FC2ブログ

2020-08

HOゲージ/16番--EF71の製作・前編

200801.jpg

 今年(2020年)の初夏はCOVID-19禍で巣ごもり生活でしたが,家でも楽しめることを探すうち,鉄道模型の製作を思いたちました。4年近く前にNゲージのED72のキットを組んだ記事を載せましたが,その時から16番の電気機関車の製作意欲はあったのです。16番のEF71の製作記を今日から2回に分けてお届けします。

1806BJ.jpg
現役時代のEF71 @福島駅 1982.7.30頃

 5月のある日,オークションサイトを覗くとEF71の組立て済キットの出品があります。しなのマイクロ製,注記には「ボデーキット組立品(しっかりと組んでいます)」とあります。このレベルの商品で30,000円は相場より若干高い気がしましたが,EF71は交流機のなかでもとくに好きな形式です。またボデー自体が組んであるのが大きなポイントで,僕の場合は半田付けの腕がないので,このバラキットをバラの状態から組める自信がないのです。とりあえず入札すると,幸いなことに,他者と競ることもなく落札することができました。やっぱり多少高かったかもしれませんが,大阪のほうの売り主のショップ殿は中古のモーターと保管用の新品の箱をつけてくださいました。

200802.jpg
オークション画面のコピー

 しなのマイクロは僕が高校生,大学生の頃,盛んに国鉄電気機関車のバラキットを売り出していて,垂涎の的でした。その頃僕はHOのED72,ED76を作ったところで,HOゲージはお金がもたないと,Nゲージに転向したところでした。そんな時代について行けずに,しなのマイクロは1990年ごろ倒産したようです(しなのマイクロのNゲージのブランドのマイクロエースは今も有井に引継がれています)。

200803.jpg
EF71着荷時の状態 2020.5.23(以下,年は省略)

 ものが届けば,中味を改めます。前回のNゲージED72と比べると,さすが16番1/80の模型は違います。前面周辺からスカートまわりのディティールは惚れ惚れです。また,ボデー自体は確かにしっかり組まれており,半田作業はしなくて済みそうです。一方,以下の点が気になりましたが,オークションで買った商品なので目をつぶることにします。そもそも折角ここまで組んだのに完成させずに手放すのが,僕には理解できません。それぞれ事情があってのことでしょうから,理解はできなくてもとても助かっているので,深くは詮索しません。

200804.jpg
前面周辺のディティールはさすが16番 5.23

・2エンド側ステップに並ぶ2連のジャンパ栓受がない
・車号がブロック式になったのは14,15号機だけなのだけど,ナンバーが洋白製の一体もの

 また,台車はカツミ製のDT129がインサイドギアも含めて付いていますが,車体足がありません。DT129系の台車には芯皿がなく,台車で発生した牽引力は引っ張り棒,車体足を介して伝達されます。交流機好きの僕にとってはED74~79の各形式とEF71のトレードマークみたいなもので,これがないと床下が寂しいです。

200818.jpg
DT129系台車の車体足は国鉄交流機のトレードマーク?(取付け後に撮影) 7.30

 交流機は屋根上が賑やかですが,上から見る機会の多い模型では見栄えもするし,作り甲斐もあります。この辺の部品は含まれていないので,自分で買い揃えます。6段碍子,パンタグラフ,高圧配線のための燐青銅線などです。この他,メーカーズプレート,連結器などの小物部品も揃えます。前面のジャンパ栓受,パンタ下の空気碍管も用意したかったのですが,前者は気に入ったものなし,後者はそもそも部品自体がなしでした。また車体足は,台車ごと交換も含めて,調達できませんでした。

