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2021-01

東海道徒歩き(かちあるき)のおまけで三重県の私鉄巡り

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 去年(2020年)の10月31日から11月2日に東海道徒歩きで宮宿(名古屋市)から関宿(亀山市)を歩いたことは既にアップしましたが,その時の旅行で三重県の私鉄巡りもしたので,今日はその報告をします。旅行したのは11月2日(月),お天気はあいにくの雨です。

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近鉄四日市駅は大きなターミナル 2020.11.2(以下,全て同じ)

 まず最初は,泊まっていた四日市からその日の徒歩きのスタートの庄野宿への移動に乗った四日市あすなろう鉄道(以下,あすなろ鉄道)です。あすなろ鉄道は東海道の旧街道に沿う四日市~内部(うつべ)の内部線と途中の日永から分かれて西日野までの八王子線から成ります。徒歩きの記事でも書きましたが,内部線のほうは明治の鉄道開業の頃,煙をモクモク吐いて猛スピードで走る陸蒸気を忌避した街道沿いの人達が,後になって鉄道の便利さを知り,ナロー規格で鉄道を敷いたものではないかと思っています。八王子線のほうはたった1駅の盲腸線です。尤も,この枝線のおかげで四日市~日永間は日中約15分間隔が確保されています。年は下って2010年代に入り,近鉄はこの2線の廃止・BRT代替を提案しましたが,四日市市は鉄道存続の意向で,2015年4月から上下分離方式で再スタートを切りました。四日市あすなろう鉄道は近鉄75%,四日市市25%出資の第3セクターの第2種鉄道事業者,線路と車両は四日市市が第3種鉄道事業者として保有しています。

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四日市あすなろう鉄道の1日乗車券

 11月2日朝,今朝はほどほどの時間の出立で,サービスの朝食をかき込んで7時過ぎに近鉄四日市駅前のホテルを出発します。あすなろ鉄道線は元々近鉄線で近鉄四日市のターミナルから出ますが,南側のはずれで改札は別,ホームは番号がとんだ9,10番線です。駅北口に近いホテルからは遠回りをしてしまったせいもあり,近鉄四日市のターミナルを3/4周してたどり着きました。出札口を覗くと1日乗車券を550円で売っているので,これを買います。今日の行程では550円分乗りそうもありませんが,きっぷが記念になるのでその辺の無駄遣いは気になりません。

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あすなろ鉄道ク163。シースルー電車だ @あすなろう四日市

 7:19の西日野ゆき列車は土曜日の朝にも拘らず若干の立ち客もいる程度で四日市を発車します。西日野までは3駅たった8分の乗車です。西日野の折返し時間は3分,少々慌ただしいですが,乗ってきた電車で日永へ戻ります。この電車,ク163は「シースルー電車」で,台車の上の床板がアクリル板になっていて,台車越しに走り去る線路や枕木を見ることができます。不思議な趣向ですが,利用者に親しんでもらうためのアイディアと理解します。

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シースルー電車の床下見学窓

 日永での乗換えも2分しかないので,乗換えに便利な先頭に乗れば,朝の上り列車は通勤通学のお客さんでそこそこの混雑です。日永は内部線と合流するジャンクションですがこぢんまりした駅で,乗換えは1分もあればOKです。

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ジャンクションの日永駅

 日永からは7:35の内部ゆきに乗換え,終点内部を目指します。車窓に目を凝らすといっても,沿線は昨日歩いた街なので,昨日見たあれこれを思い出すばかりです。ところで,あすなろ鉄道の電車ですが見た目にはどの車両も新しく,第3セクター化で積極投資がされたようです。Wikipediaによれば,元々の近鉄260系は1982,3年製作ですが,3セク化以降にリニューアル,冷房化されたようです。また,260系の製作当初は新製は最小限に絞られ,一部のクは在来車でしたが,リニューアル時に新製のクに置換えられ,中間車も3セク化以降に製作されたものです。現在は在籍5編成中4編成が3両編成ですが,残る1本はこのままなのでしょうか。

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内部で

 12分の乗車で内部着,あすなろ鉄道は車両も小ぶりですが,乗るのもすぐです。最後に四日市に戻る列車の写真を撮って,あすなろ鉄道の旅は終わりです。こうして見ると車体が小ぶりな分,架線下のクリアランスを確保するためパンタグラフが妙に大きく見えます。

 内部からは庄野宿までバスで移動し,東海道を歩き,関西本線の関駅に着きます。(その間の記事はこちら

 この日の第2部は三重県の私鉄巡りです。元々は東海道を坂下宿まで歩く計画でしたが,午後からは雨のようなので急遽作った代案で,関西本線,近鉄名古屋線から西へ鈴鹿の山のほうを目指す盲腸私鉄に乗りに行くことにしました。朝から始めて最後は養老鉄道に乗って大垣から帰る案も検討しましたが,東海道徒歩きを進めておきたいので,午前中は歩いて午後から乗り鉄としました。

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午後のスタート関駅

 昼前,関西本線関駅に着けば,ここから三重の私鉄巡りスタートです。関駅は随分大きな駅舎ですが観光協会の案内所なども入居し,駅自体は無人で,きっぷの委託販売もありません。加太駅などたくさんあるスタンプを押して,11:59の亀山ゆきに乗ります。来たのは青いキハ120の単行,JR西日本の気動車です。

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JR西日本のキハ120で1駅上る(エンド交換後に撮影) @亀山

 亀山では19分の接続で,JR東海の名古屋ゆき快速列車に乗換えです。この間に帰りのきっぷを買いますが,関からの通しのきっぷを売ってもらえて,少し助かった気になります。関~亀山間を精算し亀山発で買う(272.2km4,070円)のと,関から通しで買うのと(237.9km4,070円)で値段は同じなので,精算した場合はその分まるまる190円を損することになります。無人駅発の旅客の精算なので当然といえば当然ですが,あまりこういう機会はありませんでした。

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亀山からの快速列車,2306G @亀山

 亀山はJRの会社境界,鉄道輸送上の節点ですが,雨模様の土曜のお昼でとても静かです。ホームは3面5線,機回し線もあり,手持ち無沙汰に広がる構内がかつての栄華を物語ります。

