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2020-01

年末に青春18きっぷで札沼線に行ってきました・その1--青春18きっぷで北海道へ

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 ここ2回,のりものとはちょっと違う東海道徒歩きの記事が続いたので,今日は鉄分いっぱいの記事をお届けします。年末の12月28日~30日の3日間で5月に廃止がアナウンスされている北海道の札沼線に乗りに行ってきました。
 札沼線に初めて乗ったのは,40年前,高校から大学に進学する春休み,青函連絡船の夜行便で渡道し,函館から旭川ゆきの長距離鈍行に乗った日でした。その日は朝からお疲れモードだったので日がな長距離鈍行に揺られていたのですが,夕方になって,その日1日何もしないのもナンだね...と同行の友達が言い出したのがきっかけです。当時既に新十津川~石狩沼田間は廃止されていて,札沼線は乗りづらい長大盲腸線でした。長距離鈍行マニアを自任する今から考えるともったいない話ですが,友達2人と滝川駅で旭川ゆき列車を捨てました。友人が滝川から新十津川はタクシーならすぐだと言うので,タクシーで新十津川に出たのでした。それは僕が自分のお金でタクシーに乗った初めてでした。タクシーの運転手さんは物好きな高校生3人が新十津川へとねえと調子に乗って,凍りついた道をドリフト走行もどきで,かっとんで走ってくれました。当時のレートで900円ぐらいだったと思います。札沼線列車に乗ればお客さんはまばらで,記念に車内補充券を求めれば,車掌さんは無人駅で集札したきっぷを持って帰ってよいとおまけに付けてくれました。もう時効でしょうが,当時はコンプライアンスも緩く,のんびりした時代でした。そんな訳で札沼線は僕の乗り鉄人生の原点のような所で,廃止と聞いたら是非もう一度乗りたいと思ったのでした。

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函館~旭川の鈍行列車。確か121レだったと思う @熱郛 1980.3.7
当時フィルムは貴重品で札沼線では1枚も撮っていませんでした

 乗りたいのは札沼線ですが,どうやって行くかです。1月に大人の休日倶楽部パスを使って,正月休みに青春18きっぷで,この2案で随分悩みましたが,結局,後者で旅程を組みました。値段は大差ありませんが,休日倶楽部パスだと往復陸路になること,金曜日か月曜日に1日会社を休む要があることが,決め手でした。あとはせっかく北海道まで行ったのでどうやって有効に過ごすかですが,その内容は旅行記(2/12,2/22アップ予定)からお読み取りください。

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関東平野の列車3つ。根岸線562A @磯子,東海道線~東北本線1524E @横浜,東北本線639M @宇都宮 2019.12.28(以降同じ)

 さて実際の旅行ですが,出発は(2019年)12月28日(土),自宅最寄りの磯子駅を6:12の根岸線上り列車で出発です。横浜に出れば,今は上野東京ラインで宇都宮まで乗換えなし,2:19の旅です。東海道線に乗換えたあたりから空が白み始め,関東平野南部では晴れでしたが,徐々に雲が出てきます。宇都宮からは東北本線のローカル列車で黒磯に進みます。数年前から宇都宮以北のローカル列車は205系4連が主体になりましたが,今日は年末の土曜日で混んでいて,結局,黒磯まで座りませんでした。左手には男体山や女峰山などの日光の山々が見えてきますが,てっぺんは雲の中です。

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日光の山々のてっぺんは雲の中

 黒磯が近づくと那須連山が見えてきますが,やはりてっぺんは雲の中です。逆に言うと,これらの山々が雪雲を押さえてくれているので,関東平野は良い天気です。

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交直セクション区間は電車が代走。9171M @黒磯

 黒磯では21分の接続で9171Mに乗換え,交直セクションを通過します。この10:25の新白河ゆきは時刻表では4131Dで多分2両編成ですが,今日は年末の人が動く時期なのでE531系5両編成の電車が代走です。黒磯駅のホームには乗車目標がなく,整理にあたる駅員さんは男性と女性がマイクのとりっこで名所案内付近が先頭部と案内しています。黒磯~新白河の白河の関越えの区間は那須の高原地帯を走り,白いものが舞うような気候です。最近のJR東日本の電車は暖房の効きがよく,東北地方に入っても車内はポカポカで快適です。

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那須連山は雲の中だが白河では陽もさす

 新白河に着くと雲も高くなり,雨や雪の心配はなくなります。一方,新白河10:54発の2133Mはロングシートの701系4両編成で,げんなりです。

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新白河からはロングシートの701系。2133M @新白河

 今日はまだ元気なので無理して座ろうともせず,この区間も先ずは立ち席です。白河まで来ると青空が広がり,左手の車窓にはお城も見えます。

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福島~仙台は3575M・快速「仙台シティラビット5号」。郡山~福島の1139Mも同じ編成 @福島

 新白河5分,郡山7分と接続もよく,東北本線を下ってゆきます。福島までの1139Mと福島からの3575Mは同じ編成が充当され,乗換えがなく楽ができます。時刻表上は「の記号もなく別列車に見えるので,遅れの具合などで臨機応変に運用されるのでしょう。昼になったので福島で13分の間に駅そばを食べに改札を出ますが,あいにく駅そば屋さんは超満員です。しかたなくベーカリーでピザなどの惣菜パンを買って,列車に戻ります。