200805.jpg
各種部品を買い揃える 5.30

 部品が揃えばさっそく組立てに入りたいところですが,ボデー本体が組んであるので,あまり手をかけるところがありません。買った部品を検分するとパンタグラフの取付け孔が合わないことに気づきました。元々の孔をパテで埋め,買ってきたTOMIX製のパンタの足に合わせて孔開けします。最近のTOMIXのHOゲージ進出はすさまじく,製作数15両のEF71のような形式も製品化されています。模型が欲しいならこれを買った方が余程早いのですが,作ることを楽しむのが今回の模型製作の目的です。TOMIXのPS101パンタですが,下枠がプラ製でチープな印象は避けられませんが,値段の魅力には勝てず,IMON製の3分の1の値段のパンタを使っています。TOMIXのEF71には並とプレステージ版があり,後者のパンタは下枠も金属らしいのですが,このパンタの分売がないのが残念です。

200806.jpg
パンタの取付け孔の開け直し 5.30

 続いての作業は塗装です。このブログでは毎度書いていますが,塗装は僕の苦手な作業で,どの作品でも苦労しています。30年以上前の製品ということもあり,今回は洗浄を念入りに行いました。お菓子の缶に水を張り,食器用の中性洗剤をたっぷり入れ,このなかで廃歯ブラシでこすって洗います。正直なところ見た目はあまり変わりませんが,手で触ったところの脂分などはとれて,塗装の下地はできたことにします。

200807.jpg
中性洗剤のお風呂で洗浄 5.29

 僕はマンション住まいですが,塗装の作業場所にはいつも苦労します。何年か前からパソコンを買った時の段ボール箱を塗装ブースに使っていますが,その周囲の養生も面倒です。今回は一計を案じ,自宅の目の前の少し大きめの公園に出向いて塗装をすることにしました。公園に行けば塗装台に手頃な切り株もあり,公園を散策中の皆さんには迷惑ですが,臭気も大気中に拡散で作業性はよいです。一方,公園なのでときどき来る野次馬,羽虫は注意が必要です。

200808.jpg
自称・森の工房 5.31

 交流電機の赤色は意外と透き通る色で,サフェーサーなどによる下地処理も大事です。サフェーサーを買おうとネットを覗くと,最近は赤塗装のためのピンクのサフェーサーという商品があります。金属の下地処理のプライマーの成分も含まれているようなので,これを2,3度吹きます。

200809.jpg
下塗りの完了した車体。機器覆いを外したら手作り感満載の文字が出てきた 5.31

 森の工房に出たついでに他のできる部分の塗装作業を進めます。下回りは少し分解し,スカートとスノープラウを外します。下地処理のメタルプライマーを吹いた後,床下器具を含む下回り全体とスノープラウを黒,スカートをねずみ色で吹いて完成です。台車も黒色ダイキャストの地のままだったので下回りと同じ黒に塗ってしまいます。

200810.jpg
下回り一式の塗装 5.31

 模型製作にあたっては,自分で撮った実機の写真も参考にしますが,機器室の屋根に載る大きな通風機がありません。こんな大きな機器を省略するのは随分手抜きと思いますが,元々キットになかったのか,前所有者殿が端折ったかは分かりません。実機の写真を元にそれらしいものを作って載せてあります。最初は車体製作用ペーパーの積み重ねで作り始めましたが上手くゆかず,木製マドラーから削り出し,周囲をペーパーで巻いてあります。もう1点はパンタの碍子を載せる台です。屋根に直付けはヘンなので模型店であれこれ探しましたが,単なる3㎜四方の板だけのパンタ台の商品が見当たりません。仕方がないので,これもペーパーから切り出して自作です。

200812.jpg
なぜか足りない屋上の通風機とパンタの碍子台(写真は後から撮ったもの)はペーパー他から自作 6.7,7.19

 次は塗装工程その3でボデーの赤2号を吹きます。その前に洋白板の飾り帯をマスキングしますが,これが細かい作業で面倒です。また,このボデー全体の赤と屋上の黒はどちらを先に吹くべきか悩ましいです。このEF71の場合,屋上の機器覆いがネジ止めで外すことができたため,後のマスキングが楽なメリットをとり,先に赤を吹きます。こう書くとどんどん進んでいるようですが,塗装は1週間ピッチでの作業です。

