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2020-07

夏至近くに決定版・東京近郊区間140円旅行・前編

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 都道府県またがりの外出が解禁になった土曜日の(2020年)6月20日,東京近郊区間大回りの140円旅行をしてきました。タイトルには決定版と書きましたが,これぞ140円旅行というべき行程です。東京近郊区間の外周と房総半島を両立し,内房の海を陽のあるうちに通るためには,陽の長い夏至近くの時期に決行するしかありません。実はこの行程は去年から予定して行程表まで作ったのですが,去年のこの時期は週末になると雨で,実行しないままになっていたのでした。今年の初夏はCOVID-19禍で外出自粛となり気を揉みましたが,外出自粛令も解けたので,早速の旅行になりました。

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出発は夏至前日でも日の出前。駅への道中で 2020.6.20(以下,全て同じ)

 最初に今日の行程について少し解説しておきます。今日の行程は非電化の八高線から両毛線,水戸線と東京近郊区間の外周を回った後に千葉県に入り,外房線,内房線で房総半島を巡る行程です。八高線から水戸線の外周と房総半島を陽のある時間帯に回るのは陽の長い時期だからできることです。八高線の列車が少ないため,高麗川6:58の227Dに乗るのが必須になります。磯子のわが家からの場合,東神奈川4:54の横浜線の始発に乗るとぎりぎり間に合います。東京近郊区間の外周というと相模線に乗りたいところですが,端折らざるを得ませんでした。個人的には相模線は電化されて久しい,電車はトイレのない205系,県内なのでいつでも行けるということでここを捨てるのは抵抗ありません。八高線の後は両毛線,水戸線,常磐線と回りますが,高崎9分,小山13分,友部3分は乗継ぎとしてはかなり良い部類に入ります。以前,東京近郊区間の外周をめぐる行程を検討したことがありますが,相模線,八高線,両毛線,水戸線,房総半島の全てを満たす行程は成り立たず,外周の4線のうち1つは捨てざるを得ないようでした(そのときの記事)。

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今日の行程表

 成田に出た後は,佐倉経由で成東に出るか,松岸経由で成東に出るかが選べます。距離を稼ぐなら松岸経由にすると68キロ延びますが,東金線が1時間後の列車になります。以降の行程も1時間遅れになりますが,何とか磯子まで戻ることもできます。しかし,陽のあるうちに内房に達するのがこの行程のポイントなので,今日は佐倉経由を選びました。景色の見えない夜の列車は疲れるばかりだし,今朝は朝も早いので,これで十分です。

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今日のきっぷ

 次に今日のきっぷですが,僕は大都市近郊区間大回り乗車を140円旅行と呼んでいますが,きっぷは140円が必須ではありません。今日の行程は相模線に行けないので,磯子発とすると磯子~東神奈川が復乗になってしまいます。このため,磯子発,東神奈川を通って,ぐるりと回って東神奈川に戻ってくるまでの逆「の」の字乗車が220円の片道乗車券です。大回り旅行後,東神奈川から帰ってくるためのきっぷも要るので,これも220円,両方を往復乗車券で用意しました。なお,逆「の」の字乗車で大回りをすると,尻尾の付け根までの磯子~東神奈川間が220円なので,大回り分はまるまるタダ?の勘定になります。キツネにつままれたような話ですが,大都市近郊区間大回り特例(旅客営業規則157条2)と営業キロ等の計算方(同68条)からはこう解釈するしかないのです。

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1.根岸線418B 磯子(4:32)~東神奈川(4:49) 11.3km

 前置きが長くなりましたが,出発は磯子4:32の根岸線上り2番列車,大宮ゆきです。ちなみに1番電車は4:20の大宮ゆきで,僕の知る限りでは桜木町4:18発に次ぎ日本で2番目に早い1番列車です。駅に着いてきっぷを買ったり,トイレに行ったりしているうちに陽も昇り,毎度おなじみの上り列車@磯子駅の写真を撮ります。梅雨時ではありますが,今日は天気もよく,1日楽しめそうです。

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2.横浜線403K 東神奈川(4:54)~八王子(5:49) 42.6km 累計 53.9km