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白石駅の煉瓦積み油庫

 今日のシティラビットの編成はガラスが汚く写真が撮りづらいので,白石では僅かな停車時間の間に新聞紙でガラスを拭きます。と思って,白石でホームに降りると,ちょうど目の前にレンガ造りの倉庫があり,中を公開しています。以前は少し大きめの駅にはランプの時代からの燃油庫がありましたが,最近は目にすることが少なくなりました。この倉庫は白石駅開業の1887年(明治20年)からのものだそうで,今日は見る時間はありませんが,古くからの鉄道にちなむものが展示されているそうです(公開は土日曜日のみ)。

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今日は蔵王も雲の中

 白石を出ると左の車窓には蔵王の山々が広がるはずですが,今日はあいにく雲の中です。その先,大河原~船岡の一目千本桜の桜並木も雲が低くて写真になりません。車内に目を移せばこの「仙台シティラビット5号」を軸とした乗継ぎ行程は首都圏から北東北を目指す場合の典型的なパターンで,大きな荷物を持った青春18きっぷでの旅行者--18きっぱーというらしい--がここそこにいます。

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仙台駅東口の賑わい

 13:55,時刻表どおり仙台着。仙台では接続が悪く40分の待合せ時間があります。この間にカメラ用の電池を買いに駅前のヨドバシカメラへ一走りします。仙台駅は西の青葉通り側が表口ですが,ヨドバシカメラなどの大規模店舗ができた東口は大きく発展しました。

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仙台~国府多賀城間チョイ乗りの5575Dはハイブリッド気動車 @仙台

 食事も済んでいてすることもないので,仙台からは14:16の5575Dで予定より先行します。塩釜までのどこか1駅で降りることができるのですが,今日は最近の新設駅の国府多賀城で降りることにします。駅のスタンプ期待で降りた国府多賀城ですが,この時間は無人でした。駅前には東北歴史博物館が構えていて,博物館へのアクセスのための駅のようです。

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東北歴史博物館と一体で整備された国府多賀城の駅前

 国府多賀城で19分を過ごし,14:49発の小牛田ゆきで北への旅を続けます。約30分の乗車で15:20,小牛田着,15:35の一ノ関ゆきに乗換えです。小牛田は古川を通る国道4号線から外れていますが,鉄道としては十字路の要衝で,気動車の一大基地の小牛田運輸区があります。運輸区のほうを見ると,保線の作業用車両のキヤE195が止まっています。この手の気動車タイプの保線用車両はJR東海が嚆矢と思いますが,JR東日本にも導入されているようです。最近の旅客鉄道会社では機関士という職種の社員が減っていて,機関車牽引列車の運転が難しくなり,このようなキヤ方式に変わりつつあるようです。

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JR東日本の気動車タイプの保線用車両,キヤE195 @小牛田

 一ノ関ゆきの537Mはまたもロングシートの701系2両編成です。総じていえば,仙台都市圏はクロスシートのE721系,奥羽本線も含めて小牛田以北は701系というのが,東北地区の電車の布陣です。東京圏の目で見ると閑散線区こそクロスシートと考えがちですが,年末の今日のような特別の日を除けば,閑散路線ではロングシートでも全員着席できる程度の需要しかないと見ています。また,編成両数も2両,4両,6両と需要に合わせてきめ細かく設定されています。長距離鈍行マニアの僕からすると,列車がブツ切りで全くもって面白くないダイヤですが,需要に合わせた適正な輸送力とした結果のようです。

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小牛田で。左:国府多賀城から乗って来た2549M,右:一ノ関への537M

 短い冬の陽は傾いて,西の栗駒山の方に沈んでゆきます。例年,年末の旅行では年賀状書きにいそしむのですが,ロングシートでは落ち着いて作業もできず,ボーッとゆっくり過ごします。

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花泉~清水原あたりで陽はおちる

 小1時間の乗車で16:23,一ノ関着。乗換え時間は7分ですが,ホームで駅そば屋さんが美味しそうな湯気をあげています。今日は福島で駅そばを食べ損ねているので,少々中途半端な時間ですが,かけそば一杯をいただきます。駅そばスタンドのおかみは僕が急いでいると見たのか,おそばは熱いままでよいですかと聞きます。咄嗟のことにそのままで結構ですとは応えたものの,冷ましてと応えるとどうするのか興味が湧きます。尋ねると,茹で上がったそばを一旦,水を通してから丼にあけるそうです。さすがベテランのおそば屋さん,やるもんです。愛想のよいおかみに気をよくして,持ち帰りに海鮮三色弁当も買い,盛岡ゆきに駆込みます。

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一ノ関駅海鮮三色弁当 @シルバーフェリー船内で

 盛岡ゆき1545Mはまたしても701系ですが,こちらは薄紫色の帯の4両編成,終点盛岡までは約1時間半の乗車です。盛岡からは今日の行程の工夫のしどころで,盛岡~八戸間高速バスの「八盛(はっせい)」号に乗ります。盛岡以北の東北本線は並行在来線の3セク化でIGRいわて銀河鉄道,青い森鉄道になってしまい,青春18きっぷで乗れず運賃が3,110円かかります。一方,「八盛」号は八戸中心部まで2,100円,フェリーターミナルまで直通で2,400円と今日の旅程にぴったりなのです。

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一ノ関~盛岡は薄紫帯の701系 @一ノ関

 1545Mの盛岡着は18:04,もし列車で八戸を目指すなら接続の4541Mは18:15盛岡発,「八盛」号は18:25盛岡駅西口ターミナル発です。年末の帰省ラッシュの時期なので「八盛」号が満員で乗れないときのバックアップを検討します。この場合,18:37の「はやぶさ31号」に乗れば19:09には八戸に着き,運賃はJRなのでたったの1,690円,特急料金が2,400円と合計しても在来線で行くのと千円弱しか違いません。

