知って楽しいJRの旅客営業制度9--急行券・特急券と周辺の規則

1980年代の窓口風景(鉄道博物館・大宮) 2019.2.2
JRの旅客営業制度の考察,9回目からは急行券とその周辺の制度について説明します。今回は少しそもそも話が多くなりますがお付合いください。今回は主に在来線の急行券・特急券,10回では新幹線の特急券,11回では急行券の割引きなどについて採りあげる予定です。
1.運賃と料金
先ず対価の言い方ですが,1~8回目で採りあげた乗車券--A地点からB地点への輸送に関わる対価--については「運賃」,今回以降扱う急行,特急やグリーン車の利用に係わる対価については「料金」といいます。この連載ではこれらの使い分けに気を遣っているつもりですが,うっかり間違った所もありそうです。世の中一般でも使い分けはされておらず,「料金」は「運賃」も包含している場合が多いです。

急行「東海2号」 @三島~函南 1996.3
2.そもそも急行列車とは
旅客営業規則(以下,規)では第3条 用語の定義のなかで急行列車といったときには特別急行列車も含むと定義していますが,肝心な急行列車の定義はありません。仕方がないので以下は僕の定義です。そもそも急行列車とは速度が速いとか,駅を通過するなどダイヤの設定上,普通列車よりも目的地への到達時間が短く,かつそれを追加のサービスとして料金を収受する列車といえます。ずっと昔,国鉄の急行型電車が逼迫していた頃,新宿~甲府間急行の「かいじ」はスカ色の115系で運転されていました。年を経て国鉄の車両がある程度充足されると,デッキ付2つ扉,扉間はボックスシートが並ぶのが電車でも気動車でも急行型車両の標準設備になりましたが,昭和50年代頃までは非冷房の車両がふつうにありました。これが「急行列車」の標準的イメージです。これに対し「特別急行列車」は,到達時間が普通の急行列車よりも更に短いだけでなく,空調完備,座席は2人掛けのロマンスシートが標準で,設備についても追加サービスとして料金を収受する列車です。その証拠に,特急用の車両で運転する列車で冷房装置が故障し,他の車両が満席等の理由でやむなくその車両で旅行した場合,車掌が証明のうえ特急料金の半額を払い戻すという規定もあります(旅客営業取扱基準規程(以下,基)369条の3)。

急行「ざおう」 @赤湯 1980.12.31
今のJRの旅客営業規則の原型ができたのは1958年の大改訂のときです。1958年といえば「あさかぜ」の20系客車と「こだま」の20系電車(のちの151系,181系)が誕生した年です。当時は特急は日本に指折り数える本数しかなく,「36-10」(1961年),「39-10(新幹線開業)」(1964年),「43-10」(1968年)のダイヤ大改正を経て特急網を全国に整備するぞ!というときに制度面も整備したのでしょう。また,この頃の特急列車は全車座席指定が当たり前で,特急券といったら指定席であり,自由席特急券は(指定席の)特急券の520円引きというのが制度の建付けです。

JR最後の定期急行「はまなす」 @青森 2015.5.2
今ではJR旅客会社に定期の(普通)急行列車は1本もなく,定期の優等列車は全て特急という時代になってしまいました。しかし,みんなが使う「特急」という言葉は旅客営業規則に定義がないのに規則のなかでもふつうに使われていて,ちょっと不思議な扱いになっています。なお,「普通列車」についても同じ用語の定義で決められていて,「急行列車」以外をいうことになっています。各駅停車でも快速でも料金がかからない列車は全て普通列車ですが,あくまでも規定上の定義と考えれば分かり易い区分です。

急行の入口表示。昔,九州に旅行に行ったとき買ったもの 1990年ごろ
3.急行券,特急券共通のルール
(1)急行列車の表示(規12条)
急行列車は特別なサービスとして料金を収受しますが,それとは知らずに乗ってしまったお客さんには迷惑なことです。それを防ぐため急行列車には入口等の旅客の見やすい箇所に相当の表示を行うことになっています。なお,この入口等に表示のルールはグリーン車も同様です。

