知って楽しいJRの旅客営業制度4--運賃計算の基本と割引き,加算

旅客営業制度の解説の4回目は運賃計算の基本を説明します。それだけで1回分の文量になるほど,実は奥が深いのです。
1.運賃計算の基本--賃率と運賃の計算方法(旅客営業規則(以下,「規」)77条)
JRの運賃は一般的には時刻表の営業案内のページ出ている営業キロ別運賃表として知られていますが,実際はもっと簡潔に決められているのです。細かい特則を除けば,営業キロ1kmあたりの運賃だけしか決めていなくて,これを賃率といいます。賃率は基本的には,300kmまで,600kmまで,601km以上の3つがそれぞれ16.2円,12.85円,7.05円と決まっているだけです(本州3社の幹線)。
実際には運賃の刻み幅は11km~50kmまでは5km,以降100kmまでは10km,600kmまでは20km,601km以上は40kmとか,運賃計算の基準値は13km,55km,110km,620kmを用いる,運賃の本体部分は100kmまでは10円単位に切上げ,101km以上は100円単位に四捨五入など細々と計算方法が定められています。
試みにこれらのルールを表計算ソフトに実装して表を作ると,ドンピタリ,時刻表の運賃表と同じ表が得られます。この賃率の境となる300kmと600kmですが,長い歴史で見ると時々変更されいますが,今の設定は1979年以来変わっていません。鉄道の強みが活かせる区間は高めに,航空との競争となる区間は安くという値になっています。なお,301km以上のときは,300×300kmまでの賃率と,300kmを超える部分にのみ301km~600kmの賃率をかけたものを足します。全体に安いほうの賃率をかけるのではありません。また,消費税は10円単位に四捨五入です。
また,10km以下の区間は,84条という特別な条文により,距離の刻みと運賃が個別に設定されています。

試みにExcelでつくった運賃表
制度とは少し違う話ですが,本州3社の幹線の賃率は1987年の分割民営化を前に1986年9月に改訂されて以来変わっていません。以降の運賃改訂は3度ありましたが,いずれも消費税を転嫁するための改訂です。分割民営化を前に「今のうちに」とばかり上げてしまったのか,JRになってからの経営努力の賜物か分かりませんが,30年以上も実質的な値上げをしていないことは称賛すべきと思います。
2.長距離逓減制と一筆書きの薦め
たくさん買えば安くなるボリュームディスカウントはよくあることですが,JRの運賃も賃率を距離帯ごとに設定することにより長距離を乗ればお得なようになっています。とくに,601km以上の賃率は300kmまでの半分以下なので,きっぷは距離が延びるように買うことが運賃を安くする基本で,これを長距離逓減制といいます。

実効賃率の距離別推移(消費税込みの運賃を距離で割ったもの,現行幹線運賃)
このメリットを享受するには,一筆書きの要領で経路を選ぶのがポイントです。この究極が宮脇俊三氏の「最長片道切符の旅」の乗車券です。当時に比べるとJRの路線図は寂しくなってしまいましたが,今の旅客営業区間ではどんな経路になるのでしょうか。

最長片道切符の経路(最長片道切符の旅 宮脇俊三著 新潮文庫1983年から)

ずいぶん昔ですがゴールデンウィークに一筆書き旅行した時のきっぷ
もう少し実用的なところで,東京から北陸の福井に行くことを考えます。福井は以前なら東海道新幹線米原経由が順路でしたが,今は北陸新幹線ができたので長野・金沢経由でも遜色ありません。このとき,往きを米原経由,帰りを金沢経由の1枚の乗車券にすることで随分割安になります。往きと帰りで異なる車窓も楽しめ,きっぷも「東京都区内から東京都区内ゆき」と楽しい乗車券になります。もちろん,往きと帰りの経路が逆でも問題ありません。