200811.jpg
赤2号を吹くと急にそれらしくなる 6.6

 続いて塗装工程その4で屋上の黒を吹きます。先に塗ってある赤の部分をマスキングしますが,概ね屋根の部品の線で塗分ければよいので簡単です。ただし,ステップと屋根板の間がくぼんでいるので,そこだけは滲まないようよくマスキングします。工程間の間隔は十分とったつもりですが,今回もここで少し失敗があり,数か所の赤がはがれてしまいました。

200813.jpg
マスキングをして黒を吹いて塗装は概ね完了 6.12

 塗装の最後は,マスキングテープの痕の修復のほか,こまごまとした箇所を筆塗りで色差しします。ロスト製のエアホース,ボックス動輪の輪芯:黒,ステップの縁:白,運転室窓のHゴム:灰色などです。側面に並ぶ明り窓のHゴムも灰色に塗りたいところですが,ここはHゴム自体がまだついていないので保留です。

200814.jpg
下回りの色差し 6.12

 続いては車体周辺の小物部品の取付けです。この模型は当初の計画は非電装のディスプレイモデル,電気系統の配線はしないのでライト類も当然ダミーです。ヘッドライト,テールライトのレンズを少量の接着剤で取付けます。

200815.jpg
レンズ類は極小部品 6.30

 また,運転室のガラスはプラの帯材から切り出して,前面の形状に合わせて90度曲げます。前面は窓の上にライト,下に手すりの真鍮線があるので,高さを縮め,乗務員室扉の部分も手すりの真鍮線と干渉するところは現物合わせで逃げ穴を作ります。また,曲げのほうは,適切な曲げの手法を知らないので,40年前のプラモデルを思い出して,ロウソクであぶりながら慎重に曲げます。

200816.jpg
運転室ガラスの製作 6.30

 これらを取付ければ,保留にした明り窓を除けば,車体は概ね完成です。さて保留にした明り窓ですが,これが意外と難題です。パンタグラフや高圧配線などの屋上機器を付けてしまうと作業性が悪くなるので,これらの部品も未だつけずにおきます。

200817.jpg
1か月がかりでここまでできました 6.30

 見た感じでは,かなり完成に近づきましたが,実はこの後明り窓の製作で散々苦労することになります。今回はほぼ順調な部分で前半を終わりとします。(2020.7.30記)

後編につづく
スポンサーサイト



みどりの窓口考

200725.jpg

 (2020年)7月17日,わが家の最寄りの磯子駅の「みどりの窓口」が営業を終了しました。ここの窓口では一筋縄ではゆかないきっぷを何度も売ってもらっているので,なくなるとなると大変残念かつ不便です。今日はこの機会にみどりの窓口についてを書いてみたいと思います。

 その7月17日ですが,最終日に何か記念になるものをと青春18きっぷと横浜までの乗車券を買いに行きました。どちらも隣りの指定席券売機でも買えるきっぷですが,今日は磯子駅発行にこだわり窓口に並びます。大抵は空いている窓口ですが,10秒前に先客があり,少しの間待ちます。瞬間,割込まれた感があったのですが,災い転じて...で,このかたのおかげでちょっとしたラッキーがありました。

 順番が来て,今日が最終日なんですね...など2,3会話し,2つのきっぷを発券してもらいます。前のお客さんが何かおまけをもらっていたようなので,自分も所望すると入場券を買った人への記念品だそうです。入場券を買ってもよかったのですが,お名残り購入という意味ならこちらも同じなので,「磯子~横浜」のきっぷではダメですか?と掛け合います。担当の若い窓口女史は一瞬ひるみましたが,「どうぞ」とくださったのが下のきっぷ台紙です。

200781.jpg
最終日のきっぷ台紙

 さて,みどりの窓口営業終了後ですが,磯子駅には今でも指定席券売機がありますが,8月31日からはカメラとインターホンが付いた「話せる指定席券売機」になるそうです。告知文によれば,カメラによる確認ができるので学割やジパングクラブの割引きの対応もできるそうです。しかし,例えば「プレゼント引換券の発行は入場券購入者」とプログラムされたら,お名残り購入であっても他のきっぷの購入者には発券できないとか,機械化=杓子定規,応用が利かないと理解しています。カメラで撮って人間が遠隔操作するのは過渡期の技術で,ゆくゆくはAIによる自動認識になるのでしょうが,こういう応用動作が可能になるのは自分の眼の黒いうちではないと思います。

