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2019-09

2019年夏の東北旅行/3連休パスで4時間半鈍行3連発・その2・三陸鉄道全通鈍行

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その1から)
 7月13日(土)~15日(月)の3連休に行った東北旅行,今日は真ん中の14日,気仙沼から黒石・青荷温泉までをお届けします。この日に乗った三陸鉄道の盛~久慈間列車がこの旅行の目的の第1でもあります。三陸鉄道は元々の南リアス線(盛~釜石),北リアス線(宮古~久慈)とこの3月にJR東日本から移管を受けた旧・山田線の釜石~宮古間から成りますが,3月からは全部通してリアス線に改めました。この163.0kmは第3セクター鉄道としては最長で,全区間を直通する列車も下り2本,上り3本が設定されました。これらの列車は最速4時間21分ですが,遅い列車は4時間38分を要します。4時間30分という閾値に何か意味がある訳ではなく,その位の量が1表にまとめるのに程々だったのですが,僕にとってはその時間が大事なのでした。複数設定された列車のうち,1本でも基準をクリアすればOKなので,三陸鉄道の全通列車は晴れて僕の「長距離・長時間鈍行列車リスト」に載ることになりました。そうなると今度は実際の列車に乗ってみたくなり,今回の旅行になりました。

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今日も大船渡線BRTで気仙沼~盛を移動 @盛 2019.7.14(以降,特記あるもの以外同じ)

 (2019年)7月14日(日),今日は朝早く,6:30のBRTで出発です。僕は盛~久慈間を全通する列車にこだわりますが,ジュニアは長時間鈍行にはこだわりがなく,八戸線を1本後の「リゾートうみねこ」に乗りたいと言います。その行程も魅力を感じますが,僕は初志貫徹,長時間鈍行のほうを採ります。ホテルを6:00過ぎに出発し,6:30気仙沼発のBRTに乗れば,1時間ちょっとで盛に着きます。この間の景色等は前回報告済なので,今日は省略です。

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岩手開発鉄道の貨車群 @盛

 BRTの盛着は7:39で,三陸鉄道の久慈ゆきの発車までしばらく時間があります。盛にはJR,三陸鉄道のほか岩手開発鉄道も乗入れていて,構内にはたくさんのホッパ車が並んでいます。岩手開発鉄道は以前は旅客輸送もしていましたが,貨物輸送で支えている会社のため何十円という安い運賃が憶えにあります。暫くすると,久慈ゆきの5205Dになる編成がホームに据付けられます。

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三陸鉄道5205D。36-713+716の2両編成 @盛

 今日の気動車は36-713+716の2両編成で,昨日も乗った716は今年の新製車,713も去年製と真新しい車両です。災害からの復旧,路線延長と開業時の車両の更新時期が重なり,三陸鉄道は新車の導入が続いているようです。発車時刻を過ぎてから改札口に来るお客さんがいて,若干遅れて出発です。盛を出た新しい気動車は鉄道建設公団製の立派な線路を快調に走ります。長大なトンネルも多く,単線非電化ながら新幹線のような趣です。車内は概ね3割程度の乗りで,僕はロングシート部分の席ですが,乗客は皆なゆったりと座っています。

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家にあった盛線三陸駅の綾里~吉浜間開業記念のスタンプ 1981.3.23

 盛から吉浜まではもともと国鉄盛線として開業した区間で,綾里までが1970年3月,吉浜までが1973年7月の開業です。「たられば」は禁物ですがこの区間が独立した赤字ローカル線の盛線でなく,大船渡線の延伸として運営されていたら,今頃どうなっていたでしょうか。三陸海岸は海岸線が入組んだリアス式海岸の典型ですが,リアス線は海岸線が出っ張ったところは岬鼻の付け根をトンネルで貫き,海岸線の引っ込んだところはやや高い位置から入江に臨む線形です。海の景色を期待したら大間違いで,実際はトンネルだらけのモグラ列車です。

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三陸鉄道はリアス式海岸を縫って走る @吉浜付近(7.13撮影)

 三陸鉄道の開業と同時に開通した吉浜~釜石間はとくに長大トンネルが多くなります。震災前からある大きな観音像が見えて,大きな街に出ると釜石です。釜石は昔から製鉄の街ですが,製鉄会社に敬意を表してか,市内の橋は2本とも鋼鉄をふんだんに使った立派な鉄橋です。

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列車は鉄橋を渡ると釜石に着く

 盛での遅れは概ね挽回し,8:57釜石着,ここで5分止まります。列車番号は5009Dに変わり,運転士さんも交代しますが,列車は直通します。ここからは旧・JR山田線の移管を受けて,この3月23日に復旧開業した区間です。釜石を出るといきなり山深い景色に変わり,両石への途中の水海川を渡る橋では川縁りに鹿がいました。昨日の「SL銀河」でもそうでしたが,この辺では意外と里まで鹿が進出しているようです。車内は釜石から「三陸鉄道の新規開業区間に乗る」という団体旅行ご一行様が乗車し,ほぼ座席定員の乗りになりました。今度も阪急交通社ですが,この会社は飯田線,只見線とどこでもぶつかり,商品企画担当によほどの乗り鉄がいるのでしょうか。

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鵜住居~大槌で

 両石,鵜住居と1駅ごとに峠を越えて,入江に出たところに駅があります。旧山田線の宮古~釜石間は1935年~1939年に宮古方から徐々に開業された区間で,釜石までの区間とは土木の技術が全く異なります。リアス式海岸の岬鼻の部分でもトンネルを避け,峠を上り下りし,海にも近いところを通ります。入江に沿う区間では列車の走る位置よりも高い防潮堤が築造され,海を見ることもできません。やや平地が開けると大槌です。この辺りは津波の被害が大きかった地域で,路盤から駅まで全てが新しくなっています。リアス線も復旧開業し,沿線も区画整理が済んで商業施設が建ったり,これから本格的な復興を進めるところです。