 東神奈川では横浜線の始発の403Kに乗換えます。八王子まで55分間トイレがないのがつらいですが,時刻表をよく見るとこの列車の後に小机始発があり,小机以北ならトイレに行って1本おとしても八王子で予定の行程に追いつけます。ネットの時刻表検索ではこういう列車ダイヤの全体感が分からないので,僕は紙の時刻表を放せません。

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小机~鴨居。横浜線の富士山スポット

 今朝は天気がよく,家から駅への道々では東京湾の向こう側,市原,姉ヶ崎界隈の工場群がよく見えました。横浜線のちょっと有名な富士山スポットでは富士山が見えます。雪もかなり減った今の時期では,この辺で富士山が見える日は少ないです。今日は八高線の金子あたりまで,富士山を見ることができました。

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3.八高線669E 八王子(6:08)~高麗川(6:54) 31.1km 累計 85.0㎞。左は改造の銘版

 55分の乗車で5:49,八王子着。ここでは少し時間があって,19分の接続で八高線669E高麗川ゆきに乗換えます。八高線の電車は最近更新が進み,今日の編成は青森で改造したE231系3000台です。小宮~拝島では多摩川を長い鉄橋で渡ります。左手後ろにはまだ富士山が見えていますが,鉄橋上からは上手く撮れませんでした。

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小宮~拝島で多摩川を渡る

 拝島を出ると米軍横田基地をかすめて走り,東福生~箱根ヶ崎では基地の住宅の中を走ります。箱根ヶ崎からはローカルな景色になり,新緑のきれいな山の中になります。金子~東飯能は7分もかかりますが,ここで多摩川水系から荒川水系への分水を越えます。分水嶺というよりはちょっと丘を越える感じですが,考えようによってはかなり強引な線路の引き方です。

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金子あたりで。茶畑の向こうに富士山が見える

 東飯能へ向けての坂を下る区間では,視界が開けると左手に秩父の山々を望むことができます。冬は雪をいただいた山がきれいに見えるところです。

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金子~東飯能で。遠くに秩父の山々が見える

 6:54高麗川着,路線名は引続き八高線ですが,運転系統が分かれているのでここで乗換えです。高麗川からは今日の行程で唯一の気動車列車,キハ110系の2両編成です。トイレの心配もなくなったので,コーヒーを買い,持参のパンで朝食にします。外出自粛解禁になったと言っても土曜日の朝の車内は空いていて,最初はロングシート部分でしたが途中からは4人掛けのボックスを占拠できる程度の乗りです。

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4.八高線227D 高麗川(6:58)~高崎(8:27) 65.3㎞ 累計 150.3km

 7:24,小川町着,東武東上線と接するこの駅で8分止まります。東上線のホームを見るとセイジクリームに復刻塗装された8000系が見えます。僕は高校の3年間,志木に通ったので,東武東上線といえばこの色です。初めてお目見えした時は,東武もお金がなくなって,遂に下塗りだけで出場したと思われたそうです。

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小川町で。東武81111F

 この東飯能から寄居までの区間は八高線の白眉ともいえる区間で,右に左にカーブしながら入間川をはじめとする荒川の各支流を越えて進みます。寄居の手前では大きな鉄橋で荒川の本流を渡ります。

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寄居の手前で荒川を渡る

 寄居は八高線,秩父鉄道線,東武東上線が集まる交通の要衝ですが,七福神もあり町歩きも楽しそうです。列車からは寄居・日本(やまと)の里ルートなる看板も見え,なんとも大きく出たものです。

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寄居の観光案内板

 寄居を出ると急に車窓が開け,関東平野の西のヘリを進むようになります。大抵の田んぼは田植えが済んでいますが,コロナ禍で人手が集まらなかったのか,今日,田植えをしている田んぼもいくつかあります。

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寄居~用土で。今どき手での田植え風景は珍しい

 寄居の先は用土,松久と新しい駅舎の駅が続きます。何年か前に140円旅行で来た時に気づいたのですが,2駅とも円を多用した変わった意匠です。とくに松久のほうは丸い駅舎のほかに山小屋風の駅舎もあって,不思議なつくりです。また,用土~松久間は関東平野を淡々と走る感じですが,この間に荒川と利根川の分水があります。尤も,調べるとこの2つの川は流路が安定せず,長い歴史の中ではくっついたり,工事で流路を変更したりで,もともと分水のような概念は乏しいようでした。