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妙に広い亀山駅の構内

 亀山から名古屋ゆきに乗れば,ものの30分弱で四日市に着きます。この間の車窓も概ね昨日と今日歩いてきた沿線なので,午後の行程表を作ったりで時間を過ごします。

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JRの四日市駅

 JRの四日市駅は貨物の詰所のような感じの平屋の大きな駅舎ですが,合理化の進んだ今は亀山の構内同様に持て余しているようです。JRの四日市と近鉄四日市の間は両駅を結ぶ大通りの1本道ですが,歩けば20分前後かかります。バス停をサーベイしてもこの時間にバス便はないようで,歩いて近鉄駅に向かいます。幸い雨は殆どあがり,傘がなくても歩けそうで助かります。

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近鉄湯の山線の列車。2545F。この電車で往復

 近鉄四日市に着くと時刻は13:15,お昼の時間です。今日はこの先,乗りっぱなしで食事の時間がとれそうにありません。かなり慌ただしいですが,駅ビル内のマクドナルドに行き,今売出し中のトリプルチーズバーガーなどでお腹を満たします。セットのコーヒーは持ち帰りにして,13:30の近鉄湯の山線電車に駆込みます。

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近鉄の路線案内。三重県は意外と私鉄が多い?

 湯の山線の列車は雨に煙った里山風景の中をのどかに進みます。25分で終点の湯の山温泉着。ここからバスとロープウェイを乗継げば御在所岳(1,212m)の山頂近くまで登ることができます。御在所岳は高さの割に見どころが多い山のようで,いつか天気のよい日に登ってみたいと思います。僕は国鉄~JR線の全線完乗のタイトルは維持していますが,最近は乗り鉄も市民権を得て,このタイトルホルダーは無数にいると思われます。次は私鉄や公営交通,3セクも含めた全鉄道路線完乗,その先にはロープウェイやリフトなどの鋼索線も含めた全線完乗があり,慌てず焦らずライフワークとして少しずつ乗ってみたいと思っています。その意味では,せっかくここまで来たのに御在所岳に登らずに帰るのはちょっと惜しくも思います。

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湯の山温泉駅のスタンプ

 列車は5分の折返しで,スタンプだけ押して,元来た線路を四日市に戻ります。スタンプの図柄には30000系新ビスタカーが描かれ,湯の山温泉が観光で賑わっていた昔を思い出させます。今日はコロナ禍で外出も制限され,雨の月曜日とあって,車内はガラガラ,僕の乗っている車両には他にお客さんがいません。

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雨に煙る湯の山線の車窓と周囲に誰もいない車内

 往きと同じに25分かかって四日市着,ここからはすぐの接続で三岐鉄道の接続する近鉄富田(以下,単に富田)を目指します。この間は1駅5分です。乗った電車は9000系,調べると1983年製だそうで,途中で更新はしているでしょうが,陳腐化しない意匠,かつきれいに使っている印象です。

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近鉄四日市~近鉄富田,1駅のちょい乗りの急行列車

 富田での接続は9分ですが,この間に1日乗車券を買ったり,トイレに行ったりで慌ただしく過ごします。三岐鉄道では地域共通クーポンが使えるというので1,000円分を消化するつもりでしたが,グッズのみが対象で,きっぷには使えない由です。

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三岐鉄道の1日乗車券。三岐線,北勢線共通で1,200円

 三岐線のホームに行けば電車は三岐鉄道オリジナル塗色の851系です。以前,近江鉄道訪問の記事にも書きましたが,僕の母は西武池袋線沿線の生まれで,子供の頃はよく西武101系にも乗りました。鼻筋の通ったパンダ顔は三岐としては比較的新しいぞなどと思い,1両目に乗り込みます。この稿を書くにあたって調べると,この851Fの西藤原方クハは脱線事故で解体され,部品取り用の予備車を復籍したため編成中の他車とは違う新101系顔のクハ1881で組成されているそうです。

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三岐鉄道三岐線の電車,クハ1881ほか3連

 富田を出て5駅目の保々では車両交換となり,またまた元西武の,三岐101系の2両編成に乗換えです。この電車は西武所沢車両工場・昭和39年製で製作後56年を経たオールドタイマーです。西武401系は使い勝手がよいのか近江鉄道でも主力となっています。この電車のような旧式な抵抗制御が地方の私鉄にとっては保守性がよく,近年のパワーエレクトロニクスの結晶のような制御装置は持てあましてしまうのかなどと思います。

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三里では貨物列車と交換

 徒歩きの記事でも書きましたが,三岐鉄道は藤原岳から産出する石灰石を使ったセメントやフライアッシュ輸送が盛んで,多くの貨物列車が走っています。この列車も三里でセメント列車と交換です。雨は本降りになり,写真になりませんが雰囲気のみです。今日の天気は残念ですが,三岐鉄道の雰囲気は気に入り,ぜひまた天気のよいときに貨物列車狙いで訪れたいと思います。

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東藤原駅の様子。帰りの列車で撮影

 15:25,列車は東藤原に着きます。ここは太平洋セメントの工場がある駅で,鉱山,工場と駅が一体化し,沿線随一の駅のようです。重連の機関車が休み,奥にはセメントプラント,手前の事務所はヨーロッパ風の赤レンガ積で風情ある景色です。東藤原を出ると消化試合モードになり,車内はガラガラです。

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西藤原の駅舎と入場券

 富田から49分,15:31に列車は終点西藤原に着きます。ここでの折返し時間は7分,スタンプを押したり,きっぷを買ったり,駅舎内外を見渡したりして過ごします。観察の深さにもよりますが,僕の場合は5分あれば,一通りのことはできると思っていまるので,7分あれば上等です。入場券を買って,入鋏を所望すれば,昔ながらの本物の改札鋏で,久々に目にする気がします。余程,使うことが少ないのか,突拍子もない所に鋏が入り,これもご愛敬?です。

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西藤原駅舎内の郵便局

 西藤原の駅舎は蒸気機関車のような意匠で,片方にはC11 1とナンバープレートまで付いています。また,駅舎内には西藤原簡易郵便局も同居しています。今回の旅行には郵便貯金の通帳を持ってきておらず,旅行貯金ができないのが残念です。