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大槌駅は全てが新しくなったようだ

 ところで僕は駅のスタンプも蒐集しますが,大槌駅のスタンプは最も秀逸なものとして大事にとっています。1979年3月に押した何代か前のスタンプですが,全体が槌をかたどり,特産品や名所旧跡がちりばめられた図柄です。時間のかかることでしょうが,スタンプに描かれたような風光明媚な大槌への復興を祈念します。

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大槌駅のスタンプ 1979.3

 車窓は小さな峠越えと入江を繰返す景色が続きます。大槌の次は井上ひさしの小説で一躍有名になった吉里吉里,砂浜のきれいな浪板海岸と,1980年代開業の新幹線のような区間とは違う,趣のある沿線風景です。山越え区間に入るとそこには開けていれば狭い場所でも田畑が広がり,日本の里山風景です。

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峠越えの区間はふつうの里山風景 @陸中山田~豊間根

 少し大きめの峠を越えると津軽石着,ここで上り列車と交換です。やってきたのはレトロ車両の36-R3が先頭の2両編成です。この36-R3は2014年3月にクウェートからの支援を受けて製作された車両で,乗務員室窓の下には「クウェート国からのご支援に感謝します。」と書かれています。

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津軽石では上り列車と交換

 津軽石から14分で10:28宮古着,三陸鉄道全通鈍行の旅は半分強消化です。列車はここで16分停車し,列車番号も5111Dに変わります。列車の編成も後寄りの36-716を解放,前寄りに36-704を連結とちょっとした入替りがありました。

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宮古駅。駅は海抜9mにあるが震災のときも月内に復旧した

 時間もあるので駅の内外を見て歩きます。宮古は三陸鉄道の基地もあり,開業時からの古参の36-200形も含め多数の気動車が休んでいます。

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三陸鉄道開業時からの古参,36-202 @宮古

 宮古からは旧北リアス線,その前は国鉄~JR宮古線として開業した区間に入ります。ここも1972年2月末の開業,鉄道建設公団製の線路で釜石以南と似たような高規格の線路です。北リアス線沿線は北山崎をはじめとする断崖の海岸も多く,線路は比較的内陸寄りに敷かれています。トンネルばかりの景色が続き,20分ちょっとで田老に着きます。田老は1960年のチリ地震津波で大きな被害のあった所で,以前訪れたときには町の真ん中に防潮堤があるのが印象的でした。田老の駅は南寄りの町はずれにありますが,現在,やや北寄りの町の中心部の近くに新田老駅を作っているようです。

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長大トンネルのなかはスラブ軌道

 旧北リアス線の沿線は北山崎や黒崎など岬の観光資源もある景色のよいところですが,三陸鉄道は長大トンネルで貫いて走るので海の車窓はほとんど楽しめません。長大トンネルのなかは気温も安定していて真夏でも涼しかった憶えがありますが,今どきは3セクの鈍行でもエアコン完備なのでそんな経験はできません。退屈なので前面かぶりつきで見ているとトンネルの中はスラブ軌道であること,湿度の高い区間では靄が漂っていることなどが分かりました。

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大沢橋梁(白井海岸~堀内)で。三陸鉄道で一番高い橋梁の由

 ところで今日の天気ですが北東北では基本的に晴れですが,梅雨前線の影響で湿度が高く,海岸は天気は曇り,海霧が発生しています。三陸鉄道の旅も普代を経て旧久慈線の区間に入ると,山の険しさも和らぎ,トンネルも短く,入江を望む区間も出てきます。本来は夏の陽射しを浴びて緑濃い山と紺碧の海がきれいな区間のはずですが,今日はあいにくの車窓です。

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堀内では海の景色を見るための観光停車

 この列車は上の大沢橋梁では車窓観光のため徐行運転があり,堀内(ほりない)では5~6分の観光停車があります。堀内は棒駅で行違い列車もないのに妙に長い停車です。この先の野田玉川で上り列車と交換ですが,森の中で待つよりは堀内のほうが景色も良いし...というダイヤ設定のようです。眼下の漁港はNHKの連続テレビ小説「あまちゃん」のロケにも使われたそうで,北限の海女のベースです。

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堀内駅から海岸を望む。海霧の景色が残念

 堀内を出ると海霧はいよいよ濃くなってきます。運転士さんは駅に着くと連絡用の電話に走ります。霧の状況について指令に連絡しているのでしょうか。僕は時間に余裕がありますが,ジュニアは1本後の列車で行程に余裕がないので,霧が濃くなって,減速による遅れとか不通にならないか少々心配です。

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安家川橋梁(堀内~野田玉川)で。対岸が見えないほど霧が濃くなってきた

 4時間半の長時間鈍行も最終行程です。野田玉川では臨時列車と,陸中野田では定期の上り列車と交換です。

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霧をついて上り列車がやってきた @陸中野田

 景色が開けてきて,多少雲も高くなると終点,久慈に着きます。心配された霧もこの列車には影響なく,12:35,時間どおりの到着です。盛から4時間半,三陸鉄道全通鈍行の旅ですが,曇りと霧のお天気が残念でしたが,とても楽しく満足でした。震災後の街々もインフラがようやく整い,これから急ピッチで復興が進むことでしょう。幾年か後にはより賑やかになった三陸海岸の街を訪ねる日を祈念します。

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久慈駅前風景

 久慈に着きましたが,ちょうどご飯時です。三陸鉄道の久慈駅構内の駅そば屋さんを覗くと,売切れですとそっけない返事です。駅裏を見ると大きなスーパーマーケットがあるので,少々慌ただしいですが,サラダとお寿司を仕入れます。

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八戸線の気動車は最近更新され,2018年製のキハ130-500代 @陸中八木

 久慈からは引続き三陸海岸に沿って八戸線で北上します。12:57久慈発の442Dは新鋭のキハ130-500代の2両編成です。所属銘板,製造所銘板,検査標記などが妻面ではなくスカートに書かれた車両は初めて見ました。

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東北エモーションが着くと442Dは発車 @久慈

 レストラン列車の東北エモーションと入替わりに442Dは八戸へ向けて発車です。新しい気動車は車内も明るく清潔で,2時間弱ゆっくりできそうです。陸中夏井から陸中中野は山のなかなので,早々に食事を済ませ,陸中中野からは右手の車窓に広がる太平洋を楽しみます。単に太平洋の海の景色を楽しむなら,在来線?の八戸線のほうがゆっくりきれいな海を楽しめそうです。