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用土(左)と松久(松久)の駅舎

 関東平野の車窓を楽しむうち8:16,北藤岡着。ここはホームは八高線にしかありませんが,高崎線と合流し,終点高崎まであと僅かです。約1時間半の気動車の旅は終わり,次は今日の行程中で1番長いレッグの両毛線です。439Mは通学輸送も一段落の時間帯ですが,211系3+3両の輸送力列車です。高崎周辺の列車は最近になって211系1色になりました。東京,上野口で211系を見なくなって久しいので,地元ではボックスシート,国鉄型の115系の方が評判が良かったのでしょうか。

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5.両毛線439M 高崎(8:36)~小山(10:24) 91.7km 累計 242.0km

 両毛線439Mはガラガラで,ぐんまワンデー世界遺産パスをぶら下げた乗り鉄風の男性,140円旅行と思しき3人組の男の子などが目立ちます。列車は今度は関東平野の北辺に沿う形で東を目指します。前橋から伊勢崎にかけては赤城山が左手に広がります。冬場であれば,上州名物かかあ天下とからっ風が寒いですが,今日は穏やかな晴れ間が広がります。

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両毛線から見る赤城山 @伊勢崎

 小俣からは栃木県になりますが,渡良瀬川の段丘上を走る列車では県境を越えた感じはありません。足利市内のあしかがフラワーパーク駅は2年前の2018年4月の新設駅です。この問題は直近の3月のダイヤ改正で解消されましたが,あしかがフラワーパークと隣りの富田駅は0.9㎞しか離れていないにもかかわらず190円!の特定運賃が設定されていたそうです。僕は特定運賃解消のプレスで知りました。今日のフラワーパークは名物の藤も終わり,開園しているのかも分からない閑古鳥です。

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あしかがフラワーパーク駅

 左手の車窓には日光から尾瀬や那須へ連なる山々が見えますが,雲がモクモクと出てきて梅雨らしい景色です。

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富田~佐野で。左手の山々には雲がたくさん

 10分少々で列車は岩船に至ります。岩船駅前の岩船山は前回,両毛線に乗ったときにその独特な山容が興味を惹きました。調べると,日本3大地蔵の一つの高勝寺というお寺が建つ信仰の山で,東日本大震災のときには山の形が変わるほどの崩落があったそうです。それほどの山なので,列車から見ても,岩がごつごつ,印象に残る訳です。

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岩船山 @佐野~岩船

 10:24,列車は時刻表どおり小山に着きます。小山では程よい13分の接続で水戸線に乗換えです。小山の駅そばは紅生姜天が名物で味も良かったと記憶しますが,今日は昼もそばの予定なので控えておきます。小腹が減ったのでお菓子を買いたいですが,あいにくNEWDAYSは改装工事で休業中です。駅ナカではリトルマーメイドが開いていたので,サンドイッチとコーヒーで10時のブランチです。列車に乗っていると,ただ座っているだけでも蠕動(ぜんどう)が進むのか,お腹がすきます。

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6.水戸線743M 小山(10:37)~友部(11:41) 50.2km 累計 292.2km

 小山からの水戸線743Mは教習中の運転士さんで,指導運転士との2人乗務です。乗っている分にはとくに変わりはないのですが,運転席の一番右のモニター画面が指導運転士用に運転士の主画面と似た画面になっているのが興味を惹きました。ソフトによる画面表示なのでいろいろな応用表示ができ,便利になったものです。

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筑波山 @玉戸~下館

 水戸線では右側の車窓の筑波山を始めとする筑波山塊が眼を楽しませてくれます。主峰の筑波山は男体,女体の2峰があるのですぐ分かります。岩瀬は桜川市の中心駅ですが,駅の周囲は緑地が広がりのどかな雰囲気です。昔はここから土浦まで筑波山の麓を筑波鉄道が走っていましたが,1987年に廃止になっています。近いところでは関東鉄道常総線と10㎞と離れずに並行していたので,よくやっていたなと思います。

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岩瀬駅前風景。名所案内は絵入りで,周囲の駅も似たタイプ

 岩瀬を出ると筑波山塊の北側に分け入り,いよいよ山の緑が深くなります。

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こちらは加波山 @羽黒~福原

 この先,友部では3分で常磐線に乗換えです。乗遅れても,次の普通列車では予定の成田線に間に合いませんが,友部~土浦を特急に乗れば(料金さえ払えば140円旅行でも特急利用は問題ない)我孫子で挽回できることは確認済です。列車は幸い時刻表どおり,11:41,友部に着きます。