200782.jpg
「話さない(?)」現行の指定席券売機

 また,8月31日の指定席券売機の機能強化までの暫定なのか,その後もなのかはっきりしませんが,指定席券売機で扱えないきっぷを買うために隣りの根岸や新杉田に行く場合はその運賃を補填するそうです。定期券の発売窓口を集約した際に鉄道事業者各社が採り入れた制度ですが,指定券についての取扱いは初耳です。地方ではみどりの窓口のある駅まで出向く要があるのはふつうのことで,それを補填するのはバランスを欠く感があります。

200783.jpg
磯子区の地図

 両隣は健在なのに磯子駅をたたむのはなぜ?と素朴に思います。磯子区の鉄道線路図を見ると,根岸は本牧方面まで駅勢圏に入りそう,新杉田は金沢方面へのシーサイドラインを抱えるのに対し,磯子は並行する京急では一大ターミナルである上大岡が最寄りと不利な条件が重なっています。数年前に駅の隣りに横浜運輸区が移転してきましたが,そこの社員の遠出の需要など焼け石に水なのでしょうか。

181001.jpg
1980年代の窓口風景(鉄道博物館・大宮) 2019.2.2

 ところでみどりの窓口ですが,今回その起源にあたってみました。みどりの窓口は1965年9月,東海道新幹線が開業1年,列車の本数も倍増となって,それまでの駅からの客の指定席券購入希望を指定券センターで電話で受けて台帳管理で発券する方式では限界のため,コンピュータ端末による発券窓口を全国の主要152駅に設置したのが始まりのようです。Wikipediaではその前史として,門鉄局の営業活動なども触れられています。今ほど環境や緑化の意識も高くない当時,なぜみどりの窓口だったのだろう?と思いますが,指定席券はきっぷの地紋が緑色(乗車券は近距離:赤,長距離:青)だったかららしいです。

190931.jpg
確かに指定席のきっぷの地紋は緑でした

 僕にとっては,朝10:00に並んでとるプラチナチケットのきっぷを買えるのがみどりの窓口の極意と思っています。マニアは「10:00うち」というそうですが,指定券の発売開始の10:00きっかりにマルス端末を操作して指定券を出してもらいます。以前はわが家の近所の大きな駅では朝から10:00発売開始の指定券の受付をしていましたが,最近はそれもやめになり,稀少な指定券の入手は困難になるばかりです。一方,えきねっとでは1か月前の発売開始の1週間前から予約の受付があります。1か月前の10時になると順次マルスに流し込む仕組みですが,これと窓口に並ぶののどちらが確実なのかは分かりません。

190712.jpg
「10時うち」をお願いしてもダメなこともある。秋田延長の「きらきらうえつ」をリクエストしたとき

 近ごろはいろいろな面で,ゆとりが大事になり,きっぷをとるために早起きしたり,行列したりは時代遅れなのかもしれません。また,電子化やネットの発達できっぷや指定席券を対面販売することが縮小傾向なのも時代の流れです。最寄り駅のみどりの窓口の営業終了の残念から好きなことを書きましたが,今日はこの辺で失礼いたします。(2020.7.28記)

夏至近くに決定版・東京近郊区間140円旅行・後編

200751.jpg

前編から

 都道府県またがりの外出が解禁になった土曜日の(2020年)6月20日,東京近郊区間大回りの140円旅行をしてきました。タイトルに決定版と書きましたが,非電化の八高線,東京近郊区間外周の両毛線,水戸線を通って,房総半島をめぐる約700㎞の大旅行です。今日はその後編,千葉県に入った我孫子から房総半島を1周して横浜に帰るまでをお届けします。この行程は帰りの総武線で市川の先,江戸川を渡るまで全部千葉県で,関東地方1都6県を考えると少々バランスが悪いです。