定期券の裏の注記(通学用--かなり古いですが悪しからず)
(2)急行列車は定期券で乗れない(規161条)
急行列車は日常生活の通勤や通学で利用するのではなく,長距離の旅行をするときに使うものです。このため定期券では急行列車に乗ることはできず,たとえその区間の定期券を持っていたとしても,急行列車を使う場合は乗車券を買わなければいけないルールです。そうはいっても「踊り子」号や高崎線系統の列車などでは昔から通勤に使う人は多く,列車と区間を限って定期券での乗車可としています。以前は,時刻表にも定期券で乗れる急行列車には注記があったと思いますが,最近は定期券で乗れるのがふつうになってしまって,そんな注記も見かけなくなりました(僕の日ごろ使っているJTB時刻表では。ジュニアの使っているJR時刻表には今もしっかり注記があります。2019.3.9追記)。

急行「伊豆」~「踊り子」系統は昔から定期券で乗れた 1981.2
(3)急行券は1個の列車単位(規172条)
急行券は1個の列車に1回限りしか使えません。新宿~松本の自由席特急券を持ってホームに行ったら,たまたま出るのが甲府ゆきの「かいじ」だったのでとりあえずこの列車で甲府まで行き,残りは後続の「あずさ」でというのはNGです。この場合は,新宿~甲府の「かいじ」の分と甲府~松本の「あずさ」の分の2枚の特急券が必要です。ただし,大阪・京都から宮津・城崎温泉に行く「こうのとり」や「きのさき」,「はしだて」ではこれらの特急を福知山で接続させて効率よく運転しているため,1枚の特急券で特急同志の乗り継ぎが認められています。この他,岡山・高松から宇多津・丸亀・多度津接続の予讃線・土讃線方面など運転系統がX(エックス)形の場合と,日豊本線の「ソニック」と「にちりん」など輸送量が異なるため運転系統が分かれれている場合があります。

城崎温泉→京都の自由席特急券。福知山で乗り継ぎができるがとくに注記はない
(4)急行券の有効期間(規172条2項)
座席指定のある急行券は,原則,指定列車に限り有効です。指定列車に乗り遅れた場合は,昔は無効でしたが,それではあまりにかわいそうということで,現在は当日の後続列車の自由席に限り利用可能です。座席指定のある急行券で,時間より早い列車の自由席に乗ってしまった場合は,ルール上は無効です。指定された席は誰にも使われないことになるので,事業者側にとってみれば当然のことです。しかし実態としては,無効扱いになって,別途の自由席の急行券を買わされたという話は聞きません。
自由席の急行券は以前は2日間有効でしたが,前回2014年の運賃・料金改定のときから当日限りになりました。

自由席特急券。左は2012年のもので2日間有効。
フォームが違うのは発行した機械の違いによるもの(左:短距離券用自動券売機,右:指定席券売機)
(5)急行券の前売り(規21条)
座席指定のある急行券の売出し開始は1か月前の10:00です。1か月前といっても厳密にはいろいろな解釈がありますが,前の月の同じ日付の日,ただし3月30日など相応日がない場合は翌月1日です。新幹線開業より前は東京・秋葉原などに販売センターがあって駅から電話で申込みを受付け,手作業と台帳で座席を指定していたそうで,取扱える座席も限られていました。コンピュータによる予約システム--マルス--が登場してからは,その発展に合わせて収容できる座席の量も増え,7日前,7日前と1か月前の2つの枠の併存,全部1か月前と早まってきました。JR東日本の予約サイト「えきねっと」を使えば1か月前の更に7日前から「予約」ができるようになりました。

えきねっと予約を使えば人気の指定券(臨時の快速)も比較的簡単に手に入る
4.急行券
(1)急行券の原則(規57,125条)
JRの線路上に定期の急行列車がなくなったといっても,制度の基本なので急行料金に関する規定は残っています。50kmまで550円,100kmまで750円...の50km刻みで,201km以上は何km乗っても1,300円と至ってシンプルです。後ほど特急料金の項で詳しく書きますが,安い特急料金が増えたためむしろ急行券のほうが高い区間ができてしまい,JR東日本のB特急料金の区間に限っては50kmまで510円に値引きされます。
また,急行料金は速達性に対する対価なので,指定席は追加のサービスという考え方です。このため,急行列車の指定席を利用する場合,急行券と指定席券の両方が必要--通常,物理的には1枚で発券されます--になります。