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7.常磐線380M 友部(11:44)~我孫子(12:49) 67.5㎞ 累計 359.7km

 友部からの常磐線は3月にも下った行程なので暫くゆっくりします。12:32藤代発,この先で交流電化区間は終わりです。そういえば交直セクションをカブリツキで見たことなかったなと思い出します。最近の電車は自動化が進んでいるので,特段の儀式めいたことはなく,電車線の入力電源が変わります。運転士さんはセクション内でノッチオンしてはいけないとか注意はしているのでしょうが,今は客室の電気が消灯するようなこともありません。

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交直セクション通過

 取手では「ときわ72号」を退避,この間に列車の写真を撮ります。高校生の頃,列車の写真は足回りが入ってないとダメと教わって以来,駅撮りでもなるべく隣りのホームに行くのがマニアのこだわりになっています。ちょうど水戸線の写真が下回りなし,常磐線はちょっとホチキスが目障りですが下回りありです。どんなもんでしょうか。

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我孫子駅の弥生軒。駅そばスタンドは営業中なるも売店はお休み

 12:49,時刻表どおり我孫子着。成田線は47分に出たばかりなので,次の13:16の列車まで27分あります。我孫子の駅そばの弥生軒はかつて山下 清画伯が働いていたこととから揚げそばで有名です。今回の行程でも昼食時にちょうど良い時間が取れたので,お昼は迷わずから揚げそばです。お昼時のホームは人影まばらですが,駅そばスタンドは営業しています。

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弥生軒のから揚げそば

 巨大なから揚げ入りのそばで満腹になり,140円旅行,後半戦に備えます。先ずは燃料のビールを仕入れたいところで,我孫子ではそばと売店と念じてきたのですが,売店のほうはCOVID-19対策で休業中でした。この先も,成田,佐倉,成東,大網,茂原...とNEWDAYSは全て改札の外で,弥生軒の売店をあてにしていたのでガックリです。
 今日の行程は概ね700km,我孫子で359.7㎞と約半分を消化です。続きは次回をお楽しみに。(2020.7.5記)

後編につづく
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梅雨空のもと,近場で貨物列車の写真撮り

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 COVID-19の緊急事態宣言が解除され,外出自粛令も徐々に解除された6月中旬,そろそろ家の外のアクティビティもよかろうと貨物列車の写真を撮りに出掛けてきました。まだ県境跨ぎの外出は自粛中だった(2020年)6月18日(木),とりあえずは神奈川県内での行動です。目的は貨物列車,県内のどこに行くかですが,この日は貨物列車に目標を絞り,3か所をハシゴです。足は,これもまた外出自粛で乗っていなかったプリ子(わが家のプリウス)です。

 最初の目的地は梶ヶ谷貨物ターミナルです。この日は武蔵野貨物線と決めてネットで撮影地を探しますが,武蔵野線の新鶴見信号場~府中本町間はほとんどがトンネルです。数少ない地上を走る区間の一つが梶ヶ谷貨物ターミナルですが,新神戸や熱海のごとく駅の両側はトンネルです。古い写真で列車全体がすっきり収まっているので1か所目はここに決めました。現地に着くと,線路に沿う壁は後から1m位を継ぎ足したようで想定より高く,写真は撮れそうにありません。せっかく来たので,かすかに線路の見える資材搬入用の出入口の柵越しに1本だけを撮ります。

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5582レ(宇都宮(タ)~川崎貨物) 2020.6.18(以下同じ)

 持参の貨物時刻表の付録のダイヤ上は1時間で3本くらいあるはずですが,壁の低いところを探してウロウロしているうちに撮りにがしたようです。ここに長居しても仕方ないので,早々に引揚げます。
 第2の目的地は浜川崎駅です。以前,南武支線の列車を待つ間に貨物列車が通過するのを見て,なかなか良さそうと思っていた場所です。入場券を買って浜川崎駅のホームに行く手もありましたが,産業道路の太い立体交差があるので,少し尻手寄りの渡田という踏切で構えることにします。

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1060レ(広島(タ)~東京(タ))
 