200752.jpg
8.成田線853M 我孫子(13:16)~成田(13:58) 32.9km 累計 392.6km

 我孫子駅で名物のから揚げそばで腹ごしらえをした後,最初に乗るのは成田線の成田ゆきです。この列車は上野始発の快速で,10両編成がローカルな単線区間に乗入れます。土曜日の昼下がり,車内はガラガラ,ちょっとお出掛けの家族連れが数組いる程度で,穏やかな時間が流れています。線路の右には手賀沼が広がるはずですが,家並みが途切れず,湖面を見ることはできません。湖北から安食あたりは利根川に沿って東へ走り,堤防が見え隠れします。安食の先では印旛沼の近くを通りますが,注意して見ないとそれと気づかない程度です。

200753.jpg
安食~下総松崎では印旛沼がかすかに見える

 木立ちが深くなって藪の中を進むうちに成田スカイアクセス線と交差します。スカイアクセス線の成田湯川駅も程近くに見えるのですが,こちらの線路に駅はありません。その先,左に右に小さなカーブが続き,終点成田に着きます。

200754.jpg
9.成田線4340F 成田(14:15)~佐倉(14:28) 13.1km 累計 405.7km

 成田では17分の接続で,14:15発の快速東京ゆきに乗換えます。この列車は成田~佐倉の2駅13分のチョイ乗りですが,大事な用事があります。我孫子の弥生軒の売店が空振りだったので,グリーン車のアテンダントからビールを買うのです。3号車から乗ってさっそく4号車の控室に赴くと,残念ながら今はCOVID-19対策でアルコールの販売は休止中だそうです。

200755.jpg
10.総武本線1357M 佐倉(14:33)~成東(14:59) 21.6km 累計 427.3km(エンド交換後に撮影)

 佐倉では5分の接続で14:33発の総武本線の成東ゆきに乗換えます。この電車は幕張の209系6両編成ですが,この先6本ずっと同じような電車が続きます。幕張の209系は元の京浜東北線ですが,4両または6両に短編成化の際に両端のクハをボックスシートにしたほか,2号車のモハ208にはトイレも設置されました。セコハンではありますが,乗り鉄としては好ましい装備で,以来,房総への140円旅行が楽しくなりました。

200756.jpg
総武本線も佐倉以東では田んぼが増え里山の景色

 26分の乗車で成東着。ここでは15:37の東金線まで38分の時間があります。成東は山武市の中心駅ですが,駅裏は田畑というか休耕地というか緑の野原が広がっています。時間に余裕があるので,昨日ネットで注文を入れた茂原のピザーラに確認と時間遵守懇請の電話を入れます。開け放たれた駅舎の窓の向こうにはNEWDAYSも見えますが,途中下車ができない身なのでビールはお預けです。電車を待つ高校生のお嬢さんに手間賃出すからと言ったら,買って来てくれるでしょうか。

200757.jpg
成東駅風景。「NEWDAYSあります」と

200758.jpg
11.東金線650M 成東(15:37)~大網(16:09) 13.8km 累計 441.1㎞

 東金線は駅舎横の0番ホームからの出発です。駅を出ると右にカーブし,九十九里の海岸に沿って走りますが,海岸までは10㎞位あるので海は見えません。東金では上り列車と交換,6分止まります。大網の旧駅跡の保線基地を過ぎて右に築堤上に上れば終点,大網です。

200759.jpg
東金線から九十九里海岸方向を見る @福俵~大網

 大網では12分の接続で16:09の茂原ゆきに乗換えです。12分は乗換えは乗換え時間としてはほどほどですが,この間に大網駅の内外を見分して回ります。東金線と外房線のホームに挟まれた駅前広場には小湊鐡道のバスが2台止まっています。よく見ると左の1台は富士重工製の2段窓,幕の方向幕と相当な年代物です。