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陸中八木では「リゾートうみねこ」と交換。右下には海岸線と砂浜があるのだが

 30分ほど走ると陸中八木に着き,ここで「リゾートうみねこ」と交換です。ジュニアは気仙沼を1時間遅れ,三陸鉄道は1本後の列車で,久慈からはこの「リゾートうみねこ」の折返しの予定です。キハ48改造ではありますがアコモデーションは随分良いので,それも楽しそうです。八戸線は三陸鉄道沿線とは違った穏やかな海岸に沿って走ります。いくつか写真も撮りましたが,熱線吸収ガラスで色の出が悪く,ここにアップするようなものはありません。

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蕪島が見えると鮫,八戸だ

 角の浜までが岩手県で,小さな橋を渡った階上からが青森県です。うみねこの集う蕪島が見えると八戸市の中心部にかかってきます。本八戸の前後では線路は高架になり大都市の様相です。車内も種差海岸あたりから行楽帰りの人が増えてきて,立っているお客さんも出始め,列車は僅かですが遅れます。本八戸を出て,内陸に入った八戸駅が近づくと付近は急に晴れ間が広がります。

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八戸~青森間の581Mは青い森702-11 @青森(エンドチェンジ後の撮影)

 八戸には3分位遅れて14:46頃の到着,14:48の発の581M青森ゆきに慌ただしく乗換えます。3連休なか日の午後のローカル列車はガラガラで,1ボックスに1組のお客さんです。この列車はワンマン扱いですが,アテンダントが乗っているので,車内券を所望します。いつもは小児で売ってもらっていますが,ここでは大人での発券がmust,記念目的でまとめ買いする迷惑なマニアがいて本当に必要なお客さんへの発券に支障するの防ぐ由です。後から券面を見て思いましたが,10人分なら人数欄に10と書けばよいだけで,1人複数枚の発券は断れば済むことです。

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青い森鉄道の車内券

 青森からは車の運転が待っているのでこの区間では昼寝するつもりでしたが,東北本線の各駅の景色の懐かしさも手伝ってほとんど寝ずに青森に着いてしまいました。

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上り列車も下り列車も通る不思議な鉄橋。遠くの山は八甲田連峰

 本線筋の快適な鈍行列車で約1時間半,上り列車も下り列車も通る不思議な鉄橋を渡ると広い構内の青森駅に到着です。「十和田」などの長距離列車でたくさんのポイントをしずしずと渡りながら進入する青森駅風景が好きでしたが,雰囲気は健在です。たった2両の軽快な電車はコトコトとポイントを渡り,いちばん手短かな1番線に着きます。

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見慣れた青森駅前風景。この駅舎も還暦(築後60年)ですが建替え工事であと僅からしい

 青森からは新青森まで1駅の移動ですが,接続が悪く16:45の671Mまで23分列車がありません。青森駅は何度来ても味のある駅で,構内のここそこを眺めて歩きます。階段や跨線橋には昔からの写真が掲出され,これを見ていても飽きません。40年前に中学校の修学旅行の自由時間に寝台特急の写真を撮りに来て以来,何度も訪れていますが,いつも同じ佇まいで迎えてくれる感じがします。現在,駅舎の建替え工事が進行中で,還暦のお祝いもそこそこに取り壊されてしまうのでしょう。そうすると駅の雰囲気が一変しそうです。

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青森~新青森間のチョン行乗車の671M @青森

 青森16:45の671Mに乗れば5分の乗車で新青森に着きます。ここは1直線に北海道を目指す新幹線が在来線と交差するのでとりあえず駅を造ったという雰囲気の駅です。新幹線効果は恐ろしいもので,開業直後は何もない所の印象が強かったですが,開業後8年を経ていろいろな商業施設なども整ってきた感じです。ここから今日の宿の青荷温泉まではレンタカーですが,新幹線で追いかけてくるジュニアを待ちながら,借出しの手続きなどを済ませます。

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今日の宿は青荷温泉

 レンタカーは「大人の休日倶楽部」割引きもあるので駅レンタカーです。駅レンの事務所の場所が分かりづらく,手近にあったトヨタレンタカーの営業所に行けば,ご親切にも駅レンの事務所までエスコートして案内してくれました。次回はトヨタにしようかな...と思わせる応対に感謝です。17:40過ぎジュニアを拾い,市内のショッピングモールで買い物を済ませ,夕暮れの岩木山を見ながら高速で黒石を目指します。途中で寄り道をしたので19:00ちょうど頃,青荷温泉着です。

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青荷温泉夜景。右上は部屋のランプ

 青荷温泉は昔からランプの宿として有名な温泉で,一度泊まりたいと思っていました。昔は本当に電気が来ていなくてランプの宿だったのでしょうが,主(あるじ)も代替わりし,今では自家発電装置もあってウォシュレットも完備の近代的宿泊施設です。一方,客室の灯りは今でもランプで,スマホを充電するコンセントもありません。もちろん携帯の電波は圏外で,公衆電話などは衛星通信(マイクロ波かも)です。一種,文明から隔絶された世界を楽しむのが,この旅館のウリのようです。先ずはランプの明かりの食堂で同宿の皆さんと揃って夕食を食べます。20:00前にはごちそうさまで,その後は温泉に浸かるしかすることがありません。温泉は無色透明の炭酸泉で,45~60度で湧出し,4つあるお風呂はどれもかけ流しで,文句なしに良い温泉です。

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星の写真を撮ったら人工衛星が写っていました

 今日は昼間の天気はいまいちでしたが,夜になって晴れてきたようです。星座は得意ではないのですが,北斗七星から天の川まで星が降るようです。僕のカメラはバルブの機能はないので本格的な星の写真は撮れませんが,適当に上を向けてシャッターを切ったら,人工衛星が写っていました。楽しい夏休みの旅行も2/3消化です。今日も1日に満足して明日の最終日に備えます。

