事務室から持ってきて開示してくれ,不勉強でした...との弁でした。同じ品川駅のJR東海ツアーズでは,そんなものは知らないし,駅に行ってくれと体よく断られました。今年の夏に行ったJR北海道のかなり大きな駅のツインクルプラザもほぼ似たような対応でした。

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東京駅の駅長事務室。こんなことで訪問するのは少々度胸が要る 2017.11.1

 先日は「発見!てくてくきっぷ旅」のイベントのついでに,JR東日本とJR東海の東京駅の駅長事務室に行ってみました。両社とも「線路名称」は存じあげませんが,探しておきますとのことで,再訪を促されました。東京駅の駅長といえばJRの現場の最高の職位であり,窓口のご担当の対応も文句ないのですが,「線路名称」を知らないようでした。「公告」がJRのなかでどういう位置づけなのか知りませんが,字面(じづら)からは「旅客営業規則」のごとく駅に常備され,旅客から申し出があればすぐ開示されるものと思っています。今どきのインターネットの時代,JR各社とも「旅客営業規則」はウェブサイトに開示しているので,その横にあればよいというのが希望です。

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蒐集したスタンプも線路名称順に整理。すべからく線路名称は鉄道趣味には欠かせない 筆者所蔵
(2017.11.18記,2020.2.22一部修正)
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20世紀の鉄道写真(11)--1981年(昭和56年)の写真

 20世紀の鉄道写真,その11は1981年(昭和56年)の写真からお届けします。
 この年のお正月は南東北地方に出かけましたが,3年連続での同時期同方面の旅行なので,気に入ったところだけを訪れました。

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1.ED78+EF71の重連の貨物列車です 場所不詳 1980.12.31

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2.全区間架線下を走っていたキハ58系の急行「おが」か「ざおう」です。先頭はパノラミックウィンドウの1500番台ですが,非冷房 場所不詳 1980.12.31

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3.機関車交換を終え,発車を待つ「おが4号」。EF71+14系座席車は当時も今もお気に入りです @山形 1981.1.1

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4.特急「みちのく」。上野~青森を常磐線経由で結んでいました。当時,常磐線は69条の経路特定区間でもありました @仙台 1981.1.1

 今では国鉄世代と珍重される185系電車ですが,この年,1981年の登場です。東京口の153系電車が置換えになるので,駅撮りではありますが,鉄ちゃんしに行きました。また,この時,鶴見線も訪ねました。

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5.置換えまじかのオレンジ仮面こと153系電車 @新子安(?) 1981.2

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6.新設の「踊り子」に統合され,「あまぎ」の愛称も消滅です @新子安(?) 1981.2

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7.こちらは新鋭185系 @新子安(?) 1981.2

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8.ダイヤ改正までの間,暫定的に急行「伊豆」としても走りました 場所不詳 1981.8.2

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9.当時としても相当のオールドタイマーで人気だった鶴見線大川支線のクモハ12 @武蔵白石 1981.2

 春休みは今年も東北地方です。この旅行のときはわざわざ名古屋に出て,名古屋発の周遊券を使いました。この頃になると国鉄線全線完乗も視野に入り,強引なルートも時々ありました。

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10.東北のローカル線。記憶が定かでありませんが,盛線(現・三陸鉄道南リアス線)吉浜ではないかと思います。1両目はキハユニ26,2両目はキロ25格下げのキハ26-400です 1981.3.23

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11.盛駅風景。岩手開発鉄道の食パン気動車が見えます @盛 1981.3.23

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12.国鉄バス陸中海岸線。いすゞのシャーシに日野系のボデーを装荷した国鉄バスにしかないタイプ @黒崎灯台 1981.3.24

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13.国鉄バス十和田南線。「とわだこ号」は高速バスタイプの車両で運用されていました @十和田南駅 1981.3.31

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14.只見線のローカル列車 @会津宮下 1981.4.1

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15.只見線のローカル列車。風景の感じは今も変わりません @只見(?) 1981.4.1 

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16.飯山線のローカル列車。当時はまだキハ26が少数残っていて,これが来るとがっかりしました。4月というのに雪がかなりあります。十日町あたりでしょうか 1981.4.1

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17.ヨ4000。チョッキリの番号で喜んで写真を撮りましたが,横軽間の限定運用の車掌車とは後で知りました @軽井沢(?) 1981.4.1

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18.EF63。この機関車の特徴はびっしり並んだジャンパ栓受ですね。そういえばアンテナ取付前です @軽井沢(?) 1981.4.1

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19.EF62。こちらは信越線専用C+C機のEF62。峠のシェルパEF63に隠れて地味な機関車でした @軽井沢(?) 1981.4.1

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20.この時の周遊券

 秋には房総各線の乗りつぶしに出かけました。房総地区は使えるワイド周遊券がなく,行きづらい所でしたが,この年は水戸鉄道管理局から「ミニチャレンジ房総半島フリー乗車券」なる企画きっぷが発売され,これを使いました。

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21.成田空港のジェット燃料輸送のパイプラインが未整備で,成田線には多数のタンカー列車が走っていました 撮影場所不詳 1981.11.19

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22.鹿島神宮~北鹿島(現・鹿島サッカースタジアム)間は国鉄鹿島線ですが,鹿島臨海鉄道の列車しか走っていませんでした。仕方がないので歩いて行ったところ,警察官に職務質問されたり,難攻不落の地でした。両社の分界点で 1981.11.19

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23.上総亀山で。小湊鉄道と木原線の気動車 1981.11.20

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24.急行「内房」。房総地区は183系の特急ネットワークができていましたが,少数の両国,新宿始発の急行がヘッドマークをつけて走っていました 撮影場所 1981.11.21

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25.1982S。翌年の年賀状用に写真を撮りに行ったところ,登場して間もない1500番台でやってきました @大船 1981.12

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26.ミニチャレンジ房総半島フリー乗車券
(2017.10.14記)

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