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高速バス「八盛」号。夕方の八戸ゆきは岩手県北バスが担当 @九戸オトデ館

 盛岡に着くと何はさておき,西口バスターミナルへと急ぎます。自動券売機にお金を入れれば八戸フェリーターミナルゆきのきっぷが出てきます。これを持っておけば,さすがに乗れないということはないでしょう。発車の時刻が近づくとお客さんも増えてきて,ざっと見たところ40人位,バス1台でちょうどです。冬の高速バスは一般の車よりも飛ばすような気もしますが,この便も凍りついた雪道を80km/h弱で走ってゆきます。途中,雪道で滑ったのか事故による規制もありましたが,5分程度の遅れで八戸に着きます。八戸では市内中心部をあちこち回った後,街はずれのフェリーターミナルに向かいます。

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川崎近海汽船「シルバーエイト」 @八戸港

 ところで東京から青春18きっぷで北海道を目指す場合,どこかで1泊しなければなりません。対北海道のフェリーは伝統の青森~函館航路のほか,八戸,仙台,大洗から苫小牧へ,また日本海側も新潟からの航路があり,どれも毎日夜行便があります。実は僕は船旅も好きで,八戸以外は全て乗ったことがあります。今回は時間の節約,青春18きっぷの有効活用,費用の節約も兼ねて,初めて八戸航路を利用です。昔の夜行のフェリーの2等船室は20畳くらいの桟敷に大人数が詰込まれましたが,今どきのフェリーはサンライズ出雲・瀬戸のノビノビシートのように頭のほうが区切られ,鍵付きの荷物収容棚もあり,居住性もセキュリティも格段に良くなりました。半面,定員は少なくなって,今日の夜行便も満席です。最近のフェリーは,僕のような船旅愛好派のほか,行った先でもマイカーに乗りたい人,ペット連れ,またこのシルバーフェリー(川崎近海汽船 八戸~苫小牧航路の愛称)では少なからず18きっぱーのような格安旅行の若者などにも一定の需要があるようです。きっぷの発売場所と時間の関係で僕は使えませんでしたが,シルバーフェリーにはフェリーと周辺のバスがセットになった「なかよしきっぷ」,八戸~札幌6,000円,盛岡~札幌7,800円という商品もあります。

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「シルバーエイト」の船内(1)。風呂入口ロビー

 今夜の便も旅行の手配を始めたときは満席で,席がとれない場合に備え,八戸に泊まって翌朝の便で苫小牧を目指す代替案も検討しました。2日目の晩は月形温泉を予約したので,8:45から16:00まで日がな太平洋の船旅を楽しむのも悪くはなさそうです。
 さて,旅行記の続きですが,バスは高速道路での事故や除雪作業で少々遅れましたが,21:10過ぎにフェリーターミナルに着きます。乗船手続きを済ませ,必需品のタオルとビールを売店で買い,早々に船に乗り込みます。長距離フェリーは車両の搭載に時間がかかるので,船室は早めに開放され,食堂や風呂も利用できるのです。この便は22:00発~6:00着と夜行便のゴールデンタイムを走るので,食事や風呂は早めに済ますのが正解です。

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「シルバーエイト」の船内(2)。オートレストラン 2019.12.29(下も同じ)

 この船の供食設備ですが,食堂・ラウンジはオートレストランと称して,テーブルがあるだけ,隣にはカップ麺等の自動販売機が並び,ちょっとした流しも整備されています。フェリーの供食サービスはお世辞にも安くておいしいとは言えず,運航会社各社も知恵を絞っているようです。シルバーフェリーは持込みでも自販機のカップ麺でも構わず,場所だけは提供するから適当に食べてねというスタイルですが,これも一つの答えと思います。

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「シルバーエイト」の船内(2)。オートレストラン隣の自動販売機ゾーン

 今日の船室は最後のあがきのキャンセル待ちでゲットした2等寝台で,船のど真ん中の窓のない部屋です。耳が不自由な僕には緊急避難放送などは聞こえず,船が沈むときには取り残されそうですが,船の軸線上,前後方向もほぼ真ん中で揺れの少なさでは最上級です。今朝は5:30起き,明日も6:00には苫小牧に着いてしまうので,その少し前には起きることになります。一ノ関で買った駅弁を平らげ,お風呂に浸かり,湯上りのビールを飲んで,長い正月休みの初日の晩の至福のひと時です。夜行便に乗れたので明日はほぼ1日,自由に使えます。明日の予定を考えながら,早々に就寝します。(2020.1.13記)

(その2へ)
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東海道徒歩き(かちあるき)(9)-2 赤坂宿~池鯉鮒宿

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 今日は昨年10月の東海道徒歩き,赤坂宿~池鯉鮒宿をお届けします。今回の徒歩きの行程はずっと名鉄と並行していて,あちこちで名鉄の鉄ちゃんして(列車の写真を撮って)の道中です。その他は本陣跡,郵便局めぐりが主体はこれまでと変わりませんが,今回は比較的一里塚跡も多く見ることができました。

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長沢城跡の案内板 2019.10.20(以降,特記あるまで同じ)

 さて,この記事のスタートは(2019年)10月20日(日)10:00頃,赤坂宿です。赤坂宿の様子は前回の-1に書きました。赤坂宿を出ると道は少し山深くなり,道路は県道374号線を名乗ります。名電長沢の駅の近くには,江戸から77里の長沢の一里塚跡があったはずですが見逃してしまいました。後でstreet viewで調べると,木製の柱が1本建っているだけです。左手は小高い山になっていて,長沢城跡との木の案内板が建っています。