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この日のGPS log
海岸線と航跡の関係に注目。また,切れている所はトンネルでGPS信号が拾えなかった区間
(2019.8.10記)

その3に続く)
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9月5日の京急線踏切事故に思うこと

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イメージ(@仲木戸~神奈川)

 この(2019年9月)5日(木)京急線神奈川新町(以降,新町と略記の場合あり)駅近くの踏切で大型トラックと快特電車が衝突する事故がありました。京急線は自分の通勤ルートで毎日使っていることもあり,大変関心を持ちました。正式な報告は京急や運輸安全委員会の報告書を待つとして,現時点で思っていることを書かせていただこうと思います。先ずは,亡くなられたトラックの運転手さんのご冥福,怪我をされたかたの平癒を祈念いたします。

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読売新聞9月6日(金)朝刊13刷1面から

1.事故の概要
 9月5日11:43頃,京急本線神奈川新町駅隣接の新町第1踏切で,青砥発三崎口ゆき快特電車と大型トラックが衝突,電車はトラックを巻込みながら約70m走って止まりました。8両編成の電車はトラックに乗上げた1両目が大きく傾き,2,3両目が脱線し,乗客など35名が怪我をしました(運転士さんも怪我をしたのではないかと思いますが,報道は全て「乗客など」で運転士の容態に触れたものはありません)。トラックは電車との衝突で大破,出火,運転手さん1名が亡くなりました。なお,トラックは成田の運送会社の13t積みで,現場近傍の青果市場から柑橘類を千葉県へ運ぶ途中でした。原因の第一はトラックの踏切侵入ですが,踏切障害検知装置(以降,踏切障検)が設置されているのになぜ列車が止まれなかったのかは不明な点も多く,これから京急と運輸安全委員会で解明されるでしょう。

2.最初に思ったこと
 自分がこの事故のあらかたを知ったのは5日19:30頃,退勤時の振替輸送の列車の中でのインターネットの記事でした。大型トラックはそうでなくも走る凶器みたいなものだから高齢のかたに運転させないほうがよいのではないか,でした。高齢運転者の運転ミスによる痛ましい事故が続く昨今と高齢者にも頼らざるを得ないトラック業界の事情と関連づけてしまいました。電車の側は,そうでないことを祈りつつも,踏切障検が動作してもどうせまた直前横断だろうと僅かでも非常ブレーキ操作に逡巡はなかったのかと思いました。帰宅後,ジュニアと会話しましたが,彼の意見も踏切障検の動作でいちいち止まっていたら,ダイヤが維持できないでした。品川~横浜間は1995年から120km/h運転が行われていますが,京急の目玉商品であり,この商品価値が毀損するのはよくない,どうなるのだろうと思いました。

3.事故に至る不運やミスの連鎖
 このような大事故は単純なミスで起こるのではなく,それに至るまでにたくさんの不運やミスの連鎖があるものです。どこまでをその連鎖に含めるかが難しいですが,以下,自分なりにまとめてみました。
・トラックの運転手さんがどれだけ横浜青果市場近傍の道路事情に慣れていたか分からないが,ナビのないトラックで単身で遠地での業務に就いていたこと。なお,所属する会社のトラックの9割はナビ装備済だった由。
・トラックが狭隘な住宅地に迷込んでしまい,踏切横の交差点を曲がることができなかったこと。それにより踏切を渡ることになったこと。
・トラックの運転手が(勝手に?)踏切内に入ったこと。報道では,当初,踏切と逆の左方向に曲がろうとし,たまたま休憩中で付近を通行中だった京急の乗務員に後方監視の支援を頼んだとされる。踏切側に曲がるなら,その乗務員に断れば列車の間隔の開く時間帯などのアドバイスを得られたかもしれない。
・たままたま来た列車が速度の速い快特だったこと。普通やエアポート急行であれば新町停車なので,多分,衝突はなかったと思われる。なお,日中時間帯のこの区間は,カーブした子安駅を抜け,築堤上の仲木戸駅に向け加速し,120kmのトップスピード近くで走る。
・踏切障検は設置されていたが,信号回路とは連動していなかったこと。
・同様に現場に居合わせた京急の社員により踏切異常ボタンも扱われたが,これも信号回路と連動していなかったこと。
・踏切障検の警報機(特殊発光信号機,以下,特発と書きます)は踏切の340m手前にあり,それを見てブレーキをかけたが間に合わなかったこと。それを見た位置がポイントだが後述。
・通常,神奈川新町退避の列車では乗務員が通過列車の監視に立つが(この際ホーム上の列車停止ボタン操作が期待できる),このとき退避していた列車は乗務員が交代する運用でホーム上での列車監視がなかった(らしい)こと。

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仲木戸駅から新町・踏切方向を望む 2019.9.7

4.不幸中の幸いだったこと
 衝突事故は不幸ですが,いろいろ情報を聞くと,まだまだ不幸中の幸いだったことがたくさんあることも分かりました。
・京急の電車が重量のあるクモハ(京急ではデハ)だったこと。これは京急のポリシーだが,乗上げて傾いても,転覆しなかったのは大きい。なお,京急は120年の歴史の中で1度も転覆事故は起こしていない由。
・トラックから出火したが,火災程度で済み,燃料に引火,爆発のような事態は避けられたこと。
・防音壁があったため,はね飛ばされたトラックが沿線の住宅や通行人に当たることがなかったこと(そのせいで巻込まれてしまったともいえる)。
・上り列車が近くまで来ていたが,止められたこと。時刻表上は隣りの仲木戸駅を11:43に出る普通列車があり,脱線した列車は大きく上り線を支障していたので,1歩間違えば大惨事だった。脱線した列車で軌道回路が短絡したのか,非常ボタンか,そもそも現場は見通しがよいので分かっていたか理由は分からないが,この列車を止められたのは大きい。

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現場付近の地図。Google Mapから加工
つぶれてしまっているが○と○の間が459.93m