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西藤原駅構内のミニ博物館

 改札を通ってホームに戻ると,電車の反対側ホームには蒸気機関車 102号,凸型電機のED22 2,入換用のモーターカーが展示されています。あとで調べると駅前広場側からなら足回りも含めて写真が撮れそうなので,この次に来た時のお楽しみにとっておきます。15:38,時間になれば近鉄富田ゆきの上り列車は発車しますが,この列車もガラガラ,2両編成の電車に他のお客さんは全くいません。

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帰りの列車の車内。電車は昭和39年西武所沢車両工場製

 今日の予定は西藤原から伊勢治田(いせはった)まで戻って,ちょっと強引ですが北勢線の阿下喜(あげき)まで行く予定です。この間はGoogle mapによれば1.7km21分です。急いで行っても阿下喜からの列車は16:45までないので,1日乗車券の消化かたがた,伊勢治田の次の丹生川まで上ることにします。この列車の次は,西武の赤電カラーの電車のようなので,これに乗ることもできます。

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丹生川駅の貨物列車博物館--スタンプによれば世界初!!

 丹生川に着くと西藤原に続きここにも貨物列車博物館があり,いろいろなタイプの貨車の上回りが並べられています。遠くには蒸気機関車もあるようで,三岐鉄道は古い鉄道史料の保存,展示に熱心なようです。改札にまわれば,女性の駅員さんが執務し,スタンプもある由で,丹生川まで来て正解です。

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三岐鉄道線のスタンプ。丹生川と阿下喜

 丹生川には8分の滞在,15:59の下り列車に乗ります。この列車は思ったとおり西武の赤電カラーの1852の編成でやってきました。駅の入口は広々していてすっきりした構図ですが,お天気が悪くブレ気味の写真しか撮れませんでした。今日のトビラに載せましたが,再訪を期しての1枚です。

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三岐鉄道1852F @伊勢治田

 16:02,電車に乗れば3分で阿下喜に一番近いと思われる伊勢治田に着きます。再度,ホームで赤電の写真を撮ったり,駅舎を観察したりしながら,ゆっくり出場します。ここから阿下喜は1.7㎞,列車まで40分以上あるので十分間に合うでしょう。雨がひどければタクシーも考えていましたが,そこまですることもなさそうです。駅待合室にはいなべ市のコミュニティバスのチラシがあるので手に取ると,ガーン,16:05に駅前から阿下喜ゆきの便があったようです。列車のダイヤに合わせた設定なのでしょう,知っていればこのバスに乗れました。

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伊勢治田駅

 もともと歩くつもりだったので予定どおりですが,せっかくのバスを取り逃がし,少々,意気消沈です。強くはありませんが,雨は相変わらずです。下校の小学生の後を阿下喜駅に向け歩きます。河岸段丘上の伊勢治田駅から員弁川沿いの阿下喜駅へは下りのだらだら坂なので,歩き易いコースではあります。

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藤原岳とセメント工場が雨に霞む

 雨に霞むセメント工場などを見ながら歩けば,1.7kmはすぐです。員弁川を大きな橋で渡れば阿下喜の町内,改築整備されたばかりのような駅舎が迎えてくれます。

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阿下喜駅

 次の西桑名ゆきは16:45ですが,16:30前には駅に着き,ゆっくりすることができます。16:32,下り列車が着いて通学の高校生らを吐き出し,一段落したら入場します。ここにも226の車号を掲げた保存車が置いてあり,本当に三岐鉄道は史料の保存に熱心なことです。

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阿下喜駅風景。西桑名ゆきの電車と側線に並ぶ保存車226号

 時間になれば列車は西桑名に向けて発車します。四日市あすなろう鉄道に触発されたのか,ここの電車も最近更新されたようで,とてもきれいです。こんな形で近所の私鉄同士が競争,切磋琢磨すれば,利用者へのサービスも向上し,好循環が生まれると思います。

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今日の〆の北勢線電車 @阿下喜

 短い秋の陽は暮れ,景色が見えなくなってきます。今日は朝から乗り鉄に徒歩き,午後は短い区間の乗車を繰返し,いささかお疲れモードです。ぼんやり景色を眺めたり,車内を眺めたりで過ごします。夕方の上り列車ですが,こちらの方が沿線人口は多いと見え,お客さんは徐々に増えてきます。ここも小1時間,56分の乗車で終点の西桑名に着きます。桑名での乗継ぎはよく,4分の接続で関西本線の名古屋ゆきがあります。三重県の私鉄巡りを終えゆっくりしたいところですが,駅周囲の観察もほどほどに,お客さんの波にのってJRのホームへと急ぎます。

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関西本線は赤のクロスシートの211系 @名古屋

 ここからは横浜まで帰宅の旅ですが,桑名からの電車に乗ってびっくりです。東京周辺では見かけなくなった,211系オリジナルのクロスシートの電車です。JR東海にこんな電車がいたのかと調べると,JR発足の半年前の1986年10月にクモハ211-1,2を含む2本だけが製作され,名古屋地区に配置されていたことが分かりました。これは珍しいものにあたったと嬉しくなります。31分の乗車で列車は名古屋に着きます。

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帰りの列車4本 「ひかり518号」@名古屋,東海道線1462M @静岡,同3750M @大船,根岸線2270C @大船

 明日は11月3日文化の日ですが,僕の勤める会社はオリンピック対策で夏休みを長くとったので,振替出勤日です。今は青春18きっぷのシーズンではないので,帰路の一部は新幹線を利用して多少早めに帰ることにします。名古屋18:43の「ひかり518号」に乗れば,静岡までは2駅54分です。発車までの時間を利用して,名物のきしめんで軽い夕食,売店でビール,肴,夜食のマグロ丼と家への土産を買い込みます。新横浜までこの列車で帰れば速いのですが,東海道徒歩きの往復は大船回りと決めている?ので,静岡からは在来線で上ります。今日の1462Mは313系でトイレがあるので,ロングシートではありますが安心してビールが飲めます。熱海からは今日最後の快速アクティでちょっと得した気分になります。大船で乗換え,15分の乗車で自宅最寄りの磯子駅に無事,帰着です。