東京~福井間の往復と一筆書きの比較
東京から北陸方面のような純粋な一周ルートのほか,第3回で説明した「の」の字ルートを使えばより長い乗車券にすることができます。下の乗車券の距離は2600km弱あり,値段を距離で割った実効賃率は10円以下になっています。

「の」の字ルートの乗車券の例
3.線区別,会社別の賃率(規77条の2~85条)
昭和末期の国鉄の赤字ローカル線問題から線区の収支を運賃に反映すること,分割民営化により会社ごとに収益基盤が異なることにより,かつては全国一律だった賃率は今は多数の区分により設定されています。下が会社,路線の種別ごとの賃率を一覧にしたものです。また,乗車券の経路が一つの区分の中に納まっていれば簡単ですが,複数の会社や区分にまたがった場合,換算キロや擬制キロといった手法で換算するため,運賃計算は複雑このうえありません。ここでは多くの種類の賃率が設定されていることと,またがるときは換算が必要なことを述べるにとどめ,詳細は時刻表などの案内を熟読ください。
ところで,電車特定区間の賃率はJR東日本とJR西日本で同じなのに,時刻表の運賃テーブルは微妙に違う2列が載っています。JR東日本はSuicaの普及促進のために消費税の端数を切上げるのに対し,JR西日本は原則どおり四捨五入しているのが原因のようです。なお,7~10㎞の運賃帯だけJR東日本<JR西日本なのは84条で特定しているからです。
(2019.1.26 この段落修正)

会社,種別ごとの賃率の一覧
4.往復割引(規94条)
長距離逓減制のほか,JRをたくさん乗ると安くなる制度の典型が往復割引です。連載2でも少し触れましたが片道601km以上で往復割引が適用になり,往き帰り共に1割引になります。以前は往復割引は帰りのみ2割引でしたが,国鉄分割民営化の時から往復それぞれ1割引になったのです。(新)下関~博多は在来線はJR九州ですが,新幹線はJR西日本で,この区間の運賃が微妙に異なるからです。
ところで往復割引は601km以上からですが,実態としては往復するなら541km以上の運賃帯でも,往復割引が適用になる601km以上の乗車券を買った方が安くなります。以前は561km以上が対象で大阪はぎりぎりあてはまらなかったと記憶しますが,幾度かの運賃改定を経て今は大阪でも若干ですが安くなるようになりました。

5.私鉄競合区間の割引き(規79条,具体的な区間と運賃は「旅客営業取扱基準規程」113条の2)
民営化直前の幾年かに急激に国鉄~JRの運賃は高くなったため,割安な電車特定区間の運賃をもってしても,私鉄より運賃の高い区間が多数できてしまいました。これを緩和するため,東京,名古屋,大阪の特定の区間では計算どおりの運賃より割安な運賃が設定されている区間があります。これらは,まともに私鉄と競合する区間がほとんどで,ちょっとずれると正規運賃になってしまい,実際に使える場面は限られます。

私鉄との競合区間の特定運賃(一部だけを抜粋)
6.その他の割引運賃~学生割引(規28,29,92条)
JRの指定した中学校~大学(大学院も含む)の生徒・学生がJR線を100km超を使うとき,学校の代表者から証明書を交付してもらうことで2割引きになります。その他にも障がい者や社員の割引きなどもルールとしては存在すると思うのですが,JRの旅客営業規則では,学生と救護者だけは規則の本文に定められています。
7.特定区間に対する加算運賃(規85条の2)
瀬戸大橋線など建設に大きな費用を要した区間では設備のレンタル料が高額だったり,設備の償却費用も大きかったりします。このため該当の区間を通るお客さんだけにその負担を転嫁する目的で,特定区間に対する加算運賃があります。現在,JRでは4か所,新千歳空港,関西空港線,本四備讃線,宮崎空港線が設定されています。
また,私鉄でも京急の羽田空港や京王相模原線などには同様の加算運賃の設定があります。