5.ポイント1。踏切障検の信号視認とブレーキ操作点
 レールと車輪の摩擦は鉄道システムの原点ですが,列車を適切に止めるのは難しい技術で,新幹線でも高い速度を出すことよりも,その速度から適切に止めることの方が格段に難しい技術です。そこで日本では国土交通省の省令で非常ブレーキを扱ったとき600m以内で止まれることを規定しています。このため踏切障検を設置する場合も,600m以上手前で確認できる必要があります。上の地図のとおり,現場の手前の子安駅は左にカーブしており,報道で340m手前にあったとされる踏切障検の遠方の特発を運転士がどこで見たかがポイントです。理屈では260m以上手前でこの信号を見れば非常ブレーキ操作で間に合います。

 京急のこの区間の最高速度は私鉄最高の120km/hですが,新1000形の非常ブレーキ(毎秒-4.5km/h,毎秒-1.25m/s:Wikipediaによる)で減速すると止まるまで27秒かかる計算です。実際は,運転士が視認してから,非常ブレーキを操作し,電気的に非常信号が出て,空気ブレーキのシリンダが動作するまでの空走時間がかかります。120km/hであれば秒速33mであり,この距離が生死を分けます。実際の空走時間は見当つきませんが,経験的に1.5秒とすると,視認してから止まるまでに511m必要という計算になり,省令に収まることが確認できました。

 7日土曜日は週末で時間があったので,実際に現地に行って見たところでは,以下の状況でした。
・踏切の600m手前(子安駅の新町側ホーム先端あたり)では特発は見えない。
・特発は新町駅の場内信号機に隠れてしまって,かなり近くまで行かないと見えない。
・大概算ですが,特発が見えるのは踏切から460m位の地点(下の写真の点)。ただし,点灯状態では強く赤く発光するので,その状態は分からない。

 460mの地点で,上と同じ条件で非常ブレーキ操作を行うと,踏切では40km/h程度の速度が残っている計算になります。衝突した速度についての報道記事はまだ見ていませんが,素人目にも電車の前面の損傷状態から,こんな程度だったのだろうとは想像がつきます。とすると,躊躇なく非常ブレーキをかけても衝突は免れなかった計算になり,2.は全くの邪推のようです。これで,運転士さんに対する疑いは晴れましたが,線路設備として特発の設置位置がそれでよかったのかという疑問は残り,これは京急と運輸安全員会の調査を待つことになります。

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新町第1踏切の遠方特発 2019.9.7

6.ポイント2。踏切の安全対策
 鉄道の輸送障害のうち踏切事故は大きな割合を占め,人身事故はともかく,対車の事故では今回のように被害はとても大きくなります。新幹線や新交通システムでは重大事故は滅多になく,地平面を道路交通と共用する一般の鉄道では踏切事故を防ぐ対策が重要です。重層化による踏切の解消が一番ですが,これには費用や場所の制約がありすぐには進められません。「間違っても踏切には入らないこと」の徹底に鉄道事業者,警察,自治体が協調して取組む必要があると思います。事故に至らなくても踏切障検を作動させたら罰金を科すとか,遮断桿を折ったら罰金+刑法犯として処罰+損害賠償請求などは考えられないでしょうか。法整備さえすれば,最近は監視カメラ技術が発達しているので,追跡することも可能と思います。

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3次元レーザーレーダ式障害検知装置。近くのJRの踏切で 2019.5.25

7.事故の教訓
 報道などでは,踏切障検と信号装置が連動しないのは時代遅れで,連動させるべきとの意見を見ますが,敢えてこれには異を唱えたいと思います。確かに事故は防げるでしょうが,6.の対策が不完全では頻繁に非常停止が発生して,安定輸送ができなくなってしまうからです。一方,こんな事故は京急120年の歴史の中で初めてだから(?),今後も当分はないだろうというのは大間違いです。4.の幸いに感謝すべきで,衝突事故は絶対になくさなければなりません。

 ところで,今回の事故に関連する報道で秀逸なものがありました。山形県の奥羽線で2004年に車と列車が衝突し,運輸安全委員会は2010年3月に「停止信号が電柱に紛れて見えづらく,運転士の確認が遅れたことが原因と結論づけた」(日本経済新聞9月7日(土)朝刊13版33面)事故があったそうです。詳細は分かりませんが,今回の事故は相当に類似性があり,2010年の報告書が全国の鉄道事業者に横展開されていれば...と思います。

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新町第1踏切の(遠方)特発のかぶりつきビューとその拡大 2019.9.7

 先のことは分かりませんが,今回のようなとき事業者の運行や設備の管理者をとっつかまえて刑事罰を科せばよいと日本人は考えがちですが,原因を深掘りし,再発防止をすべての鉄道事業者を挙げて取組むことが大事です。運輸安全員会はそのための組織だったはずです。昔の憶えですが,運輸安全委員会の手本とされる米国の国家運輸安全委員会(NTSB)では,事故の関係者が原因究明のために自分が不利なことを証言しても,刑事裁判で訴追されることはないそうです。この国の運輸行政や国民感情が野蛮な個人処罰主義と決別することを祈らずにはいられません。

 話が大きく逸れましたが,自分としての提案も一つ書いておきます。5.の記述が概ね外していないとして,460mで止まれなかったなら,460mでも止まれる速さで走ればよいではないか,です。自分の試算では110km/hであれば,同じ条件(空走時間1.5秒,減速性能-4.5km/h/s)で435m位で止まることができます。幸い京急のATSは速度照査の機能もついた高機能なものなので,踏切障検を信号システムと連動するよりは,ダイヤに与えるインパクトは少ないと思います。

 なお,5.にせよ,本項にせよ,積分が苦手な文系の自分が計算したものなので,計算自体は間違っていないものの,大概算です。例えば,空走時間の1.5秒も概算であれば,-4.5km/h/sの減速度がすぐに安定して発生するとも思えない,線路が濡れていたりすると制動距離が延びることを考慮をしてないなど。また,5.や7.の下の写真も運転台後ろのカブリツキで撮ったものですが,運転席に座った位置からの見え方とは多少なりとも違うはずです。

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川崎で。2100形のD急行運用は日中は見ない

8.終わりに
 身近なところで起こった重大事故ゆえ,興味が興味を呼び,いろいろ書いてしまいました。自分は鉄道趣味者ではあるものの,運輸業に従事している者もなく,ただの素人です。こんな考えもあるのか程度にお読取りください。