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今日の行程表

 元々は徒歩きのはずでしたが,雨のため急遽しつらえた三重県の私鉄巡りでしたが,なかなか楽しい乗り鉄の1日を過ごすことができました。四日市あすなろう鉄道,三岐鉄道北勢線はどちらもナローゲージの鉄道ですが,地域密着でお客さんも多く,元気な様子でした。

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今日のGPS log。茶色の部分が鉄道利用

 また,三岐鉄道は昔懐かしい西武の電車が活躍し,ホッパ車をたくさん繋いだ貨物列車が健在です。東武を始め私鉄の貨物列車も少なくなってきたので,藤原岳をバックにした貨物列車の写真を撮りにまた訪れてみたいと思います。(2020.12.12記)
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東海道徒歩き(かちあるき)(10)-3 石薬師宿~関宿

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その2 桑名宿~石薬師宿へ

 2020年の東海道徒歩き,今日はその3として石薬師宿から関宿までをお届けします。実際に歩いたのは,庄野宿までが11月1日(月),その先は11月2日(火)です。11月2日は月曜日ですが最初に概略の行程を検討したとき,この先の坂下~関のコミュニティバスが平日しか走らないため,文化の日の谷間は会社はお休みをいただくことにしました。

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石薬師の一里塚跡 2020.11.1(特記あるまで同じ)

 石薬師宿の中心,石薬師寺までは前回書いたので今回はその先です。今日はがんばって庄野宿まで行くことにはしましたが,ここの間隔は短く3.3kmしかありません。緩い下り坂を歩いて行くと,石薬師宿を出はずれるあたりに石薬師の一里塚跡はあります。ここは久々に大きな榎が立っていて,案内板なども整備され一里塚らしい風情です。と思ったら,一里塚の榎は伊勢湾台風で折れてしまい,この榎はその後に植えられたものだそうです。古い写真を見ると榎の木は若々しく,この木は成育が速いことが分かります。

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一里塚跡の裏手を関西線が行く

 一里塚跡のすぐ裏手には関西本線が走りますが,日中は1時間に1本の運転です。数少ない列車がちょうど来るので写真を撮りますが,準備不足でうまく撮れませんでした。一里塚跡を過ぎると追分らしい諸看板が立ち並んでいます。

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石薬師宿の出口のあたり?

 その先は田んぼの中を歩いて行きます。陽も傾いてきたし,飽きもくるので,さっさと歩きます。秋の陽は短く,途中で写真も撮りますが出来はいまいちです。

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秋の田の向こうを関西本線の列車が走る @川曲~加佐登

 この先暫くの間は国道1号線と25号線の重複国道上を,左手に鈴鹿川の広い河川敷を見ながら歩きます。関西本線の駅でいえば加佐登駅の近くですが,国道からは入りづらい位置にあるのでここはパスして庄野宿へ急ぎます。

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庄野宿の入口のあたり?

 16:20,庄野宿の入口あたりに到着です。途中で写真も撮りましたが,2つ上の写真のところから40分もかかっていません。庄野宿は東海道53次のうち一番遅い1624年の制定で,宿場の規模も本陣,脇本陣各1,旅籠15軒と小さかったそうです。

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庄野宿資料館(旧小林家住宅)

 規模は小さいですが古い町並みが残る中を進んでゆくと庄野宿資料館(旧小林家住宅)があります。月曜の夕方で閉館していますが,ガイドブックによれば見ごたえありだそうです。更に進むと,集会所がありここが本陣跡です。隣には三重県名物?の津市元標9里19町の標柱も建っています。

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庄野宿本陣跡

 僕が東海道徒歩きで使っているガイドはなぜか各宿場の西側追分を境にしているので,それに従い庄野宿の西のはずれまで歩きます。ここに着いて16:37,今日も概ね予定の時間で徒歩き完了です。ここは駐在所の前ですが,徒歩きお疲れさまと言わんばかりに大きなファミマがあるので思わず入ります。コーヒーと糖分補充の羊羹を買い,お手洗いを借りてゆっくりします。

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庄野のファミマと庄野橋のバス停(亀山から平田町方面)

 庄野は鈴鹿川を渡れば近鉄鈴鹿線の平田町駅が近く,路線バスも1日に何便か出ています。近鉄四日市駅から東海道沿いに走る三重交通53系統が主体ですが,2時間に1本程度,亀山からの30系統もあり,今なら17:12の亀山発便がちょうどです。バスを待つうち,西の空が赤く染まり,鈴鹿の山並みに陽がおちてゆきます。明日も今日のような天気だとよいのですが,下り坂で午後の雨は避けられそうにありません。

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鈴鹿の山に陽はおちて

 ほぼ時刻表どおり,新しそうな日野ポンチョがやってきて,乗れば10分ちょっとで平田町駅に着きます。途中,鈴鹿川を長い橋で渡りますが,橋の手前も対岸も町(集落)の名前は庄野です。

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平田町駅と亀山~平田町間の三重交通バス(後ろ姿ですみません)

 平田町からは昨日と同じ近鉄鈴鹿線で伊勢若松乗換え,四日市に戻ります。昨日はスポーツクラブに寄りましたが,今日は四日市の1駅先の川原町近くのスーパー銭湯に寄ります。畳敷きの休憩室の隅でたっぷりストレッチをして,温泉に浸って,1日の疲れを洗い流します。今夜も泊りは朝食サービスの東横イン,駅からも近く清潔で便利な宿です。

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四日市三滝温泉・満殿の湯

 夜は街に出て,地場の食材が食べれられ,安くて,更に密も避けるという厳しい条件でお店を探します。小1時間も歩き回って行きついたのが「伊勢志摩食堂」,条件のうち「安くて」は満たしているか微妙でしたが,美味しく気持ちよく食事ができて大満足でした。そういえば前夜もホテルの近くの町の中華屋で,なぜか徒歩きの後は慣例になっている「おこげ」を美味しくいただきました。

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四日市のお食事どころ(伊勢志摩食堂,台湾料理味味)