十和田3号の急行券・指定席券(閑散期なので地紋が黄色) 1980年
(2)急行券の今日的意義
今日のJRから急行列車が絶滅したかというと,そうではなく,ときどき臨時列車で急行列車が運転されます。設備の良い特急型車両を使うけど,特急料金をもらう程の長距離を走るわけでもない...そんなときに急行列車として運転することが多いようです。また,JRの会社によっても濃淡があり,JR東海は下に写真を載せた「御殿場線80周年号」や「飯田線秘境駅号」など,B特急指定区間がないこともあり,意外と急行が好きなようです。JR東日本は以前は急行で運転していた「ぶらり横浜・鎌倉号」を2018年から快速にするなど,あまり急行という種別を使わないようです。

御殿場線80周年号 @沼津 2014.11.24
5.特急券
(1)A特急料金とB特急料金(規57,125条)
特急料金は国鉄時代末期までは全国一律で,急行料金と同じような距離帯ごとのテーブルがあるだけでした。しかし,1982年4月の運賃料金改定時に,「踊り子」号,房総各線,九州内各線を対象に割安なB特急料金が設定され,それまでの本則の料金はA特急料金となりました。半年後の東北・上越新幹線大宮開業のときに「新特急なすの」や「新特急あかぎ」などが設定されました。こんな特急,新特急じゃなくて準特急だなどと揶揄されましたが,設定と同時にB特急料金適用になりました。その後,高速バスとの競争の激しい新宿~甲府(現在は竜王)間や新幹線接続のローカル区間の盛岡~青森間(現在は第三セクター化により消滅)など,JR西日本の関西地区などが追加され,今では下の地図の区間がB特急料金適用です。

B特急料金の適用区間(JTB時刻表 2018年3月号から)
また,JR化後は地域密着をうたうようになり短距離での利用が増えたため,3島会社を中心に距離の刻みを細かくしたり,短距離の区間も設定されるようになりました。反対にプレミアムをつけて高くても乗ってもらえる特急もあり,今ではたくさんの種類の特急料金が存在します。なお,A特急とB特急は区間を対象にしているのに対し,プレミアムな特急料金は基本的に列車の名前を対象にしています。このため,新宿から大月間を臨時の延長運転の「成田エクスプレス」に乗ったりすると,不必要に高い料金になるので要注意です。これらの何種類もある特急料金をまとめるのは難儀ですが,無理してまとめると下の表になります。

なお,通称の山形新幹線,秋田新幹線は法律や制度上は在来線なので,新幹線にまたがらなければA特急料金が適用されます。

山形新幹線の自由席特急券。「幹在特」と印字されていますが,今もあるのでしょうか
(2)席の需給と特急料金(規57条の3)
資本主義ではものの価格は需給で決まるのが原則ですが,特急料金にもこれと似たルールがあります。正月やお盆の混雑する時期は指定席の料金を高く,旅客の流動が少なく指定席に余裕がある時期は指定席の料金を安くするルールになっていて,それぞれ繁忙期,閑散期といいます。これらの期間と増減する金額は下の表のとおりです。

(3)自由席特急料金(規57,125条)
2.に書いたように自由席特急料金は本則の特急料金の520円引きです。自由席特急券は自由席車が連結されていることが前提なので,「はやぶさ」や「かがやき」などの全車座席指定の列車にはありません。なお,グリーン券や寝台券はそもそも指定席であるという考えのため,特急のグリーン車や寝台車を使うときの特急料金も指定席の特急料金から520円引き,結果として自由席特急料金と同じになります。
6.特別な特急券
(1)立席(りっせき)特急券(規57,125条)
全車指定席の列車の(指定席の)特急券が売切れた場合,席数を限って発売されるのが立席特急券です。立席特急券は指定席が満席の時だけ列車を指定して発売されるものなので,制度的に自由席特急券とは異なります。字面は立席でも席に座ってはいけないという意味ではなく,着席を保証しないという意味であり,ノーショウ(no show,きっぷは買ったが何らかの事情で乗車しないケース)の席などに着席することはできます。そうはいっても列車ごとに収容できる旅客の数は限りがあるので,本当に混雑しているときには立席特急券も売切れになることがあり,この場合はその列車に乗ることはできません。