 最後に追を2つです。事故当初は,9月6日夕方の運転再開がアナウンスされていましたが,7日朝に延び,結局,運転再開は事故後50時間くらい経った7日13:13でした。滅多に経験する障害ではないので,復旧見通しを正確に言い当てるのは難しいとは思いますが,今回は「そば屋の出前」の観がありました。また,7日は快特は全て特急扱い(青物横丁,平和島,神奈川新町,追浜,汐入などに追加で停車),エアポート急行は京急川崎~金沢八景が運休,蒲田~品川間の普通も運休でした。京急は運行管理のコンピュータ化が少ない(遅れているのではなく,敢えてしていない)ので,これらは手作業でコントロールされました。乗務員も同様で,行路表などあてにならず現場現場で指示されて乗っている感じで,皆さんとてもお疲れのように感じました。復旧作業にあたられたかたも,残った列車運行を支えていたかたも,本当にお疲れさまでした。また,7日午後は沿線にはたくさんの野次馬が来ていて(カウントとしては自分もその1人),沿線の人たちの京急愛を感じたりしました。

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新町駅の様子 2019.9.7 16:00頃

 ところで,京急の特発は4つの赤灯が点滅するものですが,JRのそれは5つの赤灯が回転するように点灯するもので,クルクルパーと呼ばれたりもします。また,特殊発光信号機(特発)という呼び名も知らず表示器と書いていましたが,後に書き直したくらいで,当初は正しい名前も知りませんでした。特発は暗黙のうちに正式な信号機より格下に見られていた,そのため多少見づらくてもあまり顧みられることもなかったのではないかと思いました。今回の事故を契機に,全国の(踏切用の)特発の設置状況の確認と不良個所の対策が進み,このような重大事故が日本の鉄道からなくなることを祈念します。(2019.9.8記)
特殊信号発光機(特発)の名前が分かったため,該当部分を修正。(2019.9.14)

2019年夏の東北旅行/3連休パスで4時間半鈍行3連発・その1・SL銀河と大船渡線BRT

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 今年3月のJR全国ダイヤ改正では三陸鉄道にも動きがあり,JRから移管された旧・山田線区間も含め盛~久慈間を4時間半かけて走る長距離鈍行が設定されました。3月号の時刻表を見たときからこの列車に乗りたくて,大人の休日倶楽部パスを使っての旅行を計画していました。一方,羽越本線を走る「きらきらうえつ」は秋に後継の「海里」に交代の情報で,ジュニアはこれに乗りたいと言います。仕事のある奥はお留守番で,三連休パスで東北旅行が今年のわが家の夏休みの旅行になりました。

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指定券予約票。この日のNGはこの1件だけ

 三連休パス利用となるとその時点で日程は7月13日(土)~15日(月)の3連休に確定です。その日はちょうど「きらきらうえつ(以降,「きらきら」と略すことがあります)」は秋田までの延長運転です。485系4両編成なら300席位はあるだろうから慌てることもないと思っていましたが,これは大間違いでした。慎重派のジュニアは1か月前の6月13日に早起きして指定券事前予約を受付ける通学途中の大駅で7月13日の下り列車を申込みました。6時過ぎの提出で受付番号5番でしたが,見事に満席NGでした。自分も「えきねっと」の予約を流しましたが,当然これもダメで「きらきら」の人気にびっくりです。こうなると意地でもとりたくなるのは遺伝で,2日後の6月15日土曜日は5時半前に提出し1番でした。さすがに10:00打ちの1番でNGはなく,通路側のBC席でしたが,上り列車の最前列のおまけつきでした。なお,「きらきら」の席数ですが,あちこちに定員外スペースがあるので意外と少なく,たった116席です。また,この駅の当日朝の受付サービスは10月で止めるとアナウンスされており,わが家としては貴重な指定席券の入手ルートなので,これからはどうしようか困っています。

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出発は根岸線736B @磯子 2019.7.13(以下,特記あるまで同じ)

 7月13日の下りの「きらきら」の指定席がとれず,「きらきら」が7月15日の上りになったので,行程は当初の計画と逆の左回りになりました。毎度書きますが,旅程の計画の段階から旅行は始まっており,三陸鉄道の全通鈍行と「きらきら」のほか,どんなアクティビティを組込むか楽しいプランニングのひとときです。ジュニアは常磐線の代行バスに乗りたいと言いますが,自分は去年の3月に乗車済なのでパスです。また,1泊は一軒宿の温泉に泊まりたいという希望を容れてもらい,ランプの宿で有名な青荷温泉を組込んだ旅程になりました。

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横浜からは上野東京ラインで宇都宮まで1直線。3622E @横浜

 さて,以降は旅程にしたがい報告します。出発は(2019年)7月13日土曜日です。今年は梅雨明けが遅く,今日も,また,行った先でも雨が心配されます。実際のところは乗り鉄の旅は車内や駅構内にいることも多く,図々しくも傘を持たずに出かけます(実は自称,晴れ男です)。宇都宮までは在来線利用で,出発は自宅最寄りの磯子駅を7:05の上り列車です。横浜駅で東海道線の3622Eに乗換えれば,東北本線内快速「ラビット」での運転で,普通列車よりちょっとだけ速くて得した気分になります。

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宇都宮からは新幹線利用。「やまびこ43号」 @宇都宮

 宇都宮からは東北新幹線に乗換え,一気に新花巻を目指します。宇都宮からだと特急料金が400㎞までに収まり,530円の節約です。また,夏の土曜日の朝,行楽の足での混雑が予想されますが,「やまびこ」なら宇都宮・日光へのお出掛けも多そうで,席は自由席にします。最近はデータ分析による需要予測の精度が上がり,臨時列車が適切に運転されるようになりました。宇都宮から乗った「やまびこ43号」はE6系+E5系17両編成の輸送力列車でしたが,自由席で120%位の乗りで,残念ながら郡山まで立ち席です。いつもの2号車狙いだったのですが,前側の自由席のほうが空いていたかもしれません(この記事を書いて知りましたが,この列車は14~17号車の4両も前側に自由席車があり,12,13号車も日によっては自由席でした)。