200760.jpg
大網駅で。左の富士重工車は相当な年代物

 大網からは外房線を房総半島の先端に向かって下りますが,列車は茂原ゆきです。この列車は通学時間帯のためか209系4+4両の8両編成です。

200761.jpg
12.外房線265M 大網(15:57)~茂原(16:22) 11.4km 累計 452.4km

 16:22,時刻表どおり茂原着,ここでは大事なひと仕事です。茂原のピザーラに頼んだデリピザを受取るのです。念のため,時間指定は16:25ですが,配達の担当のピザーラくんはぴったり時間どおりにやってきました。改札の中と外を分ける柵はこういう荷物の受渡しを避けるためか二重のタイプでちょっと焦ります。ピザーラくんは全然臆することもなく,大丈夫,届きますよと応じてくれます。代金を払って,アツアツのピザを受取り,茂原でのミッション完了です。そういえば,confirmの電話のときに聞いたのですが,ピザーラではアルコールの取扱いはないそうで,今夜の晩酌は絶望的です。

200762.jpg
13.外房線267M 茂原(16:38)~安房鴨川(18:04) 59.0km 累計 511.5km @大原

 茂原からも209系の外房の旅は続きます。前々回の去年(2019年)の正月の140円旅行のときは1時間早い列車に乗り,この辺で夕暮れを迎えています。今日は陽が長いので,まだまだ景色が楽しめます。ただ,朝の快晴よりはずいぶん雲が出てきて,陽射しはなくなってしまいました。

200763.jpg
大原では「わかしお18号」と交換。E257系モノクラス5両の身軽な編成

大原では10分止まり,上りの特急と交換です。大原には木原線改めのいすみ鉄道が乗入れ,駅の売店が充実していた記憶ですが,ここでも途中下車はできずビールは買えません。仕方なく,缶コーヒーを買って,夕食のピザの共にします。大原を出ると海岸線が近づき,御宿からは海も見えるようになります。

200764.jpg
外房の海はなぜかいつもここの景色です @勝浦~鵜原

 空模様はあいにくですが,外房の海をばっちり眺め140円旅行は続きます。かぶりついて前を見たり,右手に広がる海を見たり忙しくするうち,列車は18:04,安房鴨川に着きます。

200765.jpg
陽があればまだまだ明るいはずだが...間もなく安房鴨川に着く

 安房鴨川では2分の接続で,内房線の館山ゆきに乗換えます。ホームを渡るだけなので2分でも余裕の乗換えです。列車は209系4両編成ですが,E131系の投入もアナウンスされたので,この次来るときは2両編成かもしれません。

200766.jpg
14.内房線3136M 安房鴨川(18:06)~館山(18:49) 33.5km 累計 545.0㎞ @南三原

 南三原を過ぎると線路は少し海から離れ,千倉からは峠越えになります。この間に,まだ多少は温かいうちにピザを半分ばかり食べてしまいます。

200767.jpg
15.内房線1122M 館山(18:51)~千葉(20:34) 89.7km 累計 634.7km

 館山でもまたまた2分の接続で,内房線の千葉ゆきに乗換えます。雲はいよいよ厚くなりますが,海岸線近くは晴れてかすかに夕焼けが見えています。館山から先,海は東京湾ですが,遠くに見える島影は伊豆の大島です。記事の最後につけた地図を見ると分かりますが,ここから大島は50kmもありません。

200768.jpg
夕焼けに大島の島影が浮かぶ。写真ではよく分かりません。夕食は温かいピザ

 内房海岸を陽のあるうちに乗るのを目標に今日の行程は組立てましたが,ぎりぎりの情勢になってきました。久里浜へのフェリーの出る浜金谷を過ぎ,竹岡~上総湊では浦賀水道がよく見えます。対岸の横須賀火力発電所などの灯りがよく見えますが,写真はISO12800の感度をもってしてもブレブレです。

200769.jpg
浦賀水道の対面に三浦半島の街の灯りが見える
(参考:天気がよければ後ろに富士山も見える 2017.12.29)

 夕暮れの内房を楽しめばあとは家に帰るだけの消化試合です。ピザの残りをいただき,小遣い帳をつけたり,メモを書いたりで時間を過ごします。館山ではガラガラだった列車も千葉が近づくと混んできて,五井あたりからは立っているお客さんも現れます。