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長沢水源の給水塔。裏の山が長沢城跡

 長沢の集落の中を進むと今度は大きな給水塔が現れ,「長沢水源」とあります。水源というと上水道の取水地で水がきれいな所のイメージですが,ここはふつうの里山の集落です。

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児子神社と水準点

 その先には村社 児子神社と石柱の建つ神社があり,その横に水準点があります。水準点がどれほど貴重なものか分からないのですが,随分厳重に守られているのに驚きです。もう暫く行くとこの県道374号線は国道1号線に吸収されてしまいます。

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岡崎市に入る。道路の向こうには名鉄の線路

 行政としては岡崎市に入ると,国道の反対側に名鉄の線路が沿うようになります。背景も悪くないのですが,道路は車がびゅんびゅん通るし,歩道もないようで写真は撮れません。もう少し行くと,緩いSカーブの線路を撮れるポイントが見つかり約20分の道草です。ここで撮ったのが下ですが,撮影名所のようで同じアングルの写真をインターネットで見かけます。

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本宿~名電長沢で

 本宿の中心部に入ると東海道は国道1号線と別れ,僅かに南寄りを並行するようになります。

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本宿の入口。左 東海道,右 国道1号線の標柱と共に町の由来がある

 本宿は53次の宿場ではなく間宿(あいのしゅく)ですが,史跡保存会の活動も活発なようで,古い家も多く残っています。
 
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アイチ味噌溜店舗(市の景観重要建造物)

 町の中心あたりには一里塚跡もあり,ここも立派な標柱が立っています。

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本宿一里塚(江戸から78里)跡

 本宿の町を出はずれると東海道は国道1号線を渡り,国道1号線と名鉄の線路の間を歩くようになります。ここの旧道の入口あたりも上手い具合に線路が見通せるようになっていて,ここでも特急1本を待ちます。

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名電山中~本宿で

 東海道というよりは,駅への取付け道路のような道路を歩いてゆくと,左側に山中簡易郵便局があります。郵便局の局舎は随分見ていますが,ここは簡易郵便局の中でも簡易なつくりです。現地で見たときはSECOMの事務所と併設でいくら簡易でもこれなら強盗の心配はなかろうと写真を撮ったのですが,記事を書きながらよく見るとこれはただの宣伝のようです。

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SECOMの事務所併設のような山中簡易郵便局

 名電山中は昨日も来ているので,さっと流して先を急ぎます。駅前の線路と並行の道が東海道ですが,ここもちょっとした休憩所があったり,並木の松らしき木が残してあったりと,街道歩きの雰囲気が楽しめます。

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名鉄舞木検査場

 山中の集落を出はずれると,東海道は一旦,国道1号線と合流します。国道をしばらく歩くと名鉄の舞木検査場が田んぼの向こうに広がります。昨日はこの辺で写真を撮ろうと思ったのですが,雨が心配で諦めました。今日は天気もよいのでこの周辺で鉄ちゃんです。

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元デキ303。今は車籍を失い工場設備らしい

 舞木検査場は遠目には新鋭の車両検査工場のようですが,既に稼働から20年以上が経っているそうです。工場の端には青い色をしたチビクロコダイルのような電気機関車がいて,異彩を放っています。Wikipediaによれば1927年(昭和2年)三菱製で,車籍を失っているとはいえ,機械遺産としての価値の高い機関車と思います。

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藤川~名電山中で

 もう少し進むと車両検査工場ではなく,緑の山をバックに写真が撮れるので,ここでも暫く待ってパノラマスーパーを1枚撮ります。何やかやでこの周辺で15分くらい道草を食ってしまいました。

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藤川宿本陣跡

 鉄ちゃんを完了して歩き始めれば,すぐに藤川宿の入口に着きます。ここでは宿場の入口を棒鼻と呼ぶようです。ここも東海道の宿場をうりにしているようで,東棒鼻~西棒鼻までいろいろな街道モニュメントが整備されています。藤川宿は本陣跡もよく整備されていて見学するところも多そうですが,今日はたっぷり道草を食っているので,これらはパスして先を急ぎます。なお,今日のスレッドのとびらの写真は藤川宿の東の棒鼻です。

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藤川宿芭蕉句碑

 宿場のなかには芭蕉の句碑もあります。この先に藤川(江戸から79里)の一里塚があったはずですが,標柱が建っているだけだそうなので,見逃してしまいました。

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藤川宿近くの松並木

 藤川宿の西側は松並木が両側に残っており,街道歩きの雰囲気を楽しみます。松並木の出口から暫くはまた国道1号線上を歩きます。1kmも歩かないうちに東海道は国道の西側を平行するようになり,歩き易くなります。昼も過ぎ腹も減ってきたので手近にあった中華屋に入りますが,何組も待っているのでパスです。国道1号線沿いにはドライブインが多そうなので,本来の東海道より1本東ですが暫くは国道を歩きます。徒歩きの昼食はそばのことも多く,ここでもそば屋に入って腹ごしらえです。

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岡崎大平郵便局

 遅い昼食後,14:00過ぎから徒歩きを再開し,乙川を渡ったところからは本来の東海道ルートに戻ります。毎度,東海道徒歩きの記事ではバスの写真を多く載せていますが,今回のルートはバス通りより細い道が多い,愛知県はクルマ社会が発達してバス路線が少ないなどの理由で余りバスを見かけません。ちょうど大平郵便局の前で路線バスを見ることができました。

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大平一里塚(江戸から80里)

