知って楽しいJRの旅客営業制度5--区間外乗車のいろいろ・その1

旅客営業制度の解説5回目は区間外乗車のいろいろについて説明を試みます。このシリーズ第3回で説明したように,乗車券の経路は実際の乗車の経路どおりが原則ですが,利用者の便宜,JR側の発券の合理化のため,乗車券に表示の区間以外の区間に乗っても構いませんという制度が多数設定されています。ここではこれらをまとめて(広義の)区間外乗車と呼ぶことにします。
1.「旅客営業規則」と「旅客営業取扱基準規程」
ところでJRの旅客営業制度の規定には2種類があります。一つは「旅客営業規則(以下,規)」で,これは旅客と事業者の結ぶ旅客運送契約の取扱いの詳細を定めた約款にあたるもので,JR各社のホームページでも公開されています。もう一つは「旅客営業取扱基準規程(以下,基)」で,JRの担当者を対象に旅客営業規則より細かい取扱いのルールや方法を定めたものです。以前は中央書院という出版社から,「旅客営業規則」と「旅客営業取扱基準規程」の関連する項目を見開きに並べた規定集が出版されてましたが,2011年に版元が倒産してしまいました。このため基準規程のほうは全文を見ることができず,JR東日本のホームページなどでも,基準規程の名は出さずに,利用者にも開示すべきポイントのみを公開しています。

紙の規定集(平成3年 中央書院版)。辞書みたいに厚い本でした
このため僕は,規定されている規則・基準規程の別,適用の条件などから,区間外乗車にも格付けがあると思っていて,このスレッドもこの順番に記してゆきます。前置きが長くなりましたが,今回はその1として「旅客営業規則」に規定のあるものをご紹介します。
2.(旅客営業規則69条の)特定区間
最も格式が高いと思っているのは,旅客営業規則69条で規定された9つの区間で,大判時刻表でも昔から案内されていました。この9つの区間に対しては経路の指定を行わずどちらの経路でも選べ,「料金」計算も短い方の経路(下の表で○印)を使用でき,かつ途中下車もできます。

旅客営業規則69条の特定区間(JTB時刻表 2017年3月号)
以前は,東北本線と常磐線の日暮里~岩沼間も指定されていましたが,2001年の規定改訂で消滅しています。これはいくつも山を越えながら走る東北本線よりも,海沿いの平坦線をゆく常磐線の方が速かったり,常磐線がバイパスルートとしての役割を担っていた--実際,上野~青森間の寝台特急は東北本線経由の「はくつる」より常磐線経由の「ゆうづる」の方が多かった--ので,この2線は区別しない方が合理的と考えたのでした。時代は下り,東北本線には新幹線もできましたが,常磐線はまだ一部に単線区間が残るなど,バイパスとしての役割が薄れたため規定も廃止になりました。他の区間も多かれ少なかれ線区の歴史的経緯とバイパス線の位置づけに由来するものが多いです。

特急「みちのく」,常磐線経由で上野~青森を結んでいた @仙台(?) 1986.1
一番最後の,岩国~櫛ヶ浜は海岸線に沿って遠回りをする複線電化の山陽本線と山のなかを突っ切って走る単線非電化,地方交通線(距離を比較する場合は換算キロを用いる)の岩徳線です。山陽本線のほうが20km以上距離が長いですが,所要時間は短いです。列車の運転だけ見ればこの規定はなくてもよさそうですが,新幹線は岩徳線沿いのルートを通っているので,新幹線で通過する旅客に対してはこのルートで計算するほうが実態に合っています。という悩ましい規定ですが,途中下車も可ということで,沿線のかたは棚ぼたで得をしている感じです。
また,下から2番目の呉線の規定は個人的には廃止しても差支えないと思いますが,どうもJR西日本はその辺には無頓着なようです。しいて言えば,ときどき呉線を通しで走る臨時列車があるから,あるいは既得権を主張する沿線利用者との調整を避けたいのが理由ではないでしょうか。
表のうち,JR東日本の4区間は2004年に加えられた区間で,次に説明する70条の特定区間から編入されたものです。ゾーンまるごと指定していた70条から,個別の区間ごとの指定の69条に変えることで濫用を防いでいるわけです。

呉線を全通する観光列車「瀬戸内マリンビュー」 @呉 2011.5.3
3.東京大循環(規70条)
旅客営業規則で定められたものの2番目は東京大循環です。昔,山手線をきっぷの用語で東京電環と呼びましたが,山手線よりちょっと出っ張った区間があるので,東京大循環と通称されます。この範囲を通過するときは,最短経路で運賃計算し,う回経路の駅で途中下車することもできます。