 翌11月2日(月)もホテルで朝食後,7:19の列車で出発です。詳しくは次回に書きますが,途中,西日野に寄ってから,昨日も歩いた内部(うつべ)へ列車で向かいます。内部駅前からは平田町駅ゆきのバスで,昨日,バスに乗った庄野橋を目指します。平日なので通学の高校生を拾ったり,降ろしたりしながら約26分の乗車です。乗車中は何とかもっていましたが,バスを降りたとたんに雨が降り出します。

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内部からバスで庄野へ。三重交通53系統 2020.11.2(以下,同じ)

 ところで僕の東海道徒歩きですが,殆ど雨に降られたことがありません。静岡以東の日帰りエリアでは雨の日は出掛けないので当然ですが,それより西では少なくともホテルの予約が必要です。去年は3日のうち初日がNG,残りの2日はまずまずの天気でした。10日前天気予報のレンジに入ると頻繁に予報チェックをしますが,今年は初めから11月2日は雨の予報でした。一般に11月3日は雨が降らないと言われているので,その前日も似たような天候と期待していたのですが,見事に外れました。

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南の空には少し日も射したが。バス車内から鈴鹿市方面を望む

 傘をさしながらの徒歩きは面倒なので,とりあえずは上着のフードをかぶって出発です。昨日のファミマに寄って飲み物を仕入れ準備を整えます。庄野宿の次は8.5kmで亀山宿です。県道637号線との立体交差の近くは地下道も整備され歩行者には安全,歩き易くなっています。

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庄野の立体交差付近の案内図

 立体交差から約1kmで中富田の一里塚跡に着きます。この一里塚は川俣神社と隣接した立地が幸いしたのか,よく保存されているようですが,塚本体がどれか定かでありません。雨も強くなってきたので,数カットの写真を撮って先を急ぎます。また,ここからは傘をさしての徒歩きになります。

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中富田の一里塚跡。神社の鳥居の手前と奥に案内板と標柱が建つ

 一里塚跡を過ぎると比較的新しい橋で鈴鹿川の支流の安楽川を渡ります。井田川小学校の先には和泉公民館があります。木造板張りの外壁に茶色の瓦ぶきの屋根,額に時計を配した建物に,郵便ポストやバス停なども配され好もしい佇まいです。ガイドブックを頼りに神社仏閣を巡るより,こんな建物めぐりの方が好きだったりします。

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和泉公民館

 その先で東海道は少し太い県道641号線になり,踏切を渡ると井田川の駅前に至ります。ここで平田町に行くバスと行き合いますが,今日は少し大きくなってエルガミオです。

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東海道(県道641号線)を行く30系統・亀山~平田町線のバス

 井田川駅は殆ど東海道に面した所にあり,駅前には東海道イラスト案内図(今日のとびらの写真)などの案内も複数建っています。

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井田川駅

 井田川小学校は以前は駅前にあったようで,駅前の片隅には「旧井田川小学校跡」の標柱と二宮尊徳公の石像が残されています。母によれば,勤勉の象徴のような二宮尊徳像は昔の小学校(国民学校?)にはどこでもあったそうですが,こんな活用は珍しいと思います。井田川は鈴鹿市と亀山市の境にあり井田川小学校は鈴鹿市立と亀山市立の2校があるようです。

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井田川駅前,旧井田川小学校跡

 こんな具合なので「亀山市」の標識の写真を撮る間もなく,亀山市に入ります。和田の集落では何やら鉄の枠で保護された石造りの道標があります。横に建つ案内板によれば1690年に建てられた三重県内で最も旧い東海道の在銘道標だそうです。

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和田の道標

 鈴鹿川の河岸段丘のような住宅地を登っていくと,和田の一里塚跡に至ります。ここはいかにも一里塚という感じですが,写真を撮ろうとすると電柱が邪魔です。

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和田の一里塚跡

 雨はふつうに降ったり,弱くなったりを繰返しますが,傘が要らないまでにはなりません。さっさとやめて乗り鉄に移りたい気もしますが,全体の行程を考えると,今日はなんとか関宿まで行きたいので我慢の徒歩きです。亀山の市内に入り商業地になると,亀山本町郵便局があるので写真を撮ります。

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東海道亀山宿の碑

 ガイドブックによれば亀山宿は石川氏6万石の亀山城の城下町と一体として見られるようです。こちらは雨も降っているし,城下の街道筋で右に左に曲がっていて,東海道のルートをトレースするのにも苦労します。そんな訳で,亀山宿は本陣跡は見逃してしまいました。亀山の次は5.1kmで関宿です


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野村一里塚跡

 亀山宿の中心を出ると,寺が増え,寺町の風情になります。そのなかに野村の一里塚跡があります。ここでも写真を撮ろうとすると電柱が邪魔になります。一里塚を越えても寺町を進む風情ですが,こんもりとした林があり,その中に神辺簡易郵便局があります。郵便局はたくさん見ていますが,この郵便局は惚れ惚れするような日本家屋です。貯金をしたいところですが,あいにく今日は通帳を持っていません。

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神辺簡易郵便局,併せて今日見かけた2局亀山井田川郵便局,亀山本町郵便局も付けておきます

 東海道はその先で細い陸橋で関西本線を越え,鈴鹿川の右岸に出ます。ところで今日の行程ですが,朝から雨なら予定変更で三重県の私鉄巡りの乗り鉄旅行,一日雨なしなら頑張って坂下宿まで歩く,途中から雨なら徒歩きは関までとして午後は乗り鉄を楽しむと3通りを用意しました。午後から乗り鉄の場合は12:59関発の列車でスタートの行程を計画しました。雨で寄り道が少なかったこともあり,がんばれば関をもう1本早い列車に乗れそうです。列車は1時間ヘッドと分かっているので,11:59頃のはずです。

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雨に煙る鈴鹿川沿いの東海道。往く手には鈴鹿の山々が霞む

 ここの畷道はガイドブックによればぜひ歩きたい魅力的なコースだそうですが,列車の時間も気になるので歩速も速まります。畷道が終わり,一旦,国道1号線に合流すると関宿・重要伝統的建造物群保存地区の看板が建っています。前にも書いたように僕の徒歩きのガイドは京側追分を境にしていますが,今日は雨なのと11:59の列車に乗りたいので,少しの行程を端折ることにします。