 大平には一里塚がありますが,この一里塚は保存状態も良く国指定史跡になっています。

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岡崎宿東海道二十七曲りの案内

 岡崎は徳川家康の故郷ですが,豊臣秀吉の武将として岡崎城主にあった田中吉政が東海道の原型を整備しました。そのときに城下の防衛のために敢えて街道を屈曲させたのが二十七曲がりです。他の城下町でも屈曲した街道筋はふつうにありますが,二十七はとびぬけて多く,後世の徒歩きウォーカー泣かせです。岡崎市は二十七曲がりを一つの観光資源とすべく,曲がり角には標柱を立てています。

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4つ目の曲がり角付近で

 標柱は曲がり角ごとに「い」から順にあり,これらをトレースして行けば間違いはないはずですが,それが意外と難しいです。最初のうちは分かり易いですが,市街中心部に入ってくると屈曲の数も増えて,一部は見失った所もあります。既に時間も15:00過ぎなので,戻って探し回ったりはせず,トレースできなかったところは諦めて進みます。

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岡崎康生郵便局

 また,前回の豊川市内でもあったように,東海道は真っすぐでも交差する道路が渡れないため,迂回を余儀なくされる箇所もあります。二十七曲がりの標柱もこのような個所ではトーンが下がり,心なしか段々小さくなってゆきます。

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東海道と国道1号線の交差点。黒い車の向こうに東海道は続いているが国道の分離帯には柵があって渡れない

 愛知環状鉄道の高架をくぐると岡崎の街はずれになります。徒歩きでは交差する鉄道の写真を随分載せてきましたが,夕方になってきたし,景色もよくないので,愛知環状鉄道はパスです。敬意を表して,高架橋と市街の写真を載せておきます。

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愛知環状鉄道の高架橋と岡崎市街の様子

 愛知環状鉄道と矢作川に挟まれたあたりには名産の八丁味噌の味噌蔵が多く,カクキュー八丁味噌の本社工場や資料館,その裏手の東海道沿いにはまるや八丁味噌の工場が建っています。わが家のジュニアは味噌カツが好物なので土産に買って帰りたいところですが,味噌は重たく荷物になるので,明日,駅で買うことにします。

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カクキュー八丁味噌の工場

 橋を渡っていると上空にはグライダーが浮かび,その先にはわずかに虹も出ています。また,下流には名鉄の鉄橋も見えますが,もう夕方なので先を急ぎます。そういえば,岡崎の城下では二十七曲がりをトレースするのに集中して,本陣はすっかり見逃してしまいました。

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矢作橋で。グライダーと虹。下は矢作橋のモニュメント-出合之像

 矢作橋の先も東海道は国道1号線と離れたり,重なったりしながら西へと進みます。日も暮れてきて歩きづらくなってきたので,無心に歩きます。ふと右手を見ると「予科練之碑」が建っています。僕の祖母は明治生まれ,僕の幼稚園や小学校時代はまだ戦後四半世紀だったので,予科練の話も随分聞きました。この地はかつて第一岡崎海軍航空隊があり,特攻隊の搭乗員として6か月の訓練を受けたそうです。

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予科練の碑

 その先には「英霊招魂碑」もあり,今日の平和に感謝し,ちょっと厳かな気持ちになります。碑の傍らには矢作(江戸から82里)の一里塚跡の碑も建っています。そういえば,岡崎にはもう一つ81里の一里塚もあったはずですが,跡も含めて残っていないようです。

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英霊招魂碑と一里塚跡の碑

 今日は頑張って池鯉鮒まで歩いて,昨日の分を挽回するつもりでしたが,さんざん道草を食ったので日が暮れてしまいました。時刻は17:30,名鉄の駅でいえば新安城が近いので,今日はここまでとします。駅前で夕食を食べ,電車に乗れば2駅で知立です。

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秋の日は落ちて。安城市内で

 昨日から愛知県内の徒歩きを続けていますが,当地では横断歩道橋よりも横断地下道が多い印象です。そういう文化なのか,名鉄の新安城駅も橋上駅ではなく,地下に駅事務室や改札口のある珍しいつくりの駅です。

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新安城駅。線路の両側をつなぐ自由通路が地下にあるつくり 2019.10.21(以降同じ)

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2日目の10月20日の行程

 明けて10月21日(月)はホテルのある知立から,新安城へ電車で戻ります。僕の会社は明日の天皇陛下の即位の礼に合わせ休日ですが,仕事がある人も多く,駅は通勤ラッシュです。知立から乗った電車は6:53の普通列車・東岡崎ゆき,2つ扉の5700系です。僕にとってはパノラマカー譲りの連窓,2つ扉の5700系はいかにも名鉄らしい電車です。しかしながら,他車と扉位置の違う電車は使いづらく,2019年12月限りで2扉の一般車は全廃になったそうです。

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知立~新安城の移動は2扉の5700系。今はないそうで,乗れてよかった

 さて徒歩きですが,昨夕に切り上げた地点からスタートすればよいのですが,道路沿いの景色が気になったので,少し手前からダブって歩きます。何か碑があったようなので戻ったのですが,ふつうの一軒家のよく手入れされた庭と庭石でした。

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東海道沿いの立派な庭の邸宅

 その先には今村郵便局があり,ここでも写真を撮ります。今日は月曜日なので郵便貯金通帳を持っていれば旅行貯金もできたのですが,最近は郵貯の通帳は旅行の持ち物リストから外れがちです。