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北に向かうにつれ,天気はよくなる @郡山~福島

 郡山からは席に着き,ゆっくりします。3列の海側の窓から外を眺めれば,夏らしい高い雲と梅雨空の低い雲が層をなしていて,不思議な雲の眺めです。仙台以北各駅停車の「やまびこ」は駅ごとに空いてゆき,一ノ関を出ればかなり余裕のある状態になります。

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福島では「はやぶさ・こまち」に道を譲る

 僕は昔から新幹線が嫌いで,あまり写真を撮ったりはしません。理由は簡単で,特急料金が高くて高校大学時代の貧乏旅行では乗れなかった,窓を開けて外の空気を吸ったり,ホームの立売りの弁当屋さんから駅弁を買ったりできない,列車による移動自体を楽しみたいのに直ぐに目的地に着いてしまうなどなどです。ところが最近このブログの制度研究ページで新幹線の写真が必要になり,今日は新幹線の写真撮りに精を出します。

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夏空の下,新幹線総合車両センターを望む

 雲の量は多いですが,雲は高いし,晴れ間ものぞきます。仙台を過ぎれば,東北はまだ梅雨にもなっていないような天気になってきました。

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こちらは山側,栗駒山のほうを望む

 一ノ関ではこの列車2回目の「はやぶさ」退避です。普段なら目もくれないシーンですが今日は新幹線の写真が欲しいので,通過する「はやぶさ」の写真を撮ります。分岐器直線側の速度制限がいくつか知りませんが,基本的には320㎞/h運転の列車なので強烈に速く,僕の腕とカメラではこんな程度の写真しか撮れません。

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「はやぶさ11号」 @一ノ関

 北上川を長い距離をかけて斜めに渡ると北上着,北上を出れば10分もかからず新花巻に着きます。新花巻についても釜石線の列車までの間,新幹線ホームに残り,しつこく駅撮り鉄ちゃんを続けます。

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「はやぶさ69号」 @新花巻

 新花巻は新幹線開業の3年後にできた後発の駅で,退避線のない簡易なつくりの駅です。また,釜石線と直交する位置に作られてはいますが,一旦駅前広場に出てから道路を渡って釜石線のホームにたどり着きます。この道路を渡るのは横断歩道で十分と思いますが,以前に交通事故があったのでしょうか,地下道が整備され,厳重なガードレールで地平での横断を阻止する作りです。

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新花巻の駅前広場。写真で奥の東京がたの道路の先に釜石線のホームがある

 釜石線のホームに行くと,新幹線駅を出るのが遅かったこともあり,多くのお客さんで溢れかえっています。これは失敗したと思いつつ快速「はまゆり3号」に乗れば,急行仕様のキハ111は収容力があり,自由席車も90%位の乗りでなんとか席に着くことができます。キハ111はJR東日本の非電化勾配線区各地で見ることができますが,今日の車両はトップナンバーのキハ111-1です。

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3連休で盛況の釜石線の快速「はまゆり3号」 @新花巻

 ところで今日の行程ですが,ジュニアは常磐線の代行バスに乗って,仙台からは海岸線をなぞって気仙沼入りします。僕は夜までに気仙沼に着けばよいので,何か面白い列車をと探したら,釜石線の「SL銀河」が目に止まりました。この列車は花巻~釜石間90.2㎞を4時間31分かけて走ります。僕のライフワークの長時間鈍行列車ランキング(※)の基準は4時間30分以上なので,これをもクリアするのですが,うち1時間18分は遠野での長時間停車です。

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遠野で「はまゆり3号」は「SL銀河」に追いつく

 遠野は民俗学の泰斗,柳田国男の遠野物語で有名な街ですが,35年前に35度位ある夏の日に1度街歩きをしています。今日はSL列車は半欠けでも,ゆっくりのスタートを選択しました。そもそも「SL銀河」も盛況で新花巻からの指定席がとれませんでした。

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遠野の駅前風景。ホテル・フォルクローロ遠野の開業あわせ整備されたよう

 「SL銀河」は3番線に停車し快速に道を譲りますが,駅構内やホームが狭いため,人の整理に気を遣っているようです。せっかくの長時間停車でも思うように写真は撮れません。下の1枚は跨線橋の窓から撮ったものです。

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「SL銀河」 @遠野

 遠野で半分以上のお客さんが降りてしまったと見え,車内はガラガラ,僕もボックス占拠でゆっくりします。「SL銀河」の客車はJR北海道から買ったオハ51系客車改造の気動車ですが,幸い乗った車両はキサハで乗り心地も上々です。この車両はインテリアも銀河鉄道のイメージに改装されていますが,シンプルで実用本位なのを好む僕の好みには合いません。

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「SL銀河」の車内。釜石到着後に撮影

 途中,足ヶ瀬での運転停車をはさみ約1時間で陸中大橋に着きます。ここは釜石線の白眉である仙人峠のオメガループの出口にあり,鉱石積出しのホッパーの遺構なども残っています。列車は上りの快速と交換のため8分止まります。夏空の下,たくさんのお客さんが外に出てゆっくりしています。

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陸中大橋ではたくさんのお客さんが車外でゆっくりする

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蒸気機関車はメカの塊。発電機,コンプレッサ,安全弁に気笛に機能美を感じる

 陸中大橋を出ると先ほど下ってきたオメガループの線路が右上に見え,今日は先ほど交換した快速列車とちょうど並走になります。

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鬼が沢鉄橋を行く快速「はまゆり6号」。蛍光灯の映込みがなければ...