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関宿の入口の看板。雨のなか何とか関に到着

 関の宿場町を進むと関の一里塚跡があります。ここは関宿の東の追分,伊勢参宮道を分ける分岐点でもあります。関宿は宿場町の保存状態がよく,町全体が観光地になっているようです。

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関の一里塚跡(京都方面から江戸に向かう東海道と伊勢参宮道の分岐点)

 次回はここからスタートすればゆっくり宿場町観光もできるので,今回,2020年の徒歩きはここまでとします。時間は11:39,列車まで20分あるので,ここから駅へショートカットすれば間に合いそうです。

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関駅入口には国道1号線423.6㎞のキロポストが

 11:52頃,関駅に着きます。ブルーのJR西日本の駅名板がようやくJR西日本のエリアまで辿り着いたかとちょっと嬉しくなります。

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関駅。JR西日本のブルーがちょっと嬉しい

 駅でたくさんあるスタンプを押したり,次回に備え宿場のガイドを収集したりすれば,列車がやってきます。今日の関着もほぼぴったり,昨日の庄野橋も20分くらいの余裕,1日目の桑名,益生駅もほぼぴったりと,今回の徒歩きのタイムキーピングは上出来でした。

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今日(11月2日)の行程。マーカーは不定期です。悪しからず

 JR西日本の営業エリアに入り,東海道も残り72.2㎞+αになりました。次回は関宿観光,鈴鹿越えと時間がかかりそうなので,あと1旅行でやっつけるか,ゆっくり2旅行で楽しむか悩ましいところです。この日はこの後,四日市へ戻り近鉄湯の山線など三重県内の私鉄路線の乗りつぶしを楽しみ,夜の新幹線で帰浜します。(2020.11.27記)

おまけ 三重県の私鉄巡りへ

>>>東海道徒歩き(かちあるき)(1)日本橋~川崎宿
>>>東海道徒歩き(かちあるき)(2)川崎宿~藤沢宿
>>>東海道徒歩き(かちあるき)(3)藤沢宿~小田原宿
>>>東海道徒歩き(かちあるき)(4)小田原宿~三島宿
>>>東海道徒歩き(かちあるき)(5)三島宿~江尻宿
>>>東海道徒歩き(かちあるき)(6)江尻宿~日坂宿
>>>東海道徒歩き(かちあるき)(7)日坂宿~見附宿
>>>東海道徒歩き(かちあるき)(8)見附宿~吉田宿
>>>東海道徒歩き(かちあるき)(9)-1 吉田宿~赤坂宿
>>>東海道徒歩き(かちあるき)(9)-2 赤坂宿~池鯉鮒宿
>>>東海道徒歩き(かちあるき)(9)-3 池鯉鮒宿~宮宿
>>>東海道徒歩き(かちあるき)(10)-1 宮宿~桑名宿
>>>東海道徒歩き(かちあるき)(10)-2 桑名宿~石薬師宿

東海道徒歩き(かちあるき)(10)-2 桑名宿~石薬師宿

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その1 宮宿~桑名宿へ

 新年明けましておめでとうございます。本年ものりもの大好きのブログをよろしくお願いいたします。新年特大号という訳ではありませんが,写真も50枚以上載せて,2020年11月の東海道徒歩きその2をお届けします。徒歩きは1日に動ける距離は少ないですが,究極の旅行です。ところどころで道草を食って鉄ちゃんもしますので,お付き合いください。
 今日は11月1日(日)に歩いた桑名宿~庄野宿のうち石薬師宿までをお届けします。東海道のルートは現在のJR東海道線のルートと異なり,国道1号線に沿うルートで,鉄道でいえば関西本線沿いに関まで進み鈴鹿峠を越えて草津に至ります。今日は三重県内桑名宿を出て,四日市宿を経て,あとは成行きで石薬師宿か庄野宿までの心づもりです。

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朝は近鉄電車で益生へ戻る @益生 2020.11.1(以下同じ)

 今朝は多少ゆっくりで,ホテルのサービスの朝食を食べた後,7:44の準急列車で益生(ますお)へ上ります。昨夕歩いた道を戻り,かつての桑名宿の南のはずれと思われる福江町に出て,8:00過ぎに徒歩きをスタートします。ここの東海道は住宅街のやや太い道で,車も少なく歩き易いです。また,今回歩いたうちの桑名~関は大体の区間がこのような道で,国道1号線そのものを歩く区間は少なかったです。名古屋以東では旧国道1号線格下げの県道といえども交通量が多い道路が多かったですが,上にも書いたとおり,今は関ケ原越えがメインルートになっているので,鈴鹿越えルートは全般に交通量が少なく長閑です。

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桑名市内の東海道

 上の写真は益生駅からいくらも離れていない所で撮ったものですが,概ねまっすぐに続く道が,慣れてくると旧街道であることを感じさせます。また住宅街のなかにいきなり常夜灯があったりするのも旧街道の証です。今日も天気は快晴,秋の風が爽やかな朝の徒歩きです。

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桑名市内に残る常夜灯

 員弁(いなべ)川を渡ると,行政上は朝日町になります。朝日町は桑名と四日市に挟まれた人口11,000人の小さな町です。近鉄伊勢朝日の駅前に大きな東芝の工場があり,小規模ですが企業城下町のようで,その税収で潤っているから独立を維持しているのでしょうか。

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員弁川に架かる橋から対岸を望む。大きな変電所が眼を惹く

 伊勢朝日の駅前に至ると駅前広場には新しい東海道のモニュメントが建ち,休憩所の整備が進められています。また,近鉄名古屋線はこのあたりで海岸を目指すように曲がっているため,東海道と踏切で交差します。

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伊勢朝日駅前は公園整備の工事中。後ろは東芝三重事業所

 朝からの道草はよくないですが,今日も鉄ちゃん日和なのでここで数枚の写真を撮ります。

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近鉄アーバンライナー @伊勢朝日

 朝日町は東芝だけでは食っていけないと考えたのか,東海道に関する施設整備が盛んで,踏切の反対側でも広場の整備が進んでいます。

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線路の山側の休憩広場

 前回の豊橋~宮の徒歩きから一里塚を確認するよう心がけており,員弁川~伊勢朝日駅の間に縄生(なお)の一里塚跡があるはずですが,見逃してしまいました。代わりにはなりませんが,郵便局巡りのほうは珍発見です。東海道に面して建つこのお宅,真ん前にポストがあり,2階の雨戸は頑丈そうな金属製,もしかして郵便局の遺構?と思うような風情です。違っていたらごめんなさい。