 ここは踏切障検のセンサーが少々邪魔ですが,何とか線路を見渡すことができます。後ろに大きなマンションが立ちはだかり,20何両の長大編成の尻尾も入りませんが,遠出ができない折なので,多くは望めません。

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8078レ(拝島~安善)

 上の8078レは米軍用の燃料輸送の空車返送だそうですが,浜川崎から鶴見線に入り安善へ抜けます。安善ゆきとは知っていましたが。この線路を通るとは思わず,少々へんな構図になってしまいました。

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2092レ(秋田貨物~上越線~東京(タ))

 この時間(12:30~13:30)はなぜか貨物列車のラッシュで,1時間に7本の列車がやってきます。機関車もバラエティに富み,EF210のほかEH200,EF66,EF64と飽きません。今日の扉の写真もここで撮ったもので,札幌(タ)から名古屋(タ)に行く3086レです。この列車は新鶴見から鶴見へ抜けずに,一旦,川崎(タ)に寄って,荷扱いで1時間小休止してから稲沢へ向かいます。

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3064レ(札幌(タ)~東京(タ))

 JR貨物の機関車は,高速重量列車のEF66,勾配線区のEH200,汎用機のEF210,EF65の印象ですが,EH200の配置が一巡したら山用のEF64がだぶつき気味のようで,札幌から長駆やってきた高速貨物の末端だけを受け持つ運用もあるようです。何本かの貨物列車を撮って満足したので,13:10過ぎ,ここを引揚げます。
 3番目に行ったのは,高島貨物線の東高島~鶴見の千若町という踏切です。ここは高島貨物線~根岸線の根岸へ行くタンカー列車が主体です。

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単8571レ。桃太郎の単機ですが,300番台のような帯がついた更新機

 やってきたのは桃太郎の単機,時刻表上は根岸~宇都宮(タ)間の臨時のタンカーですが,今日は空荷のようです。続いて竜王からの80レが来るはずなのですが,列車は来ません。携帯の運行情報を見ると竜王で車両の点検で「あずさ」が遅れているとの情報,80レも遅れているに違いありません。そうこうするうちに,雨がパラつき始めたので,今日はこれにて引揚げとします。

 続いては,6月24日(水),この日は既に県境跨ぎの外出も解禁になっていましたが,再度近場の根岸線で駅撮りです。根岸線は根岸に大きな製油所があるため,根岸発着のタンカー列車が頻繁に--といっても1時間に1本程度--走ります。民営化前の国鉄時代,営業成績が黒字の線区はいくらもなかったですが,貨物で潤っていたため根岸線はその1つでした。一方,鉄道公団製の線路は高架で踏切もなく,写真は撮りづらいです。

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単8584レ 2020.6.24(以下同じ)

 石川町以南はトンネルがちになるので,写真を撮るなら桜木町,関内,石川町のいずれかです。石川町の北側ホーム端は程よくカーブしていて以前は良い写真が撮れたのですが,今は立入り禁止になっています。仕方がないので,今日は関内と決めます。最初に来たのは下りEF65の単機ですが,側面順光でまずまずです。

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8571レ(根岸~宇都宮(タ))

 4分もしないうちに今度は上りのタンカーがやってきます。下りはホームの桜木町側の端,上りは石川町側の端で撮っているので,この間の移動は忙しいです。根岸線の旅客列車の隙間を縫うように設定されていて,12,13,14時台とほぼ同じタイミングで列車はやってきますが,14時のときは間に合いませんでした。

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80レ(竜王~根岸)

 次に来たのは80レ。前回,東高島で撮れなかった列車です。今日は時間どおりやってきました。ところで根岸線ですが,列車番号が奇遇逆転になっていて線区としての下り列車が偶数番号を名乗ります。これは鶴見に出た後,中央線,高崎線,東北線の各駅に石油を運ぶ列車の本体部分にあわせているようです。積み荷満載の往きが下り,空車返送の帰りが上りと考えても,辻褄は合います。

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5692レ(根岸~川崎貨物)

 最後は駅の構内での写真です。上り列車ですがホーム端まで行く時間がなくなってしまったので,ホームを通過するところを望遠で引っ張ってみました。そういえば,この列車は支線内でクローズするためか,通則どおり上り列車が偶数を名乗っています。今回は撮り鉄の記事でしたが,僕の場合はどうしても興味の対象は列車のスジや列車番号になってしまうようです。