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今村郵便局

 歩き始めて程なくすると,東海道は知立市に入ります。「東海道見て歩きマップ」の案内板も整備され,徒歩きには優しい街です。知立市観光協会のものですが,それよりも大きな字で「贈 トヨタ車体株式会社」と書かれていて,企業城下町を実感します。

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知立の「東海道見て歩きマップ」

 暫く進むと公園があり,その先には来迎寺一里塚(江戸から84里)があります。ここの一里塚も整備状態は良く,バス停併設になっているのが面白いです。

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来迎寺一里塚

 その先で道路が狭まり,中央線もない幅になりますが,幅が微妙に広がったり,狭まったりします。この区間では,車道の幅が一定で,路側帯の幅が広くなったり狭くなったりの不思議な道路になります。また,一部の電柱には「東海道」と書かれたシールが巻かれていて,細い道路でもここは東海道!とアピールしているようです。

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路側帯が広くなったり狭くなったりする不思議な道路と電柱の東海道の案内

 衣浦豊田道路との交差点はまたまた歩行者非優先の交差点で,ここでも道を渡るのに歩道橋を上下させられます。その先は約500mにわたり松並木が残ります。

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「東海道宿場散歩みち」の入口。交差点に地平の横断歩道はない

 松並木は,「文化の道『東海道宿場散歩みち』」として整備されていて,道の両側に彫刻や文学碑などが置かれています。

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「東海道宿場散歩みち」の彫刻や文学碑

 松並木を抜けると池鯉鮒宿の入口になりますが,ここも国道1号線を渡る横断歩道がなく,横断地下道を通らされます。

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「東海道宿場散歩みち」の出口。横断地下道の屋根の向こうに松並木が見える

 国道1号線と浅い角度で交差すると東海道は知立市の中心部に入ってゆきます。商店街を歩き始めると知立製氷なる氷屋さんがあります。今どき氷屋さんは珍しいですが,こういう古いお店や工場があるのも旧街道の証左です。

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知立製氷

 名鉄三河線の踏切を渡ると商店街の道はまっすぐ知立市の中心部に向かって進みます。往く手の正面にはホテルも見え,ようやく池鯉鮒宿に到着です。池鯉鮒宿の本陣跡の近くを歩ていると,今は営業をしていないいとう温泉なる銭湯に行き当たりました。本陣が代替わりして温泉旅館ととしてやっていたものが廃業したのかと思います。本稿を書きながら調べると,知立宿の本陣跡はこの70m位手前で,案内の立て札も建っていたようで,とんだ誤解でした。

 東海道徒歩き(9)-2として赤坂宿から池鯉鮒宿をお届けしましたが,近日中(2月2日予定)に続きの池鯉鮒宿から宮宿をお届けします。(2020.1.2記)

>>>東海道徒歩き(かちあるき)(1)日本橋~川崎宿
>>>東海道徒歩き(かちあるき)(2)川崎宿~藤沢宿
>>>東海道徒歩き(かちあるき)(3)藤沢宿~小田原宿
>>>東海道徒歩き(かちあるき)(4)小田原宿~三島宿
>>>東海道徒歩き(かちあるき)(5)三島宿~江尻宿
>>>東海道徒歩き(かちあるき)(6)江尻宿~日坂宿
>>>東海道徒歩き(かちあるき)(7)日坂宿~見附宿
>>>東海道徒歩き(かちあるき)(8)見附宿~吉田宿
>>>東海道徒歩き(かちあるき)(9)-1 吉田宿~赤坂宿

東海道徒歩き(かちあるき)(9)-1 吉田宿~赤坂宿

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 新年明けましておめでとうございます。東京オリンピックイヤーの2020年も「のりもの大好き」ブログをどうぞよろしくお願いいたします。
 新年の第1号の記事はなぜか今年も東海道徒歩きです。西に行くに従って現地までの往復が大ごとになるので,今回は2泊3日で約60kmを歩いてきました。長くなりますが,赤坂まで,池鯉鮒(知立)まで,宮(名古屋)までの3回に分けてお届けします。出かけたのは10月19日(土)~21日(月)の即位の礼の連休の3日を使いました。皇室の大きな行事が大雨になることは少ないので,天皇陛下のお天気パワーを期待したのですが,初日はちょっと外れました。

 出発は(2019年)10月19日(土),わが家最寄りの磯子駅を7:06の根岸線下り列車です。元々はもっと早い時間で計画していたのですが,愛知県東部地方は朝が雨の予報なのでゆっくりの出発です。大船からは東海道線で熱海を目指します。磯子から東海道線下り方面に出る場合,横浜市内発にすると大損をするので,今回もきっぷは焼津までと焼津~豊橋に分けて買いました。この辺の蘊蓄(うんちく)は以前にまとめたのでこちらを参照ください。

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根岸線509A @大船(エンドチェンジ中に撮影)2019.10.19(以降,特記あるまで同じ)

 大船から乗った列車は湘南新宿ラインから来た2821Y小田原ゆきですが,平塚で捨て,平塚始発の731Mに乗換えます。731Mは列車番号こそ東海道本線東京口の700番台ですが,E233系のグリーン車なし5両編成です。横浜あたりで見ているとE231/3系は大量にあるようですが,実際の首都圏の車両運用は朝ラッシュ時の輸送力を最大化すべく限界ぎりぎりでやりくりしていることが分かります。尤も,平塚~小田原~熱海の西湘地区でも通学を中心に一定の流動はあり,着席サービスには貢献しているようです。小田原では後続の列車からの接続をとるため7分の停車,この間に熱海からの新幹線の特急券を用意します。小田原駅は数年前に橋上駅化されてきれいになりましたが,新幹線への乗換えは通路が入りくんで不便になったようです。