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柿の町内に建つポスト

 東海道の少し右手にはJR関西本線の朝日駅があります。スタンプとお手洗い期待で行ってみますが,築堤上に設けられた棒駅で,スタンプどころか駅舎もありません。新設駅のように見受けられますが,調べると開業は国鉄時代の1983年でした。時刻表を見ると列車は10分くらい来ないようなので先を急ぐことにします。駅前広場に出たところでいきなり「ワイドビュー南紀」が走り去ってゆき,通過列車も含めて時刻を確認しなかったのは失敗でした。

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JR朝日駅

 駅では写真を撮りませんでしたが,時刻を調べたついでに線路の見通しがよいところで関西本線の列車の写真を撮ります。ものの1,2分で上り,下りが1本ずつ来るので効率よいです。

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JR関西本線の列車 @朝日~富田

 上の写真は朝明川の堤から撮ったものですが,堤に沿ってここにも大きな常夜灯があります。

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朝明川の堤の常夜灯

 朝明川を渡ると松寺ですが,ここから行政としては四日市市です。四日市は伊勢湾沿いの石油化学工業で栄える街ですが,東海道の観光にも力を入れているようです。市域に入ると「ここから四日市/ここは四日市 東海道 北の玄関 松寺」の看板とちょっとした休憩所があります。また,道路脇には現在地からの距離感の分かる案内板もあり,このタイプは四日市の市域から出るまでずっと整備されていました。

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四日市市内に整備された案内板

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松寺の立場跡

 しばらく進むと東海道は富田(とみだ)に至ります。富田は近鉄,JRそれぞれの駅があるほか三岐鉄道も通じ,客扱いはありませんがJRの富田駅に通じる連絡線もあります。高架や踏切が複雑に絡むなかに日本橋から98番目,富田の一里塚跡があります。

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富田の一里塚跡(三重県史跡)

 一里塚跡を過ぎると東海道はJRと近鉄の間を進みますが,ちょっとだけJRの富田駅に顔を出します。ここは三岐鉄道の貨物輸送の連絡駅なので,電気機関車重連+炭酸カルシウム・フライアッシュ専用貨車の貨物列車が発車を待っています。また,反対側の側線ではDF200も一休みしています。これらを見ただけでも,寄り道した甲斐があります。

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JR富田駅で。駅舎と三岐鉄道の貨物列車

 富田は五十三次の宿場ではなく間の宿(かんのしゅく)ですが,観光には熱心で富田ふれあいマップが路上のポストにも置かれています。前に三重県は道標に熱心と書きましたが,富田の町内には「津市元標へ拾里」という道標もあります。

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「津市元標へ拾里」の道標

 暫く歩くと富田小学校に至りますが,学校の脇には「東海道総合案内」と題し,日本橋から京都までの五十三次も書かれた四日市市内の東海道の案内板があります。小学校も明治の開校と思われる由緒ありげな風情です。

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四日市市の東海道総合案内。同じものを日永でも見た

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富田小学校の正面風景

 ふれあいマップを見ながら進めば,常夜灯に3つの戦争(日清,日露,大東亜)の慰霊碑と見どころも多いです。

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富田町内の常夜灯と薬師寺の戦争慰霊碑

 東海道は富田の町内でも何回か曲がりますが,そのうちの一つの角には力石などもあります。茂福神社を過ぎれば富田の町も終わりです。

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力石と茂福神社(入口)

 富田の次は羽津という町になり,ここには立看板のふれあいマップが整備されています。

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羽津の地蔵堂とふれあいマップ

 羽津の町内では東海道は国道1号線となり約1kmの間,国道上を歩きます。町の西端,海蔵川の堤には日本橋から99里の三ツ谷の一里塚跡があります。ここは一里塚の木こそありませんが,一里塚跡として整備されています。

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三ツ谷の一里塚跡

 海蔵川を渡ると東海道は国道の1本海側の道となり,また歩き易い道路になります。500mも歩くと三滝川の橋になり,これを渡ると四日市の旧市街です。

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三滝川に架かる橋から河口側を望めばコンビナートや発電所の煙突がたち並ぶ

 その先には「東海道四日市宿資料館」がありますが,今日はお休みのようです。この辺りが四日市宿の中心だったそうで,ガイドブックなどで有名な四日市の道標が建ちます。
 
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東海道四日市宿資料館

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四日市の道標「すぐ江戸道」「すぐ京いせ道」(同じものを別の向きで撮影)

 更に歩を進めると諏訪神社の近くに至り,ここからは「表参道スワマエ」というアーケード街になります。街によっては東海道が目抜き通りのところはありましたが,アーケード商店街は初めてのような気もします。日曜日の昼前だからか,よくいうシャッター商店街か分かりづらいですが,残念ながらシャッターが閉まったお店が多いです。

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諏訪神社と表参道スワマエ

 スワマエのアーケードを抜けると駅前大通りになり,これを渡って更に南進します。時刻は昼前ですが,あまりお腹も空かないのでもう暫く徒歩きを続けます。

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四日市の駅前大通り

 桑名~四日市間が12.6km,次の四日市~石薬師間が12.2kmなので,概ね中間点です。四日市の中心部を過ぎると,市内の案内板も区間が変わり,四日市~采女までの表示なります。

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四日市市内の東海道案内板その2。四日市~采女

 四日市から先は関西本線はやや南寄りのルートで,代わりに四日市あすなろう鉄道(以下,あすなろ鉄道)内部(うつべ)線とほぼ並行して歩きます。史実を確認した訳ではありませんが,明治時代の鉄道開通のとき煙をモクモク吐いて走る陸蒸気を敵視して街道筋から排除したが,後になってやっぱり鉄道は必要と軽便規格の私鉄を敷いたのだろうと想像されます。のりもの趣味的にはナローゲージの鉄道路線は日本に幾つもなく,興味は尽きません。今日は徒歩きをしなければならないので,乗り鉄のほうは明日にとっておきます。