 陸中大橋から釜石は28分で,線路も概ね下り勾配,カタンコトンと気持ちよく走ります。途中,線路脇に鹿がいるため徐行し,少々遅れての釜石到着です。ホームでは民俗芸能の獅子舞が披露され,列車を迎えてくれます。釜石駅の改札を出ると駅そばスタンドがあり,おいしそうに湯気を上げています。先ほど遠野からの車中でパンを食べたばかりですが,雰囲気に誘われかけそばを1杯いただきます。インドからの旅行者風のお嬢さんがいて,駅そば屋の常連がいろいろ世話を焼くのが面白く,おそばの良いおかずになりました。

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釜石に着く三陸鉄道の気動車

 今日の行程は気仙沼泊まりのため,これから三陸鉄道で盛へ,更に大船渡線のBRTで気仙沼に出ます。明日は盛~久慈間を全通する列車に乗りたいので,盛まで戻っておくのは結構なのですが,それより南は余計で,ジュニアの行程にあわせたため厄介なことです。

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たまたま来たのは36-716,今年の新製車

 三陸鉄道釜石から盛は明日分で詳述するとして,記事は盛に飛びます。盛に来るのは多分20年ぶり以上で,震災後はもちろん初めてです。盛駅は大船渡線BRTと三陸鉄道の結節点としてきれいに整備され,駅前広場も広々しています。この駅舎は旧駅舎を模したつくりだそうで,まさに復興を感じます。三陸鉄道の駅舎はJRに比べるとこぢんまりとした作りで,少々かわいそうな感じです。第3セクターの駅舎は大抵がそうですが,改築したついでに共用のきれいな駅舎にできなかったのかと思います。企業の体力差による償却や家賃の負担からむやみに大きな投資はできないのでしょうが,利用者の利便から見ても共用駅舎はもっと増えてよさそうです。

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大船渡線BRT。先ずは陸前矢作ゆきの鈍行便に乗る

 大船渡線のBRTは6月1日にダイヤ改正があったようで,予定していた時間より10分遅く,16:55の陸前矢作ゆきに乗ります。BRTは津波被害が甚大だった地域を淡々と走ります。大船渡は水産業の街で,漁港や魚市場なども整備されています。下船渡から碁石海岸口あたりで防波堤のない海岸を少しだけ走りますが,全体からみるとこのような海岸線は僅かです。

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下船渡付近で(7.14撮影)

 被災から8年を経ましたが,防波堤の築造や区画整理が続いており,まだまだ復興の途上です。この陸前矢作ゆきは盛から2系統あるBRTのうちの鈍行便扱いで,山側の竹駒を経由します。山の手の方では津波の難を逃れた地域もありますが,経済圏としてのダメージも大きく暮らすには不便そうです。

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陸前高田駅。BRTの駅で列車はこないが,ここも旧駅舎の面影を残す
(古い駅前の写真は1984年7月の撮影で,世田米を通って上有住,遠野への国鉄バスの路線もあった)

 45分の乗車で陸前高田着。ここは海岸というような位置ではありませんが,津波被害のあった場所です。BRTの待合所として使われている駅舎は昨秋に改築されたようですが,ここも旧駅舎の面影を残す意匠になっています。

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陸前高田の駅前広場から海岸を望む。完成まであと僅かのスーパー防波堤が連なる

 再整備された陸前高田駅で暫く過ごし,17分後の気仙沼ゆきに乗ります。このバスはキャラクターのラッピングも賑やかな日野のハイブリッドバスです。

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大船渡線BRT。次は気仙沼ゆき直行便に乗る

 暫く行くと「奇跡の一本松」のバス停があり,一本松のモニュメントも見ることができます。もともとは7万本の松原だったそうで,1本だけ残った姿は見る者に力を与えます。その近くには気仙川の河口があり,川を通じて海の水が逆流するのを防ぐための河口堰も築造されています。

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奇跡の一本松のモニュメントと気仙川の河口堰(7.14撮影)

 唐桑大沢を出るとBRTは一旦,三陸自動車道に入り,高速バスのような快適な道になります。それも束の間,気仙沼の市内に入ると一般道路の混雑を避けるためか,BRTは線路敷を利用した専用道を走ります。もともと非電化単線なのでトンネルは小さく,バス1台がやっと通れるような道です。

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気仙沼市内に入るとBRTはトンネルの続く専用道を走る(7.14撮影)

 18:30過ぎ,BRTは気仙沼に到着します。ジュニアの到着は1時間後,食事もまだなので,ホテルには入らず駅前でゆっくりします。今日の夕食は南気仙沼のマグロ料理店と言うので,今度は18:45の気仙沼線BRTに乗り,南気仙沼を目指します。

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気仙沼線BRTは少数派のいすゞキュービック。鉄道の路盤を改装した専用道は広くない

 LINEで連絡を取り合い,南気仙沼のBRT停留所でジュニアと合流します。統計にもよりますが,気仙沼は日本一の遠洋マグロの基地だそうで,マグロ好きのジュニアの期待は高まります。商店と住宅の入り混じる所にあるお店は満席の盛況でしたが,先客に詰めてもらって何とかもぐり込むことができました。小1時間で丼(どんぶり)をかき込み,20:17のBRTで気仙沼に戻ります。

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気仙沼ではマグロ専門店で腹づつみ

 今日は大船渡線盛から気仙沼線南気仙沼までをBRTで移動しました。以前。仙石東北ライン開通のときに柳津~志津川間を乗っているので,まだ志津川~南気仙沼間34.6kmが未乗で,いつかまた乗りたいと思います。BRTですが建前上はJR東日本直営で,車両はバスを使っていますが,運賃制度上はJR東日本の鉄道線と同じです。公共輸送機関の復旧を急ぐという視点ではBRTは成果がありそうですが,一旦BRT化した線路敷はどうやって元の線路に戻すのでしょうか。このままBRTでの営業を永続するのも一つの選択です。朝夕のラッシュ時を見た訳ではありませんが,この程度の輸送量ならBRTでも運べない量ではないようです。三連休パスが使えるのもBRTゆえのメリットですが,1日乗っただけの門外漢ゆえ,これ以上の論評は控えます。

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今回の旅行の行程表

 半欠けでしたが「SL銀河」も楽しめたし,全線は乗れませんでしたが大船渡線/気仙沼線のBRTもほどほどに楽しめました。三連休パスの東北旅行,第1日目は満足して,明日の三陸鉄道に備えます。(2019.8.4記)

※ 興味があればこちらもどうぞ「長距離・長時間列車リスト(2019.3.16ダイヤ)」

その2に続く)

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