200770.jpg
16.総武線1902F~1903S 千葉(20:42)~品川(21:33) 46.0㎞ 680.7km

 列車は時刻表どおり20:42に千葉に着きますが,千葉駅では大忙しです。トイレに行って,ビールを買って,家に土産のピーナツ最中を買ってを8分でこなさなければなりません。千葉駅は長いこと工事をしていましたが,2年位前に新装なって駅ナカが充実しています。時間も少々遅いし,夕食も済んでいますが,ようやくビールにありつくことができます。

200771.jpg
17.京浜東北線2033B 品川(21:41)~東神奈川(22:05) 20.2km 累計 700.3km

 千葉からの1903Sは横須賀線に乗入れるのでそのまま乗っていれば横浜まで行くことができますが,今日のきっぷは東神奈川ゆきです。面倒ではありますが,列車を品川で捨て,京浜東北線で東海道を下ります。横須賀線でそのまま行った場合,東神奈川駅は通りますがホームはなく,否応なしに横浜駅まで連れていかれてしまいます。一般には特定の分岐区間の区間外乗車(旅客営業取扱基準規程149条)というルールがあって,横浜から東神奈川に戻ることはOKですが,今日の行程では既に1度,横浜~東神奈川を乗っているのでNGです。一方,今日の行程で横須賀線で横浜で降りてしまえば,磯子~横浜間の170円でOKという説もあります。以前にそのきっぷでの140円旅行の経験もありますが,気持ちが悪いし,今日は「決定版」ということもあり安全サイドで行動します。

200772.jpg
おまけ.根岸線2021A 東神奈川(22:15)~磯子(22:32) 11.3km @磯子,引上げの準備中 

 今日1日,乗った列車は全て時間どおり走って,22:05予定どおり東神奈川着です。日本の鉄道の運行は正確ですが,こういう日もまた珍しいです。確かに外出自粛解禁直後の週末で,混乱要因が少ないことはありますが,JR東日本の関係者も立派です。東神奈川ではきっぷに無効印をもらい,帰りのきっぷで改札を入り直して,帰途に就きます。

200773.jpg
今日のGPS log(拡大はこちら

 22:15の磯子ゆき列車に乗れば22:32,自宅最寄りの磯子駅に着いて,本日の旅程完了です。乗って来た電車も今日の仕事を終え,ねぐらの磯子電留線に引上げてゆきます。今日の列車が全て定時運行だったことは上に書いたとおりですが,その他も何の混乱もなく旅行でき,今日の無事に感謝です。「決定版」として,陽のあるうちに八高線をはじめとする東京近郊区間の外周路線に乗ること,外房,内房の海の景色を楽しむこともまずまず達せられました。内房の海の天気がちょっと残念でしたが,時刻表を繰っていたら総武本線で「しおさい」を使うことで,1本前の内房線に乗れることが分かりました。次回はこの行程を楽しみにしつつ,筆をおきます。(2020.7.7記)

«  | ホーム |  »

カテゴリ

総合目次 (1)
旅行 (1)
|-鉄道旅行一般 (25)
|-青春18きっぷ (29)
|-140円旅行 (16)
|-家族旅行 (18)
のりものイベント (11)
鉄道のイロハ (4)
知って楽しいJRの旅客営業制度 (13)
運賃料金制度 (15)
鉄道写真 (18)
鉄道/運転 (9)
車両形式別記事など (2)
20世紀の鉄道写真 (19)
バス (6)
エアライン (2)
船舶海洋 (3)
HOゲージ (4)
Nゲージ (7)
Bトレ目次 (1)
Bトレインショーティー (31)
Bトレインショーティーの組立て方 (4)
その他のりもの (17)
Weblog (4)
東海道徒歩き(かちあるき) (14)
サイトポリシー (1)
English article (1)
未分類 (0)
1990年代の欧州鉄道旅行 (0)

最新記事

月別アーカイブ

FC2カウンター

最新コメント

最新トラックバック

リンク

主宰者からのお願い:
鉄道.comのランキングに参加しています。よろしかったら,下のバナーのクリックをお願いいたします。

tetsudoucom.jpg

QRコード

QR