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あすなろ鉄道の列車 @赤堀

 あすなろ鉄道内部線は5.7kmの間に駅が6つもあり,駅間の平均は1kmに足りません。街道筋の家が建込んだなかを走るので,写真が撮れるところも少ないです。何とか頑張って踏切から撮った写真が上です。四日市から2つ目の日永は八王子線を分ける分岐駅ですが,この近くに東海道の一里塚跡があります。ここも塚はありませんが,日本橋からちょうど100里で県史跡として標柱と解説板がたっています。

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日永一里塚跡。小さい「東海道」の札は四日市市内のそこここにある

 時刻は12:30,よいペースで行程を消化しているので,この辺で食事にします。国道に出れば郊外型のファミリーレストランがありそうですが,ここまで来て東京と同じブランドのものを食べるのも如何なものです。国道より手前に大きなショッピングセンター・日永カヨーがあるので,ここで適当に見繕います。食事をして,飲み物やおやつなどを仕入れ,小1時間の滞在で,徒歩き再スタートです。

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旧街道上に建つ日永郷土資料館(閉館した由)

 暫く行くと日永の追分で,大きな鳥居が建ち伊勢参宮道を左に分けます。この近くの100m位だけ東海道は国道1号線と重なります。キロポストを見れば399.4㎞,日本橋からほぼ400kmです。

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日永の追分交差点

 追分の交差点右側には四日市追分郵便局があります。ついでにこの日に見かけた郵便局4局をまとめて載せておきます。

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左上から左下,右上方向に四日市浜田郵便局,四日市赤堀郵便局,四日市追分郵便局,四日市小古曽郵便局

 追分交差点から少し行くと,あすなろ鉄道の踏切があり,追分駅です。あすなろ鉄道のダイヤは平日休日共通でラッシュ時を除き30分間隔です。ちょうど列車が来るので踏切で1本を撮ります。

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あすなろ鉄道の電車と追分駅

 あすなろ鉄道内部線は追分から0.7kmで小古曽,その先も0.7kmで終点の内部です。東海道と並行しているので,内部の近くで先ほど撮った列車の折返しをもう1本撮ります。内部の駅前に郵便局がありますが,これが四日市小古曽郵便局です。

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あすなろ鉄道の電車 @内部

 内部の先,内部川を渡る橋の部分だけまた国道1号線を歩きますが,そこを過ぎれば東海道は旧道になります。旧道分岐のところに閉店したマックスバリューの店舗があり,寂しい景色を作っています。ここにも四日市市版の東海道の案内表示がたっています。よく見ると書いてある内容は四日市~采女の上の写真と同じ区間ですが,道路の右用と左用を書き分けているようで芸が細かいです。

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四日市市版の東海道案内板その3

 この先は采女の台地に上るような線形になっていて,坂道には杖衝坂という名がついています。国道は山を切り崩してなだらかな坂で登ってゆきますが,東海道は久しぶりの急坂が200mくらい続きます。

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杖衝坂

 坂を登りきると右手に鈴鹿の山並みが望める開けたところがあり,采女の一里塚跡の説明板が建っています。また,その先に暫く行った国道沿いのガソリンスタンドにも史跡 采女一里塚跡と書かれた碑が建っています。

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采女の一里塚。元々の一里塚の場所と説明板,新しい碑まとめて

 采女の一里塚の先は国道1号線上をしばらく歩き,台地のサミットに国分町という信号があって鈴鹿市との市境になっています。

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四日市,鈴鹿の市境

 この先は緩い下り坂になって歩き易く,石薬師宿が近づくと東海道はやや右にそれた旧道になります。

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石薬師宿江戸側追分?

 時刻は15:00過ぎですが,石薬師宿に着きます。石薬師は関西本線からも離れ,とても静かな宿場町です。また,国文学者で歌人の佐佐木信綱の生まれた所で,町のあちこちに歌かるたの札が掲げられています。最初の3,4枚は眼を通しますが先も急ぎたいので,途中からは食傷気味になります。

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石薬師宿小澤本陣跡

 暫く行くと石薬師宿の小澤本陣跡です。これまでにも本陣が残っている宿場はいくつかありましたが,観光地として整備され,ここのような自然な形で残っている所は少ないです。

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石薬師宿の案内板。ここも日本橋から三条大橋までの道のりが書かれている

 石薬師宿の中心部で国道を陸橋で渡ると石薬師寺があります。宿場の名前になるほどの古刹ではありますが,真言密寺なので思ったより大きくありません。

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石薬師寺

 さて,今日はここまで来て15:30です。次の庄野宿は意外と間隔が短く,3.3kmしかありません。一方,明日の天気はあいにく雨のようです。明日の行程を減らすため,今日は頑張ってもう一駅庄野まで行くことにします。2日目の行程はもう少し続きますが,記事のバランスが悪いので,その2はここまでとし,以降の行程はその3でまとめて書くことにします。(2020.11.21記)

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2日目,11月1日の行程。この日も概ね30分に1こずつマーカーを置きました

その3 石薬師宿~関宿につづく

>>>東海道徒歩き(かちあるき)(1)日本橋~川崎宿
>>>東海道徒歩き(かちあるき)(2)川崎宿~藤沢宿
>>>東海道徒歩き(かちあるき)(3)藤沢宿~小田原宿
>>>東海道徒歩き(かちあるき)(4)小田原宿~三島宿
>>>東海道徒歩き(かちあるき)(5)三島宿~江尻宿
>>>東海道徒歩き(かちあるき)(6)江尻宿~日坂宿
>>>東海道徒歩き(かちあるき)(7)日坂宿~見附宿
>>>東海道徒歩き(かちあるき)(8)見附宿~吉田宿
>>>東海道徒歩き(かちあるき)(9)-1 吉田宿~赤坂宿
>>>東海道徒歩き(かちあるき)(9)-2 赤坂宿~池鯉鮒宿
>>>東海道徒歩き(かちあるき)(9)-3 池鯉鮒宿~宮宿
>>>東海道徒歩き(かちあるき)(10)-1 宮宿~桑名宿

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