上野~青森の「はつかり」の末端は空気輸送の日も多かった @八戸 1978.7
(2)特定特急券(規57,125条)
かつては長距離を走る特急の末端の区間などで,輸送力は大きいのに需要が少ないため,特定特急券という割安な料金を設定していました。現在は長距離を走る特急も減り,短い編成の特急も増えたので輸送力の需給がバランスするようになりました。このため時刻表の営業案内ページに「特定特急券」という項目はなくなってしまいました。

ご参考:昔の特定特急券(自由席とは書いていないが自由席車に乗るルール)
反対に最近は特急料金を例外的に値引く区間が多数できました。時刻表の営業案内ページを開くといろいろな区間が掲載されているので詳細はそれによってください。主には以下の理由によるものです。
・相対的に割高に見える区間を値引きする(「スーパービュー踊り子」の100㎞超え区間など)
・短距離の自由席特急券を割安に設定する(JR四国の50kmまでや25㎞までの区間など)
・新幹線方式で運転される在来線区間(博多南,ガーラ湯沢)

JR四国の特定特急券(25kmまで320円,50kmまで520円)
この稿を書くためにJRの旅客営業規則を改めて見ましたが,急行料金の規定は新幹線から急行まで含めてたった1つの条文です。この125条は項目番号に(1)イ.(イ)a.(a)と5レベルも動員し,数表が9こもあり恐ろしく複雑です。更に,JR九州以外の25km区間については僕の見落としでなければ規定がなく,いわばヤミ割引きのようです。

座席未指定券を扱う特急「ひたち」 @土浦 2015.10.24
7.最近の特急券(規125,172条の2)
JR東日本の一部の列車(※)では,時刻表の表示上は全車座席指定として,自由席特急券を売らない代わりに「座席未指定券」(規では「未指定特急券」と呼ぶ)を発売します。これはインターネットなどの発達により,発車直前まで指定席をとれるサービスに対応するものです。この場合の特急料金は5.(1)のとおり随分割安に設定され,繁閑による増減がありません。「座席未指定券」を買って座席の指定を受けずに列車に乗ってしまった場合は,乗った列車の空席に座ることができますが,指定席券を持った旅客が来た場合はその席を空けなければなりません。これらの列車には駅で事前に特急券を買う事前料金と車内で特急券を買う車内料金があり,後者は一律に260円増しです。従来の日本の制度--車両ごとに指定席車,自由席車を指定する--からすると異質ですが,ヨーロッパなどの特急列車は昔からこれと似た制度でした。
※ 座席未指定券の対象列車:ひたち,ときわ,スワローあかぎ,
(以下は2019年3月のダイヤ改正から)あずさ,かいじ,富士回遊,はちおうじ,おうめ
成田エクスプレスも座席未指定券の扱いをしますが特急料金は本則のA特急

「ときわ」「ひたち」の特急券のご案内
8.急行券・特急券のこれから
さて毎度書いているこれらの制度のこれからですが,とにかくゴチャゴチャしているので何らかの整理が望まれます。実態として定期の急行列車は1本もないのに制度としては残っていて,制度疲労していると言われても仕方ありません。また,急行と特急で指定席に対する考え方が違ったり,自由席特急料金は一律520円引きで指定席・自由席のバランスがまちまちです。説明を端折りましたが,よく言えば地域密着で会社ごとに,悪く言えば分割民営化の悪弊でJR各社が好き勝手に設けた例外が多くあって,全く整理されていないというのが現状です。
かといってどのように整理するかというアイディアはあまりありません。B特急のように特急のランク付けをもっと細分化し,ランクによって当てはめる料金テーブルを変えるなどすれば整理はできそうです。なお,ランク付けすると言っても,特急の列車名ごと,線区ごとなど何通りかあり,それぞれ一長一短があります。(2019.2.9記,2019.7.7きっぷの画像追加)
知って楽しいJRの旅客営業制度バックナンバー
1.大都市近郊区間と140円旅行
2.きっぷの有効期間と途中下車
3.乗車券の経路と種類
4.運賃計算の基本と割引き,加算
5.区間外乗車のいろいろ・その1
6.区間外乗車のいろいろ・その2
7.特定市内駅と駅に関わる規則
8.新幹線と周辺の乗車券の規則
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