 ようやく県境跨ぎの外出自粛令も解除になりました。ブログ記事の材料も枯渇しているので,どこかに列車で出かけるのが楽しみです。(2020.7.2記)

20世紀の鉄道写真(18)--1983年(昭和58年)2~3月の北海道旅行スナップ

 20世紀の鉄道写真,今日は1983年(昭和58年)2~3月の北海道旅行の写真をお届けします。僕はこの年,大学4年生で,5月の国鉄線全線完乗を前に春休みに四国,北海道,九州を精力的に旅行してしました。その2の北海道では,2年前の1981年3月に開業した石勝線に乗りに行きました。往復は往きに東北新幹線,帰りに上越新幹線の初乗りもしています。また,せっかくの北海道旅行,思い出深いあちこちの路線も再訪してきました。
 
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1.新幹線リレー号 @上野 1983.2.28。前年の1982年に開業した東北新幹線は大宮暫定開業で,上野~大宮間は185系の新幹線リレー号が繋いでいました。リレー号の185系ですが,白い車体に斜めストライプの踊り子号塗装は保守に手間がかかると組合がゴネたせいで,緑の帯だけの冴えない塗装でした

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2.南部縦貫鉄道のレールバス @野辺地 1983.2.28。このときは乗ったか,写真だけか憶えが定かでありません

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3.この頃は新鋭だった183系で運転の「おおぞら」 @追分 1983.3.1。この頃は函館~釧路通し運転の列車もあり,千歳空港(現・南千歳)~札幌間を小1時間かけて往復する,なんとも悠長な時代でした

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4.釧網本線の混合列車641レ 1983.3.2。さすがに1983年当時でも混合列車は珍しかったです

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5.国鉄バス厚岸線 @厚岸自動車営業所 1983.3.2。厚岸線は標茶~厚岸間をショートカットするバス路線でした

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6.こちらは根室本線末端の客車列車 @厚岸か 1983.3.2。機関車次位のオユ10-2500は本州から航送されてきた郵便車のようです

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7.これも根室本線の客車列車ですが釧路以西のようで,荷物車を多数つないだ堂々の編成 1983.3.3

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8.広尾線愛国駅 1983.3.3。列車が幾本もないので,ここで降りるのは少し度胸が要ります。この頃は列車の交換はなかったようですが,まだ委託の駅員さんのいる駅でした

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9.富内線の終点の日高町駅 1983.3.4。富内線は鵡川に沿って遡り始めますが,富内で直角に曲がって峠を越え,振内以東は沙流川に沿って日高町に通じていました。なぜか僕は富内線が好きで日高町にも何度も足を運んでいますが,廃止は早く1986年でした。

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10.興浜南線の終点の雄武駅で 1983.3.5。シリーズその7でも似たような写真を載せていますが,この年は気動車がキハ40になっていました

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11.名寄本線のどこかだと思います 1983.3.5。キハ40の最初の1ロットは他と異なり窓配置が整っているのが特徴です

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12.後ろのとんがった山がきれいです。渚滑線の北見滝ノ上?,それとも名寄本線の一の橋?どこでしょう 1983.3.5

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13.名寄本線一の橋で 1983.3.5。駅名標があるのでこれは確かです

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14.深名線で 1983.3.5。蕗の台と隣の白樺は雪が深いため冬季は休業していました。多数あるキハ22の1番にあたりました

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15.帰りに寄った津軽鉄道のストーブ列車。この頃は電車改造の客車でした @五所川原 1983.3.6

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16.津軽鉄道に続き五能線も乗っています。五能線の客車列車はオハユニ61つきで6両も繋いでいました 1983.3.6

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17.深浦での1コマ。宅配便などなく手小荷物を駅員さんがリヤカーで運んでいました 1983.3.6

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18.東能代から乗った「いなほ」は北海道から渡ってきた1500番台車でした @東能代 1983.3.6

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19.この時の周遊券。学生割引き(2割)+冬季割引き(2割)で随分安かったです

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20.東北・上越新幹線初乗り時の特急券。一筋縄ではゆかないきっぷばかりです。おまけ:周遊券の経路からはみ出した五能線は連絡船発行の出札補充券
(2020.5.5記,2021.2.14きっぷ画像追加)

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