加算運賃の適用区間に乗入れる快速エアポート @長都 2015.2.21
8.運賃帯の刻みによる不利な区間
この節と次の節は1.に書いた運賃計算の仕組みが構造的に持つ不合理な点ですが,これを解消するには運賃計算の仕組みの根本を見直す必要があります。このため不合理ではあっても,全体の整合からやむを得ないものと思っています。乗車券は601kmを超えると刻みが大きくなり,距離で40km,運賃も1運賃帯上がるごとに210円から330円ずつ上がります。例えば,東京から644.3kmの姫路に行く場合,普通に乗車券を買うと641~680kmの9,830円です。しかし,姫路の2つ手前の御着は東京からちょうど640kmなので1つ安い9,610円で済み,御着~姫路間4.3kmを乗り越し清算しても190円なので計9,800円で30円安くなります。このケースの場合は運賃の上り幅が220円でしたが,330円の場合は百数十円の違いが出る場合もあるので,運賃帯の刻みを少しだけオーバーしてしまったときは,ちょっとの確認で節約が可能です。
9.分割定期券の不思議
自分が勤める会社では,通勤交通費補助として通勤定期券代が支給される規定になっていますが,定期券を分割購入した場合に6か月定期で3,000円以上安くなる場合は,定期券の分割の仕方を指示され,その金額しか支給されません。なんと世知辛いと思いますが,最近は乗換え検索ソフトでも分割定期券を提示できる時代なので,どこの会社でもやっているのかもしれません。なんでこんなヘンなことが起こるのでしょうか。運賃の仕組みの話をしたついでに,この不思議についても説明してみます。
先ずは定期券ではなく,普通乗車券で考えます。例えば,東京から横浜を例に見てみましょう。東京~横浜の営業キロは28.8km,この区間の運賃は26~30kmの電車特定区間の470円です。ここで注目は,この距離帯の基準営業キロの28kmです。代わって,東京~蒲田と蒲田~横浜はいずれも営業キロが14.4km,11~15kmの電車特定区間の運賃は220円ですが,この距離帯の基準営業キロは13kmです。従って,蒲田で切ることにより,13km×2の26kmで運賃計算していることになり,通算の28kmより安くて当然という結果になるのです。この東京~横浜間を品川で切ると,東京~品川は賃率の安い山手線運賃,品川~横浜は私鉄競合特定割引き区間に設定されていますが,それでも15km切り×2には及びません。なお,この11~15kmの運賃帯はいろいろな端数整理が有利に働いて,実効賃率が14.7円/kmの不思議なお買い得区間になっています。

東京~横浜間の運賃
さて,この理屈を6か月通勤定期に当てはめると,蒲田で切ると31,020円×2の62,040円,通しで買うと66,700円となり,4,660円も差がついてしまうのです。このため,自分の勤め先に限らず,企業が節約を考えるのも無理はありません。
10.これからの運賃計算
自分は趣味でJRの旅客営業規則の研究をしているだけなので,多くを言える立場にありませんが,2点のみ書いておきます。今のJRの運賃は路線別運賃と分割民営化によりやたらと複雑になっています。とくに,会社によって換算キロと擬制キロとか同じことを別の言い方をしたり,似て非なるルールだったり,消費税の端数処理が不統一だったりの点は,会社間の調整をして整理が必要と思います。また,旅客営業規則の定める運賃計算の基本は消費税施行前,電卓などの事務機器も未発達の時代からのものですが,101km以上の運賃を100円単位に丸める規則は10円や1円に変えるべきです。運賃本体と消費税の2回の端数整理により実効賃率が波うってしまっているのを,きれいな直線することができ,距離帯(運賃帯)による有利不利が解消されます。(2017.6.25記)
知って楽しいJRの旅客営業制度バックナンバー
1.大都市近郊区間と140円旅行
2.きっぷの有効期間と途中下車
3.乗車券の経路と種類
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