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東海道本線731Mは短い5両編成 @小田原

 東海道徒歩き,今回は初めての新幹線利用で,熱海からは「こだま637号」です。熱海では雨も上がり,期待を胸に西進します。今どきの「こだま」は殆どの駅で退避があり,各駅では下のような写真も撮れ,鈍行好きの僕としては楽しい列車の旅です。

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そういえばNのつかない700系も最近は減ってきた @新富士

 10:08,時刻表どおり豊橋着。ここからは市内電車で前回のゴールだった吉田宿本陣跡の札木に向かいます。今日は豊橋まつりだそうで,豊橋鉄道の市内電車は臨時便も出て2両続行での運転です。また,まつりの人出に備えて手売りのきっぷもあるので,記念に小児券を1枚買います。

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豊橋市内線でやってきたのは801号。パト電車 @駅前

 駅前から札木までは電車に乗るほどの距離でもありませんが,今日はたくさん歩くので体力温存,時間節約です。5分ほどの乗車で札木着,見覚えのある鰻屋が本陣跡です。鰻は好物なので開いていたら早い昼ご飯にするつもりでしたが,まだ準備中なので徒歩きをスタートします。

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吉田宿本陣跡。本陣との関係は分からないが今は立派な鰻屋が建つ

 豊橋の市内で東海道は何回か90度曲がる箇所がありますが,懇切に標識がたっています。一般人には関係ありませんが,徒歩きの旅行者には大変助かります。

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東海道の標識のたつ曲がり角

 この先も道はまっすぐでなく,旧東海道をトレースするのに苦労しながら雨雲の重い道を進んでゆきます。暫く行くと「うなぎ」の幟が眼に止まります。時刻は12時ちょっと前,今日は朝から気分は鰻だったので,迷わず小休止です。

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うなぎ・中原の鰻丼。蒲焼1枚で少し寂しいけど,とりあえず満足

 天気が怪しいので食後は早々に店を出ると,雨がポツポツ降ってきました。天皇陛下と自分のお天気パワーもダメかと少々がっかりです。左を見ると豊橋魚市場が広がっています。鰻屋の近くには包丁屋もあり,ここは豊橋の台所のようです。

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豊橋魚市場

 豊川放水路の橋を渡ると小坂井の町に入ります。雨が激しくなってきたので,手近にあった飯田線の小坂井駅に駆け込み雨宿りです。雨は激しくなるばかりで,上がりそうにありません。ここにいても仕方ないので名鉄の伊奈駅まで行くことにし,雨の中を歩きます。東海道徒歩き,延べ10日目になりますが,このような雨に降られたのは初めてです。携帯の天気予報を見ても回復の見込みはなく,3日で60km歩けばよいので今日はここまでとします。高い新幹線まで使って来たのに,今日の成果は7kmくらいでかなり残念です。

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今日の行程

 伊奈駅までは来ましたが,さてこれからどうするかです。今回の宿は知立の駅前に2泊で用意したので,名鉄電車で西進します。また,僕はコナミスポーツクラブの会員ですが,歩いた後はスポーツクラブのスパでも浸かろうと思って,店舗案内を持ってきました。見ると前後の駅近くに豊明店があります。それではと,先ずは前後を目指して上ることにします。伊奈駅では伊奈始発の列車は上り線側の4番線から出ますが,うっかり下り本線の2番線で待っていて,ミスってしまいました。

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伊奈駅のホーム案内看板。こんなに大書きしてあるのに見逃した

 名鉄といってもこの辺りは優等列車ですっと抜けてしまうことが多く,今日は時間があるので鈍行で行くことにします。13:14をミスったので次は13:44の東岡崎ゆきです。明日,沿線を歩くので鉄ちゃんできそうな場所はないかと,前面の車窓にかぶりつきます。

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伊奈からの始発の普通列車。雨でもあり車内はガラガラ

 東岡崎まで来ると雨が上がり,薄日が射してきました。ピーカンではないものの多少は写真が撮れるかと,今日午後は鉄ちゃんで過ごすことにします。場所は,通ってきた中で良さそうだった名電山中~藤川間,舞木検査場のあたりと決め,東岡崎から約30分をかけて名電山中まで戻ります。

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名鉄の看板パノラマスーパー @名電山中

 東岡崎では陽が射していましたが,名電山中では厚い雲です。駅間を歩いていて雨に降られたらかなわないので,遠出はせず,駅の周辺で写真を撮ります。数カットのうちの1枚が下ですが,意外と貴重な車両の写真が撮れたようです。1700系は先代のパノラマカーの置換えのために3両固定編成4本が1999年に新製されたものの,空港特急の設定や指定席車一般車併結スタイルへの移行のためたった9年で片側の先頭車4両が廃車されました。残る4編成8両もテクノロジーの異なる2300系と混結で使用されるためトラブルが多いそうで,早期廃車説が囁かれているようです。

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1700系1702を先頭にした特急 @名電山中

 ところで,ここ名電山中のあたりは現在は岡崎市に属しますが,1955年までは山中村だったそうです。山の中だからかは分かりませんが,ローカル然とした駅前風景です。小1時間をここで過ごし,当初の計画どおり豊明のスポーツクラブに向かいます。

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名電山中駅で

 豊明のコナミスポーツクラブは駐車場も広く,建物も子供向けの運動塾が別棟になっているなど横浜では考えられない規模です。しかし,設備のほうは小ぢんまりとしており,スパの代わりにプール脇のジャグジーで汗を流して帰ります。知立に戻って夕食後は,明日に備えて早寝です。