東京大循環(JTB時刻表 2017年3月号)
例えば,新横浜から新幹線,品川経由,成田空港ゆきの乗車券で,渋谷や新宿を経由したり,それらの駅で途中下車することもできます。なお,新横浜~品川間をJR東海の新幹線経由とするからこの条文を利用することができますが,普通の乗車券では東京近郊区間相互発着なので経路は選べますが,途中下車はできません。
いっとき,JRの制度担当がチョンボして,京葉線の蘇我までを東京大循環の中に入れてしまいました。他の区間は品川や赤羽でループがクローズするのでそう遠くへはいけませんが,蘇我の場合は東京側が開いているので,木更津~銚子(当時は東京近郊区間の外)の乗車券で新宿や池袋にきて途中下車することもできました。なお,現行の規定でも70条2で,蘇我以南の房総各線から東京大循環を通過する場合は,行き先を中央本線,東北本線(埼京線を含む),常磐線方面に限って最短経路で運賃計算することになっています(東海道本線方面(西大井経由を含む)や上の例のような総武線方面などはNG)。

1991年当時の東京大循環(北海道旅客鉄道株式会社 旅客営業規則 旅客営業取扱基準規程/中央書院 1991年4月)
4.選択乗車(規157条)
選択乗車は経路が2つあるときに,利用者は乗車券に書かれた経路にかかわらず,いずれか一方を選択できるものです。選択乗車で乗車券面の経路と異なるほうの経路の乗車中に途中下車できるかどうかは規定の項目ごとに決められていて,できない場合は「途中下車の取扱いをしない」と明記されています。選択乗車の指定区間は2017年7月現在,全国に57か所あり,全部を紹介するのは無理ですが,典型的なものだけいくつかご紹介します。
典型的なケースその1は新幹線がらみのもので,新幹線駅が在来線駅と離れている場合です。いつかご説明しますが,新幹線は在来線と同一の扱いですが,規定ではちゃんとどちらでも選択できるように謳ってあるのです。下は20項で新横浜駅に関するものです。

ケース2も新幹線がらみのもので,孤立した新幹線駅の場合です。下の31項,32項は新幹線で新神戸に入って,神戸観光をした後,在来線の神戸駅から続きの旅行をするようなケースです。もちろん,新幹線と在来線の順序が逆でも,西進でも東進でも大丈夫なように規定はできています。また,説明はしませんが,上の新横浜のような選択も29,30項で規定されています。

ケース3は在来線でバイパスルートがあるケースで,たまたま2つ並んでいたのでまとめてご紹介します。上の33項は山陽本線と赤穂線ですが,赤穂線経由のほうが若干距離は短いものの地方交通線なので運賃的には高くなっています。下の34項はどちらも予讃本線ですが,1986年開業の内子線ルートのほうがショートカットルートで距離は短いですが,旧線経由も選択乗車ができます。この内子線ですが,線名としては廃止,予讃本線に編入してしまえばよさそうなものですが,地方交通線に指定されたがゆえに編入できないそうで,杓子定規な話です(Wikipedia:内子線の項)。


内子線ルートの特急「宇和海」 @松山(?) 2006.7.23
ケース4も在来線のバイパスルートで22項の中央線塩嶺ルートに関わるものを紹介します。飯田線方面から中央線塩尻や篠ノ井線方面に行くには辰野で乗換えて善知鳥峠を越えて塩尻に出るのが近道ですが,この区間の列車は少ないです。飯田線からの大抵の列車は岡谷まで直通するので,塩嶺トンネル経由塩尻に出るほうが便利な場合が多々あり,県都直通快速「みすず」も後者のう回ルートを通ります。この場合も岡谷経由の選択乗車ができますが,う回乗車中に途中下車することはできません。なお,以前は岡谷~塩尻間が69条特定区間でしたが,2001年の改訂で削除されました。


善知鳥峠ルートのチョン行電車「ミニエコー」 @塩尻 2008.10.19
ケース5もバイパスルート,線路付替えに関するものですが,沿線利用者の利便を考え,そのほうが便利なら逆回りも可能ですという規定です。距離では特急「かもめ」の通る現川経由のほうが近いですが,人口が多いのは旧来から線路の通っていた長与経由です。57項は浦上,長崎から東園,大草,本川内に行く場合に一旦,喜々津まで行って戻ってきてもよい,56項は西浦上から長与までの4駅に対しては諫早方面から一旦,浦上に出ての経路が選択できるというものです。

僕のよく使う根岸線でも以前は磯子~大船間の列車が少なかったので,磯子~桜木町間の各駅は藤沢,小田原方面から本郷台経由の乗車券で横浜経由が選択乗車できましが,根岸線の本数増に伴い2002年に廃止されました。また,同じ2002年の規定改訂で上のケース5にあげた56,57項が追加になりました。このシリーズの初回で紹介した「大都市近郊区間の大回り」も条文は157条2なので,条文の建付け上は選択乗車の一つとみることもできます。選択乗車は項目数も多いうえ,列車の運転の状況やJR各社のサービスの考えにより適宜見直されているため,全体をフォローするのは骨が折れます。(2017.7.23記)
知って楽しいJRの旅客営業制度バックナンバー
1.大都市近郊区間と140円旅行
2.きっぷの有効期間と途中下車
3.乗車券の経路と種類
4.運賃計算の基本と割引き,加算
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