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知立駅構内,旧ホームの入口にある「弘法山遍照院遥拝所」

 翌10月20日(日)は,雲は残っていますが,雨の心配はなさそうです。ホテルで朝食をとって,7:06の快速特急で知立を出発します。知立駅は東側が高架新線になり,南側に新設されたホームと繋がっていますが,北側の旧ホームも取り壊されずに残っています。その片隅には知立駅から程近い遍照院という寺の出先の「弘法山遍照院遥拝所」が建っています。遥拝所があるばかりに気安く取り壊せないのか,僕には不思議な景色でした。

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知立~伊奈は名鉄電車で移動

 乗った電車はパノラマスーパーを先頭にした快速特急,ちょっと展望席の誘惑もありましたが,最前列は埋まっているので一般席に乗ります。パノラマスーパーは僕にとっては名鉄の看板で,先代の7000/7500系パノラマカーを受け継ぐ速度と展望は一種憧れの列車です。Wikipediaで調べると製造初年は1988年で既に30年選手です。ついでに書くと,全車特別車仕様の4両編成が21本作られましたが,11番~16番の6本が2両編成12本に分割,一般車の1200系と併結されて生き残っています。他の15本は2008年から通勤車の5000系に機器や台車を供出して廃車になりました。マイカーの普及,JR東海とのシェア獲得競争で,名鉄の経営も楽ではないことを期せずして知りました。そんなことはツユ知らず,今回の徒歩きではパノラマスーパーの写真ばかり撮ってきました。

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伊奈村立場茶屋跡にたつ芭蕉と烏巣の句碑

 さて徒歩きですが,伊奈には国府(こう)乗換えで7:36に着きます。伊奈は旧街道沿いの街で,明日の笠寺まで,名鉄の線路と東海道はずっと並行しています。歩き始めてほどなく伊奈村立場茶屋跡の案内板と芭蕉と当地の出身の加藤謙斎(俳号:烏巣)の句碑が建っています。今日は昨日の分も歩かなくてはいけないので,道草は早々に切り上げ先を急ぎます。

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西古瀬川にかかる道路橋。昭和の早い時期の作だ

 この道はバス通りでもなければ路地でもなく,中途半端に広くてまっすぐに続く舗装路です。徒歩きも慣れてくると旧街道を肌で感じられるようになりますが,ところどころに旧街道~メインストリートの痕跡が残っています。昭和初期の道路整備でつくられたコンクリート造りの橋などを見ると嬉しくなります。

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県道31号線との交差点

 愛知県は100m道路などで道路整備の進んだ地域の印象ですが,東海道の行く手には県道の陸橋が立ちふさがっています。陸橋の下の緑地帯に人道があればよいのですが,逆コの字型の迂回を強いられます。今回歩いた区間ではこのような歩行者無視の箇所がいくつかありました。東海道は国府の手前で国道1号線と合流し,名鉄の線路をオーバークロスして線路の東側に出ます。この陸橋からの俯瞰がちょうどよい感じで,今日は道草は最小限と思っていても,列車数本を鉄ちゃんします。

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国道1号線の陸橋から @小田渕~国府

 国府は字面からは歴史のありそうな町ですが,今は豊川市に属し,郵便局は豊川国府郵便局を名乗ります。今日も郵便局の前を通れば,写真を撮りながらの道中です。郵便局の前から東海道は国道1号線と離れ,僅かに東側の道になります。

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今回の徒歩き1局目の豊川国府郵便局

 名鉄で国府~御油は1.1㎞で国府は御油宿の入口の感じです。街並みも宿場町の面影の残る古い町並みになってきます。

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宿場町の面影の残る御油の街並み

 御油宿のあたりを歩いて行くと,ふつうの家の玄関先に江戸から76里の御油一里塚跡の標柱が建っています。今回の行程では意外と一里塚が残っている所が多かったです。

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御油一里塚(江戸から76里)跡

 一里塚跡と高札場跡は気づきましたが,本陣跡は気づかずに通り過ぎてしまいました。本当に街道歩きをするなら,本陣跡はしっかり探すのでしょうが,僕の場合は気がつけば写真を撮る程度です。御油の次は赤坂宿ですがこの間は2.0㎞と極端に短い区間です。また,この間には御油の松並木が残っていて,いかにも旧街道の雰囲気です。

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御油の松並木

 御油~赤坂を歩いて行きますが,ここにある郵便局は音羽郵便局で,東名高速のインターチェンジの名前も蒲郡・音羽です。川の名前も音羽川なので御油,赤坂と音羽でどちらが由緒正しい呼び名なのか分かりません。

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音羽郵便局

 そうこうするうち旧街道は赤坂宿に達し,赤坂宿街並みの図のなどが目に止まります。

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赤坂宿街並みの図

 さらに歩を進めると今度はしっかり赤坂宿脇本陣跡の標柱を見つけます。赤坂宿の周辺は観光スポットになっていて,本陣跡は駐車場になっています。


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赤坂宿脇本陣跡

 また,近くには観光案内所のよらまい館も建っています。時間をかけて街道歩きを楽しむならこういう施設でゆっくりするのもよさそうですが,今日は写真だけ撮って先を急ぎます。

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赤坂宿よらまい館

 今回は1日目が極端に短かったので日にち単位の行程と宿駅とブログ記事がずれてしまいました。今回は宿駅で2つ,赤坂宿まで来たところで次回に続くこととします。(2019.12.7記)

>>>東海道徒歩き(かちあるき)(1)日本橋~川崎宿
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